TVアニメ「蟲師」第17話「虚繭取り」(うろまゆとり)。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。
第17話/野生の蚕には、もともとの蚕がもっていた牙がある。あだや疎かにしてはならない。
出展/TVアニメ「蟲師」
第十七話
虚繭取り
uro mayu tori
じつは第13話「一夜橋」の最初で、疑問に思ったことがある。ギンコは依頼の手紙を受け取り、とある村を訪れるのだが。旅暮らしのギンコが、どうやってそんな手紙を受け取るのだろう? 郵便制度の整備された現代ですら、定住していない者に手紙を届けることはできない。携帯やスマホがなければ、連絡を取るのは難しい。
今話では、その答えを教えてくれる。旅の蟲師は、蟲師専用の連絡ツールを持っている。それが繭玉を使った通信網だ。このシステムは、かなり面白い!
冒頭の語りは暗く、恐ろし気だ。
現世には、あまたの空洞(ほら)が空いている。煙のごとく消えし者らは、空洞を彷徨い続けるのだという。記憶を失くし、心を無くし。
場面は転じて、ギンコが野の一本道を歩いている。白いススキの穂が見えるので、季節は初秋といったところか?その割には緑が濃くて蝉が鳴いていない──ちょっと季節はよくわからない感じだが。背負い箱がカタカタ鳴って、ギンコは立ち止まる。
ギンコ「ん、文か?」
背負い箱の小さな引き出しを開けると、ギンコは和紙を張った繭を取り出した。繭はギンコの手のひらで跳ねるように動いている。てっぺんの和紙をはがして編み棒の先に引っかけ繭の中から紙を取り出す。それが、文だった。しかしギンコが引っ張り出した文は半分にちぎれていた。
ギンコ「・・・どうもこの頃、まともに届かねぇな。替え時か」
よく見ると、差出人は「兎澤綺(とざわ・あや)」となっている。ギンコはその名前に心当たりがあった。
▲「どうもこの頃、まともに届かねぇ」 出展/TVアニメ「蟲師」
合掌造りの家に、綺は一人で住んでいた。野で野生の蚕の繭を集め、それを持ち帰って蟲師の通信に使う和紙を張った繭をつくる。家の中にはたくさんの通信用繭が天井からぶら下がっている。
綺は手紙を書き、通信用の繭に丸めて入れる。それはギンコが受け取った、あの半分に切れた手紙と同じ内容に見えた。
ギンコ「よう綺(あや)、元気か?」
綺「ギンコ」
そこにギンコがやってきて、勝手知ったるという感じに玄関で靴を脱ぐ。
綺「そういやギンコのウロさんも替え時だったね」
ギンコ「あぁ、文が千切れて届いたり、妙な文が紛れ込んだり」
そう言うと、ギンコはズボンのポケットから例の千切れた手紙を取り出した。
ギンコ「まだ、こんな事、続けてんのか。俺らの使い古しで」
綺は、ギンコの手から手紙を奪い取りくしゃりと丸めた。悪戯を見つかった子どものような表情で、目をそらしながら綺は言う。
綺「別に、いいでしょ」
ギンコ「いつまでも、いなくなった者の事しか頭にねぇんじゃ、爺さんも浮かばれんだろうよ」
綺「・・・緒(いと)ちゃんは、まだどこかにいるのよ」
綺(あや)と緒(いと)
▲「爺さま、私がいく」と、姉の緒(いと) 出展/TVアニメ「蟲師」
綺(あや)には、緒(いと)という双子の姉がいた。二人の家は家蚕農家だ。幼い二人も家の手伝いをしている。ある日、桑の葉を採りに行く父親について出た二人は、野生の蚕(桑子)の繭を見つける。日に透かしてみると、中は空だった。
緒(いと)「ね、綺ちゃん。この繭、空だよ」
綺(あや)「ほんとうだ。妙だねぇ。中の蛹はどこ行ったんだろ」
二人の会話を聞いた父親が後ろから声をかける。
父親「綺(あや)、緒(いと)、それを元に戻しなさい。空の繭は取っちゃならん。蛹の代わりに、善くないものが棲むからね」
家に帰り、蚕の繭を湯で煮て糸を引く。さらにいくつかの糸をより合わせて糸車に巻き取ってゆく。二人は並んでカラカラ糸車を回す。──と、本家の爺さまがやってきた。この頃、よく家にくる。二人に話があるという。
兎澤家の一族には、あるしきたりがあった。「ウロ」という蟲が見える子が生まれたら、山で「ウロ守」という仕事を継がねばならない。綺(あや)も緒(いと)も生まれつきウロが見える。今は「山の爺さま」と呼ばれる者が「ウロ守」をしているが、二人の内どちらかが「ウロ守」を継ぐため山に入らねばならないという。
二人が10歳になったので、どちらを「ウロ守」にするか決めるよう、本家の爺さまは親に催促しにきたのだ。しかしどうしても親には選べないというので、それなら本人たちに決めさせようと──それで二人が呼ばれたのだ。
綺(あや)と緒(いと)、二人を前にして本家の爺さまが訊ねた。
本家の爺さま「・・・妹の綺(あや)は。どちらだね」
順当な選択だった。家の跡取りとして、長子が優遇されるのは当時としては当たり前だ。「は、はい・・・」綺はか細い声で返事した。
緒(いと)「爺さま、私が行く」
どうやら姉の緒(いと)はしっかり者で、きちんと本家の爺さまの方を向いてこう言った。姉の言葉を聞いて、今度は綺(あや)まで行くと言い出す。「緒(いと)ちゃんが行くなら、私も行く」と。
結局、二人とも「ウロ守」修行のため「山の爺さま」のところに行くことになった。
「ウロ守」の仕事
▲二階には天井から降るように繭が吊るされている 出展/TVアニメ「蟲師」
二人は「山の爺さま」に連れられ、山の家についた。玄関の戸口で綺(あや)があたりを見回していると、山の爺さまは言った。
山の爺さま「戸は少しだけ開けておけ。ウロさんがいたらのまれっちまう」
家の中は、どの戸も少しだけ開いていた。いっぺんに二人も「ウロ守」の跡継ぎができたと、爺さまは上機嫌だ。さっそく爺さまは、山に二人を連れていく。
山の爺さま「おまえたち”玉繭”は知っとるな」
緒(いと)「2匹の蛹が一緒に作った、おっきな繭でしょ」
山の爺さま「そうだ。それが空になってるものを探しておくれ。それがなきゃ、わしの仕事はできん」
見つけた空っぽの野生の蚕(桑子)の玉繭を見つけて家に帰り、山の爺さまは綺(あや)と緒(いと)に「ウロ守」の仕事のしかたをやってみせる。まず山で見つけた空の玉繭を煮立った鍋に入れて糸を引く。引き出した2本の糸それぞれを棒の先でくるくる丸め、二つの繭に作り直す。
山の爺さま「部屋全体が薄くなるんで、ウロさんが混乱して出てくる。綺(あや)、そいつですくうんだ」
綺が見ていると、薄くなった繭の中から黒い何か(毛むくじゃらのオタマジャクシのようなモノ!)がスルリと出てきた。それを小さなカゴで掬うと、繭のひとつに入れる。そこで急いで和紙を貼る。ひとつの繭には「壱ノ巣」、もうひとつの繭には「弐ノ巣」と書いてある。
山の爺さま「これで封じた。ウロさんは当分、この2つの巣の間しか行き来できなくなった──壱ノ巣に文を入れるとウロさんが、蟲師に持たせた弐ノ巣までそのうち持って行ってくれる」
二階には、天井から繭が降るばかりにたくさん吊るされている。その一つ一つが蟲師に持たせた「弐ノ巣」と対になっている「壱ノ巣」なのだ。蟲師に用事のある人は、この山の家に文を持ってくる。そうすれば、この繭玉通信を使って蟲師に届けられるという仕組みなのだ。
なかなかどうして面白い仕組みだ。綺と緒もそう思ったようだ。
綺(あや)「面白いねウロさんて」
緒(いと)「爺さま、次は私が文入れたい」
楽しそうに二人が話していると、山の爺さまは少し怖い顔でこう忠告した。
山の爺さま「緒(いと)、綺(あや)、ウロさんを軽く見てはならんぞ。ウロさんてのは、現世に風穴空けてまわる。恐ろしい蟲なんだ。この辺りはウロさんのわきやすい土地でな。密室を見つけてはわいて出る。だから部屋の戸は閉じちゃあならん。誤って戸を閉めちまったら、開けてはならん。開けてもしウロさんが中にいたら──逃げ出すウロさんと共に虚穴(うろあな)に取り込まれちまう」
綺(あや)「・・・取り込まれたら、どうなるの」
山の爺さま「ずーっと虚穴(うろあな)をさまよう他ないと聞く」
綺と緒は、すっかり怖くなってしまった。それを察して山の爺さまは綺の頭をなでる。
山の爺さま「何、言いつけを守っておれば心配いらん。わしもこの通り、無事、生きとる。閉じてはならん、開けてはならん」
閉じてはならん、開けてはならん
▲緒(いと)の目の前にウロさんが・・・ 出展/TVアニメ「蟲師」
山の爺さまから仕事を教わりながら過ごす生活は楽しかった。家事も二人でやれば早く済んで、遊ぶ時間も取れる。その日、綺(あや)は洗濯物を干していた。そこに緒(いと)がやってきた。
緒(いと)「洗いものすんだ? じいちゃんが夕方まで遊んでていいって」
綺(あや)「ほんと、これ片してくるから、待ってて」
緒(いと)「綺ちゃん、蔵の戸、気をつけて」
蔵の戸をぜんぶ閉めてしまわないように、緒(いと)は注意したのだ。綺(あや)は「うん」と答えて盥(たらい)を、蔵にかたずけに行った。天気の良い日だった。気持ちのいい風が吹いている。縁側で綺(あや)を待ちながら、緒(いと)は、ひとつ欠伸をすると、横になってウトウトし始めた。
そこに、風にあおられた洗濯物が竿を外れて飛んできた。洗濯物は、すっぽり緒(いと)の体にかぶさった。
──ふと目を開けると、緒(いと)の目の前に黒い毛むくじゃらのおたまじゃくしのようなモノが・・・「ウロさん」だ!
綺(あや)「緒(いと)ちゃん、寝ちゃったの?」
綺(あや)が緒(いと)にかぶさった洗濯物を持ち上げる。
緒(いと)「開けちゃダメ」
その言葉を最後に、緒(いと)は、煙とかき消えた。
山の爺さま「開けてもしウロさんが中にいたら──逃げ出すウロさんと共に虚穴(うろあな)に取り込まれちまう」
山の家に来た最初の日に、爺さまが言ったとおりの事が起きた。緒(いと)は、ウロさんと共に虚穴(うろあな)に取り込まれてしまったのだ。
「私が布をめくってしまったから。布をちゃんと留めておかなかったから──」。綺(あや)は自分のしたことを後悔する。山の爺さまは「おまえのせいじゃぁない」と慰めるが、かといってどうやったら緒(いと)を取り戻せるかは、爺さまも分からなかった。
山の爺さま「手だてはないんだよ綺(あや)・・・」
それから5年。山の爺さまはこの世を去り、綺は一人でウロ守の仕事をしながら、今でも姉の緒(いと)を探している。かつて山の爺さまは、繭玉通信についてこう言っていた。
山の爺さま「壱ノ巣に文を入れるとウロさんが蟲師に持たせた弐ノ巣までそのうち持って行ってくれる。けどそれも、数年で取り替えにゃならない。ウロさんてのは、巣からどんどん虚穴(うろあな)を広げてゆくモノだ。いずれはどこかの密室だか他の虚穴だかに貫通してしまう。すると文がまともに届かなくなるんでな」
つまり、まともに文が届かなくなった繭玉通信に使っていた繭のウロさんは、虚穴を広げてどこかほかの虚穴に行けるようになってしまったということ。──と、いうことは。そんな繭玉に文を入れれば、どこかの虚穴を彷徨っている緒(いと)に届くかも知れない・・・。綺はそう思って、蟲師の使い古しの繭玉に緒(いと)宛の手紙を入れているのだ。
ここのカラクリは複雑で、けっこう分かりにくい。
「虚穴がどういうもんか、自分の目で確かめろ」
▲「こういった大虚が数限りなく存在している」 出展/TVアニメ「蟲師」
「神隠し」と呼ばれる現象がある。突然、人がいなくなってしまうことだ。
現実には、誰かに連れ去られたり、何らかの事故で探し出せなくなったりすることが多いが、現代ですら理由の分からない状況で人がいなくなることがある。ギンコの時代──江戸末期または明治初期(ただし、鎖国のままという設定)あたりなら、「神隠し」は、現代よりずっと頻繁にあったことだろう。
蟲がいる世界なら、蟲がらみの「神隠し」も多そうだ。今回の緒(いと)の件も、蟲がらみの「神隠し」だ。ギンコにも、緒(いと)を探し出すことは難しい。それでもギンコは、せめて綺(あや)の気が済むように、緒(いと)が彷徨っている虚穴(うろあな)がどんなところか見せてやると言う。
ギンコ「なら、虚穴に入ってみるか? 一緒に入ってやる。虚穴がどういうもんか、自分の目で確かめろ」
光脈筋の木にウロがわくと、拒絶反応で大きな虫こぶ状になり、そこを入り口にして虚穴に入ることができるのだ。虚穴は、いわば遠くまでワープできる抜け道として、昔の蟲師が使っていた抜け道だった。道に迷わないよう、通路には鎖が引いてある。
ギンコ「長居して記憶を失った奴もいると聞くし、俺は滅多に使わんがな」
虚穴の中は暗く、草の一本すら生えていない。生き物の気配もない寂しい場所だ。鎖づたいに進んでいくと、やがて大虚(おおうろ)・・・つまり巨大な穴に出た。アリの巣のように数限りない穴が開いた複雑な地形に綺は息を飲む。
ギンコ「この穴のうち、外へつながっているのは、この鎖の先のひとつだけだという。それ以外はどれも、どこかの密室につながっていて、中からは開けることはできない。こういった大虚が数限りなく存在している。おまえの姉さんがこの虚穴のどこかを通った可能性すらひどく低い」
ギンコの低い声を聴きながら、綺は涙が止まらなかった。百聞は一見にしかず──いくらギンコに「諦めろ」と言われるより、この穴を見れば納得がいく。
ギンコ「おまえが手を尽くしても、追いつくものじゃない。綺、諦めてくれ。おまえの中のでっかい空洞(ほら)のクチは塞げ。戻ってこれなくなる前に──」
それから綺は、以前と同じように一人でウロ守の仕事を続けている。それでも桑子の玉繭を採りに行って、草むらが揺れると思わず「緒(いと)ちゃん?」と呼び掛けてしまう毎日だ。
緒(いと)、奇跡の帰還
▲繭から10歳のままの緒(いと)が現れた 出展/TVアニメ「蟲師」
山の爺さまもギンコも、緒(いと)は諦めろと言い、巨大な虚穴を見てしまってはもう諦めなければいけないか──と、綺(あや)すら納得してしまった。しかし、最後に緒(いと)は奇跡の帰還を果たす。物語は、こんな語りで締められる。
とある養蚕の里に、奇妙な記録が残されるのは、それから数年後の事となる。「人の子、繭より出り。齢(よわい)十ほどにして言葉を得ず。後、懐の文を頼りに故郷へ戻りし」──と。
婆さまが鍋で繭を煮ながら糸を引いていると、一つの繭から指が出てきて、ついには緒(いと)が現れたのだ。(緒は、相当熱かったんじゃないかと思うが──)。年齢は姿を消したときのまま、言葉も記憶もなくしている。しかし、懐に綺(あや)からの手紙があったので、故郷に戻ることができたという。
綺(あや)のしていた事は、決して無駄ではなかったのだ。なくした記憶はまた覚えればいい。再会できたときの綺(あや)の嬉しそうな笑顔が目に映るようだ。
「お蚕さま」という産業昆虫
▲家蚕の成虫(カイコガ)
蚕は、絹糸を採るために品種改良された昆虫だ。wikiによると、養蚕の起源は少なくとも5000年前の中国にまで遡るという。蚕は蛹(さなぎ)になるとき自分の周りに糸を吐いて楕円形の繭玉をつくる。この繭玉を鍋で煮て、蚕の吐いた糸を採ったのが絹糸(けんし)、絹糸を織ったものが絹布(けんぷ)だ。絹布は薄く軽く、手触りが良く、しなやかで皺になりにくい。しかも美しい光沢があるので、古くから上質の布として愛用されてきた。
日本において絹織物は、明治・大正時代の重要な輸出品だった。江戸末期にヨーロッパで蚕の病気が流行して深刻な絹糸不足になったため、日本から急激に輸出されるようになったのだ。
綺の住む地方は特定されていないが、明らかに合掌造りの家なので、白川郷をモデルにしていると思われる。合掌づくりでは1階に人が住み、2階で蚕を飼う。2階の天井はそのまま屋根で、太い梁から縄で吊るした蚕棚で蚕を飼っていた。その様子はちょっと、蟲師の繭玉通信の繭を吊るしている様子に似ている。
白川郷では蚕を「お蚕さん」「お蚕さま」と呼ぶ。蚕は、米以外、目立った収入のない農村に富をもたらしてくれるありがたい存在だったのだ。白川郷には蚕飼祭り(こがいまつり)という祭りがあり「一つ転がしゃ1千俵、二つ転がしゃ2千俵―」と口上を述べ皆でワッハッハ! と笑うのだそうだ。
しかし、蚕は成虫になるため蛹になるわけで・・・。人が蚕を蛹のまま鍋で煮ころした挙句に糸を採るのは、蚕の身になれば何ともひどい所業だ。こういう、産業のために利用されている昆虫を「産業昆虫」という。
家畜のように人に飼われる蚕を「家蚕」というが、この蚕、じつは蛹から成虫になっても飛ぶことができないし、食べる口すらない。そのため生殖してすぐに死んでしまう。効率よく絹糸が採れるように品種改良を繰り返した結果、今では野生で生きることができなくなってしまったのだ。「家蚕」の成虫は真っ白で、とても美しいのだが──。
ウロはきっと、家蚕がなくした野生の牙なのだ
▲桑子の空の玉繭を探す 出展/TVアニメ「蟲師」
おそらく本作「虚繭取り」は、そんな人間のエゴがつくりだした「家蚕」を作者が哀れに思ったところから着想したのではないかと思う。人に飼われる「家蚕」の先祖といわれる蚕がいる。野生の蚕で、「桑子(くわこ)」と呼ばれる。この蚕は少しくすんだ黄色っぽい繭をつくり、成虫は薄茶色だ。家蚕と違い、飛ぶことも、もちろん食べることもできる。
山の爺さまや綺は、桑子の空っぽな玉繭を探している。空っぽな玉繭に「ウロさま」が棲んでいるからだ。ギンコはこの蟲を「ウロ」と呼び、山の爺さまや綺は「ウロさま」と呼んでいる。「家蚕」と同じく、この蟲のおかげで生活できているから「ウロさま」と敬称で呼んでいる。それだけでなく、おそらく畏怖の念も込めて。
真っ白な蚕と違い、ウロの見た目は小さいが、なかなか禍々しい。黒い毛むくじゃらのおたまじゃくしのようだ。綺の幼い頃の回想で父親が「空の繭は取っちゃならん。蛹の代わりに、善くないモノが棲むからね」と言っていた。ウロは”善くないモノ”なのだ。
「ウロ守」は、ウロを利用して生計を立てている。しかしウロは蚕のように、ただやられっぱなしではない。ちゃんとルールに則って扱わなければ危険な蟲だ。
作者は野生で生きる桑子に、家で飼われる蚕がなくしてしまった牙を持たせたかったのだろう。蚕という生命を産業の名のもとに改造し、生産し、消費している人間が、その罪と感謝を忘れないために。下手に扱えば人を「神隠し」にしてしまう──そんな蟲を創り出したのだと思う。
それでもまぁ、最後は綺(あや)の気もちに免じてハッピーエンドにしているが。
pic up/ギンコの背負い箱
▲背負い箱の蓋を開けると小さな引き出しが並ぶ 出展/TVアニメ「蟲師」
ギンコの木箱でできたリュック、これを背負い箱という。(これまで背負子と書いていたが、時間のあるとき順に訂正しておく)。江戸時代の行商人が使っていたもので、たとえば薬の行商人などは、小さく区切られた引き出しのひとつひとつに異なった薬を入れて運んでいた。
ギンコの背負い箱には、さまざまな蟲に対処する薬がぎっしり詰まっているのだろう。肩にかけるところは皮製のようで、なかなかしゃれた造りになっている。
そういえばわたしの祖母は日本画を描くのが趣味で、ギンコの背負い箱のように細かく区切られた箪笥(おそらく薬箪笥)に画材を入れていた。若い頃は、田舎の家にある古いものをただ「古臭い」と思ったが、最近では「あれデザイン良かったなぁ」と思いだす。去年は、お茶室に転がっていた木桶入りの煎茶セットと久谷の大皿を拾ってきた。今年はあの箪笥を拾ってこようかと密かに楽しみにしている。
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