TVアニメ「蟲師」第16話「暁の蛇」。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。
第16話/温かな春の宵、すべて忘れて眠れるのは幸せなこと。
出展/TVアニメ「蟲師」
第十六話
暁の蛇
akatuki no hebi
記憶と睡眠いうのは、ごく身近にある「不思議」だと思う。人はさまざまな事を記憶し、片っ端から忘れていく。日常生活を円滑にするため記憶は重要だが、忘れるには意外とコツがいる。
今回登場する蟲は、人の記憶を喰う蟲だ。
ギンコは渡し舟に乗っている。水面には桜の花びらが揺れる。美しい季節だ。天気も良い。
客「のどかだねぇ」
ギンコ「いや、まったく」
客「しかし、こうも毎日、陽気がいいと人間だんだんダメになるねぇ。ここのところウチの嫁ときたら、ぐうたら寝くさって、ろくに朝飯も作りゃしねぇ」
ギンコ「春眠なんたらを覚えずってやつかね」
客「しかもこの頃、物忘れまで激しくなってなぁ、この前なんざ、市に子ども置いてきた」
ギンコ「ひでぇなぁ」
ギンコは居合わせた客とくだらないお喋りを楽しんでいる。たしかに、春の陽気のいい日には、ついウトウト眠くなる。特別やる事もなければ、いつまでも眠っていたくなるような、春にはそんな魔力がある。
用事とか仕事とか、煩わしいことすべて忘れてうつらうつら眠っていられれば、どんなに幸せかと思ってしまう。舟客の嫁の気持ちはよく分かる。
ギンコ「帰ったら、あんたの顔忘れてねぇといいがな」
客「へ。そりゃ、かえってありがてぇや」
憎まれ口をたたく舟客に、ギンコは少しだけ真顔になってこう訊いた。
ギンコ「その嫁さん、夜に眠れねぇってことは、ないよな?」
客「ん? 大いびきでよく寝てっけど?」
ギンコ「そんならいいが」
客「よかぁないよ。うるさくてこっちが眠れやしねぇ」
二人はまた元通り、客の嫁の愚痴話にもどっていった。
船着き場に到着し、「ご苦労さん」と、ギンコが船頭に渡し賃を手わたすと、「あの・・・今の話」と、船頭が遠慮がちに話しかけてきた。
船頭「夜、眠れないと何か、まずいんですか?」
菅笠を脱いだ船頭は、まだ年若い。心配なことがあるというのでギンコは、船頭の家に寄ることにした。
カジの母親は、どんどん記憶をなくしている
▲「変な生き物が・・・」 出展/TVアニメ「蟲師」
船頭の家の庭には大きな桜の木があり、今を盛りと淡い色の花を満開にさせていた。「ただいまぁ」と家の戸を引くと、母親が長い柄のホウキを片手に大樽の上で怯えていた。
母「あぁ、助けてカジ、変な生き物が・・・」
船頭の名は「カジ」だ。カジは土間にいる小さなカニを捕まえた。
カジ「カニのこと? これも忘れたの? この時期になると毎年、川から上がって来るだろ?」
母「そ・・・そうだったかしら。あら、カジのお友だち・・・だったわよね?」
カジ「違うよ。初めて会う人。蟲師のギンコさん」
カジの言うには、去年の春ぐらいから、母親は妙な忘れ方をするようになった。たとえば母の好物の団子を買って帰ったときのこと──。
母「おいしいわねぇ、この菓子。母さん、こんなの初めて食べたわ」
と・・・。もちろん初めて食べるわけはなく、それまでたまに食べていたのだが。母親は、団子についての記憶を全部なくしていたのだ。また別の日には。着物を並べて見ていて、無地のものはよく覚えているのに、柄物だけを忘れていたり。「くしゃみ」というものを忘れていたり。親戚どころか、自分の妹まで覚えていなかったり。
確かにここまで来ると、ただの「物忘れ」では済まされない。
ギンコ「妹まで? 確かに、妙だな。物忘れと言うよりゃ、進行性の記憶喪失だ」
カジ「だろ? それに、昼も夜もずっと起きて働いてるんだ。前はよく、家事の合間にあの木の下で昼寝してるぐらいだったのに。絶対、どっかおかしいよ」
結局その日、ギンコはカジの家に泊まることになった。囲炉裏を囲んでギンコ、カジ、母親の3人のお膳が置かれた。そして、さらにもう一つ。
ギンコ「それは?」
母「旅に出てる夫の蔭膳(かげぜん)なんです」
ギンコ「・・・蔭膳」
母「えぇ。1年かけてあちこち回る行商人なんです。こうしておくと旅先で食事に困らないって言うでしょう? まぁ、気休めなんですけどね」
カジ「もったいないから、やめろってのに」
どうやらカジは父親をあまり良く思っていない。「その割にゃ稼ぎにならないんだから、近場で働きゃいいんだ」とか「いつもならとっくに戻ってる時期だってのに、文ひとつよこさないでさ」とか。言うだけ言うと、ご飯をかきこみ、さっさと別の部屋に行ってしまった。
母親に寄生しているのは「影魂(かげだま)」という蟲
▲母親が機を離れても影が残っている 出展/TVアニメ「蟲師」
トントン、カラリ・・・トントン、カラリ・・・。
夜になると、ガジの母親は機織りを始めた。ギンコとカジは、母親の忘れたものを書きだし決まりはないか、忘れた親族に共通点はないかと考えている。どうやら、日ごろ会う回数の少ないものから忘れているように、ギンコには思えた。
ギンコ(それなら、夫のことはとうに忘れているはずだな・・・)
夜が更けても機織りの音が途切れることはない。はぁ、と母親がため息をついた視線の先には、チラチラと花びらを散らす庭の桜。
ギンコ「だいぶん、夜も更けたが、一向に寝そうにねぇな」
カジ「うん。眠ろうとしても、うまく眠れないんだって。だから、あぁやって夜じゅう機を織りながら父さんの事、忘れないようにくり返し思いだしてるんだってさ・・・せめて眠れたら、待ってるのも少しは楽だろうにね」
そうか、とギンコは気づいた。父親のことを忘れないでいられるのは、こうして繰り返し思いだしているからなのだ。
とうにカジは居眠りしてしまい、やがて山際が白み始め、鳥のさえずりが聞こえてきた頃。眠くてぼおっとしていたギンコは、ハッと気づいた。機織りの音が止んでいる。
母親は機に腰かけたまま、うとうとしている。──と、思ったらすぐに目を覚ました。窓の外が明るいのに気づき、母親は機から立ち上がり、ご飯の用意をしに台所に向かった。
──しかし壁にうつる母親の影は、まだ椅子に座ってうとうとしている姿のままだった──。目を見張るギンコの前で、母親の影は形を崩し細長くなり、蛇のように床をうねりながら外に出ていった・・・。
ギンコはカジと母親に、母親の異常は蟲のせいだと告げた。
母親「記憶を喰う蟲?」
ギンコ「あぁ。影魂という名でな。半透明の黒い幕状をしていて、古い巨木の影に好んで潜み、同化している。そこで人や動物が休むのを待ち、眠り始めると耳から脳に入り込む。すると宿主はほとんど眠らなくなり、記憶を少しずつ失ってゆく」
母親「庭の、桜の影にそれが?」
ギンコ「おそらく。そして一定量の記憶を喰うと、内部で分裂し、宿主がわずかに眠った隙に分身を外に出す。それがまた木の影に潜み、そうやって増えてゆく。それは本来、日に長く当たると消えてしまう弱いものだ。だが、体内に潜まれると、深く脳内に入り込み・・・手を出す術はない」
影魂の弱点は日の光だが、頭の中に当てることはできない。つまり、人に寄生した影魂を消すことはできない・・・母親を治すことはできないということだ。
ここからはギンコの推測だが、ご飯の炊き方や機の織り方などの日常の基本的なことや、毎日会っている息子のこと、くり返し思いだしている夫のことを忘れることはないだろう、と。
ギンコ「あくまで推測だがな。それに、もしこの先、記憶が底をつき始めたら、その時はそれらも喰われるのかもしれん。だから、俺に言える対処法は、より多くの記憶を蓄えてゆくという事と、何度も何度も、忘れたくない事は思い出す・・・て事だ」
母親「わかりました。そうしてみます」
治療する方法がないと聞き、ひどく不安そうにしていた母親は、対処法を知り少し安心したようだった。
「待ってないで、父さん捜しに行こうかしら」
▲「・・・遊山に行った帰りだよ」 出展/TVアニメ「蟲師」
隣で聞いていたカジは、はげますようにこう言った。
カジ「そうだよ母さん、家でじっと待ってないでさ、外にも出ればいいし」
ギンコの提案通りに「より多くの記憶を蓄えてゆく」ため、カジは母親に外出をすすめたわけだが、母親は「待ってないで、父さん捜しに行こうかしら」と、言い出した。それはカジには予想外の発言だった。カジはあまり父親をよく思っていない。カジはもう働いているし、今のままでいいんじゃないかと思っているようだった。
カジと母親の二人はその後、西の街にいる父親を見つけた。そこで父親は、別の家族と暮らしていた。若い女と笑い合いながら、産まれたばかりの赤子をたらいで風呂に入れていた。
母親は何も言わずにその場を去り、黙々と歩き続けた。食事も睡眠もとらず──やがて、パタリと倒れたきり何日も眠り続けた。海沿いの古いお堂に母親を寝かせ、自分も隣で寝ていたカジは、明け方に目を覚ました。
突然、何かが這い出たような奇妙な気配がして──やがて母親が目覚めた。
母親「あぁよく寝た。さてとご飯を・・・ここ、どこ? 私たち、何でこんな所にいるんだっけ?」
母親が西の街での記憶をなくしていることにカジは気づいた。きゅっと唇を結んでからカジは言った。
カジ「・・・遊山に行った帰りだよ」
すべて自分の胸に引き受けると覚悟した嘘だった。それから二人は家に帰った。母親は、カジの事と家の事、身の回りのいくつかの事以外の、すべての記憶を失ってしまっていた。
カジと母親の「相変わらず」な日常
▲茶屋で接客するカジの母 出展/TVアニメ「蟲師」
カジと母親が父親を捜しに出たのに合わせ、ギンコは二人と別れた。その後のことを聞いたのはちょうど1年後。桜咲く春に再びこの地をギンコが訪ねたときだった。
ギンコ「塞ぎこんでる間に、記憶の大半を喰われちまったのか──」
カジ「でも相変わらず、飯の炊き方とか俺の事とかは忘れないでいるよ。ギンコさんに言われたように外に出て、毎日、いろんな物事に出合うようになったからかな。それもほとんど次の日には忘れてるけど、毎日楽しそうにしてる」
今は母親は、カジが使っている舟着き場の側の茶屋で働いている。注文の品を運んだり、客と楽しそうに話したりして笑っている。
ギンコ「今もほとんど眠らないのか?」
カジ「うん、相変わらず夜はずっと機織りしてる」
ギンコ「そうか、相変わらずだな」
カジ「うん、相変わらずだよ」
カジの表情が以前より大人びていた。少し悲しいことはあったけれど、ぜんぶ胸に収めて笑ってみせた。
夕暮れ、家に帰れば先に帰っていた母がご飯を作ってくれている。囲炉裏に3人分のお膳が並ぶ。
カジ「母さん、また一膳多いよ」
母親「え? そうよねぇ。あんたと私のだけでいいのに。・・・一体、何でこうしなきゃって思ったのかしら? でも何だか、こうすると安心するのよねぇ」
ギンコに言った通り、母親は「相変わらず」だった。父親の存在は忘れているはずなのに、理由も分からず蔭膳をつくる。そんな母親を見るとカジは、やはり少し悲しくなった──。
記憶と睡眠
▲本来、温かな春の宵は深い眠りのためにある 出展/TVアニメ「蟲師」
今作は「記憶と睡眠」の物語だ。記憶と睡眠はとても密接な関係にある。睡眠には「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」がある。
「レム睡眠」は体を休める睡眠で、脳はある程度起きて活動している浅い睡眠といえる。このとき脳は、さまざまな記憶を他の記憶と紐づけて整理している。その過程で夢を見るのだ。「レム睡眠」は明け方に多く見られる睡眠だ。
対する「ノンレム睡眠」は脳が休む睡眠で、深い睡眠といえる。脳が休んでいる状態なので、多少体を揺すっても起きることはない。このとき脳は短い休憩を取ると同時に「いやな記憶」を消去する働きをもつ。「ノンレム睡眠」は、眠り始めてすぐに起きる睡眠だ。
記憶を上手くコントロールすることは、とても重要な技術だと思う。強いストレスを伴ういやな記憶は、たびたび人を苦しめる。レコード盤の傷のように、ちょっとしたタイミングでくり返し思いだされてしまう。忘れようと思うほどに強く記憶されるのは、今作でギンコが言った言葉の通りだ。
ギンコ「何度も何度も、忘れたくない事は思い出す」
困ったことに、忘れたいと必死になればなるほど深く記憶されるということだ。では、どうすればいいのか? これもまた、ギンコが言っている。
ギンコ「より多くの記憶を蓄えてゆくという事と、何度も何度も、忘れたくない事は思い出す」
さっきと同じ言葉だが。要するに、どんどん新しい記憶を蓄えることと、「忘れたい事を思いだす」のではなく「忘れたくない事を思いだす」のだ。上手く行った事、楽しかった事、そんな記憶をたくさん作り、何度も思いだすことで、「いやな記憶」を薄れさせていくのだ。
そしてもう一つ重要なのが「ノンレム睡眠」。ぐっすり深い眠りをきちんと取ることで、「いやな記憶」を消去できる。今作でカジの母親が、夫のいやな記憶を消去できたのは、それまで取ることができなかった深い眠りを得たからだった。作者はきちんと眠りのメカニズムに沿った物語づくりをしている。
これはカジの心の成長記
▲「相変わらずだよ」と、カジは笑う 出展/TVアニメ「蟲師」
カジの年齢はいくつだろう? おそらく15~16歳くらいだろうか? 渡し舟の船頭という仕事を持っているし、父親の稼ぎをあてにせず暮らすことができている。「蟲師」の時代でいえば、そろそろ大人だ。
もちろんカジにとって母親は、自分を守り育ててくれた人だ。父親が留守がちなのもあり、母親を頼りに育ってきた。しかしここにきて、その母親を頼ってばかりもいられなくなった。どんどん母親の記憶がなくなって、危なっかしくなってしまった。
カジは守られる存在から、守る存在へと変わりつつある。その決定打が、父親の不倫を知ったことと、母親の記憶喪失がさらに進行してしまったことだった。
しかし二人の暮らしは変わらない。カジがすべて胸に収めているからこそ、うららかな春のようにのどかな日常が積み重ねられてゆく。これはカジの、親離れと心の成長記だ。
pic up/「春眠不覚暁」
Meng Hao Ran (689-740 A.D.) / drs2biz
春ののどかな景色を見るとつい、「春眠暁を覚えず」というフレーズが口をつく人も多いだろう。本作「暁の蛇」も、そんな気分をベースにした物語だった。このフレーズの原典は、中国・唐代の詩人「孟浩然(もうこうねん)」の漢詩だ。孟浩然は中国語の発音では上の写真のキャプションにあるように「Mèng Hào rán」となる。漢詩の全文は以下の通り。
春眠不覚暁 処処聞啼鳥 夜来風雨声 花落知多少
各フレーズの日本語での読みと意訳は、このようになる。
「春眠暁を覚えず」──春は気候もよくぐっすり眠れるので、夜明けに気づかず寝過ごしてしまった
「処処、啼鳥を聞く」──あちらこちらから、鳥の声が聞こえている
「夜来、風雨の声」──昨晩は、風雨の音がしていた
「花、落つること知る多少」──庭の花はどれくらい多く散ってしまっただろうか
「花が散る」とは、春が終わることを意味しているので、これは「終わりゆく春の季節を惜しんでいる」詩だ。
作者の孟浩然は、官僚になるための試験「科挙」に合格しなかったので官僚になることができなかった人物。当時の官僚は朝が早かったので、「官僚にはこんな朝寝を楽しむことなどできないだろう」といった皮肉が込められていると言われている。
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