TVアニメ「蟲師」第3話「柔らかい角」。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。



第3話「柔らかい角」/雪の降る夜、音が消えたら、人と話すか耳を塞げ。さもなきゃ耳を喰われるぞ

出展/TVアニメ「蟲師」

 

第三話

柔らかい角

yawarakai tuno

 

赤い空にシルエットで浮かび上がる山。手前にはしきりに湯気が立ち上る。ごうごうと鳴る低い音はなにを意味しているのだろうか──? 突如あらわれる白い手が、だれかの耳を塞ぐ。

 

抽象的な冒頭から始まる第3話「柔らかい角」は、耳と音を主題にした物語。この謎の冒頭表現は、いわゆる額縁仕立てとなっていて、物語の終盤付近でもう一度繰り返される。第1話「緑の座」と似たような構成だ。

 

第1話の冒頭、ギンコは山道を歩きながら「しかし、緑が異様なくらい鮮やかなところだなぁ、ここは」と、つぶやく。視聴者にとってこの段階では、ただ「いい景色だなぁ」「緑がきれいだなぁ」と、ギンコがあたりを楽しく見回しているていどにしか思えない。しかしこの言葉が、終盤でまさにこの物語の肝だったと気づかされるという構成だ。

 

一見、なにげない情景描写に思えるが、じつはそこにこそ作者が周到に用意した仕掛けがあったのだと気がつくと、まさしく「やられた!」という気分になる。物語のごく初期から視聴者は、すでに作者の手のひらの上。やがて終盤、ただの情景描写と軽視していたギンコの冒頭の一言が、まったく違った意味合いをもって立ち上がってくる仕掛けが小気味よい。

 

では、今回の冒頭はなにを意味していて、視聴者をどんな罠にかけようとしているのか? そのあたりに注目しながらみていこう。

 

「呍(うん)」は耳の奥に寄生して、入ってくる音を喰う蟲

▲「呍」は耳の奥の蝸牛管に寄生する 出展/TVアニメ「蟲師」

 

雪降る山あいの集落にギンコはやってくる。その村の村長・白沢家の老婆の要請によりやってきたのだ。第1話と第2話では風の噂に訊いた奇妙な子どもの家に勝手にやってきて問題解決するというスタイルのギンコだが、今回はちゃんと仕事の依頼に応じて村を訪れたらしい。

 

村長の老婆は、村人に起きている異変について話す。

 

村長「ここはご覧の通り、深い山の底。風の通らぬ静かな里でございます。とくにこのような雪の晩には物音ひとつしなくなり、話し声すら消えてしまう事もあるといいます。そして、そういうとき、耳を病んでしまう者が出るのです」

 

ギンコ「それは両耳ですか?」

 

村長「殆どの者が片耳です。麓のお医者方は首をひねるばかりで、もしや異形の影響やもしれぬと思い至ったのです」

 

片耳が聞こえなくなった村人の家に出向き、ギンコが拡大鏡を差し入れ耳を覗くと、耳の中に「呍(うん)」という蟲が巣くっていた。「呍」はいつもは森の中に棲んでいて音をエサにしている。しかし雪は音を吸収してしまうので、雪が降るとエサとなる音を求めて人里に降りてきたのだとギンコは言う。

 

「呍」は一見、かたつむりのような形をしていて、人の耳の奥にあるかたつむりそっくりな器官(「蝸牛管」かぎゅうかんまたは単に蝸牛ともいう)に寄生し、そこに入ってくる音をすべて食べてしまう。そのため、「呍」に寄生された方の耳は音が聞こえなくなるのだ。

 

対処法は簡単だった。塩水を耳に流し込めばいい。「呍」はどろりと耳から溶け出てきて消え、耳は聴力を取り戻す。屋根裏に巣くっている「呍」の群れにも塩水を吹き付けておけば駆除できる。

 

このあたりは連想ゲームのようだ。

 

まず作者は「音を喰う蟲」を考えたのだろう。音を喰うなら耳に寄生するはず⇒この蟲の形はきっと耳の奥にある蝸牛管のような、つまりカタツムリのような形だろう⇒自らの殻を捨て人の耳に寄生しているならそれはナメクジ状だ。とすれば、弱点は塩水に違いない!

 

雪は音を吸収するというから──それなら今回の舞台は雪降る山里の村! と、いったところだろう。作者がまるでゲームのように、楽しみながら設定を考えていった筋道がハッキリ辿れて面白い。

 

「阿(あ)」は、「呍」がつくった無音を喰う蟲

▲真火の額には4本の角 出展/TVアニメ「蟲師」

 

「呍」に寄生され片耳が聞こえなくなった村人たちの治療は意外と簡単だった。だが、一人だけ両耳を病んでしまった者がいる。それが、村長の孫「真火(まほ)」だった。

 

耳障りな雑音の洪水の中「うるさい、静かにしろ!」と、だれにともなく言いながら、部屋の中に真火は一人座っている。戸を引いて顔をのぞかせた祖母の呼びかける声は彼に聞こえない。

 

真火の額には大小4つの角が生えていた。角といっても角質化した堅そうな角ではなくて、皮膚が盛り上がっただけのように見える。触ればきっと柔らかい。

 

村長は孫の様子をギンコに説明した。

 

村長「突然その角が生えたかと思うと、それまで聞こえていた音が聞こえなくなり、”これまでに聞いたこともない音”が聞こえ出したと言うのです。こんな物音ひとつしない夜でも、家の内で外で音がする。囁くような音、轟くような音。耳を塞いでも、隙間を埋めても変わらない、角から音が入ってくる・・・と」

 

その症状からギンコは、これは「阿(あ)」という蟲の仕業ではないかと言った。つまり今回登場する蟲は2種類。「阿」と「呍」。

 

ギンコいわく「阿」は、「呍」のつくりだす無音を喰う蟲で、「阿」と「呍」は共に行動しているのだという。音を喰う「呍」に寄生されると人は音を拾えなくなり、無音を喰う「阿」に寄生されると人は、額の角からさまざまな音を拾ってしまうようになる。

 

通常人の耳は自分の近くの音だけを拾うが、「阿」に寄生されて生えた角は見境なくさまざまな音を拾うので、会話もままならなくなってしまう。昼夜を問わずなだれ込んでくる騒音に神経をすり減らし、ついに「阿」に寄生された人は衰弱死してしまうのだ。

 

亡くなった真火の母親も、かつて同じ症状だった

▲同じ病気だった真火の母親 出展/TVアニメ「蟲師」

 

「呍」は塩水で簡単に追い出すことができるが、非情に数の少ない「阿」の寄生を治療する方法は伝わっていない。そこでギンコは治療の糸口を見つけるため、真火本人に話を訊くことにした。おそらく真火を苦しめている雑音は、蟲が立てる音だろうとギンコは当たりをつけ、蚊帳を張ってその中で蟲の嫌がる煙を焚き遠ざけた。

 

ギンコの勘は当たっていた。真火はギンコの声を聞き取ることができるようになった。ギンコは、真火の額についた奇妙な角について訊ねた。

 

ギンコ「その角──どんなふうに生えてきた?」

 

真火「耳を塞いでたんだ。去年の冬、母さんが死んでしまったから・・・。母さんがよくそうしてたから、思いだして真似してみたんだ。そしたら、額が盛り上がって角が生えてきた」

 

ギンコ「耳を塞いでた? どうしておまえの母さんは・・・」

 

真火「わからない。思いだせないんだ。母さんもオレと同じ角が生える病気で、耳を塞いでも音は防げなかったはず。あのとき、母さんは何か言って、弱り果ててしまった両手で、強くオレの耳を塞いだ。でも、あのとき何て言ったか、覚えてるはずなのに、いつも思い出そうとするのに、頭の中にもどんどん音が流れてきて聞き取れない」

 

それだけ言うと、真歩はしゃくりあげて泣き出した。

 

村長の娘、つまり真火の母親も同じ角が生える病気だった。村長に詳しく訊くと真火の母親は「どんな音も届かないところで、ゆっくりと眠りたい」としきりに言っていたという。音がうるさくて、ろくに眠れなかったらしい。たしかにそれはきついだろう。

 

ふと村長が思いだした。亡くなる少し前、娘がそれまでとまったく違うことを言い出したことを。

 

真火の母親「母さん、音が消えたの。今度はピンと、何も聞こえなくなった。怖いの。あんなに恐ろしかった音がなつかしい」

 

絶えず流入してくる膨大な蟲のざわめきを聞き取ってしまい、衰弱していた母親。

 

彼女は亡くなる直前に「音が消えた」と言っていた。

 

ちょうどこの頃、母親は真火の両耳に手をあて塞いでいた。

 

これらのことからギンコは考える。真火の母親の身に、いったい何が起きたのだろうか? と。そこに「阿」を追い出すヒントがあるのではないか? と。

 

ギンコ「何も聞こえなくなるとはどういうことだ。なのに一体、何から耳を塞ぎたかったんだ?」

「阿」の弱点は──?

▲ついにギンコも「阿」に寄生される 出展/TVアニメ「蟲師」

 

真火は気晴らしにと、森に散歩に出かけた。しばらくして雪が降ってきたので、ギンコは真火を探しに森に入った。雪降る森を歩きながらギンコは音について考える。

 

ギンコ「静かだ。だが、決して無音じゃない。耳をそばだてれば、雪の積もるのにも音はある。周りに音がなくなれば、自分の心臓の音が聞こえてくる。だが、あらゆる音を拾うとなると、ひとつひとつの音はもう聞こえなくなるのか。それが極限まで高まれば──もしや! もしやそれが、”音が消える”という事か?」

 

「あらゆる音を拾うとなると、ひとつひとつの音はもう聞こえなくなる」。これは、実際の難聴の症状のひとつだ。通常人は、雑踏の中でも特定の音を拾うことができる。たとえば人の声とか、歩行者用信号の音とか、聞きたい音だけを取捨選択する能力が備わっているのだそうだ。この能力が劣ってしまうことで起きる難聴の場合、雑踏の音は聞こえるけれど、相手が何を話しているのか聞き取りずらいという。

 

「阿」に寄生されると、同じような感じになるのだろう。音はたくさん聞こえるけれど、自分で音を取捨選択できないから、だから真火に人の声は聞こえない。

 

このように「蟲師」では、実際にある事象を上手くフィクションに練り込むことで、まるでこの物語が本当にあることのように錯覚させる。いつもながら、この手法は上手い。

 

だとすればギンコが言った「とんでもない音の洪水が極限までに高まると音が消える」も、本当にあることだろうか? それとも、ここに限っては作者の創作だろうか? 分からなくなる。このギンコの思い付きは、まるで光の三原色のようだ。赤、青、黄色の光の三原色を混ぜると、そこは無色になる。同様に音も極限まで混ぜられると、無音になる──?

 

真火は雪洞の中に焚火をつくり避難していた。ギンコが真火を見つけてホッとするのもつかの間。そこは「呍」の巣で、真火の言葉もギンコの言葉も焚火のはぜる音も、すぐに食べられ聞こえなくなってしまった。「呍」の群れの中にギンコは「阿」を見つける。ギンコに捕まれた「阿」は、ギンコの耳に入り込み寄生した。

 

ギンコは少しも動ぜず真火に言う。

 

ギンコ「真火、両手を貸してくれ。おまえの母親のようにな」

 

真火「──こう?」

 

おずおずと真火がギンコの両耳を自分の手で塞いだ。地鳴りのような音が響いたかと思うと、ギンコの両耳から「阿」が溶けて飛び出した。

 

さて、いろいろ難解だ──。

 

そもそもギンコは蟲を遠ざける煙を焚いていないのに、どうして二人は会話ができるのだろう?

 

「呍」は音を喰い辺りを無音にする。「阿」は「呍がつくった無音」を喰う。その結果、「呍がつくった無音」はかき消され、元通りの音が復活する──ということか? つまり「阿」と「呍」の両方がいる環境なら、「阿」に寄生されていても、ちゃんと会話ができる──と、そういうことだろうか?

 

「阿」に寄生されてしまったギンコの両耳を、真火が両手で塞ぐとなぜ「阿」は溶けてしまったのだろう?

 

それは「阿」の弱点が「他の生物の生きている音」だったからと、ギンコは言うが──?

 

角が音を集めるのと、両手で耳を塞ぐのは同じ目的

▲母は真火の耳を塞いだ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

ここからはギンコの解説に、さらに分かりやすく補足説明したものだ。

 

人は生きている限り、常に音を発している。心臓が脈打つ音、血液が流れる音・・・。両手を耳に押し当てると響いてくるのは、筋肉の収縮する音だ。無音が好きな「阿」にとって、宿主の体内に響くこれらの音は、居心地の悪いものだ。だから「阿」は、その音を消そうとする。つまり宿主を死に至らしめようとする。

 

居心地の悪い環境に負けて「阿」が溶け出してしまうか、宿主が衰弱死するか、そのせめぎ合いの中で、真火の母親はついに負けてしまったのだ。ギンコは真火の手を借りて、ギンコの体内の音に真火の腕の筋肉の収縮音を追加することで、さらに居心地の悪い状況をつくりだした。その結果、ギンコに寄生していた「阿」は負けて、溶けてしまったのだ。

 

こうして「阿」の弱点をつかんだギンコは、自分に寄生した「阿」も、真火に寄生した「阿」も退治した。

 

ひどくややこしい話しで、読み返しのきく漫画ならまだしも、アニメですんなり理解するのは難しい。たとえば「阿」が無音を食べると、なぜ角が生えるのか? 詳しい説明はない。だがおそらく、アンテナのような役割をして周りの蟲たちが発する音を集めることができる角が生えるのは、寄生している「阿」を追い出すための身体の必死の抵抗なのではないか。本能的な防御策なのではないか。

 

それはまるで、身体に害をなすウイルスが侵入してきたら(たとえば風邪を引いたら)、体温を上げる(要は発熱する)ことで免疫力を高めてウイルスを駆除しようとするのに似ている。体内ではウイルスと免疫細胞との死闘が繰り広げられている。ウイルスが勝てば人は衰弱してしまうし、免疫が勝てば体内のウイルスは死滅する。

 

なんとなく真火の母親はそんなカラクリに気がついていて、それで手で両耳を塞いでいたのだろうとギンコは推測する。両手で耳を塞ぐことで、筋肉の収縮する音を耳の中にいる「阿」に聞かせ「阿」をやっつけようとしていたのだろう、と。けれど「阿」を退治する前に身体の衰弱が激しくて亡くなってしまったのだろう、と。

 

真火の母親が聴いていたのは、懐かしい溶岩の音

▲溶岩の流れる音は優しい記憶につながる音 出展/TVアニメ「蟲師」

 

さて。ギンコの仕事はここまでになる。「阿」と「呍」が引き起こした問題を、悩みながらも「蟲師」として見事に解決してみせた。いい働きだったし、「蟲」の奇妙な生態も興味深かった。だが、ここで終わってしまえば、凡百の空想物語にすぎない。ここからの展開こそが「蟲師」が名作として多くの支持を集める理由だ。

 

真火は自分の耳を両手で塞ぐ。地鳴りのような筋肉が運動する音が響いてくる。そうして真火は思いだした。母親が、自分の耳に手を当てながら言っていた言葉を。

 

真火の母親「真火、聞こえる? これが母さんの音だよ。むかし、母さん見たんだよ。父さんとねぇ、火を噴く山。この音は、あの溶岩の音にそっくり。だから、母さん消えそうなくらい不安なとき、この音を聞くの。何でも溶かす溶岩みたいに、不安も辛さもみんな、溶かしこんでしまえる気がするの。ほら、おまえもやってごらん。おまえの中にも溶岩が」

 

真火の耳から「阿」が溶け出し、ぱたり、と額の角が落ちた。

 

真火「──溶岩が。真っ赤な溶岩が、流れているよ」

 

じつは真火の母親が聞いていたのは、遠い記憶にある夫と訪れた火山で聞いた溶岩の流れる音だった。耳を塞ぐことで聞こえてくるごう・・・という低い音を懐かしみ、不安を溶かしてしまおうとしていたのだった。そしてその音を、息子の真火にも聞かせるために彼の両耳を塞いでいたのだ。

 

冒頭に描かれた赤い空と山のシルエット、湯気、そしてうなるような低い音の正体は、真火の母親の思い出の情景だった。耳を塞ぐと聞こえてくる音が、懐かしい思い出の音のように思えて、真火の母親はそこから勇気をもらっていたのだ。

 

耳を塞ぐ行為がじつは音を聞くための手段だったというのが、なんとも逆説的で面白い。

 

病気を治療し終えたギンコは村長の家を辞すことにした。報酬は、真火の額から落ちた4本の角。「いいのね真火?」という祖母の念押しに「うん──」と、頼りなく答える真火。ここでギンコは小さい方の1対の角を真火の手のひらに載せる。

 

ギンコ「世界は静かだろう真火。慣れるまでは落ちつかないだろうし、絶たれた世界を恋しく思う事もあるだろう。だが、それも春になって、賑やかになれば忘れる」

 

真火「オレ、忘れない。ずっと聞いてたんだ、母さんと同じ音。ぞっとするくらい、きれいな音──」

 

真火にとって「阿」が引き起こした病気は、亡き母親との濃いつながりを感じさせてくれるものだった。耳を塞げば聞こえてくるのは、両親の思い出につながる音。大切な記憶だ。

 

ギンコは報酬として受け取った角のうち、小さい方を真火に返した。真火は角を大事そうに手のひらに受け止める。

 

ギンコは真火の戸惑いを察知し、真火は両親との絆を音を通してそっと抱きしめる。なんとも暖かいエンディングだ。

 

pick up/なぜ額の角は柔らかい?

▲真火の角は母親との絆を確認するための思い出の品 出展/TVアニメ「蟲師」

 

サイや鹿など動物の角は、自分の力を誇示し他の動物と戦うための角だ。そのため、硬く鋭く立派にできている。しかし真火の額の角は柔らかい。この角は他の動物を突いたり傷つけたりするための角ではなくて、音を集めて「阿」から身を守るための角だ。

 

しかもこの角は真火にとり、母親と同じ病気に罹患したことで知った母の想いや両親との絆へとつながるもの。優しさや懐かしさの詰まったものだ。硬く鋭いわけがない。

 

今回の物語のタイトルは「柔らかい角」。作者が描きたかったのは、蟲が引き起こす奇病ではなく、親子の情や絆だったとはっきり分かる。

 

もちろん、ここで書いたさまざまな考察が絶対に正解なわけではない。「蟲師」は読むたび視聴するたびに、さまざまな疑問が湧いてきて、そのときどきに自分なりの答えが見つけられる。考察できる余地を残してくれているのは、もどかしさと共に尽きない興味深さもあり、くり返し視聴に耐える良質な作品といえる。

 

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