TVアニメ「蟲師 続章」第13話「残り紅」(のこりべに)。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!
第13話/老夫婦の愛情と、老人の決意が温かい怪談。
出展/TVアニメ「蟲師 続章」
第十三話
残り紅
nokori beni
今作は「逢魔が時」から着想された物語。「逢魔が時」は夕方6時前後の時間帯をさし、昼から夜に入れ替わる境界と考えられた。江戸時代には、夜は魑魅魍魎の跋扈する時間とされていた。このため夕方は、恐ろしい妖怪たちが出始め、「大きな禍(まが)」に逢いやすい時ということで「大禍時」(おおまがどき)と呼ばれていたものが、後世に「逢魔が時」に変化した。
「逢魔が時」やタイトルの「残り紅」については、後にまた詳しく書く。
今作は前作に続き、夫婦愛を描いたもの。一種の怪談だが、怪談の枠を超えたヒューマンドラマで、なかなかの良作だ。
逢魔が時
▲話しかけた影には、実態がなかった 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
空が赤く色づく頃、3人の少女たちが影踏みをして遊んでいる。遠くから一人の子の親が少女を呼ぶ。「あ、母ちゃんだ。あたし帰るね。いち抜けた」。それを潮にもう一人も「あ、あたしもー」と、手を振り帰っていった。
一人取り残されたアカネは、自分の横に伸びてきた影に気づいて話しかける。
アカネ「だぁれ? 一緒に遊ばな・・・」
そこまで言って、アカネは言葉を飲み込んだ。話しかけた影には人がいなかった。──つまり、影だけしかなかったのだ。
ギンコ、夜の森で老婆を拾う
▲「安心おしよ。大丈夫だよ」「どうだか」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
日の落ちた山道で、ギンコは提灯に火を入れた。あたりには虫の音が響く。季節は秋だ。
ギンコ「やれやれ。日の暮れるのが早くなったな」
提灯片手に歩いていると、暗がりに老婆が座っていた。ギンコは老婆を背に負ぶい、送り届けることにした。
ギンコ「本当にこっちでいいんだろうな」
老婆「安心おしよ。大丈夫だよ」
ギンコ「・・・どうだか。だいたい婆さん何であんな所にいたんだ」
老婆「それがねぇ。どうしてだかねぇ」
老婆は随分とぼけた感じだ。そこに老人の声がした。
老人「おおーい、ばあさんやーい。ばあさーん、みかげやーい」
老婆「じいさんだ! おーい、陽吉さん、こっちだよーーー!」
ギンコの表情はホッとしたような・・・いや、どちらかというとゲンナリした顔だ。とりあえず老婆は「みかげ」、老人は「陽吉」(ようきち)という名の夫婦だ。「大したお礼もできませんが、せめて休んでいってください」という陽吉のすすめで、ギンコは老夫婦の家に泊まることになった。
ギンコ「しかし、なぜ山に入ったのか分からないでは心配ですな」
陽吉「あれはこの頃、たまにこういう事がありましてな。夕方になると。・・・今日のような夕焼けの日なんかは特に帰ると言って、家を出ようとするのですよ」
ギンコ「ほぉ。年を取ると、稀にそう言いだす者がいるとは聞いた事があるが・・・。子どもの頃の記憶に一時的に戻ってしまうとか、その頃の家に帰ろうとしているのかもしれませんな」
その後二人は「もうろく扱いする」だの何だの口喧嘩を始めてしまうのだが──まぁ、仲のいい証拠だ。
陽吉「ほぉ、あんた蟲師なのかい」
みかげ「へーえ。昔この里にもいたねえ。娘の疳(かん)の蟲やらイネの病気やらで世話になったよ」
ようやく口喧嘩もおさまり、食事をしながら二人は仲良さそうに話す。あぐらをかいた陽吉の膝に見覚えのある痣(あざ)があった。痣の上に粉にした干し草を載せて焚くと、膝からにゅるりと蟲が抜け出してきた。「そういや、何か楽になったな」と、陽吉は膝をさすった。
ギンコは膝から抜け出た蟲を1匹捕まえる。いつものように、瓶に入れて研究するのだろう。
陽吉の心配事
▲陽吉は、みかげの心配を話す 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
その夜。みかげが眠ってしまってから、陽吉は寝床を抜けだしギンコを呼んだ。
陽吉「なあ、ギンコさんよ。ばあさんの事だがね。年を取って子どもの頃の事を思いだすというのは、昔の記憶をなくした者にもあるのかね」
ギンコ「さあ、そこまでは。ばあさん、記憶がないのかい?」
陽吉「ああ。あれは昔、突如この里に現れたのだ。普段はもうそんな事、忘れてしまっているのだがな。だが・・・ふと思い返すたび、あれは一体何だったのだろうと、思うのだよ」
陽吉が子どもの頃──おそらく12~13歳の頃、釣りからの帰り道に、おかっぱ頭にリボンをつけた女の子が一人で立っていた。
▲「アカネ、まだ帰んないのか?」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
あたりはきれいな茜色に染まった夕方だった。その子の名前は「アカネ」。アカネは陽吉より少し幼い10歳くらいにみえる。それまで里の子たちと3人で影踏み遊びをしていたが、二人は先に帰ってしまったのだ。
陽吉「アカネ」
アカネ「陽ちゃん」
陽吉「まだ帰んないのか?」
アカネ「父ちゃんが畑から帰るの待ってる」
陽吉「そっか。あんま暗くなる前に帰れよ」
アカネ「うん」
そういって別れたアカネは、その後ふっつり消息を絶つ。村総出でアカネを捜すと、陽吉がアカネと別れたあたりの暗がりにポツリと見知らぬ少女が立っていた。少女は名前を訊いても、自分の里を訊いても首を横に振るばかり。
村の者は「鬼の子」じゃないかと気味悪がったが、結局、アカネの父親がその子を引き取った。
陽吉「おまえ、アカネの真似すんなよな」
陽吉が言うと、少女は髪につけたリボンをほどいて地面に投げ捨てた。「あたしだって、こんなのしたくないわよ! でも、お義父さんがくれたんだから、仕方ないじゃない!」。そう言うと陽吉を押し倒し、馬乗りになってぼかぼか叩いた。そうして叩きながら、わんわん泣いた。
▲里に突然現れた「みかげ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
これが「みかげ」だった。どうやら、少々勝ち気な子どもだったようだ。
陽吉「やがてわしらは夫婦となった。共に子を育て上げ、共に老い、このままこの里に、共に骨を埋めるのだと、当然のように思っていた。夕方になるたび、帰るなどと言い出すまでは・・・。はは。妙な話だろう。ばあさんは、自分の故郷の事をいつか思いだすのかもしれん。そうしたら、やはり帰りたいと思うのかのう・・・」
陽吉は、これだけ長く連れ添った妻が、いつか自分の元を離れてしまうのではないかと心配なのだ。ギンコは思案顔で聞いている。
「大禍時」(おおまがどき)というモノ
▲「それと同じ現象を聞いた事がある」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
ギンコは、同じ現象を聞いたことがあると、話し始めた。
ギンコ「夕暮れ時に、人が入れ替わる・・・それと同じ現象を聞いた事がある。夕暮れ時にのみ現世にあらわれる”大禍時”というモノがある。それにのまれた者は、夕暮れ時、本体のない影のみの姿で現れる。そしてその影に踏まれたり踏んだりすると、影の本体と入れ替わりに大禍時にのまれてしまう。・・・のだろうと考えられている。なにせ、そうやって現れた者は、そこまでの記憶がなくなっているため、実証はない」
陽吉「じゃあアカネは、みかげと入れ違いに・・・。なら、アカネはその後どうなったんだ?」
ギンコ「さあな。でも、同じように誰かと入れ替わってどこかで暮らしているんじゃないだろうかね」
陽吉「どこに現れたかはわからんのか」
ギンコ「大禍時は現世とは別のところにあるという。いつ、どこでつながるかは、わからん」
陽吉「そうか。アカネも、どこかで幸せになってくれてるといいが・・・」
二人の会話を、みかげは襖の影から聞いていた。
▲「え・・・あんた、誰?」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
3人の女の子たちが、砂浜で影踏みをして遊んでいる。空がきれいに茜に染まる夕暮れ時だ。2人が「もう飽きちゃった」と、あやとりを始める。あぶれてしまったみかげは、草むらの向うから伸びる影を見つけて駆け寄った。
みかげ「ねえ、影踏みの続きしよ・・・」
話しかけたその影に本体はなかった。だいたいその影は、夕陽に向かって伸びている。明らかに不自然だ。みかげが驚いていると、その影はみかげの影を踏んだ。
こうしてみかげは、影と入れ替わり「大禍時」になってしまった。もちろん、この当時のみかげは「みかげ」という名前ではなかったろう。
かつて、みかげが住んでいたのは海沿いの里だ。今くらしているのは山側の里。かなり離れた場所のようだ。ギンコいわく「そうやって現れた者は、そこまでの記憶がなくなっている」わけだから、もちろん、みかげも忘れてしまっていたのだろう。
それが年を取り、じわじわ思いだしそうになっていたのだ。そして陽吉とギンコの会話を聞いた事が決定打となり、すっかり思いだしてしまったようだ。自分が大禍時になったときの事も、大禍時から解放されたときの事も・・・。
ところでギンコは「大禍時というモノ」「大禍時は現世とは別のところにあるという」と、曖昧な表現をしている。どうやら「大禍時」は、蟲ではなさそうだ。
みかげの告白
▲「私と入れ替わればいいと思って、影を踏んだ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
翌日。陽吉は、自分と同じように足の悪い者が数人いるという。「何なら、もう一日いてくれてもいいしの」と、陽吉が言うので、ギンコはそうさせてもらうことにした。
ギンコは里の者の診療に、陽吉は魚釣りに、それぞれでかけた。ギンコが戻ると、陽吉があわてて家から出てきた。みかげが提灯を持って出て行ったというのだ。
陽吉「あいつ・・・とうとう故郷を思いだしたのかもしれん。それで・・・」
陽吉の心配は少し違っていた。みかげは故郷が懐かしくなり帰ったわけではなかった。みかげは、自分が本体のない影に踏まれて大禍時になった事、そして、大禍時になった自分がアカネの影を踏んで入れ替わった事を思いだしたのだ。それで、自分のしてしまった事が申し訳なくて、居たたまれなくなったのだ。
みかげは、山の中にしゃがんで涙を流していた。「ごめんねアカネちゃん」と、言いながら。そこに陽吉とギンコがやってきた。
陽吉「みかげ、おまえ一体どういう・・・。思いだしたのか? 黙って出て行くつもりだったのか。そんなに故郷に帰りたいのか」
みかげ「そうじゃないよ。私は本当にずっと幸せだった。あんたは、お養父さんに会えて幸せだった。でも、私はあそこにいていい子じゃなかったの。私、アカネちゃんを身代わりにしたの。私と入れ替わればいいと思って、影を踏んだ。そして、あの子の全部を盗んだの。・・・ごめんね。あんたからアカネちゃんを奪ってごめんね」
目をつむって一呼吸おき、陽吉は言った。
陽吉「わしには、謝らんでくれんか。わしも幸せだったよ。ずっと、ずっと。おまえのおかげでの」
陽吉はみかげの手を引いた。
陽吉「さあ、帰ろう。わしらの家に帰ろう」
いきなり大禍時になってしまったみかげは、終わらない夕暮れに閉じ込められていた。そこには誰もいなくて、寂しくて──。きっとあの影に踏まれたからこうなったんだと、みかげは分かっていた。だから、目の前に現れたアカネの影を踏んでしまったのだ。
だからと言って、みかげを責められるものではない。しかし、娘のアカネを奪った自分が義父に優しくしてもらうのも、友人のアカネを奪った自分が陽吉と幸せになるのも、とにかく申し訳なかったのだ。気持ちはわかる。
陽吉はみかげを許した。これまでの長い人生を共に過ごしたみかげは、陽吉にとりかけがえのない存在だったから。
数年後、みかげは流行り病で亡くなった。それまで二人は幸せに暮らした。
陽吉の償い
▲「わしの影を踏んでくれ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
みかげの墓に花を添えた陽吉は立ち上がり、帰ろうとして振り向きざまに奇妙な影をみつけた。その影は日の射す方向に伸びていて、実体のない影だった。陽吉は言葉を失う。その影の頭にはリボンがついている・・・。
陽吉「アカネ? おまえアカネだな!? わしだ。陽吉だ。おまえどうして、ずっとそのままで・・・?」
影はそこにただ、じっとしている。
陽吉「そうか・・・おまえ、踏めなかったんだな。ひどく、心根の優しい娘だったもんな・・・。すまん。わしは、おまえの影を踏んだ子と夫婦となった。ひどい奴と思うか。あの子を恨んでるか。なら・・・わしの影を踏んでくれ。頼む、アカネ戻ってきてくれ!」
ところがアカネは、くるりと向きを変え、どこかに去ろうとした。陽吉は追いかける。
陽吉「どこへ行く。待て、行くなアカネ!」
そして陽吉の足はアカネの影を踏んだ──。
夜になり、提灯をもって通りかかった老婆がアカネを見つけた。
老婆「あれ? ・・・アカネちゃん? たっ、大変だ。おーい、アカネちゃんだ、アカネちゃんが帰ってきたよー!」
おそらくこの老婆は、かつてアカネと一緒に影踏みをしていた女の子の一人だったろう。
喜びと悲しみをそれぞれが分け合った、良い結末!
▲数十年後、突然アカネが戻ってきた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
自分の両親からは離れてしまったが、みかげは義父と陽吉のもとで幸せに暮らした。アカネは、ずいぶん時間がたってしまったが里に戻ってきた。そして陽吉は、みかげと夫婦になり幸せな一生を過ごした。最後に大禍時のからくりをすべて承知の上で、みかげの罪を償った陽吉は老いたりといえど男だった。
決してハッピーエンドとは言えないが、良い結末の付け方だ。思い通りにいかない事もあったが、それでも納得のいく人生をそれぞれが歩めたのではないだろうか。前作に続き今作も、美しい夫婦愛が描かれていた。
逢魔が時・残り紅
▲日が落ちても残る残照。そろそろ「禍時」となる
「蟲師」では、古神道の影響を受けたとみられる考えが随所に現れる。今作の「大禍時」は、完全に古神道の世界観に起因する。
仏教伝来以前の神道を古神道と呼ぶ。古神道は、自然崇拝、精霊崇拝などのアニミズムを特徴とする原始宗教のひとつだ。たとえば巨木や巨石にしめ縄を飾って崇拝するのは、古神道からの流れだという。
古神道では人が暮らす現世(うつしよ)と、神々の暮らす常世(とこよ)、荒ぶる神の暮らす(常夜)があるとされる。自然界でがらりと風景の変わるところが現世と常世(または常夜)との境界と考えられていて、山、森、滝、坂などが神域への架け橋とされていた。
時間でいえば昼が人の活動する時間、夜は人ならざる者の活動する時間とされ、その境界の夕方が架け橋となる時間とされた。そのため、夕方には禍(わざわい)、つまり人ならざる魑魅魍魎に出合いやすい時間という意味で「大禍時」と呼ばれた。その後、表記が「逢魔が時」に変化して、現在にいたる。
「残り紅」は、太陽は沈んでしまったけれど、まだ西の空に夕焼けの赤さが残っている状態、つまり「残照」をさしたタイトルと思われる。作中に繰り返される夕景を情緒ある言葉に凝縮してある。
pic up/蟲のイメージの原型は、きっとコレ!
▲「針聞書」に描かれている虫たち 出展/九州国立博物館公式
「蟲師」第2話「瞼の光」のpic upで、「蟲は常在細菌からヒントを得たものではないか?」と書いたが、今回、明らかに蟲の原型とみられるモノを見つけた。
織田信長の時代の摂津の国(現在の大阪)に住んでいた茨木二介という人物が書いた「針聞書」(はりききがき)という針治療のための医学書に、体内に棲む病気を引き起こすと考えられる虫が63点、イラストつきで紹介してある。
その一部が上のイラスト。左から「蟯虫(ぎょうちゅう)」/庚申の夜に体より出て閻魔大王にその人の悪事を告げる虫。「コセウ」/物を言う虫。傘をかぶり薬を受けない。胴は蛇のようで、ひげは白くて長い。甘酒が好き。「血積(ちしゃく)」/大病をした後、胃にいる虫。縮砂(しゅくしゃ)をかければ退治できる。
「針聞書」は、九州国立博物館に展示されている。
当時はこういった虫が体内で悪さをするために病気が起きると考えられていた。たとえば子どもが夜泣き、癇癪、引きつけを起こすのは「疳の虫」のせいと信じられ、民間の呪医により虫切り、虫封じ、疳封じなどの施術がされた。虫封じをすると、指先から糸状のものが出てくると言われた。そして、これが虫であるとされた。
「疳の虫」、「虫の知らせ」、「腹の虫が収まらん」などなど。日本語には、現代でもまだ当時の名残が残っている。
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