TVアニメ「蟲師 続章」第10話「冬の底」。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!



第10話/「全部ヌシ殿の掌の上か。まぁいいか、世は春だ」

出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

第十話

冬の底

fuyu no soko

 

「蟲師」にはさまざまなタイプの物語があるが、とくに「蟲師」らしい作品といえば、やはり「山のヌシ」をテーマにしたものだろう。光脈筋にある山には必ず「ヌシ」がいて、山のすべてを統率している。動物も植物も、すべてを良い状態に保つのがヌシの役割だ。その中にはヒトも含まれる。

 

今作「冬の底」と次作「草の茵」(くさのしとね)は、どちらもギンコと山のヌシとの関わりを描いた作品。今作は「蟲師」としてのキャリアを積み蟲について熟知している現在のギンコとヌシとの、ユーモラスで不思議な関わり。次作では、かつてまだ好奇心旺盛な少年だった頃のギンコが犯した過ちが描かれている。どちらも興味深い。

 

続章は、ストーリーがよく練られた作品が多いなかで、今作は異質だ。登場人物はギンコ一人。ギンコの独り言に終始する。最初と最後で、ギンコに内面的な変化があったかといえば何もない。小説としては、こういう作品は駄作の典型だが、今作は駄作どころか素晴らしい出来だ。

 

「蟲師」の世界観や良さを再認識させてくれる作品で、ただただ楽しい!

 

ギンコ、山で冬眠を決め込む

▲ギンコお手製サバイバルテント 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

冒頭、土井美加さんの味のある語りから物語は始まる。

 

晩冬の山に、小さく低く囁くような音が聞こえると、じき、いっせいに春の蟲が目を覚ます。

 

それは山々のヌシ達が目覚めの日取りを相談する声。

 

足下に枯れ葉の積もる山をギンコは歩いている。(ん、そろそろか)。ふとギンコは何かに気づき、地面に耳を当てる。おそらくギンコは、語りにある「ヌシ達が目覚めの日取りを相談する声」を聞いたのだ。

 

ギンコ(参ったなー。啓蟄までにゃこの光脈筋、抜けたかったが。思いのほか、今年は早そうだ)

 

そこでギンコは手紙を取り出す。

 

ギンコ(啓蟄後の蟲どもは腹減らしてて厄介だしな。呼ばれているが仕方ない。そう急ぐ用でもねぇ。数日こもるか)

 

そう言うとギンコは、細い木の枝を集めて奇妙なものを作り始めた。人一人が寝そべることができる、枝のテントだ。テントの中に潜り込むと、ギンコは周りに蟲除けの煙を焚いて目を閉じた。

 

ギンコ「ふう」(まだまだ寒いな。だが、目が覚めりゃもう春だ)

 

まるでミノムシのように、このまま数日、冬眠する気だ。晩冬の山。ゆったりと進む時間を表す映像がとにかく美しい。

 

▲蟲除けを焚いて、しばらくここで寝ることに 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

やがてギンコは目が覚める。

 

ギンコ(もういい頃かね。・・・妙に静かだな)

 

ギンコは枝の隙間に指を入れて穴を開け外を見て、思わず「何だこりゃ」と呟いた。外は一面の銀世界・・・。「目覚めたら春」どころか、真冬に逆戻りしてしまっていた。

 

いやしかし。のっけから楽しいじゃないか!

 

啓蟄は冬眠していた虫や動物が一斉に出てくる時期をさすが、同じように冬眠する蟲もいるのだろう。そうして出てきたハラペコの蟲たちは、きっとギンコに集まるのだろう。それが嫌で、啓蟄をサバイバルテントでやり過ごしてからこの山を抜けようというのだ。

 

しかし、なぜか目覚めてみれば外は雪・・・。啓蟄の気配はまるでない。これではテントにこもる意味もないので、ギンコは雪の中を歩き始める。

 

閉じた山

▲「くそぉ。読みを外したか」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

マフラーを頭に巻き、藁靴(わらぐつ)をはいて、ギンコは雪の山道を歩き始めた。少し機嫌が悪そうだ。

 

ギンコ「くそぉ」(読みを外したか。どうなってんだこりゃ。とっくに雪解けしていい頃だろ)

 

ピュォォォォォ~と、笛のような音をたてながら突風が吹きすさぶ。風の中には小さな粒がみえる。どうやら蟲のようだ。

 

ギンコ(”おろし笛”までまだいやがる。さすがに、もう真冬の勢いはないようだが)

 

そこでギンコは向かいの山に目を留めた。

 

ギンコ(向うの山は雪がもうない。日当たりのせいか? ん・・・あれは。”おろし笛”のワタリだ。北へ帰ってく。この山の群れはまだ合流しないのか?)

 

ギンコは早く山を抜けようとひたすら歩く。──と、目の前になぜか自分の足跡を見つけてしまう。

 

▲「ずっと下ってんのに、何で来た道に戻るんだっ!」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

(戻っちまった)。しばらく歩いて、また同じように前方に自分の足跡を見つけ、さすがにこれはおかしいと思い始めた。

 

ギンコ「ずっと下ってんのに、何で来た道に戻るんだっ! ・・・山が閉じている──」

 

ギンコは足下の雪をどけ、地面に耳をつける。ヌシの声を聴くためだ。しかし──。

 

ギンコ(声が・・・しない。ムグラの気配も消えてる)

 

(光酒で呼び出すか)と、一旦は光酒の瓶を取り出したギンコだが、(何があるか分からんからやめておこう)と思い直した。ついにギンコはヌシを捜すことにした。地図によると、この山のヌシは大亀だ。(沢をたどればいるだろ)と、またギンコは歩き出す。

 

洞穴を見つけて覗いてみるが、なかなかヌシはいなかった。いや、ヌシどころか、動物一匹見つからない。

 

ギンコ(しかしよく見れば、あちこちに山崩れの跡があるな。おそらく秋頃、台風に遭った跡。かなりの規模だ。その傷を癒すため、ヌシは山を閉じて山ごと冬眠させているのか)

 

あちこちに雪をかぶった倒木が転がっていた。

 

ギンコ(・・・だが、弱った生物にとって冬眠は、そのまま死んでしまう事もある賭け。となりの山じゃもう春。なのにまだ息を吹き返さないという事は──もう、この山は死を待つのみ。このままじゃ俺も巻き添えか)

 

そこまで考えて、さすがのギンコも焦りの表情を浮かべた。

 

沼の中

▲甲羅に草の冠を載せた大亀のヌシ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコは何かの視線を感じた。息を切らせて土手を登ると、明らかに人のものではない、何かが這ったような跡があった。跡をたどると、小さな沼に出た。沼の対岸に大亀がいた。甲羅に草を生やしている・・・ヌシだ! ギンコは大声で呼びかける。

 

ギンコ「なぁ、おいっ。ヌシ殿よ。いつまで山を閉じたままなんだ。もう、あきらめてくれねぇか。外はもう、とうに春なんだ」

 

ヌシはゆっくりギンコの方を向いた。すると”おろし笛”が一斉に集まってきた。

 

ギンコ(何だ。集まってきた。こっちへ来る!)

 

”おろし笛”の一団が突風の塊となりギンコを後ろに押し戻す。ギンコは思わず沼に足を踏み入れた。ずぶずぶとギンコは沼に沈んでゆく。ついに指先まで沈んでしまうと、最後に背負い箱だけが浮いてきた──。

 

▲「何だここは?」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

沼の底は奇妙な場所だった。下の方から金色の泡が浮いてくる。光酒が湧きだしているのだ。ギンコの周りには、さまざまな動物たちが眠っている。イノシシもウサギも魚も鹿もヘビも・・・。

 

ギンコ(何だここは。泥の中のようだが・・・呼吸ができる。皆、眠っているのか? 光酒が湧きだしてる。皆ここで身体を癒していたのか・・・。そうか、まだ山はしんじゃいなかったのか。よかったな。よかった・・・)

 

ギンコも沼の中で眠りについた──。

 

全部ヌシ殿の掌の上

▲沼に立ち上がり呆然と見まわすギンコ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

やがてギンコの頭の上で魚が泳ぎ始めた。ギンコは沼に立ち上がる。深さは腰ほどで、もう底なしではなくなっていた。呆然とした表情でギンコは呟く。

 

ギンコ「春・・・なのか?」

 

雪は解け、鶯の声すら響いている。ピューと”おろし笛”の音が聞こえてギンコは振り向く。そこに背負い箱が横倒しになり、脇には光酒の瓶が口を開けた状態で転がっていた。”おろし笛”たちは、こぼれた光酒に群がっているのだ。

 

ギンコ「おい、よせっ!」

 

貴重な光酒を飲まれてはたまらない。思わずギンコが叫んだとき、”おろし笛”たちは一斉に舞い上がった。

 

ギンコ(渡ってく。山が・・・開いたんだ)

 

ギンコは岸に上がり、どさりと座り込んだ。

 

▲「おろし笛」が渡ってゆく 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

青空を渡ってゆく”おろし笛”を見ていると、ギンコの周りでひょこひょこ蟲が地面から顔を出し始めた。啓蟄だ。

 

ギンコ「やばい。始まった。くそっ、これじゃ蟲煙草も全滅だな」

 

ギンコはあわてて背負い箱を肩にかける。当然、水浸しだ。「さて、急ぐか」とひとりごちてギンコは山を下り始めた。しばらく行くと、今度はあっさり抜けられた。振り向くと、山はもう若芽色に染まっていた。

 

▲「まぁいいか。世は春だ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

里は、すっかり春めいている。足元にはさまざまに野の花が咲く。

 

ギンコ(思ったより楽に出られたな。山が本調子でないせいか? それともヌシが、蟲どもを抑えてくれてたか・・・。しかし光酒までなくしたのは痛い。まぁ、弱った”おろし笛”が渡りをするには必要な養分なんだろうが)

 

──と、そこまで考えてギンコは気づく。

 

ギンコ「まさか、俺を山に入れたのは、光酒目当てでか?」

 

ギンコは春の野に腰をおろし、やがて寝転んだ。

 

ギンコ「全部ヌシ殿の掌の上か。まぁいいか、世は春だ」

 

光酒を失ったくらいで体はなんともないし、蟲師として貴重な体験ができたわけだし、とりあえずギンコとしては問題なし!

 

冬は往き

 

山は笑い

 

野は錦

 

春が来た。

 

山の空気感を堪能できる、癒しの佳作

▲春の蟲が一斉に目を覚ます 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

──というわけで。

 

ギンコがヌシ殿の策略にはまり、光酒を盗られてしまったという話だった。傷ついた山を癒すためヌシは山を閉じ、その間、光酒の湧く沼で動物たちを冬眠させた。”おろし笛”は渡り蟲のため冬眠させることができないので、ギンコの光酒を与えて渡るための養分にした、と。それだけの話だ。

 

しかし、ほぼモノクロで描かれた寂しい冬山や、金色の泡が上ってゆく沼の中の様子、さらに啓蟄を迎えポコポコ蟲たちが顔を出す様子など、どれも非常に楽しく見られた。春真っ盛りの里も美しい。

 

最初のサバイバルテントも、まるでミノムシのようで面白かった! 調べてみると、実際、遭難したときには、あのようなテントを作って凌ぐらしい。ちょっと「くまのプーさん」のイーヨーの家のようだと思った。

 

▲冬は往き、山は笑い、野は錦 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

原作漫画も本当によく描かれているのだが、やはりこれはアニメで楽しみたい作品だ。ただぼんやり観ているだけで、こちらもすっかり癒される。ギンコがヌシ殿に翻弄される姿もコケティッシュで、ラストも明るく、思わず口元が緩む。

 

「蟲師」の中でも、かなり好きな作品だ。

 

呼び出しの手紙は誰から?

▲手紙はたぶん淡幽から 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

最初にテントを作ってしばらく冬眠しようとする直前、ギンコは手紙を開いている。じつは原作漫画では、何が書いてあるのか読めないが、アニメでは、しっかり内容が読み取れる。手紙には、こう書かれていた。

 

「達者でやっている事と思う。

 

少々頼みがある。

 

都合良き処で、

 

顔を出してもらえまいか」

 

アニメでは、今作「冬の底」の次に特別編「棘のみち」(おどろのみち)が挟まれた。「棘のみち」は、「蟲師」第20話「筆の海」の「淡幽」からの依頼で、ギンコと、ギンコとはまったく異なる道を行く蟲師が蟲の異変に立ち向かうという物語だ。

 

上の文面からして、手紙はどうやら淡幽からの呼び出し状のようだ。

 

増田俊郎さんのBGMが素晴らしい! 長濱博史監督インタビューより

▲ファンから「ギンコの嫁」と呼ばれている狩房淡幽 出展/「蟲師 特別編」「棘の道」公式

 

「蟲師」の魅力のひとつに、音の良さが挙げられる。音響もいいのだが、今回は楽曲について。各話のラストを締めるEDには、作品中に使われる楽曲からそれぞれの作品にふさわしいものが選ばれている。これらBGMは、増田俊郎さんの手による。

 

長濱監督は、楽曲については増田俊郎さんに全幅の信頼を寄せている。「この話はこんなイメージで~という注文はあるのですか?」という質問に対して、長濱監督はこう答えている。

 

長濱監督「全くないです。「この話の曲を下さい」って増田さんに言うだけです。実は笑い話があって、淡幽が出てくる「筆の海」という作品があるのですが、この曲のCDが届いて聞いてみたら、なんか違和感があって。僕はどうしてもそれが淡幽の曲とは思えなくて、「これ本当に『筆の海』ですか?」って確認したんですよ。でも届いたCDには確かに「筆の海」って書いてある。でも「筆の海」じゃないと思う、って話をしていたら、増田さんから連絡が入って、さっき送ったCD間違ってましたって。もうわかっちゃうんです。あの話の最後にこの曲が流れるわけないって。改めて届いたCDを聞いたら「ああ、これですこれです」って。ちょっと神がかってますよね(笑)」

 

これはすごいエピソードだと思う!

 

通常のアニメではEDはいつも同じ曲が繰り返されるので、見慣れると飛ばしてしまう人も多い。しかし「蟲師」だけはいつも飛ばさず最後まで聞くという意見がよく上がるのも頷ける。

 

出展/「蟲師」アニメ再始動──長濱博史監督が明かす8年間

 

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