TVアニメ「蟲師 続章」第12話「香る闇」(かおるやみ)。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!



第12話/花の香りが呼び起こす既視感は、気のせいではないかも知れない。

出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

第十二話

香る闇

kaoru yami

 

夜の闇に浮かぶ枝いっぱいに咲いたピンク色の花。おそらく実桃の花だ。ちらちら散る花びらの下、今回の主人公カオル(年齢30歳前後の男)は、妙な想いに囚われる。

 

夜、ふと花の匂いを嗅ぐと、何かを思いだしそうになる。

 

クワを肩にかついだまま足を止めてしまったカオルを、少し先を行く妻の郁が呼ぶ。

 

「カオルー。どうしたの、もう帰るわよ」

 

カオル「ん、ああ」

 

郁にこたえると、「なんだったろうか」と訝しく思いながらもカオルはまた歩き出した。

 

でも、いつも思い出せない。

 

懐かしいような。

 

・・・恐ろしいような、何かを。

 

カオルの想いをよそに、花びらは夜に降り注ぐ。

 

花香る

▲「一晩、軒を借りられんだろうか」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

豪雨の日、カオル一家は家にいた。カオルは土間で縄をない、郁は裁縫。まだ幼い娘は郁を手伝っている。──そこに、入口の戸を叩く者があった。

 

カオル「どちらさんだい」

 

ギンコ「旅の者だが、この雨で難儀している。一晩、軒を借りられんだろうか」

 

それは、頭からずぶ濡れになったギンコだった。笠くらい持てばいいのに。

 

カオル「そりゃご苦労だな。上がって休んでいくといい」

 

カオルは快く迎え入れた。

 

部屋にコートを広げて乾かし手ぬぐいで髪や顔を拭いて、ギンコはようやく人心地ついたようだ。

 

カオル「へえ、蟲師」

 

ギンコ「ああ。何か具合の悪いところや、奇妙な事でもあれば役に立てるかもしれんがどうだい」

 

カオル「さあ。うちは皆丈夫なのが取り柄でな。困ったことと言や、働けど働けど楽にはならんという事ぐらいか」

 

カオルはそう言って笑った。

 

カオル「旅をしてるなら、よその土地の話を聞かせてくれよ。もう長い事、この里から出てないんでな」

 

翌朝、雨も上がったので、ギンコは出かけることにした。

 

ギンコ「世話になったな」

 

カオル「何の。色々、変わった話が聞けて面白かったよ。俺らは平凡に暮らしてきたからなぁ」

 

ギンコ「何事もないのが、一番いいさ」

 

カオル「まぁ・・・そうだな」

 

カオルたち3人は、戸口でギンコを見送った。外には鶯が鳴いている。ギンコがこの家を訪れたのは春のことだ。

 

田んぼに稲を植え、夏には汗をぬぐいながら草を引き、少ない食べ物を3人で分け合い月日は過ぎてゆく。冬になれば屋根の雪を下ろし、また春がくれば成長した娘が一緒に畑にクワを入れるようになった。

 

▲娘は成長し嫁いでいった 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

やがて娘は成長し、白無垢を着て嫁いでいった。年老いたカオルと郁は、家に二人だけになったが、それでも幸せそうに微笑み交わす。穏やかな老夫婦だ。

 

やがて来た春の日。山向うに落ちる太陽に、あたりは赤く染まっている。山菜の入った背負い籠をかついたカオルが提灯を手に山道を急いでいる。

 

カオル「すっかり遅くなっちまったな。早く帰らねぇと、あいつが心配する」

 

ふと、どこからか花の匂いが流れてきた。

 

カオル(花の匂い・・・。ああ、まただ。また何か大事な事を忘れてるような・・・)

 

カオルは目の前に洞穴があるのに気づく。

 

カオル(こんな洞があったかな。誰かが掘ったのか? 花の匂い。この中からだ。なら、どこかに出られるのか。この方角なら里への近道かもしれん)

 

▲「こんな洞があったかな?」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

妻を心配させたくなかったカオルは、その洞穴を進む。ますます香りは強くなる。

 

カオル(ああ。花の匂いでむせ返るようだ。一体、何だったろう。何を忘れてしまってるんだろう。・・・そう、確か、遠い、遠い昔の事だ・・・)

 

カオルは洞穴を進みながら、思いだせそうな何かを必死で考える。

 

幼い頃の後悔。そしてその後の平穏な生活。

▲お茶が入ったと母親が呼ぶ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

カオルは蔵元の息子だった。春になれば、庭に桃の花がたくさん咲いた。

 

母親「カオルー」

 

カオル「なぁに、母さま」

 

母親「お茶が入ったわよ」

 

当時のカオルは13歳くらいだろうか。部屋で母親と団子とお茶をいただいていると、外から父親の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

父親「ならんならん。いいかげんにしろ。年ねん、評判は落ちるばかりじゃないか。賃上げしろというなら、もっとましな酒造ってみろ」

 

蔵人たちが蔵元(カオルの父親)に賃上げ要求しているようだ。しかし蔵元は、頑として認めない。その中にはカオルと同じくらいの年の丁稚もいた。

 

ある日カオルが独楽(こま)を投げて遊んでいると、丁稚の足下に跳んでいった。

 

カオル「なぁおい、それ取れよ」

 

お坊ちゃん育ちのカオルの、傲慢な言い方が面白くなかったのだろう。丁稚はふいと向うを向いて行ってしまった。カオルは怒る。「何だよあいつ!」と、力任せに投げた拍子に、独楽は高そうな壺に当たった。困ったカオルは、それを丁稚のせいだと父親に告げ口した。

 

丁稚「やってません」

 

父親「嘘をつくな。カオルが見たと言ってるんだ。何だ、謝れんのか。なら、とっとと出て行け」

 

翌日の早朝、厠にでも起きたらしいカオルが縁側を歩いていると、蔵から例の丁稚で出てくるところが見えた。「あ・・・」と言ったカオルに気づくと、丁稚はチラとカオルをみて、逃げるように走り去った。

 

▲丁稚は逃げるように走り去った 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

明るくなって騒ぎが起きた。なんと蔵の大樽の栓がすべて抜かれていた。壺壊しの汚名を着せられ追い出された丁稚の腹いせだろう。

 

結局、それを契機にカオルの家は酒蔵を廃業した。田舎の小さな家に引っ越し、両親とカオルの3人で畑を耕し、山で柴を刈り、つつましく暮らした。

 

ふと見ると、桃の花が咲いていた。髪を一つに結んだ少女が枝に手を伸ばしている。(あれ、あの子、どこかで・・・)と、カオルは思う。(でも、一体、誰だったっけ)。やっぱり思いだせない。

 

▲「あれ、あの子どこかで?」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

「ほら」と枝に手をかけ下げてやると、少女は「ありがとう」と、お礼を言った。少女が花の香りを嗅いでいる様子を見ながら、カオルはまた妙な感じを覚えた。

 

カオル(あれ、何だろう。今とても、懐かしい感じがした・・・)

 

少女の名前は「郁」といった。やがて若者になったカオルと郁は祝言をあげ、二人に子どもが生まれ、両親を見送り──。雨の日に蟲師の男を泊めてやり、娘が嫁ぎ、山菜を採った帰りにすっかり暗くなった山の中でカオルは花の香りに誘われ洞穴を見つける・・・。

 

カオル(あれ? 何か妙だな。でも・・・一体何が? まただ。また、思いだせない。でも、この穴は前にも見た事がある。花の匂い。この中からだ。なら、たぶんどこかに出られるはずだ。早く戻らなけりゃ。あいつが心配する)

 

カオルは提灯を提げて洞穴を急ぐ・・・。

 

”廻陋”(かいろう)という蟲

▲(ずっとこの家に住んでるのに、時々とても懐かしい感じがする) 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

満開の桃の花の中でカオル少年は、奇妙な感覚におそわれる。

 

カオル(あれ? また何か、思いだしそうになった。何だったかな、もう思い出せない)

 

母親がお茶の用意ができたと呼びに来て、カオルは家に入る。家の廊下に立つと、またおかしな感じがした。

 

カオル(この頃、何だか変だ。ずっとこの家に住んでるのに、時々とても懐かしい感じがする)

 

団子を食べていると外から父親の怒鳴り声が聞こえた。

 

父親「ならんならん、いいかげんにしろ」

 

カオルの独楽が壺を壊し、それを丁稚のせいにして、丁稚がはらいせに酒造りの大樽の栓を全部抜き──。

 

▲前にも、こんな事があった気が・・・ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

一家で田舎に引っ越し畑を耕し、桃の枝に手を伸ばす少女がいて・・・。

 

そのときどきにカオルは思う。

 

カオル(ああ、この場面も見た事がある。ずっと、ずっと昔に。でも、ずっと昔って一体いつだ? 思いだせない。いつも、どうしても・・・)

 

土砂降りの日、ギンコがカオルの家の戸を叩く。

 

カオル「どちらさんだい?」

 

ギンコ「旅の者だが、この雨で難儀している。一晩、軒を借りられんだろうか」

 

カオルはギンコの顔に見覚えがあった・・・。

 

カオル「へぇ、蟲師」

 

ギンコ「ああ。何か具合の悪いところや、奇妙な事でもあれば、役に立てるかもしれんがどうだい?」

 

一旦は「さぁ・・・」とだけ答えたカオルだったが、妻と娘が床に入ってしまってから、思い切って訊ねてみた。

 

カオル「じつは、物心ついた頃から時々、初めてのはずなのに、見た事がある気がしたり、前にも同じ事があった気がしたりするんだ。気のせいなんかじゃない。今も思うんだ。こんな雨の晩に、前にもあんたを家に泊めた事がある・・・と」

 

ギンコ「俺はこの辺りに来るのは初めてだがな」

 

カオル「そうか。いや、まあ。だからどうという事もないんだが。ただ、どうにも気が落ちつかなくてな。こんな事は稀にある事なのかと・・・」

 

カオルの人生は、既に3回繰り返されている。いつも寸分たがわずに。しかし今度は違っていた。ギンコにこの話をするのは初めてだ。この後、カオルの人生は変わるのかもしれない。

 

▲「あんたは、”廻陋”(かいろう)に囚われちまったのかもしれんな」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコは蟲煙草の煙をふぅと吐き出し「既視感・・・か」と言った。

 

ギンコ「もしや。夜、花の匂いを嗅ぐと不安になる・・・とか」

 

カオル「ああ! そうだ。何かを忘れてる気がして──」

 

ギンコ「そうか。あんたは、”廻陋”(かいろう)に囚われちまったのかもしれんな。花のような匂いを出し、虫やけものを誘い込む漆黒の筒状の蟲だ。そして誘い込んだ獲物の時間を円環状に歪める・・・と、言われている。だとすれば、そいつは同じ時間をくりかえし生かされる事になる」

 

カオル「くり返し・・・」

 

ギンコ「誰にも確かめる術はない・・・が、もしそうだとしたら、あんたはもう、同じ人生を何度も生きているんだろう。そしてこの先のどこかでまた、同じように”廻陋”(かいろう)に出くわす。気づかずに、またその中をくぐってしまえば、また時間はくりかえし、同じ人生を味わう。既視感を持つ者の記録はあるが、すべてを調べる事など到底できない。そいつの人生のすべてを知るなんて事は・・・」

 

カオル「同じ事を、俺はくりかえし?」

 

ギンコ「何ひとつ言い切る事はできんが、一応、花の匂いのする暗がりには、用心したほうがいい。”廻陋”(かいろう)に囚われた者が思うように過去を変えたという話は聞かない。それに、既視感を持ったという事は、今までのように昔に戻る事はできないかもしれない。何度もくぐるうちに、”廻陋”(かいろう)と同化してしまうかもしれん。決してもう一度くぐろうなどとは考えるなよ」

 

”廻陋”(かいろう)と同化するとは──要するに、カオル自身が”廻陋”(かいろう)に取り込まれてしまうという事か。もちろんギンコの推測でしかないが、それはカオルとしても避けたい事態だ。

 

カオル「変えたい過去もあるが、それより俺は、この先が見たい。娘の成長や、孫の姿や、まだ見た事のない毎日がな」

 

カオルは目を上げ、そう言った。

 

翌日雨は上がり、ギンコはまた旅に出る。それをカオルと郁、まだ幼い娘が見送った。いつも通りに。

 

カオルが望んだ新しい毎日は・・・。

▲カオルは洞穴に背を向けた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

その後、成長した娘は嫁ぎ、カオルも郁もいい老夫婦になったある年の春。

 

カオル「おーい郁、山菜採りに行ってくるよ」

 

「そう、気をつけてね」

 

洗濯物を干す郁に見送られ、カオルは山に向かう。

 

夕暮れになり、背負い籠いっぱいの山菜を採ったカオルは、家路を急ぐ。もう夕陽は山向うに隠れ、あたりは急速に暗くなってきている。

 

カオル(すっかり遅くなっちまったな。早く帰らねぇと)

 

と、思ったところで花の香りが流れてきた。見ると、洞穴がぽっかり口を開けている。──しかし、カオルは思いだした。

 

カオル(ああそうだ。俺は何度もこの穴をくぐった後、あの頃に戻って──)

 

幼い頃に住んでいた桃の花咲く家や、丁稚が逃げていく姿、がらんどうになった蔵が思い浮かんだ。おそらく、今「これはやり直しなのだ」と分かった状態で戻れば、もう丁稚に罪をなすりつけたりしない。そうすれば酒蔵を廃業しなくても済んだろう。

 

しかしカオルは穴に入らなかった。以前ギンコに言った通り「変えたい過去もあるが、それより俺は、この先が見たい。娘の成長や、孫の姿や、まだ見た事のない毎日がな」の気持ちが勝ったのだ。

 

カオルは洞穴に背を向け、山道を普通に帰った。

 

家の前に郁が待っていた。カオルを見ると笑顔で言う。

 

「カオル、遅かったじゃない。何かあったの?」

 

カオル「・・・ああ。このおまえは初めて見る」

 

「え?」

 

カオル「ずっと、幸せな悪夢を見ていたようだ」

 

「何よそれ? どうしたの一体」

 

カオル「これからはずっと、新しい毎日がやってくるんだ」

 

郁を抱き寄せたカオルは嬉しそうだ。カオルは”廻陋”(かいろう)から逃れることに成功した。

 

新しい毎日も、これまでと変わらず穏やかだった。ある秋、カオルは郁と二人でキノコ採りに山に入った。ふと見ると、すぐ側にいるはずの郁の姿がない。郁は──崖から転落して倒れていた。カオルは郁を背におぶい、急いで山道を下る。

 

カオル「辛抱しろ、すぐ医者に連れてってやるからな」

 

大声で郁を励ますが、郁の体はじょじょに冷たくなってゆく。どうすれば・・・。このままじゃ里に着く前に──と、唐突に花の香りがしてカオルは立ち止まる。

 

▲「なあ郁。この中から花の匂いがする。里への近道かもしれん」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

すぐそこの崖にぽっかり穴が開いていた。

 

カオル「なあ郁。この中から花の匂いがする。里への近道かもしれん。大丈夫だよ、おまえは助かるんだ。そしてまた、遠い未来に、俺と一緒に暮らすんだ・・・」

 

郁を背に、カオルは穴の中に入っていった──。

 

花の香りが郁の既視感を呼び起こす──。

▲少年が枝を下げてくれた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

郁が花の香りをかごうと桃の枝に手を伸ばすと、「ほら」といって少年が枝を下げてくれた。「ありがとう」とお礼を言うと、少年はどこか困ったような表情をした。

 

郁は青年になったその子の元に嫁ぎ、やがて娘が生まれ、娘が5歳くらいになったある春の夜。畑から3人で帰る途中に花の香りをかいだ。

 

(あれ、今、何か思い出しそうな気がした)

 

カオル「郁、どうかしたのか」

 

「ううん、何でもない」

 

(一体何だったかしら?)と、郁は思う。(何か懐かしいような、恐ろしいような──)と。

 

▲最初と違い、郁から観た映像になっている 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

とある雨の夜に入り口の戸を叩く音がする。カオルが外に声をかける。

 

カオル「どちらさんだい」

 

ギンコ「旅の者だが、この雨で難儀している。一晩、軒を借りられんだろうか」

構成が抜群に上手い!

▲最初と最後は人称が変わって同じ場面 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

レコード盤に傷がついてしまったように、同じ時間を繰り返し生きてしまうSF風味な物語だった。このアイデア自体はそう目新しいものでもないが、構成が抜群に上手いと思った。

 

最初はギンコが家を訪れてからカオルが”廻陋”(かいろう)をくぐってしまうまでを描いている。2度目は、カオルの少年時代の過ちからギンコが家を訪れるまでを丹念に、それ以降は駆け足で”廻陋”(かいろう)をくぐるまでを描いている。3度目は、カオルが少年時代からギンコが家を訪れるまでを駆け足で描き、そこでギンコは「あんたは、”廻陋”(かいろう)に囚われちまったのかもしれんな」と告げる。

 

3度もカオルの同じ人生を繰り返しているのに中だるみ感がなく、非常にうまく進められている。

 

次にカオルが”廻陋”(かいろう)に出合ったとき、カオルはその穴に入らなかった。しかしその後、郁が大怪我をしこのままでは助からないかも知れないと思ったときは、自ら進んで”廻陋”(かいろう)をくぐった。

 

カオルのその決断は、それだけ妻を愛しているからだ。”廻陋”(かいろう)をくぐる決意をする、それだけで十分愛情が伝わってくる。実際は辛い現実から逃げた愚かな選択だったかもしれない。いずれ自分も郁もゆっくりと”廻陋”(かいろう)に同化してしまうかもしれない。それでも──彼はどうしても妻を失いたくなかったのだ。

 

カオルの愛情と、愚かしさと、悲しさがないまぜになった、複雑な視聴後感も何とも日本文学的で美しいと思う。

 

物語の最初と最後は同じ夜に咲く花で、台詞もほぼそのまま。しかし最初はカオルが何かを思いだしそうになり、最後は郁が何かを思いだしそうになる。そしてギンコがやってくる──。ギンコを見る視点も、最初はカオル視点だが最後は郁視点になっている。観せかたも、よく練られている!

 

香りと記憶

▲マドレーヌを紅茶に浸したときの香りが記憶を呼び起こす

 

香りと記憶は密接な関係がある。鼻腔から入った香りは、脳で感情や記憶を司る「へんとう体」や「海馬」のごく近くで処理される。このため、ある香りがいつも同じ感情や特定の記憶を呼び起こすという現象が起きやすい。この現象を「プルースト効果」という。

 

20世紀初頭のフランスの作家マルセル・プルーストの長編小説「失われた時を求めて」に、紅茶に浸したマドレーヌの香りが少年時代の記憶を蘇らせたという描写あり、このことから「プルースト効果」と呼ばれている。

 

今作は、この「プルースト効果」を下敷きに創作されている。

 

「プルースト効果」は誰にも当てはまるので、これを積極的に使う方法もある。たとえば、いつも同じ香水をつけていれば、パートナーにその香りを嗅ぐたびにあなたを思いだしてもらえるようになる。枕元にラベンダーの香りを置いておけば、いつしかラベンダーの香りで眠くなるようにすることもできる。勉強中や仕事中にミントの香りを漂わせる習慣にしておけば、ミントの香り=集中する時間と体に覚えさせることもできるそうだ。

 

不思議で面白い現象だ。

 

pic up/桃の花の香り

▲桃の花

 

花には香りの良いものがいくつもある。沈丁花(じんちょうげ)、山梔子(クチナシ)、金木犀(キンモクセイ)などは、とくに香りが強い。ほかにも和水仙や白藤、馬酔木(アセビ)、忍冬(ニンドウ、スイカズラ)の香りも離れた場所からハッキリわかる。山百合などは、風に乗り遠くまで香りを振りまく。梅もすがすがしい香りがする。

 

今作に描かれている花は明らかに桃だ。しかし、わたしは桃の花に香りがあった記憶がない・・・。おそらく花粉の香りくらいはあるだろうが、良い香りのする花と思った覚えがないのだ。

 

調べてみたが、やはり桃の花の香りについての記述はほとんどなかった。が、「花桃に香りはないが、実桃は良い香りがする」という記述を見つけた。わたしは実桃(つまり実を採るための桃)の花の香りを知らないので真偽のほどはわからないが、この記述が正しいとして、今作の花は実桃だろうと推測した。

 

ピンク色の桃の花はいかにも「花」という絵になるので、香りが良いと広く知られている花ではないが、桃の花を原作者は採用したのだろう。

 

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