TVアニメ「蟲師 続章」第16話「壺天の星」(こてんのほし)。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!



第16話/「待っている者のいる処がおまえの帰る場所だ」。まやかしの理想郷に別れを告げろ!

出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

第十六話

壺天の星

koten no hoshi

 

今作「壺天の星」は、光脈の影響から別世界に閉じ込められていた少女がギンコの活躍により家族のもとに戻るという話だ。

 

前作、前々作々同様、基本的にハッピーエンドだ。が・・・今作は、やや趣が違う。ハッピーエンドではあるが、奇妙な余韻を残す。その余韻の意味するところを中心に深掘りしてみたい。

 

イズミの住む家はずっと夜の底

▲イズミは広い家に一人きり 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

暗い廊下、三和土の水場、火がくべてあるが誰もいない囲炉裏。家の中も外も暗い。暗いのに、行燈ひとつない。そんな家の縁側に少女が一人。市松人形を持って遊んでいる。

 

この家に、私は一人で住んでいる。

 

でも、私には見えない何かがここには居る。

 

この頃は、あまり怖くなくなった。

 

たぶん、神さまみたいなものだと思う。

 

ここは、もう、ずっと夜だ。

 

いつのまにか畳の上に食事の用意がされた御膳が置かれていた。それを少女は、恐る恐る食べる。小さな声で「いただき・・・ます」と手を合わせて。

 

少女の名前は「イズミ」。年齢は、おそらく10歳くらいだろう。食事の後、転寝をしていると、側に置いておいたはずの人形がない。

 

イズミ「あれ、人形がない。また隠したのね」

 

イズミは家中の部屋や納戸を開けて人形を探す。箱階段を上って屋根裏を覗くと、そこに人形がいた。

 

イズミ「あった。今日も私の勝ち!」

 

人形を抱えて隣の部屋へ行くと、そこにお茶とお茶菓子が用意されていた。お茶菓子は道明寺だ。もちろん、人影はない。道明寺を頬張りながら、イズミは縁側から月を見上げる。──いや、それは満月のように円いが、よく見ると雲が浮いている。そこにだけ、空が見えているのだ。

 

イズミ(あの空の向うはどこなんだろう。ここに誰もいないのは、みんな、あの空の向うに行ってしまったからかもしれない)

 

夜になると、円い空の向うに星が瞬き始める。イズミは縁側に寝転び、星空を見上げている。

 

イズミ(あんなふうに、小さな空に星が輝いているのを前にもどこかで見た事がある気がする。でもここは、何もかもがきれいで心地よくて、何かを思いだすのがおっくうになる)

 

イズミの下に豊かな光脈が流れている・・・。

 

イズミを捜しにやってきたギンコ

▲突然、ギンコがやってきた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ある日。いつものように人形で遊んでいると、玄関の方から声がした。

 

ギンコ「ごめんください。イズミはいるかーー?」

 

突然現れたギンコにイズミは驚き、隠れた。

 

ギンコ「失礼するよ。おーい、いねぇのかー? 広い家だな。ん、もう時間切れか。やれやれ、今度はもう少し増やしてみるか・・・」

 

そう言うとギンコは足の方から姿が透けて、やがて消えてしまった。物陰から様子をうかがっていたイズミは驚く。「・・・どこ行ったのかしら?」と。

 

▲天袋に人形を隠すミズホを父親は咎める 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコの登場に気を取られている間、イズミの人形は畳の上に置きっぱなしだ。

 

ミズホ「あ、みーつけた」

 

イズミより少し年上の、おそらく12~13歳くらいの少女がイズミの人形を見つけた。そこはイズミと同じ家だが、明るい世界だ。少女の名前は「ミズホ」。イズミの姉だ。

 

父親「おいミズホ、何してるんだ」

 

ミズホ「イズミと遊んでるの」

 

父親「おまえまで、まだそんな事を。よしてくれ。母さんはまた妙な輩を呼んでるし・・・」

 

ミズホがイズミの人形を天袋に仕舞っていると、父親がやってきてため息交じりに言った。

 

父親「いいか、イズミはきっと誰かにさらわれちまったんだ。父さんが必ず捜し出すから、もう、そういう事はやめろ」

 

ミズホ「でも私・・・。ほんとに見たの」

 

父親「それは夢だ。井戸の底には、何にもありはしなかった」

 

言うだけ言うと、父親はミズホに背を向け縁側に向かった。沈んだ表情でミズホが廊下を歩いていると、目の前にふうっとギンコが現れた。

 

母親「ギンコさん? ああ、ここでしたか。いかがでした、イズミは」

 

ギンコ「いや、時間切れでした」

 

母親「そうですか・・・」

 

ギンコ「でも娘さんは、確かにここで生きています。互いを捉えられなくなっているだけです。しかし一度に同調していられる時間はわずかです。それ以上続けると、こっちも戻る事を忘れてしまう。あちら側と水の合う者は特にね。明日、また同調してみます」

 

イズミはしばらく前に忽然と姿を消した。それを捜すため母親に呼ばれたのがギンコで、父親の言っていた「妙な輩」は、ギンコのことだ。

 

ギンコ再び

▲「イズミは家にいるのね?」と、ミズホ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

庭に組んだ焚火の枝に水をかけているギンコに、ミズホが話しかける。さっきの母親とギンコの会話を立ち聞きしていたのだ。

 

ミズホ「イズミは、家にいるのね」

 

ギンコ「ああ。見えんかもしれんがな」

 

ミズホ「やっぱり」

 

ギンコ「おまえさん、見えるのか」

 

ミズホ「ううん。でも、いつも私の人形を誰かが持っていくの。イズミはいつもそうしてた。自分の人形持ってるのに。だから、今も人形を隠してイズミと遊んでるの」

 

ミズホは少し嬉しそうにギンコに話した。

 

▲「見つけたぞ」。イズミの背後で声がした 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

イズミがふと目覚めると、また人形がなかった。あちこち探して、天袋の引き戸の隙間から人形の小さな足が見えている。「あった!」イズミが言うと背後から声がした。「見つけたぞ」。もちろんギンコだ。イズミは逃げる。

 

ギンコ「まぁ待て。話を聞け。おまえの母親に頼まれて、おまえを連れ戻しに来た。おまえは、家の裏山の古井戸に落ちて”こっち側”に来ちまったんだ」

 

イズミ「何言ってるの。井戸なんて知らない。私の家はここよ」

 

ギンコ「ずいぶんと、こっちの水が合うようだな。だが、待っている者のいる処がおまえの帰る場所だ。あの空の向うで、おまえを待ってる者がいる。毎日食事を作って待ってる母親、人形を隠して遊んでる姉。思いだせ、ここは、おまえのいるべき場所じゃない」

 

ギンコの足がまたゆらいできた。「まずい、時間がねぇ、勝手にやらせてもらうぞ」と言うと、ギンコは庭の焚火に火をくべた。もうもうと立ち上がる煙は、月のように見える天井の穴に吸い込まれてゆく。

 

──と、その穴から誰かが二人覗きこみイズミを呼んだ。「戻っておいで、イズミ」と。

 

イズミの身に起きた事

▲「井戸の底に星が光ってるよ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

家の裏山にある井戸に、ミズホとイズミ姉妹は来ていた。危ないからと囲んだ竹の柵の隙間から入り込み、二人は井戸を覗きこんでいる。

 

イズミ「ねぇ、ミズホちゃん。井戸の底に星が光ってるよ」

 

ミズホ「えー、どこに?」

 

イズミ「ほら、あんなにたくさん」

 

ミズホには、イズミの指差す先に真っ暗な井戸の底しか見えない。

 

ミズホ「何もないじゃない。ねぇ、もう家帰ろ。ここで遊ぶと叱られるよ」

 

またある日。ミズホは井戸の側で人形遊びをしている。もちろん、竹の柵の外で。しかしイズミは柵の中に入り込み、ずっと井戸の底を眺めている。

 

ミズホ「イズミ、人形で遊ぼうよ」

 

イズミ「ん・・・。あれ、星の数が減ってる」

 

ミズホ「ねえ、私の人形、貸したげるから」

 

イズミ「いい。すぐ返せって言うもん」

 

ミズホ「じゃあ、あんたにあげるから!」

 

こう聞いて、ようやくイズミは井戸から顔を上げた。「ほんと?」と。

 

またある日のこと。イズミは姉にもらった人形を手に裏山の井戸にやってきた。

 

イズミ「ほら見える? きれいでしょ」

 

人形に井戸の底を見せていると、バランスを崩した人形が井戸に落ち、人形を捕まえようと手を伸ばしたイズミも井戸に落ちてしまった。それを、ちょうどイズミを捜しにきた姉が見ていたのだ。

 

その後、父親が井戸の底を捜したが、見つかったのは人形だけだった。

 

イズミの帰還

▲「ここよー!」。頭上の空がぐんぐん広がってゆく 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

そしてギンコが呼ばれ、二度目のチャレンジでイズミを捜しに出かけることになった。当日、井戸の側に立ちギンコは母親とミズホに言った。

 

ギンコ「これからもう一度、イズミさんと同調してみます。おそらく記憶をなくしてるはずですが、取り戻せれば戻ってくる事ができる。が、時間は限られている。間に合わないようなら、あちら側から無理やりこちらにつながりを作ります。下準備はしてあります。そうすれば、ここからイズミさんに声が届くはずです」

 

こうしてギンコはイズミに同調して姿を消した。井戸の側で待機していた母娘の目の前で、井戸からもうもうと煙が上がってきた。ギンコは最後にこう言っていた。「井戸から煙が上がったら、井戸の底に向かって呼んでください」と。

 

煙の合図を見た母親とミズホは井戸の底に呼びかける。「イズミー!」と。声を聞き、イズミは二人を思いだした。

 

イズミ「ミズホちゃん、お母さん・・・ここよー! 」

 

イズミが叫ぶと、小さな円い空は頭上いっぱいに広がり、あたりは明るくなった。

 

ミズホ「今の、イズミの声。ここよって」

 

母親「家のほうからよ」

 

いつの間にか、ギンコとイズミは家の庭にいた。庭の焚火を見た父親が不審に思い近づいて、二人を見つける。

 

父親「イズミ!」

 

そこに井戸から引き返してきた母親とミズホもやってきた。久しぶりの親子4人の再会だった。

 

井戸の神さま

▲「あれは”井星”といってな」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

その翌日。ギンコとイズミは例の井戸に来ている。

 

ギンコ「星も戻ったようだな」

 

イズミ「でも、前よりだいぶ少なくなった」

 

ギンコ「そうか。あれは、”井星(いせい)”といってな、光脈という生命の素の流れがぶつかる土地の井戸に稀に現れる現象だ。まぁ、光脈がぶつかってできる火花みたいなもんか。そいつに大量に触れると、おまえさんのようになっちまう。数が減ってるのは、光脈の位置がずれてきてるのかもしれんな」

 

イズミ「ふうん」

 

ギンコ「何にせよ、おまえさんにはあずかり知れねぇ遠い世の事だ。もう、別れを言うんだな」

 

そこに父親がやってきた。大量の石を積んだ大八車を引いている人足もいる。どうやら井戸を埋めるつもりだ。

 

父親「イズミ、さあ、もうどきなさい」

 

イズミ「お父さん、私、ここにはもう来ないから」

 

父親「これ以上、心配させないでくれ」

 

そう言うと父親は長い竹の筒を井戸に立てた。

 

ミズホ「おとうさん、それ何?」

 

父親「ちゃんと、井戸の神さまが息が苦しくないようにな」

 

その夜、埋め戻された井戸が気になったイズミは布団を抜けだした。すると父親が差した竹筒から、井星が瞬きながら蛍のように溢れていた。イズミは思わずつかもうとして、差し出した手を止め引っ込めた。少し離れたところからイズミは井星が空に昇っていくのを、ただじっと見つめていた。

 

不思議な視聴後感

▲空に立ち上る”井星”を見つめるイズミ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

神隠しのように忽然といなくなったイズミが、ギンコの活躍により家族の元に戻ってきた。ちょっとしたハッピーエンドの小品だ。が・・・何とも微妙な視聴後感だ。ハッピーエンドではあるが、それだけでない何か。

 

その理由のひとつは、漫画作品ならではの、縦横無尽な視点移動と時間移動にあると思う。イズミの一人称視点で描かれていたかと思えば、次にはミズホの一人称に、やがてギンコの一人称になり、ときどき3人称描写が挟まれる。しかも時間軸がゆらゆら現在と過去を行ったり来たりする。舞台もイズミのいる世界とミズホのいる世界が同じなのにそれぞれ別の場所と設定されていて、なんとも奇妙だ。

 

そのため、少し酔ったような、不思議な感覚に囚われる作品だ。

 

アニメでは、原作漫画の視点移動と時間移動を忠実に再現していて、原作同様くらくらする感覚を上手く表現している。ここまで再現するのは、かなり骨だったのではないだろうか。

 

もうひとつ、この視聴後感を引き出す原因は、ラストの描写だ。無事、家族の元に戻ってきたイズミだが、どうしてもあの井戸の底の暮らしが忘れられずにいる。そんなイズミが竹筒から溢れる”井星”に触れようとして、思いとどまるところに作者の含みを感じさせる。

 

「そいつに大量に触れると、おまえさんのようになっちまう。」、「もう、別れを言うんだな」とギンコに忠告されたのを思いだし、ラストは別れを言っている描写だと思うが──。

 

壺中之天

▲大きな壺

 

今作は、中国の故事「壺中之天」を創作のヒントとしている。四字熟語辞典に、「壺中之天」について次のように書かれている。

 

酒を飲んで世間のことを忘れること。

 

または、現世から離れた理想郷のこと。

 

「天」は世界のこと。

 

中国の後漢の時代、壺公という薬売りが、店先に置いていた壺の中に入るところを見かけた役人の費長房は、その壺の中に入れてもらうと、多くのご馳走が並ぶ理想郷だったという故事から。

 

そう。イズミのいた世界は「理想郷」として描かれていたのだ。実際イズミは「でもここは、何もかもがきれいで心地よくて、何かを思いだすのがおっくうになる」と心の声で言っている。

 

──わたしには、暗く誰一人いない世界は、ただ不気味にしか感じられなかったが・・・。井戸の底の世界ということから、あのように暗い世界の描写になったのだろう。しかし、故事からいうと「不気味な場所」ではなく「理想郷」でなければならなかったのだ。イズミの言葉は少し無理やり感を感じた。暗くはあっても蛍のような光が飛んでいたり、全体に星をまぶしたようなキラキラ感のある世界にしても良かったような気もする。

 

ラストでイズミが”井星”に触れなかったのは、まやかしの理想郷に浸るのをやめ、家族のもとで暮らそうという決意とともに、あの世界に別れを告げているのだろう。

 

深読みすれば、一時しのぎの快楽に逃げず、現実を生きることの大切さを描いた作品。ギンコが言った「待っている者のいる処がおまえの帰る場所だ」という言葉こそがこの作品のキモだったかなぁ、と思った。

 

だとすれば、現実世界はもっと辛く、井戸の底はもっと楽しい世界の方が説得力があったような・・・。まぁ、故事の通りにする必要はないが、そんな物語もアリかもしれない。

 

pic up/「蟲師」の父親像

▲「ちゃんと井戸の神さまが息が苦しくないようにな」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

家族を描いた作品では、わからずやの父親が登場することが多い。「風巻き立つ」でも「光の緒」でもそうだった。今作でも父親は、ミズホの言う事をまるで信用せず、ギンコを輩呼ばわりして胡散臭く思っていた。

 

そんな父親だが、井戸を埋めるとき「ちゃんと、井戸の神さまが息が苦しくないようにな」と、長い竹筒を差した。

 

神道では、古来よりすべてのものに神が宿るとしてきた。生活に欠かせない井戸には、もちろん「井戸の神さま」(井戸神さま)がいる。いつまでも涸れず安心して使えるよう正月には鏡餅を飾り、井戸神さまを祀った。そして埋め戻すときはお祓いをし、それまで水を与えてくれたことに感謝した。

 

今作の父親はとりあえずうがった見方をしたり言い方がきつかったりするが、きちんと信心深いところもあり──昔気質の父親は、だいたいこんな感じだったかもしれない。おそらく井戸に落ちたイズミを助けてくれたのは、この井戸神さまのおかげと、思っているのだろう。ギンコへの評価も変えてくれていると思いたい。

 

▼「蟲師」(第1期)の、すべてのページ一覧はこちらから。

 
▼「蟲師 続章」(第2期)の、すべてのページ一覧はこちらから。

 

スポンサーリンク