TVアニメ「蟲師」第24話「篝野行」(かがりのこう)。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。
第24話/「猿と違うってんなら、少しは恐怖に勝ってみろ。知恵で克服しろって言ってんだ」
出展/TVアニメ「蟲師」
第二十四話
篝野行
kagarinokou
新種の蟲が出たと聞きつけたギンコは、その地を訪ねてやってきた。「調査」だ。いつも感心するのだが、本当にギンコは蟲が好きだ。その仕事に向いているかどうかは、その仕事が好きかどうかにかかっていると言われる。この理屈からすれば、蟲師はギンコの天職だ。
茶色くなった葉をつまむと、葉はギンコの指先でもろく崩れた。完全に枯れている。「この辺りのようだな」と見まわすと、白茶けた景色の中に家がポツポツ建っていた。季節は晩秋だ。
ギンコ「よう。この里に蟲師がいるって聞いたんだがな」
子どもを見つけてギンコが訊ねる。「野萩(やはぎ)の事じゃねぇか?」と男の子が言い、遠くを指さした。
男の子「父ちゃんたちと原にいるよ。見た事ない草がいっぱい生えてきて、山の木どんどん枯らしてるんだ」
子どもたちに連れられ原に行くと、黒髪を胸まで垂らした若い女がいた。それが、この里の蟲師「野萩」(やはぎ)だ。男の子が言った通り、あたり一面に奇妙な草が生えていた。
野萩「その草に触っては──」
ギンコ「成る程。これ一本だけ生えてても見逃しちまうな。さすがにこれだけ群れりゃ蟲と気づくが」
ギンコは一本引き抜き瓶に入れる。その草の根はウネウネと動いていて──根を見れば蟲だとハッキリわかる。
野萩「あなた、蟲師ですか」
ギンコ「ギンコと申します。ここらで新種が出たってんで、調査にと思ってね」
野萩「生憎(あいにく)ですが、もう調査は終えたんですよ」
のっぺりと、抑揚のない口調で野萩は言った。
「明日、山ごとすべて焼き払うんです」
▲里に定住する蟲師「野萩」 出展/TVアニメ「蟲師」
野萩の家は書物で溢れていた。よほど研究熱心と見える。野萩は男の子の腕に擦り傷があるのを見つけて薬を塗ったりしていて、随分、里の者たちに慕われている様子だ。
ギンコは棚に積んである書物を開いて見ている。
ギンコ「野萩って名、覚えがあると思ったら。あんたの研究の写し、いくつか読んだよ。驚いたね、こんな若い娘だったとは」
野萩「それはどうも」
ギンコ「なら、あの蟲の調書もさぞ立派だろ。見せてもらえねぇかな」
「途中までですけど」と、野萩は4本の巻物を床に置いた。
ギンコ「途中? あんたさっき、終えたって──」
野萩「もう、調査の必要はないんです。明日、山ごとすべて焼き払うんですから」
そう聞いて、子どもたちが「ええっ」と声を上げる。
子ども「山、焼いちゃうの?」
野萩「ええ」
子ども「何で? よくないのは、あの草だけだろ?」
野萩「こうするしかないの」
子ども「山の動物は死んじゃうの?」
野萩「皆で、できるだけ追い払うようにしてもらったわ」
子ども「でも・・・」
野萩「あの草を、これ以上ほっとくと、山も、あんた達の命だって危ないのよ。わかってちょうだい。これは、生き延びる最後の手段なの」
そう言われても、子どもたちは納得できないようだ。口をヘの字に曲げ、押し黙ってしまった。「本当に、他に方法はねぇのか」と、ギンコが訊く。
野萩「もう、時間切れなのよ」
ギンコ「何か力になれる事もあるかもしれん。これまでの事、話しちゃもらえんか」
この里もまた、山の恵みと共にあるのだ。子どもたちの言葉から、それがわかる。「焼き払う」とは言ったものの、野萩も辛そうだ。
ギンコと野萩の口論。第1ラウンド
▲溶岩石の亀裂から1本の草が生え・・・ 出展/TVアニメ「蟲師」
今から二月(ふたつき)前のこと。
原を拓いて畑にするため、村人たちが土にクワを入れていると、大きな岩の塊が出てきた。このあたりは火山に近いこともあり、いつもの溶岩石だろうと掘り起こし、原の隅に放置しておいた。その岩に、翌日、1本の草が生えていた。
その後、草は見る間に広がり、拓いたばかりの原一面に生い茂ってしまった。ところがその草は、何度刈ってもすぐまた生えてきて、絶やすことができない。その内、草は花のようなものから毒を吐き、周囲の草木を枯らし始めた。
ここに至り、ようやく野萩は、これは異形のモノだと気づいた。
野萩「その勢いは衰えを知らず。数々の駆除法を試しましたが、有効なものは見つからないまま、草は山じゅうに広がり・・・。里へも迫ってきています」
ギンコ「だからと言って、山ごと焼くのは代償がでかすぎる。しかも相手は正体不明の蟲だ。どんな影響が出るかわかったもんじゃない。どうにかして人を集めて、確実に抜いていくべきだ。どれだけ時間がかかったとしても」
野萩「このまま作物まで枯れてしまえば、里は冬を越せなくなる。皆の命がかかっているのよ」
ギンコ「だからこそ、だ。焦って手を出すのはまずい」
野萩「多少の犠牲は目をつぶれと言うの?」
ギンコ「賭けるなら、自分らの命だけにしろって言ってんだ」
珍しくギンコが口論している。相手はギンコも認める優秀な蟲師だ。「蟲師」の世界において、山は神聖な場所。それくらい、野萩だって分かっているはずだ。その才能を認める相手だからこそ、ギンコは強く主張したのだろう。山に迷惑をかけるなと。
▲「多少の犠牲は目をつぶれと言うの?」 出展/TVアニメ「蟲師」
しかし野萩は、山より里の皆を守る方を選んだ。それだけ、この里を愛している証拠だろう。しかも野萩には、これまで手を尽くしたという自負もある。いきなりやってきた同業者に、やり方を否定されても譲る気持ちにはなれないだろう。
野萩「正論だわね。でも、怯え切ってる里の皆に、それは通じない。ならそんな理屈、意味はないわ」
ギンコ「それは、あんたもだろう。あの蟲に、すぐ気づけなかった事を悔やむのもわかるが、あんたが畏れてどうすんだ」
野萩「故郷の人を守りたいのは当然でしょう。そのためなら、どんな手段も使うつもりよ。その調書は差し上げます。今後の調査にお役立てください」
それだけ言うと野萩は立ち上がり、部屋の戸を引いた。「どうぞ、もうお引き取りください」と。これ以上、話すことはないというわけだ。
ギンコと野萩の口論。第2ラウンド
▲「よそ者から見りゃ、あんたらは怯えた猿の群れのようだよ」 出展/TVアニメ「蟲師」
外に出ると、村人たちが山の木を伐採していた。樹齢何百年もありそうな楠(くすのき)が音を立て倒れる。
男の子「あぁっ、大楠、伐っちゃった」
女の子「桜の木もないよ」
ギンコはたまらず、斧を振るう男たちを止めに入る。
ギンコ「おい、伐るのをやめてくれ」
村人「何だあんた」
ギンコ「あんたら、自分の里のためだけに、どんだけのものを犠牲にする気だ。頼むから、肝据えて考えてくれよ」
村人「俺らだって、山を荒らすのは辛いさ。だがな、自分や家族が死ぬかって時なんだよ」
確かにそうなのだ。このままでは冬を越すための作物を、蟲に枯らされてしまう。そうなれば冬を越せない人がでてしまう。ついに村人は「よそ者にわしらの何がわかる」と言った。野萩と同じ、これ以上口出しするなという、拒絶の言葉だ。
これにはギンコもカチンときた。
ギンコ「よそ者から見りゃ、あんたらは怯えた猿の群れのようだよ。恐怖で周り見失って、闇雲に攻撃加えてる。猿と違うってんなら、少しは恐怖に勝ってみろ」
子どもたちが伝えたのか、そこに野萩がやってきた。
野萩「そうするために、人は火を使うようになったんでしょう」
ギンコ「知恵で克服しろって言ってんだ」
野萩「火に歩み寄ったのも人の知恵だわ」
ギンコ「浅知恵だ。そういう事を言ってんじゃない」
野萩「もう、手を引いてと言ったでしょう」
村人たちが二人の口論を遠巻きに見ていた。ついにギンコは村の男たちに二人がかりで連れて行かれ、粗末な小屋に放り込まれた。少々手荒だったらしく、夜に目覚めたときには、あちこち痣だらけだった。ギンコも自分の言い過ぎを自覚し、反省したが──。
山焼きの後、陰火が大発生!
▲陰火が大量に発生した! 出展/TVアニメ「蟲師」
松明を持った村人がぞろぞろ山に入っていくのが小屋の窓から見えた。「まさか!」と呟き、ギンコは手近な棒で小屋の戸を壊し外に走り出た。
ギンコ(どうも嫌な予感がする。あれは溶岩石の中にいたモノだ。火を与えてはいけない。そんな気がする)
「つけましょう」という野萩の合図の言葉で、山に火が放たれた。異形の草もろとも、山が燃える。「これで、やっていける」と、村人たちは焼け落ちた山を見ながら呟いた。「でも、みんな焼いちまったな・・・」とも。
パキッ、パチッ、ポキッ・・・。
焼け跡に何かがはぜるような、奇妙な音が響いた。村人たちの目の前で、おかしな色をした火が立ちのぼる。本体は青く、赤い尾を引く無数の炎がユラリと漂い出した。それはまるで、人魂のような姿だ。
山焼きの現場に向かっていたギンコもその火に気づく。
ギンコ「あれは・・・陰火だ!」
もちろん、現場にいる野萩も陰火に気づいた。
野萩「皆、早く里に戻って。あの火を家に近づけないで・・・」
大声で皆にそう指示を出したとき、ひとつの陰火が野萩の口にひゅっと飛び込んだ。野萩はそれに気づいて口を押えたが、こうしてはいられない。すぐに里に取って返し、皆を集めて説明を始めた。
野萩「あれは火のように見えるけど、陰火というモノ。雨の日や寒い日なんかに現れて、火と思って近づいてきた人の体温を徐々に奪っていくの。暖かな日は壺の中や木のウロなんか狭い所で姿を消して潜んでる。いくつかはもう巣食ってしまってるでしょうね」
提灯を手に集まってきた村人たちは皆、不安そうだ。
野萩「この先、火に近づく時は気をつけて。気づかず長くあたりすぎると・・・凍え死ぬ事もあるわ」
村人「気をつけるって、どうすればいいの?」
野萩「火にあたって、ぬるいと感じたら陰火と思えばいいわ。陰火の中にはヒダネという蟲がいるの。その蟲が陰火の実態。ヒトの熱を吸って生きるモノよ。でも大丈夫。気をつけてさえいれば、害を受ける事はないわ」
つまり新種の蟲と噂されていたあの草は、ヒダネの幼生だったのだ。「面倒な事になったな」というギンコに野萩が嫌味を言う。
野萩「でも、ヒダネなら対処できる。いつか書物で読んだし。新種じゃなくて残念だったわね。でも幼生の生態がわかって大収穫じゃない」
「俺にあたるなよ」とギンコが言うと、野萩は黙って後ろを向いた。
野萩は研究熱心なリケジョ系女子。里の大人からは頼りにされ、子どもたちからは慕われている。これまで自分一人で蟲から里を守ってきたというプライドもあるだろう。そんな野萩の数少ない失態を同業者のギンコに観られてしまったのだから、野萩としては恥ずかしさからつい当たってしまったわけだ。
が、ギンコはそんな野萩の心の揺れや弱さを一言で言い当てた。野萩としても、ギンコが吐いた正論や慧眼を認めずにはいられない。だから、何も言えなくなってしまったわけだ。恥の上塗りをするほど愚かではない。
野萩とギンコはタイプは違うが、どちらも優れた蟲師だ。そしてお互いがそれを認めている。
リケジョ的、勝手な決着のつけ方
▲「あなたに里を頼みたいの」 出展/TVアニメ「蟲師」
あとは陰火をどうするか──が、この里に残された問題だ。もうギンコが手を出す理由はない。
ギンコ「陰火はしつこいぞ。この里で対処できるのは、あんただけだろ。もし手に負えなくなったら、ここへ文をよこしてくれ。力になる。調書の礼だ。一人で無理はするなよ」
そう言い残してギンコは、この地を離れた。
釣りをしていた村人は「寒いな」といって火打石を鳴らす。人々は家を暖めるため囲炉裏に火を焚き、煮炊きするため竈(かまど)に火を入れる。火は、人の生活に欠かせない。
そんな火の中に陰火が紛れ込む──。
雪の降る頃ギンコは呼び出され、再び野萩を訪れた。ギンコに促され、野萩が状況を説明する。
野萩「七人、亡くなったわ。それから・・・陰火で煮炊きしたものを食べて腑を凍傷のように傷めた者が大勢・・・」
実際の被害を受け、人々の陰火への警戒心も強くなった。今は落ち着いているという。
ギンコ「陰火の処理は?」
野萩「ヒダネを潰せば、やがて消えたわ。それでほとんど処分できたはずよ」
ギンコ「蟲をころせば火も消える・・・か。書物どおりだな」
どうやらヒダネを潰して陰火を消す方法も習得した。それなら、なぜギンコが呼ばれたのか・・・? それは山焼きの後、野萩が吸い込んでしまった陰火のせいだった。
野萩「これは、報いなんでしょうね。ヒダネが私の腑の中で芽を出したの。そして、毒を吐き始めた。里の皆にも、私がもう長くない事は伝えてある。身体を乗っ取られる前に、里を出て死に場所を探そうと思ってる」
ギンコは驚きに目を見張る。対する野萩は静かに話し続ける。もうとうに、覚悟を決めている様子だ。
野萩「だから、あなたに里を頼みたいの。あなたなら、二度とこんな過ちを犯したりしないでしょうから・・・」
ギンコ「・・・断る」
本当によく描けていると思うのだが。野萩は確かにこんな性格だ。勝ち気で融通がきかない。すべて自分で決め、ひとりで実行する。自分の始末も自分でつけ、後釜までひとりで決めている。ギンコの気持ちなどお構いなしだ。
ギンコが断ったのは、もちろん蟲を寄せる体質のため一カ所に留まることができないという事情もあるが、ギンコなりの考えがあったからだ。
ギンコ「あんたらが始めた戦いだ。この先も続くんだ。あんたひとりで終わってもらっちゃ困るんだよ」
それからしばらく考えた後、ギンコはこう切り出した。
ギンコ「・・・あれからずっと、考えていた事がある。ひとつ試させてくれ」
ギンコが考える、ヒダネの幼生の駆除方法
▲陰火でつくった重湯を飲む野萩 出展/TVアニメ「蟲師」
ギンコは陰火をつかまえ竈(かまど)にくべた。その上に米粒と水を入れた鍋を置き煮始める。
ギンコ「ヒダネってのは、よくできてるよな。毒を吐くのは、たまたま持った習性だったんだろうが、そいつがヒトに火をつけさせる事にもなる」
──よそ者だからこそ言えるのかも知れないが。ギンコの言い方は、蟲を完全に研究対象として見ている。そこに畏れも憎しみもない。ヒダネの幼生は、植物を枯らす毒を吐くことでヒトを焦らせ火をつけさせる──つまり、野萩たちはヒダネの策略にあっさり乗ってしまっていたわけだ。言い換えれば、蟲にいいように利用されたのだ。
ギンコ「火を得て成体となってからは、その火でヒトをおびき寄せ熱を吸う。火を使う唯一の動物ヒトが、結果、この火に使われている」
あらゆる生物の中で火を使うのはヒトだけだ。火を得たことで、ヒトは動植物の頂点に君臨することができた。「蟲師」では、これまでもヒトの驕りをいさめるような表現が多く見られたが、今回も「火を使うヒトを利用する蟲」を登場させることで、高くなりすぎた人の鼻っ柱をくじくような、そんな意図が見て取れる。生物(蟲)の進化としてみれば、これはまったく興味深いことだろう。
──では、蟲を根絶やしにしようと焦った挙句に火を使い、蟲が成体になる手助けをしてしまった野萩のやり方ではなく、ギンコのやり方とは?
ギンコ「だが、所詮この火は”偽の火”だ。幼生に偽の火を与えたとして、成体となる事ができると思うか?」
──成る程。ヒダネが本物の火を得て成体になるのなら、偽の火では成体になれないはず、というわけだ。逆説的な考えだが、これは確かに試してみる価値はありそうだ。
野萩「それじゃ──」
ギンコ「あの草を駆除するには、陰火で焼けばいいんじゃないか? そして、陰火を通した食い物にも、おそらく同様の効果がある」
野萩「・・・自分の腑も焼きながら?」
話している間に、数えられるほどの米粒を落としただけの薄い重湯ができあがった。それを椀に取り、ギンコが差し出す。重湯からは、普通とは少し違う湯気のようなものが立ち上がっている。
ギンコ「どうする?」
野萩は椀を受け取り、重湯を飲んだ。──と、腑を焼かれる強烈な痛みに顔を歪め、口から大量の葉を吐いた。野萩の体内で芽吹いたヒダネの幼生の葉だ。その葉は、黒く枯れていた。ギンコの推論は正しかった。
野萩「焼けている。もっとちょうだい!」
ギンコ「焦るなよ。急ぐとあんたの体がもたない。ゆっくり治していくんだ。少しずつ、確実にな」
異形のモノとの共生
▲陰火を見送る野萩と村の子どもたち 出展/TVアニメ「蟲師」
雪が溶け、やがて春になった。野萩は焼けた山に入り、様子を見て回っている。足元から小さな草が芽吹き、山焼きで枯れたと思った木の枝先から新芽が広がってきていた。山は再生し始めている。
子ども「ねぇ、この頃、陰火あまり見ないね。あったかくなったからかなぁ」
野萩「そうかもね。でも、まだどこに潜んでるかわからないわ。油断しちゃ・・・」
子ども「あっ!」
子どもが陰火を見つけた。それはフラフラと、里から離れた方角に飛んで行く。
子ども「谷の方へ飛んでく」
野萩「少しでも、寒いところを探しているのかもね。そして、息を潜めて冬が来るのをじいっと待っているんだわ」
陰火の本体ヒダネは、ヒトの熱を奪って生きている。そういうモノだ。暖かい場所は苦手で、寒い冬になると人里に近づいてくる。おそらくこれからも、冬になればまたやってくるだろう。
しかし野萩たちはもう対処のしかたを知っている。幼生を見つけたら、決して本物の火で焼いてはいけない。陰火に長くあたってはいけない。陰火を吸い込んでしまったら、陰火で煮炊きしたものを食べて体の中のヒダネを焼く。
これさえ分かっていれば大丈夫。山を焼き、数人の死者を出したが、この経験を経てこれからは上手に共生していけるはずだ。
我らがギンコが正解だった! で、終わる話じゃない
▲「あの草を駆除するには、陰火で焼けばいいんじゃないか?」 出展/TVアニメ「蟲師」
丹念に文献を読み、研究するタイプの聡明な野萩と、フィールドワーク主体で実際の蟲に体当たりするタイプのギンコ。才能ある二人の蟲師対決は、ギンコの側に軍配が上がった。
さすが我らがギンコ! と、浮かれて終わるだけでは勿体ない話だ。
途中でも書いたが、この物語の主旨はここだ。
ギンコ「よそ者から見りゃ、あんたらは怯えた猿の群れのようだよ。恐怖で周り見失って、闇雲に攻撃加えてる。猿と違うってんなら、少しは恐怖に勝ってみろ」
ギンコ「知恵で克服しろって言ってんだ」
結局ギンコと出合ったことで、野萩は陰火と共生する暮らしを選んだ。自然の恵みそのものである山や蟲を、力任せに自分たちの都合で滅ぼしてしまうようなことは、もうしないだろう。それに、何でも自分一人で決めるのではなく、もう少し幅広く人の意見を訊けるようになるかもしれない。
小説というのは、主人公の葛藤と成長が描かれなければならない。「蟲師」は漫画作品だが、小説に匹敵するつくりになっている。今作では、野萩の葛藤と成長が見事に描かれていた。最後がやや流れたような表現なのも、純文学らしい終わり方だ。
この作品は2004年に発表されたものだが、随分と現代のコロナ禍に通じるものがある。怯えた現代人たちは、最初の頃は世界中でアジア人を怖がり闇雲に攻撃を加えていた。その後、今度は皆で家に閉じこもった。
ギンコの言う通り、恐怖に打ち勝つには知恵しかない。相手をよく研究し、どんな性質をもつのか解明し、その上で対策を立てる。焦らず確実に、時間をかけて。
我々一般人は、野萩の里の村人たちと同じ立場だ。今は野萩の指示に従い、失敗しながらも何とか対処しているところだ。現段階ではとにかく落ち着いて行動する。それが最善。
あとはギンコのような優れた研究者の登場を信じて対抗手段の確立を待つしかない。
1、正体不明の蟲が現れた。
2、恐怖から村人も野萩も、冷静さを欠いてしまっている。
3、無謀な方策に出て失敗。
4、正しい考えをもつギンコが推論に従い実験。⇐今ここ!
5、蟲と共存するための対処法が確立。
世界中のギンコたちの実験が、早く成功するよう願おう!
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