TVアニメ「蟲師」第8話「海境より」。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。



第8話/こっちは此岸、あっちは彼岸。あちらに行っては、もどられぬ。

出展/TVアニメ「蟲師」

 

第八話

海境より

unasaka yori

 

日本は海に囲まれた島国で、どうやら日本じゅうを旅しているギンコも、とうぜん海に出ることが度々ある。第5話「旅をする沼」は、沼が海へと旅をする物語だった。第6話「露を吸う群」は、絶壁に囲まれた島での物語だった。そして今回は、ひなびた漁師村での物語だ。

 

これまでの「蟲師」の物語は、悲しい終わり方のものも含めてどれも好きなのだが、じつはこの回はあまり好みではない。理由はいくつかある。

 

まず登場人物に好感がもてない。若い夫婦が登場するのだが、底浅い愛情と打算で結ばれた夫婦なのだ。二人の性格がとくにいただけない。そしてもう一つ。おそらく海に関するさまざまな事柄が練り込まれた物語のように思えるが、悔しいことにそれを細かくキャッチできていないと思われるのだ。わたしは山育ちのため、海の事情に明るくない。それで、その面白さをひも解くことができずイライラするのだ(== 物語うんぬんというより、完全に個人的な感情による。

 

──ということで。今回は、あまり好意的でない感想が展開されると承知おきいただきたい。

 

打算から結びついた「シロウとみちひ」若い夫婦の物語

▲シロウとみちひが口喧嘩 出展/TVアニメ「蟲師」

 

砂浜に露呈する岩に腰を下ろし、海を眺めている男がいる。ギンコは湾の向こうまで行く渡しを探して男の前を行きつ戻りつ。ついに男に声をかけるところから始まる。

 

ギンコ「ここらから湾の向こうまで渡しが出てるって聞いたんだが。違ったかね?」

 

「この時間は、皆、漁なんじゃないか」

 

ギンコ「何だ。じゃ、昼まで待ちゃいいのかね」

 

ということで、ギンコも男の近くの岩に腰を下ろした。「あんたは何してんだい、こんな所で」と、ギンコが訊ねると男は妙な答え方をした。

 

「俺も待ってんのさ。ここの沖で、嫁さんと妙な別れ方をしたもんでな」

 

暇を持て余したギンコは、男の話を詳しく訊くことにした。

 

男は「シロウ」といった。

 

シロウ「あれは、2年と半年ほど前になるか──」

 

シロウは町で問屋を営む店で働いていた。そしてその店の娘「みちひ」と婚約した。しかしシロウはちょっとした失敗が原因で店から暇を出され、婚約の後結婚していたみちひと一緒にシロウの田舎に帰る途中なのだ。きれいな着物を着たみちひは砂浜に立ち「魚くさい」と不平を言う。

 

みちひ「あんたの生まれが、ここまで田舎だとは思わなかった。ねぇ、戻ろうよ!」

 

「うるせぇなぁ、どこへ戻るっていうんだよ」と、対するシロウも相当、機嫌が悪そうだ。当然みちひは父親の店に戻ろうと言っているのだが、どうやら店は傾きかけていて、それでていよく追い出されたのだとシロウは答える。勤めていたシロウが言うのだから、これが現実なのだろう。

 

シロウ「正直、俺もついて来るとは思わなかったが」

 

みちひ「なによ、それ」

 

シロウ「おまえも長女じゃないし。元々は打算もあったろ。戻りたかったら戻っていいんだ。おまえに合う土地じゃあない」

 

みちひは長女ではないから、店を継いでいい暮らしを続けようと思えば、父親に認められる有能な男を婿にとらなければならない。実際シロウは「うちの跡を継がせる」とまで言われたこともある有能な男だったようだ。もちろんシロウの方も、店の経営者の娘と結婚できるなら、出世間違いなしだ。つまり、打算が二人を結ばせたんだと、シロウは言っているのだ。

 

こう聞いて、みちひはひどく驚いたような表情を浮かべ、この後すっかりスネてしまう。ここでみちひの本心をどう受け取るかにより、この作品の印象は違ってくると思う。

 

1、じつはシロウが言うような打算など、みちひには欠片もなくて、シロウがそんなことを考えていたことに心から驚き落胆してしまった──だから素直にシロウを受け入れる気持ちがなくなってしまった。

 

または。

 

2、自分の打算をすっかりシロウに見抜かれていたことに驚き、自分に惚れているとばかり思っていたシロウも打算から結婚することになったのだと知り、反感を覚えてしまった。

 

わたしには2、の方がみちひの本心だと思えてしまった。ちょっとした旅行のつもりでシロウの実家について行くことにしたが、シロウに言われるまでもなく肌に合わなければさっさと帰ろうと思っているに違いないと。

 

こういう気位ばかり高く、無知で世間知らずのお嬢さまは、ツンデレのアニメキャラとして登場する分には観ていて面白いのだが、実際に付き合うには相当気分が悪い。

 

こういう人物をさす言葉に「芋の煮えたもご存知ない」というのがある。江戸時代、米が思うように収穫できず庶民は芋を主食にしていた時期がある。だからもう芋が煮えたかどうかを、庶民のほとんどが分かったという。それすら知らないとは、とんでもない世間知らずだと、揶揄した言葉だ。

 

みちひは、まさに「芋の煮えたもご存知ない」世間知らずなのだ。

 

みちひの遺品は、シロウにとってどんな意味をもつ?

▲みちひの舟は沖に流されていく 出展/TVアニメ「蟲師」

 

口喧嘩の後、二人は舟に乗るのだが、アニメではなぜ舟に乗るのか分からない。じつは、大事なセリフがアニメでは省略されている。

 

みちひ「あんたの生まれが、ここまで田舎だとは思わなかった。ねぇ、戻ろうよ!」

 

アニメではこう言っているみちひのセリフだが、原作漫画ではこうだ。

 

みちひ「あんたの生まれが、ここまで田舎だとは思わなかった。ここからさらに小舟で半日なんて。ねぇ、戻ろうよ!」

 

アニメでは、この漁師村がシロウの田舎のように思えてしまうが、じつはこの村からさらに小舟で半日行った先の村がシロウの田舎なのだ。冒頭のギンコと同じく、シロウとみちひも、ここで渡しを頼んでシロウの実家のある田舎の村まで送り届けてもらおうとしたのだ。この省略は不要で、視聴者を混乱させるだけだったように思う。

 

二人は2隻の舟に分乗して湾を渡る。それぞれの舟には荷物が山積みだ。長もちの中にはみちひの着物や帯がたくさん入っていることだろう。すっかりスネてしまっているみちひはシロウの方を見ようともしない。シロウの呼びかけにも反応なしだ。

 

「陸(おか)に着いたら謝ろう」とシロウが思っていると──海の水を泳ぐ無数の蛇の群れに気がついた。同時にモヤが出てきて、あたりは真っ白になった。しかし船頭は落ち着いている。

 

船頭「なに、陸(おか)はよく見える。大丈夫でさ」

 

みちひの乗った舟は沖に向かっている。そちらの船頭は「舵がきかねぇ!」と、焦っている。

 

シロウ「舟は捨てろ、こっちへ来い。みちひおまえも・・・」

 

そちらの船頭は舟を捨て海に飛び込んだが、みちひの方は蛇がいるとか、「こっち」ってどっちよ? とか言いながら、沖に流されていった。

 

結局シロウの舟は転覆し、なんとかシロウは浜に流れ着いたが、みちひも、みちひの積み荷も何ひとつ流れ着かなかった。

 

シロウ「この浜へは、潮の流れのせいか沖のものが一同に流れ着く。嫁さんの舟も転覆したのなら、積み荷のひとつもここへ流れ着くはずなんだがな。沖へ漂い出たとして、生きてはおらんだろう。だが・・・どうにも証がないゆえ動けんのだ」

 

ギンコは興味深げにシロウの話を訊いていたが、「蛇・・・」とボソリとつぶやいた。何か心当たりがありそうだ。

 

ギンコ「しかし、それで2年半もこうして? そりゃあんた、めでたいよ。証があろうがなかろうが、もう”生きてはおらん”のだろ? 万一助けられたとして、別の人生歩んでるさ。あんたももう、自分の事考えた方がいいんじゃねぇか」

 

シロウは視線を落とし、神妙な顔でギンコの言葉を聞いていた。

 

打算から結ばれた二人だが、シロウはそれなりみちひを愛していたのだろうか。さっさとみちひの事を忘れて先に進むほどドライにもなれず、既に2年半をこの浜で過ごしている。2年半は、けっこう長い。

 

ギンコが言う通り、みちひがたぶんもう「生きてはおらん」だろうとシロウは分かっている。それでも「生きてはおらん」証が欲しくて、この浜にみちひの荷物の何かひとつでも流れ着かないかと、ひたすら待っている。何か漂着すれば、それが舟が転覆した証拠になるから。つまり、みちひが「生きておらん」証になると考えているのだ。その証があれば、みちひをスッキリ過去のものにできるとシロウは思っているようだ。

 

どうも細かく見ていくと、シロウは愛する妻を忘れられずにここに留まっているというよりは、口喧嘩して別れたままだからバツが悪くて、そのバツの悪さを過去のものに払拭するために、みちひが死んだ証が欲しい──という気持ちじゃないかと思えてくる。要は自分のためなのだ。

 

だいたいシロウは最初から、海を睨みながら浜に座っている理由を「ここの沖で、嫁さんと妙な別れ方をしたもんでな」と言った。それじゃ、「妙な別れ方」じゃなくて「いい別れ方」ならとっくにここにはいないって意味か? と、うがった見方をしてしまう。

 

シロウは年若い海女の少女と夫婦になった!

▲あんた、いくらなんでもボリすぎっ! 出展/TVアニメ「蟲師」

 

ギンコと別れたシロウは、浜を離れ歩き出した。ちょうど自分が獲ってきた魚介類を、海女の少女から仲買人が買い取っているところに出くわした。その買取値があまりに安いので、ついシロウは口を出す。

 

シロウ「あんた。それ、町に持ってって売るのかい」

 

仲買人「そうだが?」

 

シロウ「で、その値かい。町の相場知らねぇと思って、いくら何でもそりゃピンハネしすぎだろ。(少女に対して)あんた、倍はもらっていいんだぞ」

 

仲買人「何を知ったふうな事を」

 

シロウ「そりゃ問屋勤めも長かったしな。あんたみたいな仲買がいるから、ここいらの漁師が貧しいんだよ」

 

仲買人のソロバンをはじきながら、二人は商談を始める。「町からの手間を入れてもこれくらいだろ」「ふん、それならこの先の村へ行くね」「なら、これでどうだい?」「・・・いやしかしな」「これ以上は譲れんな」──とまぁ、こんな具合だ。

 

海女の少女は追加のお金を受け取り嬉しそうだ。シロウのおかげで、この漁師村での買取価格が上がったことで、村の皆は生活が楽になった。ついに「なぁおまえさん、宿を出てウチの離れに来んかね。もう、ここに住んじまいなよ」という者まで出てきて──。

 

いつしかシロウはこの村に受け入れられていた。今は例の海女の少女と暮らしている。

 

それから半年後、再びギンコがこの漁師村にやってきた。浜にシロウがいないので、通りかかった海女の少女にシロウの行方を尋ねる。

 

ギンコ「ここらでずーっと、嫁さん待ってた男、もうここにはいないのかね?」

 

海女の少女「その人はもうちゃんと、この村で生きてます。だから、どなたか存じませんが、もう関わらないで」

 

家に帰った少女が泣いているので、シロウはその理由を尋ねる。すると少女は一旦は「何でもないよ」と言いながらも、こう言葉を継いだ。

 

海女の少女「何だか怖いんだよ。この間からあんたはよく変な事言うし、潮はどんどん上げてきて止まらないし、変な事ばかり。あんたはまだたまに、沖の方ずっと見てたりするから・・・。ふらふらと沖に流されちまいそうで」

 

シロウ「何だよそりゃぁ。どこにも行きゃせんよ」

 

少女は海女をしているが、どうやらシロウは何もせず、ただ海を見たりしながらウロウロしているだけのようだ。おそらく仕事から帰ってきた少女が食事をつくったり、かいがいしく家事をしていることだろう。シロウはまるでヒモのようだ・・・。もちろん、シロウがいたから仲買人との取引が有利に進められるようになったわけではあるのだが。

 

海に千年、山に千年生きた蛇は、竜になる

▲モヤの中からは、陸がはっきり見える 出展/TVアニメ「蟲師」

 

ある日、妙に潮が上がってきて浜は埋没してしまった。漁師たちは、3年前のことを思いだしている。

 

漁師A「こんなに潮が上げるのは、あの時と同じだな。3年くらい前だったか」

 

漁師B「あぁ、あの時もこんなモヤが出てたなぁ」

 

漁師A「こりゃぁ、収まるまで漁には出ん方がいいぞ。こういうモヤに入ると、帰らん舟が出るそうな。それで3年くらいして、空の舟だけが戻ってくるんだと」

 

通りかかったシロウが漁師たちの会話を訊き、フラフラと1隻の舟に手をかけ乗りこもうとする。「空の舟だけが戻ってくる」と訊き、みちひの舟も戻ってくると思ったのだ。けれど海は凪いでいて、これではみちひの舟がこの村に漂着することができないのではないか。それなら自分が迎えに行こう──そう考えたようだ。

 

そこにギンコが声をかけた。「やはり気になるか」と。

 

ギンコ「──おまえさんの言った”蛇の群”、他の者には見えていなかった・・・違うか?」

 

シロウ「あ、あぁ」

 

ギンコ「やはりな。そいつはおそらく蟲だったんだよ。”海千山千”って言葉があるだろ。海に千年、山に千年、生きた蛇は竜になるってやつだが。こいつは、それと通じるものがある。まぁ実際、何年生きているかは知る由もないが。モヤのようなものを発生させながら、群をなして外海を巡るモノと、山深くひっそりと生きるモノとに分かれる。姿はどちらも一見、蛇と差異はない。時が来ると山のモノは山を下り、海のモノは近海へ寄り、沖で合流し千日後──同じ近海へ戻って来て一体の蟲になる」

 

シロウ「それじゃ、あの時の群と同じヤツが戻って来てるってワケか──やはり沖へ」

 

シロウはそう言うと手近な舟で沖に漕ぎ出そうとする。それをギンコが制止する。「待て!」と。

 

シロウ「平気だよ。あのモヤ、外からは何も見えんが、中からは不思議と外がよく見えた」

 

ギンコ「おまえさん、何故あの時、おまえの嫁さんだけがモヤに飲まれたのか、考えたことがあるだろう? あのモヤの中からは、陸に戻ろうと望む者にしか陸は見えず戻れんのだ。──前に会った時には、おまえさんは嫁さんの遺品が見つかった時点で生きる望みを失いかねんように見えた」

 

シロウ「・・・今はもう違う」

 

ギンコ「そのようだな。ま、そういう事なんで、そのへん自覚してくれんなら、俺の物見行に同行してもいいぞ。──覚悟はできてるな?」

 

シロウ「──あぁ」

 

ギンコの分析によると、みちひと別れたときにシロウが見た蛇の群は、一見蛇のような蟲で、千日後つまり約3年後にまた同じ近海に戻ってきて一体の蟲になるという。どうやらちょうど、今がその千日後なのだ。

 

シロウはその蟲たちの群と共に姿を消したみちひの舟が、蟲たちと一緒にまた戻ってくるに違いないと思っている。どうやら、ギンコも同じ考えだ。

 

「あのモヤの中からは、陸に戻ろうと望む者にしか陸は見えず戻れんのだ」

▲みちひは3年前のままの姿で・・・ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

ギンコとシロウは舟を漕いで沖に出た。するとモヤが出てきて、海にあの蛇のような蟲が湧いてきた。そして、見覚えのある舟がやってきた。みちひの乗った舟だ。てっきり遺体かと覚悟を決めて近づいたシロウの前に、みちひが別れたときのままの姿で顔を上げた。

 

みちひ「もう、諦めかけてた。でも、遅いわよ。何日もほったらかしにして。もう、3日は経ったでしょう?」

 

シロウ「一体・・・どうなって。すまなかった。俺、おまえにひどい事を・・・」

 

みちひ「そうね、ひどい事言われた。でもいいわ。こうして助けに来てくれたし。私も文句が過ぎた。でも、本気じゃなかったのよ。あんたの故郷、早く見たい」

 

シロウ「あぁ行こう。さぁ、早くこっちへ来い」

 

感動の再会だ。みちひもシロウも涙を浮かべている。シロウの3年がみちひの3日になっていることに違和感を覚えつつも、シロウは大喜びだ。

 

ギンコ「待て。おまえ今、陸は見えてるか?」

 

シロウ「大丈夫だ。ちゃんと見えてるよ。そら、向こうに」

 

シロウが指さしたのは、陸とはまったく逆の沖の方。

 

ギンコ「潮時だ」

 

ギンコの声が無表情に響いた。ギンコは自分の後ろを指さしながら言った。

 

ギンコ「おまえの戻るべき陸は、こっちだ。それはもう、ヒトではない」

 

信じられないという顔つきでシロウがみちひの肩に手をかけると、みちひはぶくぶくと白い泡となり、着物だけを残して消えた。

 

おそらく、既にみちひは蟲に寄生されていたのだ。みちひは白い泡に変態し、他の蛇のような蟲たちが変態した白い泡と一緒に勢いよく空に舞い上がった。

 

──さて。

 

ここでの問題は、陸が見えるかどうかだ。ギンコには戻るべき陸が見えている。しかしみちひに会ってしまったシロウは、元来た陸の方角ではなく、まったく逆の沖の方角を指さした。

 

ギンコの指さす陸は「此岸」(人間の世界)で、シロウの指さす陸は「彼岸」(仏様の世界)──つまり、あの世だ。

 

そういえば3年前に別れたときも、みちひは戻るべき陸を見失っていた。シロウすらも見失っていた。つまりその段階でみちひは、かなり自暴自棄に生きる希望すらなくしてしまっていて、シロウを自分の戻るべき場所と思えていなかったって事ではないだろうか?

 

そして今、蟲となったみちひはシロウと再会して、シロウの戻るべき陸を惑わせてしまっている・・・みちひ恐るべし!

 

海千山千

▲「シロウ──。見て、これ」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

モヤが晴れてきたと思ったら、空に向かって何か大きなものが立ち上っていった。

 

ギンコとシロウが高潮に乗って漁師村の浜に流れ着いたとき、村では既に1ヵ月以上が過ぎていた。村人たちは、二人をずっと探していたが、もうダメなんじゃないかと囁き合っていたところだ。海女の少女がシロウに走り寄り、抱きついた。

 

翌日、みちひの舟が浜に上がった。村の人々が、積み荷を手にしている。

 

ギンコ「いいのか?」

 

シロウ「いいさ。持ち主は、もういないんだ」

 

みちひが舟に横になっていたとき、身体にかけていた着物を海女の少女が嬉しそうに肩にかけて見せにくる。

 

海女の少女「シロウ──。見て、これ」

 

シロウ「あぁ、きれいだな」

 

ギンコは黙って歩き去り、シロウは少女に歩み寄る。

 

海女の少女はいいのだ。彼女は仲買人のおっちゃんにボラれるところをシロウに助けてもらったから。それで恩義を感じていつしかシロウが気に入ってしまったのだ。きれいな着物を見つけて嬉しくて、シロウに見せたくてはしゃいでいるのだ。

 

シロウは、もうすっかりみちひの事は清算されたらしい。みちひの着物を海女の少女が着ていても、「きれいだな」と言える。なかなかの神経だ。

 

このシロウという男、いいヤツなんだか何なんだか良く分からない。打算でみちひと結婚して、田舎はおまえには合わないから帰れと喧嘩を吹っ掛け、そのくせ、蟲のみちひに会ったら嬉しそうに涙を流し──。

 

シロウは本当はみちひを愛しているのにちょっと機嫌が悪くて喧嘩別れしたから、それをずっと悔やんでいて。じつは蟲のみちひに会ったとき、彼女が生きていたと錯覚して、本心から嬉しかったのだ・・・と、そう考えるのが素直なのだろうが、あまり素直ではないわたしには、そんな風には思えなかった。

 

みちひとの喧嘩を清算できて、しかもみちひが蟲になってしまったと知ったら、ケロッと海女の少女と現実生活よろしくやっていこうとする図太さを見ると、どうもコヤツ一筋縄では行かないな・・・と思えてしまう。

 

海千山千」とは、経験豊富でさまざまな事をよく知る事をさす。どちらかと言うとネガティブな印象の使われ方をするので「したたか」「ずる賢い」という意味合いを含む。

 

「芋の煮えたもご存知ない」世間知らずのみちひに対して、「海千山千」のシロウ。

 

「芋の煮えたもご存知ない」と「海千山千」は対義語関係にある。じつはこの物語、世間知らずのお嬢さまと、したたかな男との打算から結びついた結婚の成れの果て──って感じのぐだぐだな話だったのではないか。

 

いや・・・蟲に寄生されたみちひはシロウを惑わして彼岸に連れていこうとしていたわけだし、結局彼女は竜の一部になったことを考えると、みちひこそ「海千山千」か・・・。

 

考えれば考えるほど、よく分からないが、最終的に嫌な気分だけが残ったのは確かだ。

 

「潮時」は、終わりだけでなく始まりも告げる言葉

▲「潮時だ。おまえの戻るべき陸は、こっちだ」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

蟲になったみちひと再会して嬉しそうにしているシロウにギンコが言う言葉──

 

「潮時だ」。

 

たぶん、これがこの物語のキーワードなんだと思う。この言葉、「そろそろ潮時だ──」などと使われるが、だいたいにおいて「今が終わりのタイミングだ」のような意味合いだ。しかし、本来なら「潮時」とは、「物事を始めたり終えたりするのにちょうど良い好機」をさす。終えるだけでなく、始めるにも良いタイミングなのだ。

 

シロウに陸が見えているか確認した直後に、ギンコはこの言葉を発している。シロウが彼岸を指さしたから、これ以上ここに留まっていては危ないと判断したのだ。だから「今が終わりのタイミングだ」という意味合いでも間違いではない。しかしみちひとの再会の時間の終わりは、シロウの新しい人生の始まりとも考えられる。

 

だから、あのときがシロウの人生の「潮時」であり、あの場所が「潮目」だったのだ。

 

タイトルにある「海境(うなさか)」は、神話の海神の国と人の国の境をさす言葉。シロウが指さした先が海神の国、ギンコが指さした先が人の国と想定してのタイトルだと思う。

 

最後に一言。

 

竜に脚が多すぎて、巨大ムカデにしか見えなかった!

 

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