「ユーリ!!! on ICE」のもう一人の主人公ヴィクトルを中心に物語を再構築してみました。妄想も多い目ですが、たぶんこうだったんじゃないかな、というわたしの考察です。良かったら読んでいってね^^



もう一人の主人公ヴィクトルは、あまり語られていない

「ユーリ!!! on ICE」の主人公は日本人フュギアスケート選手の勝生勇利(かつき・ゆうり)です。が、勇利の実家までおしかけコーチにやってくるロシア人・ヴィクトルも、もう一人の主人公といって差し支えありません。

ところが本作は、ほぼ勇利の「なんちゃって一人称視点」で描かれているため、勇利の心情はよく分かるのですが、ヴィクトルについてはあまり多く語られていません。

今回は「ユーリ!!! on ICE」各話に散らばったヴィクトルの情報を拾い集めて、妄想力も発揮しながら組み立てなおしてみます。題して「ヴィクトル!!! on ICE」。隠されたヴィクトルの本心に、どこまで迫れるか?

 

ヴィクトルのスペック

まずヴィクトルのスペックから。

勇利が6位に沈んだグランプリファイナルで優勝し、通算5連覇。その後挑んだ世界選手権でも5連覇を達成するという超人的強さを誇り、リビングレジェンド(生ける伝説)の二つ名をもつフィギュアスケート界の大スターです。ロシアの報道では「英雄」の冠すらついています。

よく鍛えられ引き締まった美ボディと、グレーの髪に緑の瞳をもつイケメン。さらに甘いイケボイスまでもち合わせます。人当たりは良く、ファンサービスにも気軽に応じてくれるので、世界一もてる男と言われています。上の画像は、日本のファンにサングラスを外してウインクしてみせたところ。

12月中旬開催のグランプリファイナル時点の年齢を「もう27歳」とアナウンサーが言っています。が、クリスマス生まれなのでもうすぐ27歳という意味だろうと思われます。翌年3月の世界選手権でのテロップでもしっかり27歳と表記されています。

 

愛される性格

ヴィクトルの性格は、基本的に陽気で大食漢でお酒も好きで、ノリが良くていつも前向き。勇利の実家ではカツ丼、遠征先でも中国では上海ガニ、バルセロナではパエリアなど地元の名物を嬉しそうに食べていたし、飲みすぎて裸になっているシーンもありました。

人を驚かせることが大好きで、自分が驚くことも大好き。第2話で、勇利に「エロス」ユリオに「アガペー」を振り分けたときには、こう言っています。

ユリオ「逆がいい。イメージ違うだろ!」

ヴィクトル「みんながイメージすることの真逆をしなきゃ、びっくりしないだろう? オレのモットーだ」

上の画像は、勇利が試合で始めて4回転フリップを跳んでみせたときの表情。あまりに感激したヴィクトルは、試合後に勇利を押し倒してキスまでしてしまう興奮ぶりです。

そして、有無を言わせぬ毒舌家なところも。同じく第2話、勇利に「エロス」ユリオに「アガペー」を振り分けた直後、ユリオの抗議にこう応えています。

ヴィクトル「君たちは自分で思ってるより無個性で凡庸だから、もっと自覚をした方がいいよ。自分で自分のイメージを決めるとかよく言えるよね? 観客からしたら子豚ちゃんと仔猫ちゃんだ。あと1週間でオレの納得できるレベルにならなかったら、振り付け、どっちもナシだから。二人とも、オレのファンだからできるよね?」

ユリオ「分かった。やるよそのアガペー。オレのシニアデヴューがかかってるんだ。絶対勝てるプログラムにしてくれんだろうな?」

ヴィクトル「勝てるかは君次第だよ。オレが滑れば絶対勝てるけど」

グランプリファイナル5連覇、世界選手権5連覇のリビングレジェンドにこう言われたらぐうの音も出ないこと、分かってて超上から目線で言ってますね。

そして、いつも勇利に一筋で、ぶれずに大好きなところがすごく好感がもてます。

そうそう、そして調子よく忘れやすい。

視聴者をとりこにする王子様のようなハイスペックと一途さと、陽気で楽しい性格で大人気になるのも頷けるキャラです。

 

「離れずにそばにいて」1、歌詞

ヴィクトルをひも解く上でもっとも重要な鍵となるのが、彼のFP「離れずにそばにいて」です。

第4話で勇利はこう言っています。

勇利「既存の曲をコーチに選んでもらって、振り付けもまかせる。それがボクにとっての当たり前だった。でも、ヴィクトルは違った。自分で振り付けをし、曲だって新しいものをつくり、物語を生み出した」

つまり「離れずにそばにいて」は、ドラマ上はヴィクトルがつくった曲だったわけです。この曲には歌詞がついています。この歌詞もおそらくヴィクトル作詞でしょう。ここには、ヴィクトルの心情が色濃く反映されています。

実際は、作詞/久保ミツロウ イタリア語訳詩/Edoardo Gerlinni ・上田シマ 作曲・編曲/松司馬拓となっています。作者が作詞していますね。

まず、その歌詞の和訳からどうぞ。

遠くで泣いている声がする

おまえも誰かに必要とされなかったのか?

このワインを飲み干したら準備を始めよう

今は静かにしてくれ

愛の歌を歌うその喉を剣で突き刺したい

恋の詩をつづるその手を凍らせたい

何の意味もないこの物語は星とともに今宵消える

また出会えるなら、そう願うことで永遠が芽生える

離れずにそばにいて

あなたを失うことほど怖いものはない

あなたの手が足が、鼓動が混じり合う

共に旅立とう準備はできた

▲うすしおさんのニコニコ動画より引用させていただきました

所説あると思いますが──わたしの解釈は次のような感じです。

前半では、ヴィクトルは愛する人との別れを経験し、自分の無力さと喪失感を感じています。時間をかけて育んだと思った愛は、星とともに消えてしまったと。

後半では、また愛する人と出会えるなら、今度こそ離れずにそばにいてほしい。愛を失いたくない。ともに人生を歩んでいこう。

こんな感じでしょうか。ヴィクトルは失恋を通して自分の愛について深く考えています。

 

ヴィクトルがつくったプログラムのタイトルは、どれも「愛」

突然、長谷津に現れる前から、ヴィクトルは来シーズン用のSPを練習していました。既に曲も決めていて、アレンジ違いのいくつかの曲からどれを選ぼうかという段階でした。

その中から勇利とユリオにそれぞれ別のSPを与えます。

ユリオには「愛についてアガペー」。無償の愛をテーマにしたものを。

勇利には「愛についてエロス」。性愛をテーマにしたものを。

どちらのテーマも「愛」です。ヴィクトルがどれだけ「愛」について深く考えているかが分かります。

勇利のFP「YURI on ICE」のテーマも「ボクの愛について」でした。最初は「ボクのスケート人生」だったものが、ヴィクトルと一緒に深く掘り下げていくうちに、要はヴィクトルの影響で「ボクの愛について」に変わったわけです。

ヴィクトルが愛にこだわるから、勇利のテーマもしぜんに変わっていったのでしょう。

 

ヴィクトルが長谷津で見つけたLIFEとLOVE

ロシアのコーチ・ヤコフに別れを告げ、やってきた勇利の地元・長谷津は、ちょうど桜の咲くころでした。

まだまだ雪降る寒さ厳しいロシアから、一転して桜咲く景色に。ヴィクトルはどう思ったでしょう?

愛犬のマッカチンと一緒に昼寝して。

勇利の母特製のカツ丼を思う存分食べて。

毎日、温泉に浸かって。

中は忍者屋敷の長谷津城にも行きました。

いつでも自由に使えるスケート場「アイスキャッスル・ハセツ」に、

スケート場まで毎日通う海沿いの道。

ヴィクトルは、新しい発見の連続にドキドキしていました。その証拠に第10話でこう言っています。

ヴィクトル「気づけばオレが長谷津に来てから、もう8カ月くらいになる。マッカチンとこんなに長くいられたのも、いつぶりだろう。毎日バスタブより大きなお風呂に入れて、美味しいカツ丼もお腹いっぱい食べられる天国のようなところだった。勇利がもっているLIFEとLOVEは、オレが今まで触れたことのない新鮮な世界を教えてくれたんだ」

ヴィクトルは長谷津やゆーとぴあ・かつきで過ごす生活をとても気に入っています。そして、たくさんの愛に恵まれている勇利の生活は、彼に新鮮な驚きをもたらしています。

 

ヴィクトルのロシアでの生活

▲ロシアのサンクトペテルブルク

ヴィクトルがロシアでどんな生活を送ってきたのか、家族とどんな関係をもっているのか、作中ではまったく語られていません。

ただ、第10話の冒頭でこう言っています。

──スケートから離れて、頭に浮かぶのは2つのL。LIFEとLOVEだ。20年以上、オレがほったらかしにしてること。

現在27歳のヴィクトルが20年以上ということは、7歳より前から、満足できるLIFEとLOVEに触れてこなかったことが分かります。想像はつきます。

これはバレエの話ですが。

ロシアでは幼い子どものころから、身体的にバレエへの適正をもつ子供を見出し、適正をもつ子供に英才教育を施すそうです。適性検査では、プロポーションや脚の形、股関節の開き具合、柔軟性など、生まれつきの才能で選抜されます。

一旦、選抜されたら、その道で大成することが求められます。途中でドロップアウトしてしまえば、それまでバレエしか学んでこなかったため、その後の人生はとても厳しいものになるといいます。

聞きかじりです。まちがっていたらスミマセンが、これが正しいとして話を進めます。

フィギュアスケートはバレエと近い素質が求められるので、ヴィクトルも幼いころに同じように選抜され、それ以降はスケート漬けの毎日を送ってきたことでしょう。もしかしたら、寮のようなところで過ごしていたのかも知れません。

充実したLIFEとLOVEなどと、のんきなことを言っている場合ではなかったでしょう。

▲ロシアのヴィクトルの部屋

もちろん、さすがに近年はマッカチンと一緒に独立して暮らしているようですが。それでも、ずっとLIFEもLOVEも満たされない思いを抱えていたようです。

詳しくは分かりませんが、同じロシア人フィギュアスケーターのユリオも、いろいろ難しそうな家庭環境のようです。家族はただ一人、ピロシキづくりが得意なおじいちゃんしか登場しません。

雪道をおじいちゃんと手をつないで帰る思い出から見るに、あまり裕福ではなさそうにみえます。

勇利の場合は、近くにアイスキャッスル・ハセツがあったので、そこでスケートを始めて、母親の先輩のミナコ先生がバレエのレッスンをつけてくれました。それで、とんとん拍子に強くなり、ついに日本を代表するフィギュアスケーターになったと。

もちろん、勇利の努力と才能あっての結果ですが、ヴィクトルが置かれた環境の厳しさは勇利の比ではなかったのではないかと想像できるのです。

▲「ユーリ!!! on ICE」劇場版「ICE ADOLESCENCE」制作中止!

ヴィクトルがロシアで過ごした青春の日々は、17歳のときに出場したオリンピックに絡めた映画「ICE ADOLESCENCE」で描かれるはずでした。残念ながら諸般の事情により制作中止になりましたが──。

「離れずにそばにいて」の歌詞から推測される失恋も、ここで描かれるはずだったのかも知れません。

 

ヴィクトルの競技者としての悩みと、勇利に惹かれた理由

▲来シーズンへの抱負を聞かれ考え込んでしまう

少し視点を変えましょう。

フュギィアスケート界の絶対王者として君臨してきたヴィクトルにも、スケートを続けていく上で悩みがありました。

競技者としてのモチベーションを維持できなくなってしまっていたのです。

▲グランプリファイナルSPで失敗してうなだれる勇利

これは第11話、グランプリファイナルSPで思うような演技ができず、キス&クライでうなだれている勇利を観ながらのモノローグで語られています。

▲マッカチンを傍らに、雪舞う中に物思いにふける

──いつだって新しい気持ちで滑っていれば、みんな驚いてくれる。自分の首を絞める枷でもあった。新しい強さは自分でつくりだすしかない。ずっとそう思ってた。

ヴィクトルは、日常生活でも誰かを驚かせるのが大好きです。それはドラマのあちこちで見られます。

そもそも、事前連絡なしにいきなり勇利の実家を訪れ、「オレはおまえのコーチになる」なんて言い出したところからして、驚かせにきています。(しかも裸でw)

続く「温泉 on ICE」を決めたときも、こんな顔して喜んでいました。「驚かせること」がヴィクトルのモチベーションなのです。

スケートでもヴィクトルは観客を、審査員を驚かすことを大事にしてきたのでしょう。それは誰も成功していない大ジャンプを跳んでみせることだったり、前年までの表現とはまったく異なるテーマや表現で意表をついたり。

それも長く続けていれば枯渇します。

これからどう観客を驚かせればいいか、新しい自分をどう演出すれば楽しんでもらえるか、ヴィクトルは行き詰っていました。

 

勇利は驚きをくれる存在

昨年のグランプリファイナルのバンケットで、勇利は「ダンス対決に勝ったら自分のコーチになって!」と、驚きの申し出をしてきました。「温泉 on ICE」のときと同じように、きっとヴィクトルはノリも手伝って大喜びで申し出を受けたのでしょう。

さらにヴィクトルの心を掴んだのが「ビーマイコーチ、ヴィクトール!」という、ド直球の自分を必要とする言葉だったと思われます。

「離れずにそばにいて」の歌詞の冒頭

遠くで泣いている声がする

おまえも誰かに必要とされなかったのか?

これから推測するに、ヴィクトルは恋人と別れたとき「あなたはもう必要ない」とでも告げられたのでしょう。

だから、自分を必要とするド直球の勇利の言葉に、胸打たれたのでしょう。

「コーチになって」と勇利に言い寄られたときの、ヴィクトルのこの反応の理由は、必要とされる嬉しさからだと思います。

しかしもし勇利が後に、このときの対決を理由にコーチになることを迫っていたら、ヴィクトルは「忘れっぽさ」を発動して知らん顔したかもしれません。

なのに実際は、勇利はその後まったく連絡をよこしません。まぁ、本人すっかり忘れているから当然なんですが。ヴィクトルは、どこか肩透かしをくらった気分だったのかも。

このタイミングで、勇利の滑ってみた動画がSNSで流れてきます。自分のFPを完コピで滑ってみせた勇利の演技表現に、ヴィクトルは自分にはない驚きを覚えました。これについてはヴィクトルが直接、勇利に伝えています。

ヴィクトル「勇利の魅力は音楽さ。その体が奏でるようなスケーティングそのものだ。それを生かした高難度のプログラムを作りたい。オレにしかできない、そう直観したんだ」

そんなこんなで、ヴィクトルは勇利のコーチを引き受けようと決意したのです。

コーチになってからも、メンタルの浮き沈みが激しい勇利はいつも新鮮な驚きをくれました。美しいカツ丼になってみたり

壁に激突して鼻血出しながら奮闘してみたり

落ち込みまくった揚げ句に泣き出したり

ヴィクトルの代名詞・4回転フリップを跳んでみせたり。

あまりの驚きと嬉しさに、思わず勇利にキスしてしまうほど!このころにはもうヴィクトルは、勇利がくれる驚きにメロメロです。

もうずっと勇利と一緒にいたいと願ってしまうほどに。

グランプリファイナル直前でも、相変わらず勇利は驚きをくれます。ヴィクトルの勇利への気持ちは止められません。

グランプリファイナル初日のSPで思うような演技ができずうなだれている勇利を見ながら、続けてヴィクトルはこう思います。

──今は勇利を通して、新しい感情がオレのなかに流れ込んでくる。勇利にこれから与えるべきものは何だろう。

驚きを与えることばかり考えていたヴィクトルに、勇利はたくさんの驚きをくれる存在です。勇利から受け取った驚きは、ヴィクトルが戦うモチベーションにもつながっています。

勇利がいたからこそヴィクトルは競技復帰を決意し、同時に勇利を失いたくないとも思っているのです。

 

ヴィクトルの元彼女の苦悩(妄想多いめです)

次に、ヴィクトルが失恋した相手(「彼」が正しいのかも知れませんが、一応「彼女」としておきます)の苦悩を推察してみます。これはただの妄想ですw

世界一モテる男として知られるヴィクトルが射止めた彼女は、どういうメンタルになるでしょう?

最初はきっと、天にも昇る心地でしょう。わたしはあのヴィクトルに選ばれたのだという幸運に、嬉しすぎてベッドに入っても思わずニヤけてしまうくらいだったに違いありません。

やがて、他の女たちの視線が気になりだします。「あの」ヴィクトルと付き合っているってどんな女? と、興味津々に値踏みしてくる視線に。

ヴィクトルは、あなたじゃなくて、わたしを選んだのよ。どうぞ存分に値踏みしてちょうだい──最初は強気に出る彼女。

けれど時に自信をなくし、泣き出してしまうことも。

さて、この場をどうおさめよう?

抱きしめるべきか

キスでもすべきか──。

きっとここでヴィクトルは間違ってしまったのです。おそらく抱きしめてしまった。彼女の弱い心を慰めるために──

まるで子ども扱いされたように感じた彼女の気持ちは一気に冷め

「わたしはもうあなたを必要としていない」と言われてしまいます。

もはやヴィクトルは何もできず、ついに二人は別れることに──。

なんと!勇利の気持ちの動きそのままじゃないですか!繰り返しますが、これは根拠のうっすーい、ただの妄想です。

 

第7話での勇利ボロ泣きのセリフ

もし、こんなこと(わたしの妄想に近いこと)が過去にあったなら、第7話で泣き出してしまった勇利にどう対処していいのか、ヴィクトルはすごく困ったはずです。実際かなり困っています。

ヴィクトル「泣かれるのは苦手なんだ。こんなとき、どうしたらいいのか分からない。キスでもすればいいのかい?」

これに対する勇利のセリフが──

勇利「違うよ。ボクが勝つってボクより信じてよ。黙ってていいから、離れずにそばにいてよ!」

大きく目を見開くヴィクトル。「そうか、それが正解か!」という表情に見えました。くしくも「離れずにそばにいて」は、ヴィクトル自身が昨年のFPの曲名にしたパワーワード。

愛する人にヴィクトルが望むのは「離れずにそばにいて」くれること。それは相手も同じなのだと、この瞬間に気づいたと、(妄想を経てw)わたしは解釈しました。

ヴィクトルにとって勇利が、決定的に特別な存在になったのは、この瞬間だったのではないかと思っています。

 

相手を傷つけるハグもある

さらに妄想ありきで話を進めます。

第7話で勇利が泣き出したとき、ヴィクトルは勇利を抱きしめることができませんでした。それは第4話で、長谷津の海岸に勇利を誘い出しスケート以外の会話を重ねたときのエピソードから。

ヴィクトル「この町に来て、朝早くカモメの声を聴くと、サンクトペテルブルクを思い出すんだ。あの町を離れるなんて、思ってもみなかったからさ、カモメの鳴き声なんて気にも留めてなかった。勇利はそんなことない?」

勇利「デトロイトにいたとき、やたらグイグイ話しかけてくる女の子がいて。あるとき、リンクメイトが事故に遭って。ボク、とても不安で。病院の待合室でその子と待ってたとき、慰めるように抱きしめてくれたその子を、無意識に突き飛ばしちゃったんです」

ヴィクトル「うわぉ、なぜ?」

勇利「動揺してるって、思われたくなくて。心の中まで踏み込まれたみたいで、とてもイヤだった。そのとき気がついたんだ。ミナコ先生も西郡も、優子ちゃんもウチの家族も、弱いボクを弱い人間として扱ってなかった。ちゃんと成長できるって信じてくれて、心の中に踏み込まないでくれたんだなぁって」

このエピソードが、じつはわたしには腑に落ちない。

最初のヴィクトルの投げかけは、カモメの鳴き声でサンクトペテルブルクを思い出すというもの。それでなぜ急に勇利が、デトロイトで抱きしめてくれた女の子を突き飛ばした話をするのか、よく分からない。

でも、そんなつなぎの悪さを押してでも、このエピソードを入れたかった理由があるはず。それは──

家族を含めた長谷津のみんなは、勇利を信じて踏み込まず、かといって離れずにそばにいてくれたと。勇利を取り巻く人々の愛を、ヴィクトルが勇利に再認識させるため。

そしてもう一つ。相手を慰めるハグは相手のプライドを傷つけるのだと、少なくとも勇利はそう感じるのだとヴィクトルに教えるため──じゃないかなと、そう感じました。

だから第7話で勇利が泣いたとき、ヴィクトルは抱きしめなかったし、それで正解だった。もし抱きしめていたら、勇利のメンタルはさらに最悪になっていたはず。デトロイトのときと同じように、ヴィクトルを突き飛ばしてしまったかも知れません。

(ましてや、ひとりよがりなキスの押し売りなんて、もっと最悪)

わたしが妄想した、ヴィクトルの前の彼女とのトラブルのとき、ヴィクトルはつい抱きしめてしまったのでは? と思ったのは、ここいらがベースになっています。相手を傷つけるハグがあると、少なくとも勇利と話すまでヴィクトルは気づいていなかったのだから。

 

「離れずにそばにいて」2、離れて滑る二人

愛の喪失と、再びの愛を請うヴィクトルのFP「離れずにそばにいて」。3月に日本で開催された世界選手権で、ヴィクトルは情感豊かに滑ります。

この同じとき、勇利も「離れずにそばにいて」を滑り始めます。

自らの経験から紡ぎ出した切ない思いを表現するヴィクトルに対し

勇利はあまり表情に動きがありません。このプログラムの意味を熟知していないからでもあるし、愛についてまだ考えたこともないから。

ヴィクトルは終始、愛を請う、ミナコ先生いわくの色気ふりまく大人の演技。

勇利には一部、ふっと笑顔になるシーンがあります。(おそらく)初恋の人、優子のためだけに踊っているから。ミナコ先生いわくの、ヴィクトルよりもっと若くてうぶな感じの笑顔──。

今はまだ見知らぬ恋人に向け愛を募らせるヴィクトルと、恋人と呼べる人はいないけれど淡い愛に包まれている勇利。

いずれ惹かれ合う二人が別々に愛を請う踊りを同時に滑るのは、愛の物語の導入として、とても美しいです。

 

「離れずにそばにいて」3、ペアスケーティング

ヴィクトルにとって勇利と過ごした8カ月は、これまで20年以上なおざりにしてきた愛と愛に溢れた生活について考え直す時間でした。

忙しい競技生活を離れることで、ようやく愛する人を得て心が満たされ

愛される喜びを分かち合いながら生きる、満ち足りた生活も手に入れ

一人で滑っていたときには、あんなに苦しそうだったのに、エキシビションで勇利と滑る「離れずにそばにいて」では、驚くほど表情が優しくなっています。

結論として「ヴィクトル!!! on ICE」は、愛を求めるヴィクトルが愛を得、内面が満たされ磨かれた物語だったのです。

 

ヴィクトルのこれから(妄想多いめ)

さて、競技復帰を決めたヴィクトルの今後はどうなるか、勝手に考えてみます。妄想多いめですが、お付き合いください。

ヴィクトルが競技を続けるモチベーションは「新しい気持ちでみんなを驚かせること」でした。けれど、自力で「新しい気持ち」を見つけることに限界も感じていました。

ところが勇利は、次つぎにヴィクトルを驚かせてくれます。勇利の地元、長谷津での生活も愛と驚きに満ちていました。

勇利を通して「新しい気持ち」をたくさん溜め込んだヴィクトルは、それをスケートで表現し、みんなを驚かせたくて仕方ありません。ヴィクトルは表現者としてリンクに戻る決意をします。

スケート選手にとって、スケートを滑ることは言語と同じです。言語を習得しても、それはただの意思伝達のツールでしかありません。その言語を使って何を語るか、スケートを滑ることで何を語るか、表現するかの方がはるかに重要。

若い選手たちは往々にしてコーチが決めた曲と振り付けで演技します。内容に納得できようができまいが、言われた通りにこなしています。ヴィクトルと出会う以前の勇利もそうでした。

弱冠15歳にして金メダルを獲得したユリオもそうです。

しかしオタベックは違います。

第12話、バレエの習得を諦め、独自表現を身に着けたオタベックの演技にかぶせて、ヴィクトルは語ります。

──今こそおまえの舞台に駆け上がるときだ。全世界がおまえを待っている。おまえが何を望んでいたか忘れるな。今こそ出発するときだ。おまえの夢を満たせ。おまえだけがそれを実現できるのだ。生きろ、おまえの生を。踊れ、おまえの夢を。歌え、歌え、おまえ自身の歌を。やりつくせ、遊びつくせ。見つけだせおまえの道を。そしてその上を行け。始まりのときは今だ。自分を生き抜け。始まりのときは今だ。おまえのための時間だ。

勇利と過ごした8カ月で、ヴィクトルが得た表現者としての答がこれなのでしょう。

自分だけの表現は、自分自身の経験からしか生まれない

と。

競技復帰したヴィクトルの年齢は28歳。グランプリファイナルではほぼ29歳です。以前のようにジャンプをバンバン決めるのは難しいでしょう。

強みは、磨かれた感性と表現力です。

新しい魅力で勝負したヴィクトルは、また金メダルをさらっていくのかも知れません。でも、さすがに競技者としてはラストシーズンとなるでしょう。

そして引退──勇利のコーチに専念するという未来は容易に想像がつきますが。

羽生弓弦さんと同じように、プロ転向という道もあり得ます。なにしろ、自分のスケートで人を喜ばせたいという気持ちの強いヴィクトルですから。

ここに、勇利の親友ピチットの存在が生きてきます。ピチットには夢があります。自分がフュギュアスケートをすることで、タイのみんなにスケートの楽しさを伝えたい、いつかタイでアイスショーをやりたいと思っています。

だからムリして跳べないジャンプに挑戦するよりも、自分のプログラムをきちんとみんなに届けたいと考えています。スケートには競技だけでない、ショービジネスとしての道もあると、ピチットは気づかせてくれます。

勇利との8カ月を通して、ヴィクトルは表現者としてワンステップ階段を上がりました。これからも表現者として、プロスケーターとして、多くの人を魅了する人生を選択するのも自然な帰結のように思えます。

 

結論「ヴィクトル!!! on ICE」とは

愛に向き合い、切なく愛を請い続けていたヴィクトルが

愛の喜びを得、リンクの上でともに生きてゆく伴侶をみつけた物語。

そして、内面が豊かになったことで表現者としてワンステップ進化した物語。

勇利に負けず劣らずドラマチックな物語だったように思います^^

 

おまけ/OP曲「History Maker」ってヴィクトルを描いてたんだ!

感想のところで書いたんですが、このアニメのOP曲「Histry Maker」の背景は、話数を重ねるごとに色鮮やかになっていきます。

とくにヴィクトルの変化は顕著です。

勇利やユリオが無彩色から始まるのに対して、ヴィクトルの背景は上の画像左側よりさらに暗く沈んだオリーブグリーンで描かれているシーンが多いのです。それが第11話では右のように金色に輝いています。

さらにヴィクトルの背景にだけ、J.J.やクリス、オタベック、ユリオ、そして勇利が描き加えられます。今回の「ヴィクトル!!! on ICE」の考察を踏まえて歌詞をみると、このOP曲ってヴィクトル目線だとはっきり分かります。

かなり意訳の和訳歌詞を載せてみます。

 

ボクの鼓動が聞こえるかい?

決して満たされない心にうんざりしていたんだ。

目を閉じて過去の自分に伝えるんだ「夢はかなう」って。

自分自身を信じられるなら、迷うことはないよ。

もう誰も君を止められない。

運命が決するこの場所で、ブレードを滑らせ踊ろう。

君がボクの心に火をつける。

ボクたちを止めないで、この瞬間こそが真実。

ボクらは歴史をつくるために生まれたんだ。

ボクらは回って踊って過去を乗り越えてみせる。

そう、ボクらはみんな歴史をつくるため、刻むために生まれたんだ。

 

最初はヴィクトルが苦しく悩んでいる様子から始まります。でも、勇利に出合い指導し成長する姿を見ることでドキドキして、それがヴィクトルの心にも火を灯します。

勇利とヴィクトル、二人の世界は広がります。

ほかの選手たちからも影響を受け、同時に影響を与えながら一大ムーブメントをつくります。最後はボクら、スケーター全員が歴史をつくる担い手なんだ、歴史を刻むために生まれたんだ、と締めくくっています。

ちなみに「ボクたち」はヴィクトルと勇利二人。「ボクら」は、スケーター全員を指しているつもりで書き分けています。

ヴィクトルの個人的な悩みから始まり、勇利とヴィクトル二人だけの世界が描かれ、最後はフュギュアスケート界のトップレジェンドとして、もっと広い視野で語りかけていますね。

とくに最後が美しいです!

アニメでは勇利とヴィクトル二人だけの世界が完成するところまでが描かれています。でももし第2期があるなら、ヴィクトル視点でフュギュアスケート界をけん引するレジェンドとしての矜持を自覚し見せつけるところを描いてほしい。

そんなふうに感じました。

 

 

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