TVアニメ「蟲師 続章」第2話「囀る貝」(さえずるかい)。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!



第2話/貝が、小さな声で鳴いている。仲間のために。生きるために。

出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

第二話

囀る貝

saezuru kai

 

ギンコは一人海辺を歩いている。灰色の空から雨が落ちているので、コートを頭からかぶっている。ギンコは足を止め、少し振り返り・・・訝し気に手を耳にかざした。

 

ピチュピチュと、近くで鳥の声がするが姿が見えない。

 

ギンコ(一体どこから。ん、足元?)

 

ギンコは砂から貝殻を拾い上げた。鳥の声はどうやら貝の中から聞こえてくる。

 

ギンコ「これは・・・」

 

ギンコの手と比較するとせいぜい4cmくらいの巻貝の中に、小さな鳥の姿があった。

 

今回の舞台は──。貝殻がたくさん出てくるが沖縄のように明るくなく、物語の中に真珠が登場することから、三重県の英虞湾(あごわん)とみた。英虞湾は現在では真珠の養殖で有名な地だが、古くは奈良時代から、阿古屋貝から採れる真珠を出荷していたという。真珠と縁の深い土地だ。

 

季節は夏──。

 

崖の上のミナと浜のシマ

▲ミナ(右)とシマ(左) 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

白っぽい着物を着た少女が浜辺で貝殻を集めている。きれいなホネガイを見つけて拾おうとしたら、前から来た少女に先に拾われてしまった。二人とも足下ばかり見ながら歩いていて、他に人がいることに気づいていなかったようだ。

 

白っぽい着物で髪をお団子に結っている方が「ミナ」、青い着物で前髪を斜めに下ろし後ろで一つに結んでいる方が「シマ」。どちらも同じくらいの、10歳か11歳の少女だ。

 

シマ「あ、あなたも貝殻集めてるの?」

 

ミナがこくりと頷くと、シマは拾ったホネガイを差し出した。

 

シマ「じゃ、あげる。あなた、崖の上に住んでる子でしょ? 向うはあまり貝殻ないものね」

 

ミナ「あ、ありがとう」

 

シマ「あれ、あなた、ちゃんと喋れるのね」

 

シマはミナの手を取った。

 

シマ「ね、もっと貝のある所、教えたげよっか」

 

ミナ「うん」

 

シマの差し出した手を、ミナはぎゅっと握り返した。シマとミナは、波打ち際に並んで貝殻を拾う。

 

シマ「知ってる? 貝の中にも波の音、鳴ってるのよ」

 

シマはミナの耳に貝殻を当てた。「ほんとだ!」ミナは目を輝かす。夕方になり、二人は「また遊ぼうね」と手を振り合って別れた。

 

ミナの声が出なくなる

▲ギンコが凶兆を報せるが・・・ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

そんなある日、ミナがホネガイを耳に当てていると、父親が帰ってきた。父親の名前は「砂吉(さきち)」だ。

 

砂吉「そいつを里で米と交換してきてくれ」

 

父親の側には籠いっぱいの貝が置いてあった。ミナは「うん」と答えて籠をもつ。

 

砂吉「浜の連中とは口きくんじゃねえぞ」

 

ミナ「わかってるよ」

 

砂吉は目つきの鋭い、いかにも頑固そうな男だ。

 

一方ギンコは、何やら気になることがあるようで、今日も浜に来ている。崖の上から娘を見送っている砂吉に気づいたギンコが話しかける。

 

ギンコ「あの──、ちょっといいかな」

 

砂吉「何者だ、あんた」

 

ギンコ「通りすがりの蟲師で、ギンコってんですがね。ここらの海に凶兆が出てるんで、知らせた方がいいかと思って」

 

砂吉「凶兆?」

 

ギンコ「まぁ、凶兆と言ってもまだ何が起こるかはわからんのだが。確実に近いうち何らかの厄災がある。村中に備えを呼び掛けといた方がいい」

 

砂吉は、ふとギンコから視線を外した。

 

砂吉「己の身は、己で守る。村は村だ。俺には関係ねえよ」

 

──と、崖下の浜にミナが他の少女たちと一緒にいるのが見えた。

 

シマ「ミナちゃん、ミナちゃん。どうしたの、ぼおっとして大丈夫?」

 

ミナは何か言おうとするが言葉がでない。「シマちゃん、本当にこの子口きけるの?」「何にも言わないじゃない」。取り囲んでいる他の二人の女の子が口々に言う。

 

砂吉「何してる、帰るぞ!」

 

崖から降りてきた砂吉がミナの腕を引く。

 

砂吉「どうして言う事がきけない。それも、よりによって、あの娘と。あの娘とは二度と口をきくなと言ったろう」

 

ミナは涙を浮かべて口をパクパクするばかりだ。様子を見ていたギンコが訊いた。

 

ギンコ「貝の唄を聞いたのか」

 

ミナはコクリと頷いた。

 

凶兆を知らせる蟲「ヤドカリドリ」

▲貝殻に潜む「ヤドカリドリ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

崖の上の砂吉の家に戻り、ギンコはなぜミナの声がでなくなったのかを説明した。

 

ギンコ「貝の唄とはいえど、唄っているのは貝殻の中に棲む蟲でしてね。ヤドカリドリとかサエズリガイとか言いまして、普段は海上を飛び回り、藻屑なんかを喰ってるモノなんだが、海で異変を察すると浜へ上がり、貝の殻に閉じこもって災いの去るのを待つんです。そして、小さな声で鳴き続け、仲間を陸へ呼ぶ」

 

ミナと砂吉は、じっとギンコの話に耳を傾けている。

 

ギンコ「それを耳の間近で聞いてしまうと、ヒトは声の出し方を忘れてしまうんだ」

 

父親「治す方法はあるのか」

 

ギンコ「何、毎日ヒトの声聞いていればじき思いだす」

 

「そうか」と、砂吉は安堵のため息を吐いた。それから斜め後ろにいるミナの方に視線をやり、少しおどすように言った。

 

砂吉「勝手なことをするからだ。二度としたら許さんぞ」

 

一通りの説明を終えると、ギンコは背負い箱の紐を肩にかけ立ち上がった。「まあ、そういう事で。問題は災いの方だ」と。

 

ギンコ「村の方には俺から伝えとくが、あんたらも気をつけた方がいいぞ」

 

そろそろ日が傾いて空が赤味をさしている。浜の近くに集落がある。男たちが舟の辺りに集まり、何かの作業をしていた。ギンコが凶兆のことを伝えると、網元(あみもと)と呼ばれる男が肩に網をかけながら低い声でそれにこたえた。

 

網元「備えなら常にしている。海に出る時ゃいつだって何が起こるかわかんねぇんだ。できる限りの注意を払ってる。忠告はありがてぇが、特別する事ぁねぇ」

 

これまたよく陽に焼けた、眼孔鋭い男だ。男は去り際に、網子(あみこ)たちに檄を飛ばした。

 

網元「おまえら明日もぬかるなよ」

 

「へぇっ!」。網子たちは威勢よく返事した。

 

網元は、舟や網など漁業一式の道具を持つ者で、網子はそれらを借りて労働力を提供する者。要は経営者と労働者の関係にあたる。

 

十年前の事故

▲海は砂吉の妻の血で真っ赤に染まっていた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

網元を見送った若い網子は「はぁ、暇だ。俺は海士(あま)漁の方が好きだよ」とため息をついた。年老いた網子は低い声で若者をいさめる。

 

年老いた網子「そう言うな。網元も考えあっての事だ。養殖がうまくいきゃわしら網子を安全に養える。もうあんな、むごい事も起こらんのだ」

 

若い網子は、「あんなむごい事」をあまり覚えていないらしく「何だっけ?」と訊き返す。老人が十年前の事故を話し始めた。

 

年老いた網子「もう十年前になるか。網元の乗ってた舟で、海女が鱶(ふか)に喰われたろう。引き上げんのが間に合わなくてなぁ」

 

若い網子「ああ・・・。ありゃひどかった。海が血で真っ赤んなって・・・」

 

年老いた網子「その海女の旦那は、それきり網子をやめて、娘とふたりっきり、崖の方で漁をしてんだよ。気持ちはわからんでもない。網元は、先に自分の女房を引き上げたんだ」

 

若い網子「でもよ。俺でもいざって時にゃそうするぜ」

 

年老いた網子「そうさなぁ。網元が養殖に取り組みだしたのは、それからさ。網元の気持ちもよくわかる。胸の痛い事だよ」

 

二人の会話を、ギンコが側で聞いていた。砂吉とミナは、こういう経緯があって、浜辺の集落から離れた崖の上に住んでいるのだった。砂吉が「浜の連中とは口をきくな」と言っているのも、このことがあったからだ。

 

なかでも砂吉が嫌っているのがシマという娘だ。「よりによって、あの娘と」と言っていた。──それはつまり、シマが網元の娘だからなのだ。

 

網元も砂吉も、十年前の事故について娘に話していない。(まぁ、そうおいそれと話せないか・・・)。娘同士は仲良くしたいのに、理由が分からず戸惑っている。

 

当時の辛い記憶が、砂吉の夢に蘇った。

 

片足をケガして漁に出られなかった彼は、生まれたばかりのミナをあやしながら家にいた。そこに「おまえの女房が・・・」と、村人が報せにきた。丘の上から見ると、海が真っ赤に染まっていた・・・。

 

舟には男が二人、海女が二人。海女漁に詳しくないが、おそらく夫婦一組で漁に出るのだ。しかしその日、足のケガのせいで砂吉は舟に乗っていなかった。

 

▲網元は土下座で謝るが砂吉は後ろを向いたまま 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

網元は土間に額をすりつけて謝ったが、砂吉は彼を責めることはしなかった。

 

砂吉「俺が乗ってりゃ、こんな事にはしなかった」

 

砂吉は背中を向けたまま、俯いている。戸口から観ていた網子が言った。

 

網子「砂吉、あん時ゃ、どうしようもなかったんだよ」

 

砂吉「どうしようもない? そうだな。他人に女房の命預けた俺が悪かったんだ。帰ってくれ。これからは己の身は己で守る」

 

そこで砂吉は目が覚めた。

 

──重い話だ。

 

砂吉は、決して網元に怒鳴ったりしていない。自分がケガさえしていなかったらと・・・ただただ、それを悔やんでいる。おそらく、先の若い網子が言ったように、砂吉が網元の立場だったら、やっぱり自分の妻を先に舟に上げただろう。網元の気持ちは分かるのだ。

 

それでも辛いし悔しいし悲しい。どこにももって行き場のない、憤懣やる方ない感情を押し殺しながら言えるのは「帰ってくれ」だけだった──たしかにそうだろう。

 

こんな事があっては、以前と同じように網元の下で働くことはできない。砂吉は網子をやめた。それでもミナを養いながら生きていくには漁をするしかない。だからこの地を離れることはできない。砂吉にも網元にも、辛い事故だった。その影響は今も色濃い。

 

人間関係がよく描かれている。砂吉の顔つきは厳しいが、けして思いやりのない人間ではない。十年前の事故を自分の中でどう清算していいのか、彼自身も悩んでいるのだ。

 

貝が小さな声で鳴いている。仲間のために。生きるために。

▲浜辺の貝がまた増えた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

月の浜辺をギンコが歩く。足元の貝殻を拾うと、中にいる「ヤドカリドリ」が、奥の方に身体を引っ込めた。また数が増えたな・・・と、ギンコは思う。

 

貝が、小さな声で鳴いている。

 

仲間のために。

 

生きるために。

 

ヒトという生物は、本来群れて生きるものなのだろう。一人ひとりの力は小さく弱くとも、それぞれの小さな力を合わせ助け合うことで、困難を逃れあるいは克服して命を繋いでいる。

 

貝殻の中から海の異変を報せる「ヤドカリドリ」たちは、網元のもとに集う網子たちを、広くはヒトという生物の本来の生き方を示唆しているようだ。

 

本作は、前作「野末の宴」同様、丁寧な現地取材がされている様子だ。網元と網子の関係と、不幸な事故をきっかけに海士・海女漁主体から養殖に転換するながれも破綻なく自然だ。

 

もしかしたら。本当にこんな事故があったのではないかと思われる。その取材をもとに蟲を絡めて創作されたものではないだろうか?

 

海は恵みの宝庫だが、同時に悲惨な事故の多い場所。今ですらそうなのだから、かつて悲劇は良くあることだったろう。自然は、相手がヒトだからと、けっして手加減してくれない。

 

網元の来訪

▲網元は、戸口の簾越しに話す 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

今日も砂吉は娘のミナと二人で漁をしている。ミナは幼いが、海女としての腕は達者だ。陸に上がり、二人で貝をさばいていると、ミナが何かを見つけた。

 

砂吉はそれを小さな袋に入れ、ミナの首から下げた。

 

砂吉「この事は誰にも言うんじゃないぞ。俺にもしもの事があったとしても、これがあれば何とかなる。誰も、おまえを守っちゃくれねぇ。自分の身は自分で守るんだ」

 

先にネタバレしてしまうが。ミナが見つけたのは大粒の真珠だった。

 

ミナが素潜りしているシーンで採っていた貝はアワビだ。アワビからは、やや黒味がかった輝きをまとう、上質な真珠が採れる。もちろん非常に稀なことで、しかもアワビパールは養殖が難しいので大変な貴重品だ。

 

砂吉は、それをミナの財産として娘の首にかけた。父娘二人だけで、漁師村から離れて暮らしているのだから、この先自分に何かあったら、頼れる者のないミナは生きていくことすら難しくなる。ギンコに何か悪いことが起きるかも知れないと言われているのもあり、砂吉はもしもに備えたのだ。

 

夕刻。砂吉の家を訪れる者があった。戸口の簾(すだれ)越しの影に向かい、「誰だ?」と声をかけると、網元の声がした。

 

網元「俺だ。話があって来た」

 

遠くでヒグラシが鳴いている。砂吉は返事をしない。網元の方も家に入ろうとはせず、簾の向こうに立ったまま話している。

 

網元「近いうち、海で災いがあると蟲師が言ってきた。おまえたちも用心しとけ」

 

砂吉「あんたに言われる筋合いはねぇ」

 

網元は3つの事を言いに来た。まず、ギンコが話した凶兆について、砂吉にも報せに来た。(砂吉はとうにギンコに会っていたのだが、それを網元は知らなかったのだ)。

 

網元「なぁ、何が起こるか予測つかんか。海の異変を察するのはおまえが一番たけていた」

 

砂吉「知ったことか」

 

今のところ何が起きるか分からないので、心当たりはないかと訊くのが2つめ。砂吉の返事はけんもほろろだ。

 

網元「砂吉よ。村じゃこの十年、海でひとつの事故もなくやってきた。この先も、俺の目の前で誰ひとり死なせはしない。村に戻って、養殖を手伝っちゃくれんか」

 

家の中では、砂吉はもちろん、娘のミナも聞いている。

 

網元「娘と二人だけで漁をしていては、いつか危ない目に遭うぞ。それでいいのか。おまえの事だ。許せないのは俺ばかりじゃあないんだろう。未だに自分を責めているならもうよせ。おまえにはもっと大事なことがある。娘の将来を思うなら、戻ってこい」

 

砂吉は微動だにせず、網元の言葉を聞いていた。やがて網元は「また来る。くれぐれも用心しろ」と帰っていった。

 

赤潮発生!

▲「どう逃げようとも、無駄だと言うのか」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコは、夜の浜辺で「ヤドカリドリ」の様子を観察していた。すると、それまでピチュピチュ囀っていた声がピタリと止んだ。ついに何かが起きる!

 

それを網元に伝え、網元は念のため夜のうちに皆を崖の上に避難させた。

 

村人たちが崖の上から心配そうに海をみていると、昇る朝日に照らされ何かが光った。明るくなるにつれ、海に大量の魚が浮いているのが見えた。光ったのは魚の骸の腹だった。

 

海が、赤く染まっている──赤潮だ。

 

赤潮は、プランクトンの異常増殖によって起きる。海水に含まれる酸素がプランクトンに奪われ薄くなるため、赤潮が発生すると魚は窒息して死んでしまうのだ。

 

天然の魚はもちろん、十年かけて育ててきた養殖の魚も全滅だ。網元はがっくりと膝を折る。

 

網元「何て事だ・・・。どう逃げようとも、無駄だというのか」

 

赤く染まった海は砂吉に、十年前の悲しい事故を思いださせた。

 

砂吉「こればかりは、どうしようもない。・・・どうしようも、なかったんだ」

 

砂吉の妻の事故も、今回の赤潮も、自然がやったこと。誰かのせいではない。「どうしようもなかったんだ」と、改めて砂吉は思う。

 

砂吉の決断

▲「ああ、無論だとも」。網元は深く頭を下げた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコは、崖の上にミナを訪れていた。

 

ギンコ「まだ声は戻らんか。うーん。も少し、大勢のヒトの声を聞かせたら、いいんだと思うがね」

 

砂吉はまるでギンコの言葉が聞こえていないかのように、無反応だった。

 

砂吉の家を辞したギンコは、その足で浜の様子を見にいった。赤潮は去ったが、まだ浜辺には「ヤドカリドリ」がいる。

 

ギンコ「災いはまだ、終わっていない?」

 

やがて砂吉は、ミナを連れて浜に行った。浜では、網元たちが海士漁に出るところだった。網元が砂吉の姿に気づく。

 

網元「砂吉!」

 

砂吉「海士漁は、まだよせ。赤潮の後は毒を持つ貝が出る」

 

網元「稀な事だ。わかってるだろう。後はこうしてやってくしかないんだ」

 

赤潮で養殖の魚が全滅してしまったので、生活のため、彼らは漁にでようとしているのだ。そこにギンコがやってくる。

 

ギンコ「俺もやめた方がいいと思う。凶兆が、まだ去っちゃいない」

 

網元「じゃあ、どうしろと言うんだ。砂吉、おまえとて海が元に戻るまで、どう食いつなぐんだ」

 

砂吉がミナの肩に手をかけると、ミナは小さな袋を差し出した。網元が袋を開ける。中から大粒の真珠が出てきた。

 

砂吉「ミナの採った真珠だ。皆で分ければわずかだが、売れば生活の足しにはなるだろう」

 

網元「だが・・・こんな立派なもの」

 

砂吉「犠牲が出るよりはましだ。その代わり、俺と娘を、またよろしく頼む」

 

砂吉とミナは、そろってお辞儀した。

 

網元「ああ、無論だとも」

 

網元は手のひらで顔を覆い、深々と頭を下げた。最後の言葉は、嗚咽混じりに震えていた。

 

その後、その近辺の浜で、貝を食べたと思われる海鳥の骸が時折見られた。けれど結局その村においては、ひとりの犠牲も出る事はなかったという。

 

ミナとシマを含んだ4人の少女たちが笑いながら浜辺を歩く。ミナはもう、すっかり皆と仲良しになったようだ。

 

──と、何かが飛び上がる気配がして、ミナは足を止める。

 

▲一斉に飛び立つ「ヤドカリドリ」たち 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

足下の貝殻から、次々と小さな鳥が飛び立ってゆくのがミナには見えた。凶兆を報せていた「ヤドカリドリ」たちが去っていくのだ。

 

シマ「ミナちゃーん、早くー」

 

ミナ「あ、今行くー」

 

シマ「何見てたの?」

 

ミナ「んー? 何でもないよ」

 

もう凶兆はない。ミナの声も、元通りだ。

 

冒頭の曇天から始まり、青空に舞う白い鳥たちの軽やかな映像で終わる。視聴者の気持ちをうまく誘導している。

 

自分ならできるだろうか?

▲いつも険しい表情の砂吉 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

辛い過去をねじ伏せ、より良い将来を生きるための決断をした海の男の物語だった。今作の主人公はミナではなく、父親の砂吉の方だ。感動的な物語だったが──。まず思ったのは「自分が砂吉の立場だったら、こうできたろうか?」と、いうことだ。

 

たしかに赤潮は誰のせいでもない。砂吉の言うように「こればかりは、どうしようもない」。しかし十年前の事故は、網元が砂吉の妻を先に舟に上げてくれてさえいれば・・・と、どうしても思ってしまわないだろうか。もしそうなら、代わりに網元の妻が鱶(ふか)に食べられてしまったかも知れないが──。

 

しかし、網元が自分の妻を先に舟に上げたからといって、責められるものではない。ただ、砂吉の妻が不運だったのだ。砂吉が足をケガしたのも悪い。それでも──。それでも、網元を見るのも、彼の妻を見るのも砂吉には辛いことだろう。たった十年で忘れられるものじゃない。

 

もちろん、ミナの声を取り戻すためには、網元に頭を下げるのが一番かも知れないが・・・。他にも方法はある。この土地を離れることもできたはずだ。

 

ほかの土地に行き、真珠を売ったお金でしばらく食べていけばいい。そこでまた海士漁をやるなり、他の仕事をやるなり・・・。この場合、浜の村人を助ける方法があったのに、砂吉は自分たちの生活を優先して彼らを斬り捨てることになる。これはかつて網元の取った行動と同じだ。網元は、砂吉の妻を助ける方法があったのに、身内を優先して砂吉の妻を斬り捨てたのだから。

 

網元はその後、十分苦しんだろうが、してしまったことは変えようのない事実だ。同じように、砂吉が村人を斬り捨てれば。それで例えば死人が出たと聞けば、この先何十年も砂吉は、自分のした事に苦しめられるだろう。

 

いろいろ考えると、たしかに砂吉の出した判断は最善だったかも知れない。そうかも知れないが──それでもやはり、そんな事ができるだろうか? と、思ってしまう。わたしが執念深いのかも知れないが、人の心は十年やそこらで清算されるほど都合よくできていないように思えてしまった。

 

これは、わたしの個人的感想であって、作品の出来とは関係ない。作品じたいは、感情の揺れも見事に表現され、出色の出来だと思う。とくに網元の最後の台詞「ああ、無論だとも」と絞り出すように言った前後の間や演技が素晴らしかった。

 

透明感のある空が美しい!

▲夕空の表現が美しい! 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

透明感ある夏空の表現がとてもきれいだった。とくに夕方にさしかかり、西側が少し黄色や赤味を帯びた空が美しく、これならPCの小さい画面ではなく、もっと大画面で見てみたいと思わせた。

 

第1期と同じように作ると長濱監督は話していたが、背景美術は飛躍的に向上したように思う。

 

最後の場面、ミナの足下から淡いピンク色した「ヤドカリドリ」たちが一斉に飛び立つ様子も美しい。平和のシンボル白い鳩が群れ飛ぶようにも見えて、あぁ、これで悪い事はもう起きないのだと実感させる。

 

ただ、第1期にはない映像表現なので、人によっては違和感を覚えたようだが。

 

「原作超リスペクト!」長濱博史監督インタビューより


蟲師(1) (アフタヌーンコミックス)

 

TVアニメ「蟲師」は、原作漫画を観ながら視聴すると、恐ろしいほど原作リスペクトして制作されているのがわかる。原作の1コマ1コマが、ほんとうに忠実に再現されている。しかし、もちろん原作のコマ数だけつなげればアニメーションになるわけがなく、原作のそれぞれのコマをどう解釈し、どう動かすか工夫されている。これについて、長濱監督はこう語っている。

 

長濱監督「「蟲師」ではどんなシーンや会話でも、もっと言うと絵1枚でも、すべてに意味が存在します。それを忘れると、ただ原作をなぞってるだけになってしまう。マンガとアニメでは表現方法が違うので、映像にするには、まず漆原さんと同じ思考プロセスを踏まないといけないんです。漆原さんが何故ここで少年の顔を描いているのか、なぜここで森の背景を入れているかを考える。そうすると原作のコマ割りどおりでは、映像にすると伝わらないことが出てくる。漆原さんはリズム的にここアップを入れたけど、映像ではいらない、次のカットまで我慢してそこでアップを入れよう、こっちが重要だと。その作業を丁寧にやらなきゃダメなんです。」

 

漫画ではコマのサイズを自由にできる強みがある。コマのサイズでテンポを調整したり、見せ場を強調したりできる。アニメで同じことはできないが、アニメならではの表現の強みがある。そこをうまく置き換える作業を、ていねいにやっているからこその、あの原作とほとんどズレを感じないほどの同調感が生まれているのだ。

 

しかしこれ。相当、原作が好きでないと辛い作業のような・・・。

 

長濱監督「僕は自分がアニメにする作品は絶対に好きになります。「蟲師」はそもそもが大好きなので、実はそんな苦労すらないんですよ」

 

やっぱりね! でなけりゃ、あそこまで原作超リスペクトに作れない! しかもこの感覚を、どうやらスタッフ全員が共有しているらしい。

 

長濱監督「僕は原作が好きで面白いと思って作っていれば、みんなの感覚はズレないと思っているんです。例えば同じものが好きな同士が集まると大概盛り上がれるじゃないですか。「あそこいいよね」「でもおれはあのシーンも好きだな」「ああ、確かにそこもいい」「わかるわかる」ってなるでしょ。それは、それぞれの見方は違うかもしれないけど、感じているものにはそんなに大きな差がないからなんじゃないかなと」

 

TVアニメ「蟲師」はまさに、長濱監督の「蟲師」愛あってこその作品。そして、そんな感覚をスタッフ全員で共有できているからこそ、常にぶれることなく高いクオリティで生み出されたのだ。

 

原作ファンとしても嬉しい限りだ。

 

出展/「蟲師」アニメ再始動──長濱博史監督が明かす8年間

 

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