TVアニメ「蟲師」第18話「山抱く衣」。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。



第18話/産土(うぶすな)は「土地神」。そこに生まれたそれだけで、生涯を越え守ってくれる有難い存在。

出展/TVアニメ「蟲師」

 

第十八話

山抱く衣

yama daku koromo

 

「山抱く衣」は静かな物語だ。絵師として名をはせた男が、結局故郷の村に戻り田畑を耕し土地に根づいた暮らしをするという、それだけの話だ。だが、概要を書いてしまえばほんの1文のこの物語が呼び起こす感慨は深い。「あぁ、故郷とはこういうものなのだ」と、しみじみ納得させられる。

 

静かで力強い傑作だと思う。

 

故郷の山の蚕から採った絹糸を山の草木で染め、手織りした特別な羽織

▲故郷の山のものを使い姉が仕立てた羽織 出展/TVアニメ「蟲師」

 

土をクワで耕していた青年は、曲げ疲れた腰を伸ばして「ふぅ」と息をついた。眼前には、幼い頃と同じように緑の山がそこにある。青年の名は塊(かい)だ。ふと塊は、幼い日を思いだす。

 

塊は山裾の小村に住んでいた。平らなところの少ない土地で、傾斜した谷側に石垣を積み棚田や畑をつくって人々は暮らしていた。塊は姉と父親の3人暮らしだ。あるとき塊は、山から煙が立ち上っているのを見つける。

 

「ねぇ、あんな山の上にも誰かが住んでいるんだねぇ」

 

父親「ん? こっから奥にゃあ誰も住まんぞ」

 

「でも、たくさん煙が立ってるよ」

 

父親「? じゃあ、誰ぞ炭でも焼いてるんだろ」

 

「山の神さまが飯炊きしてるんだよ」

 

どうやら煙が見えるのは塊だけで、父親も姉も適当な事を言っている。

 

あの頃、山には不思議なものがいた。山は今も、あの頃と同じ姿でそこにあるけれど、もうあの頃とは違う。あの時までは確かに、故郷はまるでやわらかな衣に包まれているかのようだった──。

 

塊は絵の上手な子どもだった。町へ出て絵師に弟子入りすることになった塊に、姉は羽織りをつくってくれた。

 

「絵のお師匠様に失礼のないように、作っておいたのよ。山の蚕の紬糸織って、山の草や木で染めたの。・・・塊、もう戻って来れなきゃそれでいい。父さんだって、あんたが立派になれば許してくれる。でもこれを見て、たまには里の事、思いだして」

 

「ありがとう姉ちゃん。俺、絶対、立派な絵師になってみせるから」

 

「山の蚕」には、前話「虚繭取り」で登場した桑につく「桑子」以外にもいくつかいる。たとえばクヌギの葉を食べる「天蚕」というのはエメラルドグリーンの美しい繭をつくる。「紬糸」というのは、形がそろわず生糸にできない繭からつくる絹糸で、穴の空いた──つまり蛹が羽化した後の繭から作られることもある。

 

山にいる自然の蚕の抜け殻繭を使ってていねいに紡いだ絹糸を山の木や草で染め、さらに姉が自分で織り仕立てた羽織り──これはもう、故郷の山そのもの。そして、姉の心がたっぷり詰まった贈り物だ。

 

羽織の絵が認められ、塊は一躍人気絵師に

▲「この羽裏、誰の作だ?」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

町の絵師に弟子入りしたものの、塊の仕事は絵皿洗いや廊下の掃除と、下働きばかりだった。「早く絵が描きたい」と塊は焦るが、なかなか絵の勉強をさせてもらえなかった。

 

そんなある日、師匠に絵皿を洗っておくよう言われた塊は、緑色の絵の具が残った絵皿をこっそりたもとに隠した。夜、描く紙もないので、塊は姉にもらった羽織の裏に絵を描く。故郷の山の絵を。懐かしさからか、塊の目から涙がこぼれた。

 

それからまた月日が過ぎ、今日も塊は下働きをしている。春めいてきて気温が上がり、庭で洗濯をしている塊は羽織りを脱いで庭の木にかけた。「おーい、ちょっと」と呼ばれて室内に入ってから庭に戻ってみると、塊の羽織を師匠がしげしげ眺めていた。

 

師匠「・・・おまえの羽織か。この羽裏、誰の作だ」

 

「わ、私のです。すみません、どうしても描きたくて・・・」

 

師匠「おまえがこれを? 気に入らんな」

 

「気に入らん」、「気に入らんぞ」とぶつぶつ言いながら、師匠はくるりと踵を返した。わけのわからない塊が「先生」と呼び止めると、師匠はこう言った。

 

師匠「明日より画室へ上がれ。わしが教える事はあまりないだろうがな」

 

師匠の見抜いた通り、塊はすぐに頭角を現し独立した。注文に応じて絵を描くが、なにしろまだ無名の身。絵具を買うお金に困り例の羽織を質に出した。「ずいぶんボロだねぇ」と渋る質屋に、「すぐ請け戻しに来るから」と頼み込んで。

 

塊は寝る間もおしんで仕事にはげんだ。やがて塊は「師匠」と呼ばれるまでになった。弟子を取ったのだ。質に出した羽織のことはすっかり忘れてしまった。

 

ある日、弟子の一人が文を持ってきた。

 

弟子「お師匠、今日の分の文です」

 

「あー、そのへん置いといてくれ」

 

そうは言ったものの、塊がその文を見ることはなかった。納品の催促だろうと決めつけて、読みもせずに火鉢にくべてしまったのだ。

 

塊、故郷に帰る

▲3年前の地滑りで、村は壊滅的な被害を受けていた 出展/TVアニメ「蟲師」

 

やがて──順風満帆だった塊に影がさす。酒を飲みに入った店で客同士の会話が聞こえてきた。

 

酒場の客「ものすごい地滑りでよ。里ひとつ流されたそうだ。俺も危なかったよ。西の方の、何とかって山の裾野でさ──」

 

塊の脳裏に嫌なものが走る。

 

(まさか、うちの里って事もあるまい)

 

結局、塊は、他の事に気を取られている場合じゃないと、噂話を聞き流した。塊の気づかぬ内に、質に出した羽織も売れてしまっていた。

 

あるとき客に絵を見せたところ、これまでにない反応が返ってきた。

 

「あぁ成る程、さすがは先生。・・・しかし、先生どこかお具合でも悪いのでは? 以前、拝見した先生の絵は、まさに生命みなぎるといった感じでしたが・・・。いえ、私の取り越し苦労ならいいのですが」

 

絵を生業にしている者にとり、手痛い一言だった。しかも少し前から塊は、めまいのような症状があり、ついに医者に診てもらった。医者は「お疲れのようですな。しばし薬を飲んで休まれなされ」と言った。「何、そう焦らずとも、先生の名はもはや不動のものでしょう」とも。

 

夜になり、ぼんやり布団に横になっていると、故郷のことが思い出された。

 

(姉ちゃん。嫁に行ったのは何年前だったか。元気にしているだろうか。父さんは、今なら許してくれるだろうか。あれから、もう十年以上経ったのか。思いだすのはこんな時だけで、都合のいい話だが、ふたりの顔が見たい。故郷の山河の匂いをかいで歩きたい)

 

ついに塊は、故郷に一度戻ることにした。そうすればきっとまた、いい絵も描けるようになるだろう、と。

 

故郷に到着した塊が目にしたのは、すっかり様変わりした村だった。きれいに並んでいた石垣は崩れ、木はなぎ倒され、家は土砂に埋もれていた。子どもをおぶった女の顔に見覚えがあった。

 

「伯母さん!」

 

伯母「おまえ・・・塊か?」

 

「これは一体・・・」

 

伯母「姉さんから文が行ったろうに。読んで・・・おらんのか? 三年前になるか。ひどい地滑りでな。家も畑も、大方が流されて、皆で話しておまえに文を出してもらったのさ。立派になったおまえに、里を助けてもらえんかとな」

 

どうせ納品の催促だろうと火鉢にくべた、あの文が姉からのものだったのだ。父は地滑りで亡くなり、姉はその翌年に子どもを一人産んで亡くなったという。伯母がおぶっているのが、姉の子どもだ。

 

伯母「その報せだって、行ってたろう?」

 

その文もまた、きっと塊は火鉢にくべてしまったのだ・・・。

 

伯母「悪い事は言わん、町へ帰れ。もう来るんじゃない」

 

ついに塊は力なく膝をつき、道にへたり込んでしまった。家の戸口から、畑からも、村人は塊の様子を遠巻きに見ている。声をかける者は誰もいなかった。

 

土を耕し、土と共に生きる暮らしを選ぶ

▲戸口に根菜がひとまとめに 出展/TVアニメ「蟲師」

 

塊の故郷に弟子が訪ねてきた。早く町に戻って、また絵を描いてくださいと言いにきたのだ。

 

「もう、戻れんよ。俺にはもう、何も描けんのだ。筆を取っても、何も浮かんでこんのだ」

 

じつは塊は、故郷の家で何か描こうと筆を取ってみていた。しかし、とても以前のように描くことはできなかった。弟子は失望し、町に帰っていった。

 

(今日も、山は見知らぬ山のように見える。里の者にとって、俺がもうよそ者なのと同じように。・・・いっそ、見知らぬ土地に行って暮らすか)

 

そう思って家に帰ると、戸口に人参やゴボウなどの根菜がひとまとめに置いてあった。鍋で炊いて食べると、懐かしい味がした。

 

「里の・・・土の味だ」

 

それからちょくちょく、戸口に根菜を見つけた。決まって子どもをおぶった伯母が歩き去るのが見えた。やがて塊は畑をつくることにした。岩をどかし、土を耕し・・・。そんなことを続けるうち、以前のようなめまいもなくなった。体も軽く、体調も良くなってきた。

 

最初の、回想に入る前に塊がクワを振るっていたのは、このあたりの描写なのだろう。次の秋、ようやくじゃがいもやサツマイモなど少しばかりの収穫があった。それを、これまで黙って世話してくれていた伯母に届けようとして、思いがけず伯母が亡くなったことを知る。塊は──伯母にお礼すら言えなかった。

 

伯母の家には、村人が集まっていた。一人残された塊の姉の子「トヨ」をどうするか話し合っているところだった。

 

村人「父方の親戚がおったろう。遠方だが、そっちで引き取ってもらおう」

 

縁側に遠慮がちに座っていた塊は、思わず「俺に!」と名乗りを上げた。

 

「俺に、引き取らせてください。お願いします」

 

村人「あの子は体も頭も育ちが遅い。おまえには育てられん」

 

そう。トヨはほかの子に比べて発達が遅いのだ。床に頭をすりつけて、塊はどうにかトヨを引き取った。それを契機に、少しずつ村人も塊を仲間として見てくれるようになった。

 

トヨは5歳になるのにまだ箸を使えず、手づかみでご飯を食べる。それでも「うまい」と嬉しそうに笑うと、自然と塊も笑顔になった。

 

泥の中からギンコ登場

▲「な、何だこりゃ!」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

塊は、村の稲刈りにも参加するようになっていた。その帰り、村の者が「ほれご苦労さん。姪っ子に喰わせてやれ」と、草餅をくれた。その帰り道──。

 

ふと見上げた山に、煙が立っていた。

 

久しぶりに見る煙だった。幼い頃はただ不思議に思っていたが、今の塊なら一人で山に入れる。山に分け入ると、地面がぼこぼこ湧いていた。「何だこれは?」と、見ていると、泥が大きく盛り上がり、中から人が現れた。

 

ギンコ「あーくそ。死ぬかと思った。やっぱり買うんじゃなかった・・・」

 

「な、何だあんたは?」

 

ギンコ「いやぁ、別に、怪しい者じゃ・・・」

 

いやいや。どっからどう見ても怪しい。しかし、塊はその泥まみれのギンコを自分の家に連れ帰った。なにしろギンコは、いつか塊が質に出してしまった羽織を持っていたのだから。

 

じつは、塊の羽織を買ったのがギンコだった。塊が売った質屋から直接ではなく、ギンコの馴染みの少々怪しげな道具屋からだ。ギンコに羽裏を見せながら、道具屋いわく。

 

道具屋「ひと昔前に名を馳せた天才絵師の作なんだが。この山で時折、炊事をする者がある」

 

ギンコ「炊事?」

 

道具屋「まぁ、そう見えるって話だが。見るとたまに、絵の山から白いものが立ち上っておる。まるで、民家から出る煙のように、ゆらゆらとな」

 

ギンコが羽織を調べてみたところ、薄衣(うすぎぬ)なのに異様に重く、蟲の気配がする。それなら、と道具屋は算盤をはじく。

 

道具屋「なら、例の珍品好きの先生に高値で売れるだろ。どうだいこの値で」

 

どうやらギンコが化野医師にいろいろ売っていることを、道具屋は知っているようだ。

 

その値では高すぎるとギンコは値切る。蟲の正体がわからないことには不用心だし──とか何とか言いながら「半値なら」と。なんだかんだと言いくるめ、ギンコは道具屋の言う半値で羽織を購入した。

 

ギンコ「・・・で、この羽織に棲む蟲の正体探りに、この絵の山を探して来たわけだ。だが、この山に入った途端、異変が起こってな」

 

と、ギンコはこれまでの経緯を塊に話した。

 

ギンコが山に入ると急に背負い箱が重くなった。あまりの重さに地面に手をつくと、地面は泥沼のように柔らかく、ギンコの体は土に沈み込んでしまった。

 

ギンコ「で、やっとの事で土から出てみりゃ、羽織から蟲の気配は消えていた」

 

絵が描けなくなって故郷に帰ってみれば故郷の里は地滑りで流され、父も姉も世を去っていたという、塊の辛い身の上話の間に入るギンコと道具屋のやりとりは面白く、しかもギンコが泥の中から登場するのも、なんともおかしい。ギンコの話を聞きながら、塊はクスリと笑ってしまったほどだ。

 

塊のパートとギンコのパート。硬軟織り交ぜた話づくりは、なかなか上手い。塊の身の上話しだけでは、読者も視聴者も気が滅入ってしまいそうになるから。

 

産土(うぶすな)という蟲

▲産土は、流された先で羽織を見つけて集まった 出展/TVアニメ「蟲師」

 

泥まみれになりながら、ギンコは羽織に棲む蟲が「産土(うぶすな)」だと気がついた。

 

ギンコ「土地により、固有のものがいる泥状の蟲だ。とはいえ、それは土の中にいる時の姿で、地表に出ると煙状になるようだがな。この地は、大きな地滑りがあったようだが。その時、大量の産土も一緒に流されてしまったんだろう。その産土が流された先でこの羽織を見つけて身を寄せた。ずいぶんと大量に棲んでいたようだ。産土は他の土地では生きていけないから、集まったのかね。──この布、この地のもので作られたもんだろう?」

 

ギンコの話を聞きながら、塊は納得したようだ。

 

「ああ。姉が・・・すべて山にあるもので作ってくれたものだ。里を出た頃、これを羽織ると山の匂いや音を思いだせた。これは、山そのものだった」

 

塊の姉は、山の蚕の繭を集めて紬糸を作り山の草木で染め、それを布に織って羽織りに仕上げたのだ。すべてこの山のもので出来ている。故郷を離れた産土は、この羽織の匂いを見つけて寄り集まったのだ。

 

それをギンコが故郷の山に持って入ったのだから、産土たちが騒ぐのも無理はない。ギンコもろとも、喜び勇んで土に潜ったというわけだ。それですっかり羽織から産土は抜けてしまい、今はもはやただの羽織に戻ってしまった──と、そういうわけだった。

 

ギンコ「産土(うぶすな)は同郷の匂いに集まるからな。その土地から生じるすべての植物に微量に宿る。そしてそれを口にして、動物も体内に産土を宿す。どこにもいる蟲だけに影響力は小さいし、宿主が土地を離れればまったく力を失う。生まれた地に戻りさえすれば、また生涯、他のささいな蟲からは守ってくれようとするモノだがな」

 

塊は故郷にいる頃すでに自分の絵を確立していた。師匠に学ばずとも、もうすっかり絵を自分のものにしていた。それは、産土の影響があってのものだったのだろう。この地を離れ、町に出て、羽織も質に売ってしまった塊にはもう自分を守ってくれる産土の影響がなくなってしまった。そのために以前のような絵が描けなくなったのだ。その上、めまいすらするように──。

 

ギンコの話を聞きながら、きっと塊もその事に気づいたはずだ。町に出ても産土の影響を受けていられたのは、姉が作ってくれたこの羽織あってのものだったのだ、と。

 

「子どもの成長が遅いのも、関係があったりするのか」

 

塊は膝に姪っ子を抱きながら、気になっていることを訊ねた。

 

ギンコ「乳離れの頃に産土を十分に摂れなかったら、そういう事もあるかもしれんな。だとしたら、けっこうな量の産土がこの地に戻った事だし、今からでもこの地の作物たくさん食わしてやりゃ少しずつでも追いつくだろ」

 

塊が伯母がくれた根菜を食べて元気が出たように、きっとトヨも産土の宿ったものを食べれば少しずつ出来ることが増えてゆく。「そうか」と、塊は嬉しそうに膝のトヨを見おろした。

 

幻の絵師の手による羽裏

▲「おやまー!」。トヨが指さす 出展/TVアニメ「蟲師」

 

塊が町で不調を起こしたわけも、故郷の食べ物で元気になったのも、トヨの成長が遅いのも、すべて産土の影響だった。それならもう塊がこの地を離れる理由はない。これからトヨにこの地で育ったものをたくさん食べさせ、しっかり育てていけばいい。

 

残る問題は、この羽織をどうするかだが──。

 

「なあ。もうこの羽織、不要になったんだろう? どうか、俺に売っちゃくれないか?」

 

ギンコは最初から羽織を売るつもりだったのだが、売る相手は化野だ。もちろん、高値をふっかけようと企んでいる。それが元の持ち主の塊相手では、ふっかけるわけにも行かないので──。

 

塊に羽織を譲る代わり、今着ている羽織の裏に同じ山の絵を描いてくれるよう頼んだ。久しぶりに描く絵だ。少し不安に思いながら塊は絵筆を取る。

 

──筆が滑る。思い描いたように、塊の山が姿を現す。思わず口元がほころんだ。

 

起きてきたトヨが塊の絵を指さし言う。

 

トヨ「おやまー!」

 

「そうだぞトヨ、お山だ」

 

トヨ「もっとかいて」

 

「おーしいいぞ」

 

塊の口調は明るく弾んでいた。

 

▲「(煙が)早く出んかな」と、化野 出展/TVアニメ「蟲師」

 

その後ギンコは、その羽織を持って化野を訪れた。「ごくたまーに絵の山から煙が上がる産土の棲む羽織だ」と言って──たぶん高値で売りつけた。もちろんその羽織は、羽裏の絵こそ本物だが糸や染めは塊の故郷と何の縁もない品物なので、産土も棲まなければ煙が上がることもないわけだが・・・。

 

化野「うーむ。しかしこりゃ絵の方も、かなりの物ではあるな」

 

ギンコ「だろ。幻の天才絵師の作でな」

 

そこは本物だ。ギンコは絵の見事さを押す。

 

ギンコ(まぁ、死ぬ思いしたわけだし、これくらい許されるだろ・・・)

 

塊はこれからも、故郷の土を耕しながらトヨと共に生きていくのだろう。絵師としての腕と自信も取り戻したが、おそらくそれを生業にしない。トヨや自分の楽しみのために描くのだろう。途中哀しい展開だったが、最後は優しく着地した。いや優しいだけでなく、まさに地に足を下ろしたという力強さも感じさせた。

 

良い作品だと思う。

 

ギンコのとぼけた味も、いいアクセントになっていた。

 

「産土(うぶすな)」は、もともとは土地神様

▲羽裏から立ち上る煙 出展/TVアニメ「蟲師」

 

「あぁ、なるほどそういう事か」と腑に落ちる。そう感じた人は多いと思う。塊が町に出て上手く描けなくなったり体調を崩した理由。そして故郷で元気になった理由。姉が作ってくれた羽織に描いた山から煙が立ち上った理由。どれもよく筋が通っている。

 

いや、それだけじゃない。自分自身が「故郷」に感じる特別な思いの正体は、これなのかと納得した人はたくさんいるだろう。

 

故郷の土に棲む「産土(うぶすな)」という蟲が、そこから採れる作物にも微量に宿り、それを食べ続けることでその土地に守られる。だから故郷には特別な感情が湧くのかと、自分の故郷を思い描いて納得する。

 

本作のベースには「産土信仰」がある。「産土」という蟲は作者の創造物だが、じつはもともとよく似た考えは古くからある。それが「産土神(うぶすながみ)」だ。

 

「産土神」とは、その者が生まれた土地の守護神をさす、神道の神様だ。「産土神」は、その者が生まれる前(母親の胎内に宿ったとき)から死んだ後までも守護してくれる。さらに、よそに移住しても変わらず守護してくれる有難い神様と信じられている。

 

それぞれの人に、それぞれの「産土神社」があり、その神様はどの神様よりもあなたを愛し気にかけてくれる母親のような存在。自分の産土神社がどこなのかを知ることは大切で、そこにお参りすることで、より強い加護が得られるといわれている。多くは、その人が生まれたときに両親が住んでいた近所の神社だという。

 

神道の神様などと書くと、「わたしは無神論者だから」とか「わたしはキリスト教信者だから」とか、拒否反応が聞こえてきそうだが。しかし、故郷とのつながりは宗教に関わらず一生消えない。母親とのつながりが決して消えないのと同じように。──そういえば、塊の母親は描かれていない。それは、産土が母親のような存在だから、あえて登場させなかったのだろうと思える。

 

宗教色のない「蟲」という架空の存在を借りて、故郷との繋がりや意味深さを伝える──この点においても、本作は意味深い。

 

横山大観の「秩父霊峰春暁」

▲横山大観作 「秩父霊峰春暁」

 

「これは大観だ」。

 

塊が描いた羽裏の山を見てすぐに思った。そう思って大観の作を探してみると「秩父霊峰春暁」と山の形がそっくりだった。TVアニメでは、明らかにこの絵を模写している。原作でもこの絵を意識しているだろうが、さすがにのっぺりとした特徴のない形になっていた。

 

日本画は基本的に、輪郭を描いてモノを描写する。しかし大観は輪郭を描かない「没線描法」(朦朧体)を確立した人物だ。西洋の画法を日本画に取り入れた作風で知られる。

 

「秩父霊峰春暁」は、どっしりと存在感ある秩父山に霧がかかり、高い位置から見下ろした雲海がダイナミックだ。大観の作品は数あるが、どれも共通して感じるのはどっしりとした存在感と、匂い立つ生命力。

 

▲客に「どこかお具合でも悪いのでは?」と言われた作品 出展/TVアニメ「蟲師」

 

比べると、客に「先生、どこかお具合でも悪いのでは?」と言わせてしまった塊の作品は、いかにも生命力に欠ける。良く言えば瀟洒だが、小手先で描いた感が拭えない。

 

大観にも余白を取った作品はあるが、塊の作品とは圧倒的に熱量が違う。

 

「山抱く衣」は、「秩父霊峰春暁」に感銘を受けた作者が横山大観へのオマージュを込めて創作した作品なのだろう。

 

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