TVアニメ「蟲師 続章」第14話「隠り江」(こもりえ)。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!
第14話/自分自身のために、太陽の下で身体を動かせと──これはギンコから引きこもり現代人へのアドバイスなのだ、きっと。
出展/TVアニメ「蟲師 続章」
第十四話
隠り江
komorie
舟に揺られてギンコはのんびり水路を行く。天気の良い日で、水の反射がギンコの顔を明るくする。樹々は爽やかな緑色で、小鳥のさえずりが賑やかだ。鶯も鳴いている。季節は初夏。今でいうゴールデンウィーク頃だろう。
▲水路を舟で行くギンコ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
樹々に縁どられた水路の両側には人家が迫る。とある家の中に、呆然と窓辺に佇む娘が見えた。その様子にギンコは不穏なものを感じ取った。
ギンコ「先ほど、水路からちらりとお嬢さんをお見掛けしたんですがね。お嬢さん、少々厄介なクセがおありじゃないですか?」
父親「クセ? 何の事だ」
ギンコ「時折、抜け殻のようになって、しばらく意識が戻らない──というような。放っておくと、ますます厄介な事になりますよ」
いきなりやってきた見知らぬ男を、父親は警戒している。それはそうだ。ギンコは結構お節介で、これまでも度々こんなことがある。それで「花惑い」でも「潮わく谷」でも煙たがられている。
心で会話できる娘
▲ゆらの周りにもやが掛かっている 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
父親に、娘のいる部屋に案内してもらうと、ちょうど娘は窓の側で呆然としていた。娘の顔周りには、薄い煙のような、水の膜のようなもやが漂っている。
「ゆら!」父親が娘を呼ぶと、ふっと娘が正気になった。
父親「やっと戻ったか」
ゆら「何の用」
娘のゆらはひどくぶっきらぼうだ。
父親「この人が、そのクセを治してくれるそうだ」
ギンコ「蟲師のギンコと言います」
ゆら「誰も治してなんて言ってない。出てってよ。スミと話してたの」
父親「またそれか。バカな事言ってないで、いいかげんスミの事は忘れろ。あれはもう、うちの使用人をやめたんだ」
ゆら「でもスミは今でも、私が伏せっているとわかってくれて、大丈夫って言ってくれるの。そうしたら・・・苦しいのも楽になるのよ」
スミは、かつてこの家で働いていた。ゆらは体があまり丈夫でなく、幼い時からときどき胸が苦しくなる発作が起きる。一人でいるとき発作が起きると、ゆらは心の中でスミを呼ぶ。するとスミは走ってきて、「大丈夫、大丈夫」とゆらを落ち着かせ、背におぶって家まで連れていってくれた。
今ではゆらは、スミと心の中で話せるようになったようだ。まるでテレパシーのように。
「かいろぎ」という蟲
▲「かいろぎ」について書かれた書物 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
あぐらをかき、二人の会話を聞いていたギンコが口を開いた。
ギンコ「成る程。その人との間に、深い水脈(みお)が通ったんだな」
父親「水脈(みお)?」
ギンコ「ヒトとヒトの意識の間には、見えない通路があると言う。ちょうどこの町に張り巡らされた水路のように、裏庭ではすべての水路はつながっていて、そこには五識を補うモノ・・・我々の言う”妖質(ようしつ)”というモノが流れている。だが、水かさが少ないところも多く、おまけに入り組んでいて地図もない。それでも水路はつながっているので、望む相手に会える事もたまにある。するとお互い同時に相手の事を思いだすような事・・・いわゆる”虫の知らせ”が起こるわけです。それを思うままに起こせる蟲がいる」
ギンコは、この町の水路にたとえて”妖質”の説明をする。”妖質”は、五感以外のものを補う感覚で、これが多いと蟲を見る事ができる。このシーンで描かれる水路のある景色が美しい。
ギンコは巻物を開いて見せた。そこには舟偏に少と書く文字に”かいろぎ”と読みを入れ、先がぼさぼさになった旗のような絵が描かれている。(”かいろぎ”をさす漢字は、このPCでは出ない)。
ギンコ「”かいろぎ”──と、言いましてね。妖質の豊かな者の意識に棲み、主(あるじ)と同調し、自由に水脈を往来し望む相手に思いを届ける事ができる。・・・おまえさんのようにな」
ゆらは横を向き、ギンコの説に異を唱えた。
ゆら「私がスミの事、離れててもわかるのは、いつも私の事考えてくれてるからよ。蟲なんて関係ない」
ギンコ「あんたが必要とすれば、誰のところにも行けるはずなんだがな。だが、くり返し”かいろぎ”を使うと、”かいろぎ”はやがてヒトの意識を乗せたまま自分の意思で動き始める。するとヒトはその間、意識を奪われるようになる。そしていつかは、二度と意識が戻らなくなってしまう」
「そんな、バカな・・・」。ここに至り、ゆらは深刻な状態にあるのだと父親は理解した。
ギンコ「まあ、当分その能力を使うのをやめさえすれば害はない」
ゆら「無理よ。発作が起きたらいつの間にかスミのところへ行ってしまうの」
ギンコ「相当、進行しちまってるようだな。妖質を一時的に枯らす薬がある。飲めば”かいろぎ”は動けなくなる」
そう言ってギンコは薬を何袋か畳に置いた。
ゆら「でも、発作が起きてスミの声が聞けなきゃ怖い・・・」
父親「そんなもの、気のせいだ。胸の病はじっとして気を落ち着かせていれば大丈夫だ」
父親に言われ、ゆらはすっかり俯いてしまった。
ギンコ「急には難しいかもしれんが、あんたひとりの問題じゃねえんだぞ。スミさんの方からこっちへ来る事はあったか」
ゆら「ええ」
ギンコ「なら、すでに伝染してるな。同じところへくり返し行けば、相手にも”かいろぎ”がわく。──彼女のところへ行ってきます」
ギンコは背負い箱を肩に立ち上がった。「薬、飲んどいた方が身のためだぞ」と、言い残してギンコはゆらの家を後にした。
ゆらの脱出劇
▲「これを機に、もうつながりを断ちたいんです」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
その後ギンコはスミを訪ねた。スミもゆらと同じように水路に面した家に住んでいる。ギンコはゆらに話したのと同じように、”かいろぎ”について話す。”かいろぎ”がスミにも伝染していること、スミもあまりこの能力を使いすぎると、やがて戻れなくなる恐れがあることも。スミはギンコの説明を理解した。その上でこう言った。
スミ「私にも薬をいただけませんか。これを機にもう、つながりを断ちたいんです」
そしてゆらに手紙を書いた。手紙には「もう私に頼るのは止めてください。どうぞお元気で」と書いてあった。手紙を読んだゆらは悩む。「いつでも困ったら呼んでね」と言ったのは嘘だったのだろうか? 本当はずっと迷惑だったのだろうか? と。
▲ゆらは一人で家を抜けだした 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
ついにゆらは、小舟に乗ってスミの家を目指した。心でスミを呼んだとき、スミが泣いているのを察知したから。
じつはスミは、ゆらの家の使用人を解雇されていた。理由は、ゆらがあまりにもスミに頼ってばかりで、ますます弱くなっていったからだった。ゆらをもっと自立させるために、父親はスミを里に返したのだった。それが分かっているから、スミはゆらと距離を置こうとしていたのだ。
竿で小舟を進めながらスミの家を目指していたゆらは、途中で胸が苦しくなり、ついに舟に倒れてしまった。
ゆらがいなくなった事に気づいた父親とギンコが提灯片手に捜しまわる。ゆらは心で助けを求める。「誰か、助けて」と。それは周りの皆に伝わった。寝ていた男や、その男の娘、大勢の町の者が水路に出てきた。声はゆらの父親にもギンコにも届いた。スミも捜しに出ていた。そしてようやく、ゆらは見つかった。
「会いに行きゃいいだろう」
▲「会いに行きゃいいだろう」とギンコ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
大騒動を引き起こした末、ゆらは観念して薬を飲んだ。
ゆら「そうだスミ。薬、飲んだんでしょう? どうしてわかったの?」
スミ「結局、薬・・・全部は飲めなかったの。やっぱり嬢ちゃんが心配で。だめねぇ、わざわざあんな文まで書いたのに」
ゆら「そっか」
スミの本心が分かったゆらは嬉しそうだ。しかし、ゆらもスミも薬を飲み、”かいろぎ”に頼らないようにするのは、やっぱり寂しいようだ。
ギンコ「会いに行きゃいいだろう」
蟲煙草をくゆらせながら、ギンコがぼそりと言った。
ギンコ「水路は変わらずつながっているんだ。自分で漕ぐのが無理なうちは、誰かの舟に乗っけてもらえばいい。苦しくなりゃ、町の誰かが助けてくれるさ」
ゆら「ねぇ父さん。私、そうしていい?」
「苦しくなりゃ、町の誰かが助けてくれるさ」とは、なかなか大胆な発言だが・・・。不承不承ながらも、父親はそれを許した。
ゆら「スミ、私、会いに行っていい?」
スミ「もちろんよ」
スミは笑顔で答えた。
それからゆらは、舟でスミの家に遊びに行くようになった。
ゆら(スミ、遊びに来たよ)
ゆらは途中からスミに合図を送る。それでスミはお茶と羊羹を用意してゆらを待つ。窓を開けると小舟が近づいてくる。
ゆら「スミー」
スミ「また合図送ったでしょ」
ゆら「いいでしょ、たまーになんだから」
この頃では、人に頼らなくても一人で行けるようになったようだ。
絵が素晴らしくキレイだった!
▲「スミー」と手を振るゆら 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
物語自体は、ほっこり系のハッピーエンドで、かわいらしい作品だった。
ゆらの病気は何だろう? 胸が苦しくなる病気ということで狭心症だろうか? 調べてみると、狭心症には食事療法と持続的な軽い運動が良いらしい。それなら、ゆらが自分で舟を漕いでスミの家まで行けるよう体力を養うのは、病気の再発予防にも効果がある。蟲からの影響を断ち、病気にも良い効果があるということで、「会いに行けばいい」というギンコの提案は最善策だったわけだ。
ゆらは、ついお姉さんのようなスミに頼り甘えてしまう。さらに、テレパシーのような便利な能力にも頼り、自分の部屋に引きこもっている。これはまるで、自分のようではないか! と、現代人なら心当たりのある人も多そうだ。かく言うわたしも。1日中PCやスマホをカチャカチャやっている・・・。もっと積極的に外に出て体を動かさなければと、ギンコにチクリ小言を言われた気分だ。
反省して、ゆらのように生活改善しよう(明日から・・・)。
しかし、絵が素晴らしくキレイだった! 冒頭の、ギンコが舟に乗っているシーンの光の使い方、緑に縁どられた水路のある風景が、本当に美しかった。初夏の気持ちの良い天気の中で繰り広げられたハッピーエンドの物語。これは眼福だ!
舞台はおそらく福岡県の柳川
▲風情ある柳川の水路
家の裏手が水路になっていて小さな舟が行き来する。まるでベニスのような、こんな町が日本にあるのだろうか? 調べてみると、似た風景の町がいくつか見つかった。
福岡県の柳川、佐賀県の神崎、滋賀県の伊庭、長浜、千葉県の佐原・・・。緑が多いことや、家の雰囲気、原作者の漆原友紀さんの出身地から近いことから、やはり今作は有名な柳川をモデルに描かれているのだろう。
緑の美しい季節、ギンコのように柳川下りを楽しんでみたくなった。
pic up/第2期のOP楽曲は「Shiver」
第2期のOP楽曲は、イギリスのシンガーソングライターLucy Rose の「Shiver」(シヴァー)。ハミングするように軽い歌い方で、曲も美しい。が・・・どうやら内容は「別れ」を歌っている。おそらくだが、今の彼(または夫)と別れて新しい彼の元に行く女の心情を綴っていると思われる。
なぜこの楽曲を2期のOPに選んだのだろう? 2期では、ヒューマンドラマを描いた作品が多く、ハッピーエンドもあるが、悲喜こもごもといったエンディングが多い。そういう理由で、曲調の美しさとともに内容の深さも合わせて、「蟲師 続章」にふさわしいと選ばれたのではないか、と思う。
1期では木漏れ日輝くMVだったが、2期では水面のきらめきが描かれている。楽曲がクライマックスに近づくにつれ、花吹雪か雪か分からないものがチラチラと画面を埋め、蟲師のタイトルが現れる。人生いろいろあるが、どれも花びらが降り積もるように美しいというイメージだろうか。ここは何度見ても思わず感動する。
OPとしては異例なほど静かな曲だが、味わい深い。
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