TVアニメ「蟲師 続章」第3話「雪の下」。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!



第3話/トキの凍った心を暖めたのは、妙の命の鼓動だった

出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

第三話

雪の下

yuki no shita

 

今作「雪の下」は、やや理解に苦しむところがある。しかも、それが作品の核になるところだから困ってしまう。分からないままにストーリーを追っていくが、理解している方には、ぜひわたしの疑問に答えてほしい。いい加減な創りをする原作者ではないから、わたしが読めていない、つかめていないだけだと思うので。

 

▲トキと、幼い妹サチ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

釣竿を担いだ兄(トキ)と、年の離れた妹(サチ)。二人は湖の側を一列に歩いている。前を行く兄に、妹が話しかける。

 

サチ「ねぇ、にいちゃん。みずうみに落ちたら、雪はどうなるの?」

 

トキ「溶けて湖の水になるんだよ」

 

サチ「ふーん。土の上に落ちればいいのにね」

 

トキ「雪は自分じゃ決められないんだよ」

 

サチ「ふーん、かわいそうね」

 

トキ「湖が凍ったら、その上に積もるよ」

 

雪が溶けるのがかわいそうというのは、いかにも子どもらしい発想だ。サチはいくつだろう。6~7歳だろうか。兄のトキは15~16歳にみえる。

 

サチ「ほんと? いつ積もる?」

 

トキ「もっと寒くなったらな」

 

サチ「そっか。早くこおるといいな」

 

サチは優しい子だ。

 

雪蟲調査のため、ギンコがやってきた

▲ギンコの顔が1期より微妙にあか抜けているw 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

それから数カ月後。その地をギンコが訪れる。

 

ギンコ「ここらに宿があるはずなんだが」

 

地図を手に顔を上げると、家の三角屋根があった。近づくと、屋根だけでなく家全体がほとんど雪に覆われている。空き家かと思いまたあたりを見回して、少し離れたところに別の家を見つけた。煙も上がっているので人が生活している家だ。

 

ようやくギンコは宿に落ち着いた。宿の女将がお茶を出し、さっそくギンコが手を伸ばす。

 

ギンコ「助かるよ。すっかり体が冷えちまってね」

 

女将「こちらこそ。この時季、お客はからきしですから」

 

ギンコ「そりゃまあ、こんな雪の中分け入って来るのはよほどの物好きぐらいだろう」

 

女将「おや、それじゃお客さんはどういった物好きで?」

 

ギンコ「ここらの雪が面白くてね。ちょっと色々見て行こうかと」

 

またしてもギンコは蟲の調査のためにやってきたようだ。相変わらず熱心だ。

 

▲「わぁ、これ雪の欠片でしょ?」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

しばらくして、宿の手伝いをしている娘(たぶん、女将の娘だろう)が、風呂の支度ができたと、ギンコの部屋の戸を引いた。娘の名は「妙(たえ)」という。

 

するとギンコは火鉢の側で毛布をかぶり、縁側の雨戸も障子戸も開けていた。部屋の中に雪が舞い込んでいる。

 

「な、何してるんです?」

 

ギンコ「ああすまん。そろそろ休むよ」

 

ギンコの右手には虫メガネ、左手に絵皿を持っている。傍らには硯と筆。紙も何枚かある。「じゃ、閉めますよ」と、妙が戸を閉めかけると風で紙が飛びそうになった。

 

「わぁ、これ雪の欠片でしょう? 見ていい?」

 

ギンコ「ああ」

 

「へえー、ずいぶんいろんな形があるのね・・・これもそうなの?」

 

紙には六角形の雪の結晶がいろいろ描かれている。その中に、触手のようなものを持っていたり、毛が生えているようなものがあったり・・・。

 

ギンコ「そっちは”雪蟲”のたぐいだ。雪片をほぐすと時折、中に紛れている」

 

「雪の中にこんなのが?」

 

ギンコ「ああ。この辺りはとくに多種多様だな。里の周辺で集めただけでそれだけいた。これなんかは”雪ならし”という。動物の足跡に棲みつく蟲だ。こいつが多い所では、たちまち足跡が消えちまう。狩りや人捜しをするには困ったヤツだ」

 

「じゃあ、こっちのは?」

 

ギンコ「そりゃ”雪団子蟲”だな。ここへ来る途中でも見たが、雪の上を転がって雪玉を作って移動する。雪玉が大きくなりすぎるとそこらの木にぶつかって身を軽くするが、木のない所で出くわすと追っかけてきてぶつかられる事もある」

 

「あはは、それは厄介ね」と妙は笑い、「他には?」と、さらに催促する。

 

ギンコ「いちばん珍しいのがコイツかな。群れで行動して動物の個体を特定してまとわりつく。そしてチクチクと皮膚をさして体温を少しずつ奪う。それでとりつかれた個体の周辺にはいつも雪が降っているように見える。そのことから”常雪蟲(とこゆきむし)”と呼ばれてる」

 

妙の表情が妙に真剣になった。

 

「・・・それにとりつかれたら、どうなるの?」

 

ギンコ「体温は下がるが、命を落とす事はないという。春になれば自然と消えるそうだ」

 

「そう・・・」と妙はうつむいた。ギンコがその様子を不審に思う。

 

ギンコ「心あたりでもあるのか?」

 

「ここへ来る途中、雪に埋もれた家があったでしょう? あそこには、私の友だちが住んでるんです。あの子がいるから、あそこは雪に埋もれてしまったの」

トキは寒さを感じなくなってしまった

▲「熱っ!」トキは手を引いた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

妙は、その家にギンコを案内した。雲は多いが青空のきれいな日だ。あたりに雪は降っていない。なのに、その家にだけ雪が降りかかっていた。

 

妙の呼びかけで、友達のトキが顔を出した。冒頭で釣り竿を担いでいた、あの少年だ。ひどく顔色が悪い。トキの家は、中に入っても息が白くなるほど寒かった。囲炉裏には2~3本の薪がくべてあるだけで、母親は家の中でもストールのようなものをかけている。

 

トキは囲炉裏から離れて座った。

 

トキ「寒くてすみません。俺、暖かくすると、皮膚が焼けるように痛むので。寒いのはまったく感じないんですけど」

 

ギンコ「それは、いつから?」

 

トキ「あの日からかな・・・」

 

トキは、とある風のない雪の晩のことを話し始めた。両親とトキの3人で囲炉裏を囲んでいると、入口の戸をトントン叩くような音がした。「早くこおるといいな」と言っていた妹のサチは、この冬の初めに湖に落ちてしまっていたので──。トキはもしや妹が戻ったのかもと戸を開けた。

 

トキ「その時、雪が体の中に吹き込んだ気がして・・・」

 

それ以来、トキは温かいものに近づけなくなってしまった。そして、寒さや冷たさはまったく感じなくなったのだ。

 

トキ「それから、ずっと周りに雪が降ってる。でもちっとも寒くないし、母さん達には悪いけど。俺は別に何ともないんだ」

 

ギンコ「ちょっと手を見せてくれ」

 

差し出された手にギンコが触れると、トキは「熱っ!」と手を引いた。トキの手はひどく冷たかった。

 

ギンコ「皮膚が白くなって凍傷を起こしかけてる。たとえ感覚はなくとも、体は痛んでる。温めねぇと今に手足を失うぞ」

 

トキ「でも、そしたら火傷しそうに痛いんだ」

 

ギンコ「感覚を惑わされてるだけだ。本当に火傷したりはしない」

 

トキ「いいんだ、このままで」

 

トキは立ち上がり「魚捕りにに行かなきゃ」と、網を持って出て行った。

 

トキの周りにだけ雪が降り、トキの体温が異常に低いという状況から、トキに「常雪蟲」がまとわりついているのは確かだ。つまり、トキの周りに降っているのは、雪のように見えるが蟲なのだ。

 

トキ、湖に落ちる

▲水に落ちても溶けない雪が・・・ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

妙はギンコを置き去りに、トキを追った。

 

「あんた絶対おかしいんだから。ちゃんと体、大事にしなよ」

 

トキ「ついてくんなよ、危ねぇから」

 

「そっちこそ。気をつけなよ、このごろぼうっとしてるんだから」

 

トキ「わかってるよ」

 

妙は口うるさく言っているが、それだけトキを心配しているのだ。トキは湖に舟を出した。

 

湖に網を投げ、水面をみていたトキは、妙な雪があることに気づいた。水面で溶けずに沈んでいく雪──。

 

トキ(あれ、変だな。雪が溶けずに沈んでく。こんな事もあるのか)

 

水に落ちて雪が落ちるのを可哀想と言っていた妹のことが思いだされる。

 

トキ(じゃあ、湖の底にも雪は積もるのかもしれないな、サチ)

 

あの日──投網を肩にかけたトキの後ろを、いつものようにサチが歩いていた。サチは後ろの方から「にいちゃーん」と呼んでいる。

 

▲「ほらここ、こんなに凍ってる!」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

トキが振り返ると、サチは湖の氷の上に立っていた。

 

サチ「ほらここ、こんなに凍ってる」

 

トキ「サチ、そっちは──」

 

と叫んだトキの目の前で足下の氷が割れ、サチは湖に落ちた・・・。

 

哀しい光景を思い出し、ぼうっとしていたトキの舟が氷に乗り上げ傾いて──。トキも湖に落ちた。

 

夕暮れになり、村人が湖の底をさらっているが、トキはなかなか見つからない。妙とギンコも湖岸にやってきた。妙は、湖の中に雪が降っているところを見つける。

 

「あそこ、雪が・・・あの下にいるんだ」

 

夜になり、ついに捜索は打ち切りになった。妙の指さしたあたりは深くて、日が落ちてから潜ることはできない。

 

その夜、里はひどく冷え込み、湖は一夜のうちに厚い氷で覆われた。

 

次の日見ると、トキの上に降っていた雪が止んでいた。それを見て、妙はトキの命の火が消えたと思った。

 

「トキ。いつか、こんな風になるんじゃないかって。止めてればよかった。ひとりで湖に行かすんじゃなかった」

 

妙は雪に座り込み、涙を流した。

 

その夜、ギンコは奇妙な音を耳にした。水が氷になると体積が少し増し、さらに冷えると氷はわずかづつ体積が縮んでゆく。ギンコが聞いたのは、湖の氷が冷えて縮んで、割れたときの音だった。

 

トキ、湖から自力で生還

▲トキを止めようと湖に足を踏み出した妙は・・・ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

なんと湖に張った氷の割れ目から、トキが自力で這いあがり、家に帰ってきた。母親が温めようとしたが、トキはひどく熱がり、結局また出ていってしまった。母親の報せで、妙とギンコも手分けしてトキを捜すことにした。

 

ギンコ「手分けして捜そう。早く治療しなけりゃ手遅れになる」

 

トキは湖の氷の上にいた。手には舟を漕ぐ櫓を持っている。これを取りに家に戻ったのだろう。

 

「何してんのよ。早く手当しないと・・・」

 

トキ「俺が助かったんだ。サチもまだこの底で眠ってるのかも。湖の底の、雪の下で、俺、眠ってたんだ。氷が割れる音がして、目が覚めた。けどあいつは・・・目が覚めなかったのかも」

 

「何・・・言ってんの」

 

トキ「だから俺が行って助けてやらねぇと」

 

トキは櫓を氷に突き立てるような仕草をする。そこで妙が叫んだ。

 

「やめてトキ。しっかりしてよ。サチは・・・もうしんじゃったの。あの時、あんたが引き上げて、あんたの腕の中で冷たくなって、しんじゃったのよ」

 

トキ「俺が? 適当なこと言うなよ、そんな覚えねぇよ」

 

またトキは氷を割ろうと櫓を構える。妙が思わず湖に足を踏み出す。それに気づいたトキが叫ぶ。

 

トキ「妙、そこはだめだ」

 

踏み出した妙の足の下で氷が割れ、妙は湖に落ちた。すぐにトキがかけより妙を引き上げる。

 

トキ「立てるか?」

 

トキの呼びかけにかろうじて「ん・・・」と答えるが、妙は歯をガチガチ鳴らして震えている。トキは、妙を負ぶって連れていくことにした。

 

トキの変化

▲トキの目から涙がこぼれた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

雪の中、妙をおぶって歩きながら、トキは考えていた。

 

トキ(背中が熱い。妙の心臓のあたりが熱を持ってる。・・・まだ間に合う。まだ・・・)

 

心に封印していたサチの記憶が蘇る。湖から引きあげたサチは、どんなにゆすっても目を開けない。サチの胸に耳を当て、トキはもうサチの心臓が音を立てていないことを知った・・・。

 

妙をおぶうトキの両目から涙がこぼれた。やがてトキは寒さを覚えるようになった。

 

妙のわずかに残った体温で温められたためか、トキの感覚は里へ帰りつく頃には正常に戻っていた。そして、彼の周りに常に降っていた雪も、いつしか止んでいた。

 

妙もトキも凍傷を負った。妙は軽くて済んだが、トキの凍傷は重く、手足の指を何本か失った。語りでは「生きて戻っただけで奇跡といえた」と表現している。いや、相当奇跡だろう。

 

トキ「あの雪が、守ってくれたのかな。気がついたら綿布団みたいに雪で覆われてたんだ。きれいだった。あれは夢だったのかな」

 

布団に横になったまま話すトキの傍らで、ギンコが「いいや」と短く答えた。

 

▲湖の底に降る雪 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

──わからないのは、ここだ。なぜ、湖の底でトキは生きていられたのか? なぜ、トキから「常雪蟲」は離れたのか?

 

この疑問を解くカギははギンコのこの台詞にあるはずだ。

 

ギンコ「体温は下がるが、命を落とす事はないという。春になれば自然と消えるそうだ」

 

湖の底は冷たく、息すらできない環境だが、これはたとえばこんな説明もつく。常雪蟲は、宿主をしなせたくない。だから湖の底では冷えすぎないよう綿布団のように包み、周りに空気を作っていた。

 

では、なぜ常雪蟲は消えたのだろう? それは、春がきたと錯覚したからだ。では、なぜ春がきたと錯覚したのだろう? 「妙のわずかに残った体温で温められたため」? それが春と錯覚させた? わからない・・・。

 

まぁ、気分的なものは伝わる。

 

サチを失ってから、トキの心は過去にばかり向かって閉じていた。自分の記憶すら捻じ曲げて、サチが帰ってくる幻想ばかりにすがっていた。サチを守れなかった強烈な自己嫌悪もあり、自分などどうでもいいと投げやりにもなっている。

 

そんな自分を助けようとしてくれた妙を失うかもしれないと悟ったとき、トキは生きたいと思ったのだ。妙を助けるために、今度こそ間に合うようにと強く願って。

 

サチの死を受け入れ、妙を助けたいと願ったとき、ようやくトキの時計は動き出した。トキの心が雪解けを迎えた瞬間だ。

 

それでは常雪蟲は、トキの心の雪解けを察知して消えてしまったということだろうか──? 常雪蟲は、「トキの心の雪解け」を視覚的にみせる、文学的な比喩として使われていたと理解するのが妥当な線だろうか?

 

ギンコ退場

▲サチの墓に手を合わせる 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

トキと妙が、サチの墓に線香を手向けて手を合わせる。墓の傍らには福寿草の黄色い花が咲いている。それを後ろから見守って、ギンコはこの地を離れることにした。

 

「じゃあ、気をつけて」

 

ギンコ「そっちこそ、春まで十分気をつけろよ」

 

トキ「わかってる。ここではまだまだ、冬はこれからだからね」

 

いやトキ。春を告げる花、福寿草は、信州では3月初旬に咲く。冬はもうすぐ終わる。一斉に芽吹き、一斉に花開く寒冷地ならではの賑やかな春はすぐそこだ。ワクワクしながら待てばいい。

 

最後は、やや情緒的な語りで締められる。

 

四季の大半を白い雪で覆われる地では、水や地よりも多くの異形が雪に潜む。雪の上に、雪の中に、雪の下に。

「囀る貝」と「雪の下」は対を成す作品

▲「囀る貝」は、砂吉の葛藤と克服の物語 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

今作「雪の下」は、「蟲師」単行本第6巻に収載されている。前作「囀る貝」も同じく第6巻収載作品で、両者は同じテーマを持つ。季節はそれぞれ「囀る貝」が夏で「雪の下」が冬。原作者・漆原友紀さんは先に「囀る貝」を描き、まだ物足りなく思ったのだろう。1作挟んでこの「雪の下」を描いている。

 

じつは「囀る貝」で詳しく書かなかったが、構成的にどうなんだろう? と、思うところがあった。「囀る貝」の主人公は十年前に妻を亡くした砂吉だ。もう一人、主人公格の登場人物がいて、それが浜の里に住む網元。網元は、十年前の事故に深く関わった人物だ。

 

砂吉と網元、この二人の心の葛藤と克服こそが焦点を当てられるべき物語だったのに、「蟲師」作品として描くからにはギンコや「蟲」が登場しなければならず、しかも砂吉の娘と網元の娘の交流の方も描いているので、ひどく焦点が散漫になっていたからだ。

 

これだけの要素を入れ込んで表現するには、44pの短編は短すぎる。十分、長編映画になり得る。──かなり渋い作品になりそうだが。

 

今作「雪の下」では、妹を亡くした兄の苦悩をストレートに描いている。登場人物を絞り、妹に囚われ続けた兄が、前を向けるまでを掘り下げている。けしてハッピーエンドとは言い切れないが、冬の底は過ぎたような。まだ遠くとも、確実な雪解けへの一本道をたどり出したあたりで終わるのも、「囀る貝」と対照的だ。

 

第2期では「人の生き様」や「人の死」を描くヒューマンドラマが多く、「不思議な蟲」の話が多かった第1期より作品に深みが増している。芸術作品としてみれば素晴らしい進化だが、大衆作品としてみればウケが難しくなってしまったかもしれない。

 

ちょっとした違和感

▲横繁障子

 

おそらく、こんな事を言い出すとキリがないと思うが。とある視聴者の感想に「実際生活に支障が出るレベルで寒いだろうに、小さい子供とはいえ「早く凍らないかなあ」なんて言うのかなと思いました」というのがあった。これ、わたしも思った。そんな呑気な土地柄じゃないはずだ。

 

わたしはけっこうな豪雪地帯で幼い頃を過ごした。屋根から落ちた雪が、軒まで届きそうになるほどだった。そこでソリ遊びをしていて、こっぴどく叱られた経験がある。また屋根から雪が落ちれば、簡単に生き埋めになってしまうからだ。

 

湖が凍る土地なら、けっして凍った湖に近づいてはいけないと、厳しくしつけられているはずだ。命に係わることだけに、それはもう絶対に。なのに、今作の登場人物たちの、なんと気楽なことか・・・。

 

以前、素人が書いた雪国を舞台にした短編小説を読んで???と、首をかしげてしまったことがある。ちょうどわたしが生まれ育った場所の近くが舞台になっていたのだが、至る所が疑問符だらけになった。

 

「駅前のデパートのレストラン」なんて出てくるが、実際のその町の駅前には何もない。少し離れた海沿いに町が開けている。しかも「デパート」などなく個人商店が頑張っている土地だ。「冬の公園の高台のベンチに座って海を見る」と書いてあるが、雪に閉ざされた冬の公園なんて、腰まで雪に埋もれながら進まねばならない。たとえそうやって進んだとして、ベンチの在り処など分からない。当然、座ることなど不可能だ。こうなるともう、コントのような状況だ。

 

それで作者に訊ねたところ、本人はその地に憧れがあり、いつか行ってみたいと思っているが一度も訪れたことがないという事だった。しかも作者は雪の降らない土地に住んでいた。想像だけで描くとこうなるという典型だったわけだ。

 

「蟲師」の原作者・漆原友紀さんは山口県出身。雪国の生活を取材はしても、深いところの実感までは汲み取れなかったかなぁと思った。上記の素人作家ほどの間違いではないが、やはり現実を知っている身としては違和感を覚えた。

 

それともうひとつ。宿屋の建具が描かれているが、これはおかしい。今回の舞台と思われる信州の障子は横繁障子で、縦より横の桟が多い。アニメに描かれている障子は縦繁障子。関西地方の障子だ。──まぁ、舞台は特定されていないから、必ずしも「間違い」とも言えないのかもしれないが・・・違和感はかなりあった。

 

雪の表現が素晴らしかった!

▲雪、降りしきる 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

今作、やや納得いかない部分はあったが、雪の表現は素晴らしかったと思う。夜に吹雪く感じがとくに良く描かれていて、思わず寒さを感じるほどだった。

 

雪を踏む音など、音響の良さも相変わらずで、臨場感がある。

 

良いスタッフに恵まれて、「蟲師」はほんとうに幸せなアニメ化だと思う。

 

pic up/今回の舞台は長野県諏訪湖周辺

▲諏訪湖の御神渡り

 

今回の舞台は長野県の諏訪湖周辺だろう。何度も訪れたことのある場所なので、周囲の山の雰囲気がアニメでよく再現されているのがわかる。

 

ギンコが途中で聞いた、氷の割れる音。本当にあんなすごい音がするのだろうか? 気温の変化に伴い、湖の氷は収縮と膨張を繰り返す。そんなある日、割れた氷が押し合うようにして、長い氷の山脈が出現する。これが御神渡り(おみわたり)の現象だ。御神渡りのときに発せられる轟音は凄まじく、かつては諏訪盆地一体に轟いたというが・・・。

 

この現象の元が描かれていることからも、この地が舞台で間違いないと思う。が、じつは諏訪湖周辺はこんなに雪深くない。少し調べたところによると、最深積雪12cmとあった。比較表示されていた東京都千代田区の最深積雪が6cmとなっていたので、これは統計上の数字だろう。と、いうことは。通常の積雪はせいぜい5cmていどだろうと思われる。

 

「蟲師」は厳密に場所を特定して描かれているわけでもなく、諏訪湖周辺で、雪深い場所──という感じのゆるい設定なのだろう。

 

が、とりあえず今回ギンコはあの辺りをうろついている。とすれば、諏訪大社など訪れたろうか? 神社特有の蟲なんてのもいるのだろうか? ギンコが手を合わせて祈るのは何だろう? と、見知った場所だとさまざまに妄想がよぎる。

 

pic up2/それは雪まくり

▲複雑な軌道で転がり落ちる「雪団子蟲」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

「雪団子蟲」というユニークな蟲が登場するが、これは「雪まくり」という現象を蟲が介在したものとして説明している。

 

じつはこの「雪まくり」、冬ののり面でけっこうよく見かける。今話のように雪玉が転がり落ちるのではなく、バームクーヘンのように雪が層をつくって大きくなる。

 

▲雪まくり

 

原作者の漆原友紀さんは、この現象を面白く感じたのだろう。雪国生活者には見慣れたものでも、旅人の視線で見れば目新しく映る。それがまた、わたしには面白く感じられた。

 

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