TVアニメ「蟲師 続章」第4話「夜を撫でる手」。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!



第4話/「真に夜の異形の王がいたなら、やはり、あんな風なのだろう・・・」

出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

第四話

夜を撫でる手

yoru wo naderu te

 

日暮れ時。あたりはもう暗くなり、山向こうの空が残照に黄色く色づいている。カラスが鳴きながらねぐらに帰ってゆく。季節は晩秋。

 

すっかり木の葉の落ちた森を一人ギンコは歩いている。

 

──と、どこからか、甘い匂いが漂ってきた。濃い、果実酒のような・・・。(光酒? こんな所に?)。しかしギンコはすぐに思い直した。すえたような匂いに変わったからだ。

 

ギンコ(匂いの源に何かいる。こっちを見ている)

 

木立ちの向こうに黒い影が見えた。途端にギンコは硬直する。身体がすくんで動けなくなってしまった。

 

匂いの主「よーし、そのままだ」

 

影は着物を着たヒトのようだ。ギンコが(人?)と思うと、相手もギンコを認識した。

 

匂いの主「何だ、ヒトか。まぁいい。見逃してやる」

 

人の形をした黒い影は木立ちの奥に消えた。そしてギンコの硬直も解けた。

 

ギンコ(楽になった。何だ今のは。猟師? いや、まるきり手ぶらだった。それに、甘い匂いが消えてる。あれは一体・・・)

 

絡まるように夜空に伸びる樹々の向こうに、細い月がぼんやり光っていた。

 

臭い肉

▲男の狩ってきた肉はどれも臭かった 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

どうやらギンコは、いつものように森で野宿したらしい。翌朝、のろのろ歩いていると、山里の朝市に出くわした。白菜やサツマイモ、栗にキノコ。石を載せた樽は漬物だろうか。

 

山のものを並べて売っている男に声をかける。格好からして、どうやら猟師だ。

 

ギンコ「干し肉はねえかな」

 

昨日、疲れてしまったので、少し精のつくものを食べようと思ったのだ。

 

露店の男「いやぁ、ここんとこ獲物がさっぱりでな」

 

ギンコ「・・・そうかい。ん、向こうにあんな」

 

少し離れたところに干し肉を広げて売っている少年がいた。ところが露店の男は「あー、やめときな」とギンコを止める。

 

露店の男「あいつんとこの肉は臭くてかなわんぞ」

 

少年の売る肉は、たしかに少し腐ったような臭いがしていた。新しい肉が家にあるというので、ギンコは少年の家について行った。

 

少年が家の戸を開けると、家の中からも腐臭がした。さらに腐臭に混じって甘い匂いも──それは、昨日、山で嗅いだあの匂いだった・・・。

 

家の屋根にはカラスが群がり、カァカァうるさく鳴いている。奥の方から起きてきたのは兄だった。兄弟の名は兄が「辰(たつ)」、弟が「卯介(うすけ)」といった。

 

「やあ、旅の人かい。あがりなよ。どれでも好きなの持ってくといい」

 

家の中には何頭もの動物の死骸が天井から吊るしてある。

 

ギンコ「昨日の晩、山で狩りを?」

 

「ああ。今朝、捌いたばかりだぜ」

 

ギンコ「じゃあその肉は、ずっと陽にでもさらしてたのか?」

 

すると辰は口調を変えて、睨んできた。

 

「あんたも、うちの獲物が臭えってのか。どこがだよ。全然臭わねぇじゃねえか、なあ卯介。まぁいいさ。じゃあ、今から狩ってきてやる。そんなら文句はねえだろう。何、半刻もあれば済む。そこで少し待っててくれよ」

 

「ここんとこ獲物がさっぱりでな」と猟師が言うのに、辰はいとも簡単に猟ができるようだ。しかも辰は、まるで散歩にでも出かけるように、手ぶらで猟に出て行った。

 

腐酒(ふき)に冒された血筋

▲腐酒に冒された印 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコは辰の後をつける。

 

森の中で辰は立ち止まり、樹々の向こうに「こっちだ、来い」と命じた。すると奥の方から小鹿が顔を出した。

 

「そうだ。そのままだ」

 

辰は低い声で命じながらゆっくり右手を出し、動けないでいる小鹿の首を折ろうとした。

 

ギンコ「よせ!」

 

辰は動きをとめ、振り返る。

 

ギンコ「もういい。おまえさんの狩った獲物は、どんなに新しくとも、不味いはずだ」

 

「どういう事だ」

 

ギンコ「意のままに獲物を狩る手。・・・血筋に同じ手を持つ者がないか?」

 

「ああ。親父もそうだったが」

 

ギンコ「掌に、目玉のようなアザがあるだろう。そいつは腐酒(ふき)というモノに冒されてる印だ」

 

ギンコと辰は、狩りをすることなく家に帰った。

 

ギンコ「腐酒というのは、生命の素たるモノ──光酒の腐れてしまったモノだ。本来、なるはずの蟲になれず、赤い泥状となり地下水から地上に湧き出る。果実酒のような匂いがするが毒性があり、高い濃度で口にすれば死に至る」

 

辰は囲炉裏端に座り話を訊いていて、弟の卯介は兄の斜め後ろに少し離れて座っている。ギンコも囲炉裏端ではなく隣の部屋との敷居の向こう側に座っている。皆、囲炉裏の側に座ればいいのに、卯介もギンコも辰と距離を取っている。二人とも、辰をやや疎ましく思っているのが、この距離に現れている。

 

ギンコ「だが、ごく稀に、毒に耐える体質の者がある。腐酒単体には意思もなく、ただ更なる腐敗を待つだけのモノだが・・・。動物の体内に入り血に紛れると命を得、宿主もまた特殊な力を得る。甘い匂いを掌から出し、獲物を引きつけ酔わせ、たやすく狩りをする。そしてそれは、血を介して子々孫々まで伝わってゆく」

 

「へぇ、そういうもんだったのか」

 

辰は、嬉しそうに自分の右手を見た。

 

ギンコ「ただ、力を得る者はごくわずかだ。力を得なかった者は毒のため、長くは生きられない」

 

「ばあちゃんは、血を吐いて死んだ。弟も同じ病だ。それも、その腐酒ってやつのせいなのか。治してやる方法はないのか。このままじゃ卯介も・・・」

 

ギンコ「安心しろ。治療法ならある。光酒を一定量飲めば消滅する。今は手持ちが足りねえが、調達してこよう」

 

ギンコの言葉を訊いて辰は嬉しそうに卯介を見た。「よかったな卯介。これでもう苦しい思いをしねえですむぞ!」と。卯介も嬉しそうだ。だが、ギンコは釘を刺すように続けた。

 

ギンコ「治療が必要なのは弟だけじゃねえぞ」

 

「俺? 俺は何ともねえよ」

 

ギンコ「おまえさんの父親、最期はどうなった?」

 

辰は息を飲んだ。

 

ギンコ「知ってるなら話は早い。早めに手を打った方がいい。そんな特別な力などなくとも、そんだけ立派な体がありゃ、兄弟で食ってくだけの狩りはできるだろう」

 

「・・・そうだな」

 

ギンコは背負い箱をかつぎ立ち上がった。光酒の調達にはひと月ほどかかるという。──続章第1話「野末の宴」のような集まりで、ギンコは光酒を入手するのだろう。それとも、どこかに蟲師専用の店があり、光酒を取り扱っているのかも知れない。

 

「おまえも山の一部にすぎんだろ」

▲「おまえは、山の王にでもなったつもりか」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

帰り際、靴を履きながらギンコは言う。

 

ギンコ「それまでまた間違ってヒトを狩ろうとするなよ」

 

「もしかして、ゆうべ会ったのあんただったか? そりゃ悪かったな」

 

ギンコ「いつも陽が落ちてから狩りをするのか?」

 

「ああ。ケモノは夜、歩き回るやつが多い。昼間多いのは、夜目の利かねえ鳥くらいだ。小鳥など狩ってもつまらない」

 

ギンコ「なら、提灯くらい持ってくれ。紛らわしいし、不用心だろ」

 

「火があっちゃケモノが寄り付かねえよ。この山なら、目をつぶってても歩けるし、俺を襲うケモノもいねえ。月の光で十分なんだよ」

 

辰は狩りの相手を「ケモノ」という。自分は狩る側で、ケモノは狩られる側。「自分を襲うケモノはいない」とサラリと言ってのける。そこにギンコが引っかかった。

 

ギンコ「おまえは、山の王にでもなったつもりか。おまえも山の一部にすぎんだろ。何で命を落とすかなど誰にも知れんよ。たとえそれが、山で最も恐れられるケモノだとしてもな」

 

辰は手をぐっと握り込んだ。

 

「ああ。肝に銘じとくよ」

 

ギンコを見送りながら、卯介は辰に「ちゃんと薬、飲んでくれるよね」と訊いた。元の辰兄に戻ってほしいと。すると辰は「俺は別に何も変わらんだろ」と右手で卯介の頭を撫でた。その掌には、うっ血してできたような赤黒い目玉模様が浮いていた。

 

辰の異変と父親の最期

▲山のあちこちに動物を狩ったあとが・・・ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

それからひと月。ギンコが戻ってきた。戸口に卯介が出迎える。辰はまた狩りだという。

 

卯介「ギンコさん、一緒に来て。早く辰兄に薬あげて」

 

日が暮れて、山はまた闇に包まれている。空にはひと月前よりさらに細くなった三日月が、頼りない光を投げている。

 

ギンコ「これは、みな辰がやったのか?」

 

地面にも、木の枝にも、あちらにもこちらにも動物の死骸が転がっている。それを提灯の明かりで確認して、ギンコは驚いた。

 

卯介「父ちゃんがいなくなってから、辰兄は父ちゃんに似てきたんだ。父ちゃんも、よくこんな、余分な狩りをしてた」

 

まだ兄弟の父親が健在だった頃──。

 

父親はウサギの死骸を投げてよこしてこう言った。

 

父親「それ、持って帰ってさばいとけ」

 

「父ちゃん。まだ家にいっぱいあるよ」

 

父親「なら売ってこい」

 

「みんな臭くていらないって・・・」

 

父親「ならそこらに捨てておけ」

 

幼い卯介は辰にきく。「辰兄、父ちゃん、何でこんな事するのかな」。辰は答える。

 

「父ちゃんは、生きてるものを狩ること自体が好きなんだ。父ちゃんに逆らうな。俺らもいつ狩られっかわかんねえぞ。危ねえと思ったら、母ちゃんみてぇに逃げるんだ。怖かねえよ。俺にだって力はあんだ。おまえは俺が守ってやっから」

 

そんなある日、父親に異変が起きた。

 

▲兄弟の父親は、ある日消えてなくなった 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

父親の体が透けて見えるようになったのだ。やがて、影がなくなり、ついに布団の中で消えてなくなっていた──。

 

ギンコ「自分より強い先代がいなくなると、枷が外れたようにその子孫の力が増すという。腐酒の浸食が進み、やがて完全に乗っ取られる。つまり、完全に蟲の側に行っちまうんだ。父親はしんだわけじゃない。実態をなくし、心もなくして今も山を彷徨っているはずだ」

 

卯介「辰兄もこのままじゃ・・・」

 

心配そうに卯介が俯いたとき、甘い匂いが漂ってきた。──辰だ。

 

「やあ、戻ったのかいギンコさん」

 

ギンコ「ああ、光酒は手に入れた。早く飲め」

 

「卯介に飲ませといてくれよ。俺はまた、気が向いた時にするよ」

 

小高い暗がりから、辰は見おろしている。

 

ギンコ「山に君臨する気分ってのは、ずいぶんといいもんらしいな。だが目を醒ませ。おまえは意思すら持たねえ蟲に踊らされてるだけだ」

 

「うるせえな。あんた、自分の立場わかってんのか? 卯介の薬だけ置いてってやってくれよ。俺はなあ、もう二度とごめんなんだよ。親父がいた頃みてえに狩られるかもしれねえ側に戻るなんてな」

 

ギンコの体が動かなくなった。

 

▲「うるせぇな。あんた、自分の立場わかってんのか」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ゆっくり辰が右手をかざす──。

 

卯介「辰兄やめてよ! 大丈夫だよ。怖いことなんてないよ。おれ、襲われない方法知ってっから。だから・・・」

 

卯介の言葉を聞くと辰は、きびすを返して森の暗がりに姿を消した。

 

山の王の失墜

▲「腕が動かねぇ。このままじゃケモノにやられちまう」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコの忠告にも関わらず、まるで山の王のようにふるまう辰。すべての者がひざまずいて当たり前といわんばかりに傲慢だ。しかし卯介だけは可愛いようで、森の中の倒木に腰を下ろした辰は、右手の目を見ながら「戻らねぇと、元の俺に、戻ってやらねぇと・・・」と呟く。

 

ダァーーーーン!

 

銃声が響いた。音のした方にギンコと卯介が急ぐ。そこには二人の猟師がいた。

 

ギンコ「何を撃った?」

 

猟師「熊だと思うが、崖から落ちちまった」

 

見ると、気の枝にドロリとした黒い液体がついていた。

 

ギンコ「・・・腐酒だ」

 

提灯ももたず暗がりに座っていた辰は、猟師に熊と間違えられ撃たれた。しかし幸いなことに、撃たれたのは右腕で、すぐに命に係わるものではなかった。動かなくなった腕を伝い、辰の血が流れ落ちる。血の匂いに集まるケモノに襲われるかも知れないと、辰は洞穴を見つけて入り込んだ。

 

まだ、夜は始まったばかりだ。辰はケモノの気配がしないかと、神経を張り巡らして夜を過ごした。

 

夜が、こんなに長いとは。

 

闇がこんなに恐ろしいとは・・・。

 

やがて、山際が白み始めた。「辰兄ー!」。遠くに卯介の声がした。

 

「ここだ卯介!」

 

洞穴から出てきた辰は卯介を呼ぶ。その背後に、数えきれないほどのカラスが群れていた。

 

▲無数のカラスが辰を襲う 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

目が金色に光っている。

 

ギンコ「まずい、出てくるな!」

 

カラスの大群は、辰めがけて遅いかかった・・・。

 

ギンコと卯介に助けられ家に帰った辰は、布団に横たわり呆けている。顔は傷だらけで、右腕はなかった。

 

「鳥どもは、何で俺の腕を」

 

ギンコ「動物・・・中でも特に鳥類は、目玉文様に恐れを抱く。果実の匂いに引き寄せられても、これまで掌の文様のために襲えずにいたのだろう。目玉が血で隠れた時、その腕は鳥にとって甘美なエサとなったんだ」

 

「鳥の・・・エサか」

 

そういえば、最初から辰の家の屋根にはカラスが群れていた。カラスたちは、ずっと辰を襲う機会をうかがっていたのだ。これまで辰が襲われずに済んだのは、辰がいつも夜に狩りをしてきたからだろう。夜は、カラスもねぐらに帰る。

 

▲卯介の顔色が良くなった 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

卯介がやってきて、辰の額に濡れた布を置いた。

 

卯介「辰兄、だいぶ熱下がったね」

 

「おまえ、ずいぶん顔色良くなったな」

 

卯介「だろ? もうずっと血を吐かない。きっと光酒ってのが効いたんだ。おれも狩り覚えるからさ、辰兄も早く元気になって一緒にしよ」

 

辰は残った左手を卯介に伸ばす。頭を撫でると卯介は、嬉しそうな顔をした。

 

「ああ、そうだな」

 

兄弟の家を辞したギンコは、提灯を片手に夜道を歩く。微かな音に驚き振り返ると、草むらの影にキツネがいた。

 

ギンコ「何だよ、驚かすなよ」

 

自然を熟知しているギンコですら、闇は怖いようだ。最後は語りで締めくくられる。

 

闇の中では、誰しも何かの幻(かげ)に怯える。闇に遊び、踊り戯れるは異形ばかり。

 

もしも、真に夜の異形の王がいたなら、やはり、あんな風なのだろう・・・。

卯介を撫でる手

▲辰は左手で卯介の頭を撫でる 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

辰は腐酒に乗っ取られ、危うく蟲になりそうになりながらも、ヒトに留まった。辰を人に留めたのは、卯介の兄を思う気持ちと、辰自身の卯介を思う気持ちだった。それがなかったら、簡単に辰は父親と同じ道を歩んでしまったのだろう。

 

思えば母親が逃げ出さず、しっかり父親への愛情を示せていれば、父親も蟲になりきることはなかったのかも知れない。(無理だったかもしれないが・・・)。人を変えるのは、強い愛情と信念だという。卯介の、そして辰の強い愛情と信念が腐酒に勝ったのだ。

 

本作のタイトルは「夜を撫でる手」だが、作中に2度、辰が卯介を撫でるシーンが登場する。

 

1度目は光酒を手に入れるためギンコが兄弟の家から旅立ったとき。辰は卯介を眼玉模様のある右手で撫でた。卯介はあまり嬉しくなさそうに俯いた。

 

2度目はラストだ。右手を失った辰は左手で卯介の頭を撫でる。このときの卯介はしっかり兄を見ながら、嬉しそうにしていた。

 

恐ろしい物語だったが、兄弟のまっすぐな心の強さが頼もしく感じられた。

 

禁種の蟲とは腐酒の親玉のようなものカモ!?

▲禁種の蟲を封印し続ける淡幽 出展/TVアニメ「蟲師」

 

蟲にとりつかれ、自我を失い、次々無駄な狩りをする。生きるためではなく、ただ自分の欲を満たすため。そしていずれ取りつかれた者は、人としての姿を失い、蟲となってしまう・・・。

 

腐酒は、もともと感情はないが、動物の血に紛れると意思をもつという。その意思は、生命を憎んでいるようだ。自分がなるはずだった蟲になれなかった逆恨みで、あらゆる生命を憎んでいるように思える。

 

第20話「筆の海」で、淡幽の足に封じられている「禁種の蟲」について、たまはこう説明している。

 

たま「その昔の大天災の折、動植物も蟲も衰えゆく中、異質な蟲が現れ──他のすべての生命を消さんとしたのです」

 

この蟲について詳しい記録はないそうだが、それは今回登場した腐酒の親玉のようなものだったのではないだろうか? 命をねたみ、そねみ、滅ぼそうとする蟲。本来なら、すべての命の源であるはずの光酒が腐ったなれの果て。

 

元は大天使だったが堕落して地獄の長となった堕天使サタンのような、禁種の蟲とは、そんな蟲なのかもしれない。

 

一番恐ろしいのはヒト

▲「真に夜の異形の王がいたなら、やはり、あんな風なのだろう・・・」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

おうおうにしてヒトは、人間と自然を切り離して考えるが、ヒトもまた自然の一部なのだと「蟲師」ではくり返し訴える。今作もそうだ。

 

しかし自然の中でヒトは、かなり異端児なのは確かだ。川をせき止め、海を埋め立て、火を燃やして地表の温度すら変えてしまう。これらが自然にとっていいのか悪いのか分からないが、そんな知恵がある生き物は他にいない。

 

今作のラストは「真に夜の異形の王がいたなら、やはり、あんな風なのだろう・・・」と、絞められている。ヒトは知恵があるだけに、悪い方の異形に落ちれば恐ろしい。

 

辰の右手を食べたカラスは、腐酒も同時に食べたはずだ。カラスたちは、きっとほとんどが腐酒の毒に当たってしんでしまうだろう。しかし腐酒の毒に耐えるカラスもいるかもしれない。そのカラスが命をうとみ、手あたり次第にミミズや野ネズミを狩りだしたら・・・。

 

──たぶん、その程度じゃ山はびくともしない。カラスでは、闇の王にはなれそうもない。

 

各作品にはテーマカラーがある。長濱博史監督インタビューより

▲「蟲師」第4話「枕小路」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

第1期のときから感じていたことだが、やはり「蟲師」の各作品には、テーマカラーが存在した。長濱監督は、インタビューで、こう語っている。

 

長濱監督「ギンコって劇的に変わらないキャラクターなんです。だいたい同じシャツに同じコートで、季節によってコートを着るか着ないかくらいじゃないかな。でも、ギンコは変わらなくても、「蟲師」の世界の舞台は毎回変わっていくじゃないですか。山間部もあれば南の海もある。それに各話で誰が主軸になるかというと、ギンコではない別のキャラクターです。そこで、各話の世界にギンコを馴染ませる手助けとして、テーマカラーというものを設けた感じですね」

 

ふむふむ、なるほど。テーマカラーについて、長濱監督は、第1期の第4話「枕小路」を例にとる。

 

長濱監督「そうですね。例えば1期の4話「枕小路」のイメージカラーは「苅安(かりやす)色」っていう、黄色っぽい色なんですけど、画面全体にうすーく黄色い色味を混ぜているので、ギンコの髪の色が少しだけ黄色がかってる。この影の色の彩度をあげていくと真っ黄色になるんですよ。明確に「今回黄色の回だ」って認識しなくても、人間の脳はすごく優れているので、前の話のギンコとは違うってことはわかってくれるはずなんですよ。同じ服を着て同じ髪なんだけど、前とは違う。全話のギンコを並べてみたらわかると思います。同じように見えても、全部色が違いますよ」

 

今作も、似たような黄色っぽい色がテーマカラーになっている。苅安色よりもう少し暗い・・・黄朽葉(きくちば)色あたりだろうか。

 

出展/「蟲師」アニメ再始動──長濱博史監督が明かす8年間

 

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