TVアニメ「蟲師」第10話「硯に棲む白」。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。



第10話/傷心の硯師の背中を押す、ギンコのさりげない優しさが光る

出展/TVアニメ「蟲師」

 

第十話

硯に棲む白

suzuri ni sumu siro

 

前回の第9話「重い実」は、タイトルが示す通りやや重いテーマの作品だったせいだろう。続く今回は、軽く視聴できる物語が選ばれている。蟲が引き起こす奇妙な事件を、いつも通りギンコが鮮やかな手腕で解決する。ラストも軽い。シンプルに楽しめる作品だ。

 

舞台は海に面した漁師町。ギンコの数少ない友人「化野(あだしの)」医師が住む町だ。化野は珍品収集を趣味にしており、ギンコが仕事の報酬で受け取ったモノをよく買い取っている。それらは人の目に触れぬよう、化野の家の蔵に収蔵されているのだが──。

 

その蔵に、町の子どもが3人忍び込んだ。「大丈夫だって。先生、今うちのばあちゃん診にきてっから」と、蔵の小さな窓にはまっている鉄格子の折れ目から侵入した。

 

蔵には奇妙なものが並んでいる。なにか猿のようなものの頭骨、薬品に漬けられた蛇のようなもの・・・女の子が棚に硯を見つけた。

 

──その夜遅く、女の子の家人が化野の家の戸を叩いた。

 

家人「夜になって、急に寒い寒いと言い出して・・・。一緒に遊んでた隣の子らも同じ様子なんです」

 

(何だこれは。体温がひどく低い。吐く息まで冷たい・・・)と、化野が奇妙な症状に首をひねっていると、女の子が化野に謝りだした。話す口からコロリと氷の粒が落ちた。

 

女の子「先生、ごめんなさい。今日、先生のとこの蔵に・・・」

 

化野「蔵のものに触ったのか?」

 

女の子「ごめんなさい。硯が・・・」

 

女の子は、蔵であったことを化野に話した。子どもたちは、見つけた硯で墨を磨(す)ってみたのだ。すると何か冷たいものが出て、それを吸い込んでしまったという。

 

どうやらこれは「蟲師」案件だと悟った化野はギンコを呼び出した。

 

▲よく見ると、硯には奇妙な模様が 出展/TVアニメ「蟲師」

 

季節は夏。蝉が騒がしく鳴いている。

 

化野は例の硯をギンコに見せる。

 

化野「知り合いの収集家から買ったものだ。姿も美しいが、何かの蟲の化石でできた硯だと言うんでな」

 

ギンコ「こういう情報のあいまいな物、買うんじゃねぇよ、厄介だな。自分の愛でてるものが異形のモノだって事忘れたか」

 

チクリと化野に釘を刺してから、ギンコは硯を調べた。ギンコの見立てでは、それは”蟲の化石”ではなく、まだ”生きた蟲”のようだという。硯の裏には作り手の銘が彫ってあった。さっそくギンコが情報集めに旅立った。

 

元硯師たがねの話す、これまでの経緯

▲夢中で硯を彫る、かつてのたがね 出展/TVアニメ「蟲師」

 

山の上に住む女は、もう硯づくりをやめていた。ギンコが例の硯を見せると、「この硯を探していた」と、大事そうに胸に抱いた。何やら理由がありそうだ。「私が知る限り、その硯を使った者は3人──」女は、これまでの経緯を話し始めた。女の名は「たがね」という。

 

たがねの父親は硯の名工だった。父の工房に硯を依頼しにきた縁で、ひと山越えた町に住む男と婚約していた。そんな折、たがねの父が倒れた。

 

婚約者の男「たがね、どうしてもか?」

 

たがね「あんたなら、わかるでしょう? ここの石は父さんと私にしか彫れない。絶やしたくないの」

 

婚約者の男「おまえ一人じゃやっていけんよ。実際、工房への注文は減る一方だろう」

 

たがね「今に・・・。父さんと同じくらいのもの作ってみせる。だから!」

 

たがねは父の工房を継ぎたいと言ったが、婚約者もその両親も反対していた。「あの人に認めてもらえるものを作れば、きっと・・・」。そう思い、たがねは硯づくりに没頭した。

 

▲墨を磨ると煙が・・・ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

ある日たがねは、不思議と惹きつけられる石を掘り当て、それを硯にした。それが例の硯だ。

 

父親「──いい姿だ。どら、試し磨りしてみなさい」

 

そう促されて硯に水をたらし墨を磨ると、白い煙がたった。煙を吸い込んでしまったたがねは、ごほごほと咳き込む。

 

父親「どうした?」

 

たがね「硯から、煙みたいなものが・・・。ほら、まだあそこ!」

 

父親「──どこにだ?」

 

父親に煙は見えていなかった。硯の姿も、墨のおりもいいとして、「これならもう、安心して後を任せられる」と、父親は喜んだ。

 

たがねは硯を持ち山を越えた。婚約者に見せて、工房を継ぐことを認めてもらおうと思ったのだ。硯から出た煙は他の人に見えないし、煙を吸ってもどうということはなかったので、問題ないだろうと高をくくっていた。硯の出来を見て「両親を説得してみよう」と婚約者は誓った。たがねは硯を婚約者にあずけて連絡を待ったが、ひと月後に届いた文は、彼の死を告げるものだった・・・。

 

たがね「私が硯を渡した日から寒いと言い始め、体温が下がり続ける奇病に冒されたという。そして、その硯は不吉だと古物商に売り払われていた。私はその古物商を訪ねたが、すでに売れた後で、それきり行方は知れぬところとなってしまった。

だが、仲買人や古物商から噂だけは入ってきた。”あの硯でまた死人が出たってよ”。その後、父も亡くなって、私は硯をつくる事を絶った」

 

たがねの話で、ギンコには検討がついたようだ。責任感から、たがねは硯を買い取りたいと言ったが、持ち主は化野だ。

 

ギンコ「これは俺んじゃねぇしな。何なら、あんたも一緒に来るといい」

 

こうして、ギンコはたがねを伴い化野の住む漁師町に戻った。

 

空に蟲を帰す

▲子どもの耳と口から煙がもうもうと! 出展/TVアニメ「蟲師」

 

漁師町の子どもたちの病状は思わしくなく、化野は自らの責任を痛感していた。そこにギンコが帰ってきて、硯と、硯から出る煙について説明した。

 

ギンコ「あの硯の中にいるのは、”雲喰み(くもはみ)”という蟲だ。入道雲のような姿をしていて、名の通り雲──つまり空気中の水や氷を食い雷や霰(あられ)にして降らす。その時、地上からは雲もないのに霰が降ってるように見えるわけだ。だが、自らは動けない。風まかせなモノで、雲がない時期が続くと小さくしぼみ、地表に降りてきて自らを凍らせ仮死とする。アレは、そのまま石になってしまったんだろう。何万と時をかけて。そして硯となって再び地表に現れ、水を与えられる事で何度かにわけて再生してきた」

 

ギンコは、背負子に子どもを乗せ、この辺りで一番高い山に病人たちを連れていくことにした。どうやらこれが解決策らしい。

 

途中、途中に子どもたちに湯を飲ませながら、かなり高く、雲の近くまで一向は山を登った。

 

「もうじきだ」

 

ギンコが言った直後。辛そうにうめく子どもの耳から、煙が立った。

 

ギンコ「皆、息を止めろ!」

 

子どもたちは耳からだけでなく、口からもモウモウと煙を吐く。3人の子どもたちから抜け出た煙は空で一つになった。煙を吐き切った子どもはやがて、ケロリと「寒くなくなった」と、言った。治ったのだ。

 

淡いピンク色に描かれた大量の煙が、苦しそうに呻く子どもたちから抜け出る様子はなんとも奇妙で、それがさらに空中で一つになっていく様子も異様な光景だ。

 

こういう視覚的な面白さは、漫画でももちろん迫力ある絵で描かれているが、アニメも負けていない。少しおどろしくて、目が離せないこういった表現は「蟲師」ならではだ。同じ異形の者を描く「夏目友人帳」よりも、さらにホラー要素が強い。両者は似て非なる世界観だ。

 

たがね「一体、なんで?」

ギンコ「空気圧のせいだ。アレは雲の浮かぶ空気の層で生きてるモノだ。とすれば、その層と同じ重さのモノのはず。層の近くまで来れば吸い寄せられる」

 

続けて、同じように煙を吸いながら発病しなかったたがねについてもギンコは説明を加える。

 

ギンコ「あんたは元々、高地の住人だ。吸った煙は少しずつ外へもれ出ただろうし、硯を届けに山を越えた時、完全に抜けたんじゃねぇかな」

 

こうして、子どもたちが巻き込まれた蟲の騒動は収まった。

 

きっと創作アイデアは「夏の雹(ひょう)」から

▲霰を眺めるたがね、化野、ギンコ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

たがねは硯を買い取り、自分の手できっちり処分したいと言うが、持ち主の化野は首を縦に振らない。「対処法も分かった事だし問題ないだろ」と。

 

化野「その硯、壊しちまうにはあまりに美しい。あんたにとっても、自分の子のようなものなんじゃないか?」

 

化野は、言葉を尽くしてたがねを思いとどまらせようとしている。そこでギンコが提案した。

 

ギンコ「なら、硯から蟲を解放してやったらどうだ?」

 

ギンコの提案にまたしても化野は抵抗する。「これは俺の硯だぞ!」と。要するに、蟲のいなくなった硯ではつまらないのだ。

 

ギンコ「今回の件は、化野。おまえのぬかりがでかい。今後の教訓として目ぇつむれ」

 

こう言われては、さしもの化野も口答えできなくなってしまった。

 

このあたりの二人のやりとりは面白い。皆から尊敬される医者でありながら、やんちゃ坊主のような性格の化野と、世の中達観しているふうのギンコ。いいコンビだ。

 

布で鼻と口を覆い、たがねは海岸で墨を磨る。硯から抜け出た蟲は、夏空に入道雲のように立ち上り・・・やがて村に霰(あられ)を降らした。

 

霰はいつまでも降りやまず、大きな粒は屋根瓦を割った。霰を集めてぼりぼり食べながら、化野は縁側から空を眺めている。

 

化野「こりゃ、村中、屋根の修理代、大事だな」

 

たがね「私に請求していいよ。一生かかっても返すから」

 

化野「つっても、あんたどうやって・・・」

 

ギンコ「また硯をつくりゃいい。すぐに身を立てられる」

 

起承転結、よくまとまっていたと思う。「蟲師」は、どの物語も短いながら、本当に良くできている。最後がいつも秀逸なのだが、今回は問題の硯をつくってしまったたがねの、辛い過去をしっかり払拭し、さらに前進できるよう仕向けている。

 

屋根の修理代を弁償しなければいけないたがねが、お金を稼ぐ方法といえば硯をつくるのが一番の近道だ。ギンコの機転が気持ちいい。

 

ところで作中では「霰(あられ)」と言っているが、正しくは「雹(ひょう)」だろう。

 

寒い冬に降るなら何ということはないが、夏に氷の粒が降るというのは何とも不思議だ。この現象から着想し、蟲を絡めて創作されたのが本作なのだろう。「積乱雲に取り込まれた水蒸気が急激に冷えて氷の粒となり、それが大きくなり重さに負けて地上に降ったものがヒョウ」と、科学的な説明をするよりも、「あぁ、空に氷を降らす蟲がいるんだなぁ」と思った方が数倍楽しい。
 

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