TVアニメ「蟲師 続章」第18話「雷の袂」(いかづちのたもと)。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!
第18話/「おい、もっとしっかり言ってやれ。おまえに生きていてほしいんだって、言ってやれ」ギンコの声援も虚しく・・・。
出展/TVアニメ「蟲師 続章」
第十八話
雷の袂
ikazuchi no tamoto
前作「水碧む」は、「蟲師」イチの悲しい話と書いたが、今作「雷の袂」も悲しい話だ。「水碧む」は、愛する息子を亡くす母親の話。そして「雷の袂」は、実の息子を愛せない母親の話。同じ母子の関係を描きながら、真逆の作品だ。
前作からの3作品は、じつはかなり厳しいヒューマンドラマが続く。あまり楽しい内容ではないが、こういう作品も存在するところが、「蟲師」がただの商業漫画を越えて評価されている理由だろう。
ギンコ登場
▲「蟲師のギンコと申します」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
ギンコはとある家を訪れている。屋根がいくつもある、大きな家だ。この村の地主だろう。玄関の上がり框(がまち)に腰かけ話すギンコに応じているのは、この家の嫁「しの」だ。
しの「あの木が何か?」
ギンコ「何度も落雷に遭っているとか。さぞ不安な事でしょう。何か原因があるんじゃないかと思いましてね」
しの「原因と、言いますと・・・」
ギンコ「あの木は確かに立派だが、他にも周囲に大きな木はある。それなのに何度も落雷する場所ってのは、何らかの要素が加わってる場合が多いわけです。例えば、蟲がそこにいるとか」
しの「蟲?」
ギンコ「ええ。私は蟲師のギンコと申します。庭の木、見せてもらっていいですかね?」
しの「お待ちください。主人に訊いてみませんと・・・」
ギンコが言う「あの木」は、この家の敷地の端に立つ巨木で、上の方は枯れて葉がない。おそらく雷が落ちたときに焼けてしまったのだろう。
「招雷子(しょうらいし)」という蟲
▲「雷に打たれたのはいつです?」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
家の主人の許しを得て、ギンコは巨木の様子をみる。枝葉や樹皮の様子から、この巨木は杉のようだ。
ギンコ「この木には、いませんな。となると・・・この家に雷に打たれた事のある者はいませんか」
夫婦はチラリとお互いの顔を見合わせた。ギンコは座敷に通され、そこにこの家の息子「レキ」がやってきた。「レキ」は9歳。あまり表情のない子供だ。
ギンコ「んじゃ、腹見せてくれるか」
レキのヘソのあたりを触ると、パチリと放電した。(いるな)と、ギンコは蟲がいることを確信する。
ギンコ「雷が近づくと、ヘソの辺りが熱くならんか」
レキは静かにこくりと頷いた。
ギンコ「雷に打たれたのはいつです?」
父親「最初は五年ほど前、あの木の下で・・・。それからあと三度ほど、やはりあの木の下で打たれています」
ギンコ「よく無事でしたな」
父親「・・・ええ・・・」
つまりレキはこれまで都合4回も雷に打たれている。──こんな事はそう滅多にないだろう。最後の父親の「ええ」という返事の、なんと微妙な言い方なことか。
▲「招雷子」について説明するギンコ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
ギンコは蟲の資料の巻物を開いて説明する。
ギンコ「成る程。やはりこれは、蟲の仕業ですな。”招雷子(しょうらいし)”と、言いましてね。本来、上空を漂い雷を喰って生きているモノだが、落雷の拍子に幼生が地表に落ちてくる事がある。そうなると自ら上空に戻る事はできず、近くの木のくぼみや、人がいた場合、ヘソから体内に入り身を隠す。そして、体内から放電して雷を呼び、それを喰って羽化する時を待つ」
父親「はあ・・・」
ギンコ「招雷子が雷を喰うため落雷を受けても即死する事は少ない。だが、何度も打たれているといずれは命を落とすという。雷が鳴ったら、入れる洞でもあればいいが」
父親「地下の壕にいろと言うのだが、言う事をきかぬ子で」
父親は息子を「言う事をきかぬ子」と言い、息子のレキはそれを黙って聞いている。母親も口出ししない。なんともギスギスした空気が漂う。
ギンコ「招雷子を体外に出す術はありますがね、この子のヘソの緒で煎じ薬を作ればいい。使わせていただけますか?」
とつぜん話を振られたしのは、「でも・・・どこへやったかしら」と考え込んだ。その様子に夫(レキの父親)は声を荒げる。
父親「しの、何だっておまえはそうなんだ。レキの命に関わるんだぞ。すぐに探すんだ」
レキ「おれ、いいよ。このままでいい」
しのは黙ってヘソの緒を探しに行き、父親はレキを下がらせた。「では、私も仕事の途中ですので」と席を外そうとする父親をギンコが呼び止める。
ギンコ「立ち入った事とは思いますが、あの二人は実の母子で?」
父親「ええ。妻は子供との接し方がわからんようですが・・・。たしかにあれは腹を痛めて産んだ子ですよ」
かつての威厳ある父親像なのだろう。妻も子供も服従させている様子がうかがえる。それがいい悪いではなく、この男はそれが家の主のふるまいであると教えられてきたのだ。彼の父親も同じだったのだろう。
望まぬ結婚、望まぬ出産
▲しのの母親は、娘の願いを聞こうともしなかった 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
しのは、へその緒を探す。箪笥を開いて探していると、婚礼衣装が出てきた。──しのは、好んでこの家に嫁に来たのではなかった。
しの「お母さん、お母さん。助けて。どうしても、この縁談受けたくないんです。他に嫁ぎたい人がいるんです。お母さん、お母さん」
必死で訴えたが、しのの母親は後ろを向いたきり、耳を貸さなかった。嫁いだ後、お腹に子どもができたと知ったしのは、池に入った。流産してしまえばいいと考えたのだ。それを見つけた夫が、池からしのを引き上げる。
父親「しの! 一体どういうつもりだ」
しの「産みたくない。私はきっと、この子を愛せない」
そうして生まれたのが、レキだった。それから4年。4歳になったレキは例の杉の木の根元に縄で縛り着けられていた。レキの泣き声に、家の中のしのは耳を塞いでいる。
▲「おかあさん、こわいよ」泣き叫ぶ4歳のレキ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
やがて、激しい閃光とともに、どおんと重い音が響いた。杉の木に雷が落ちたのだ。レキは雷に打たれて倒れていた。それからレキは、雷が近づいてくると杉の木に登った。
しの「中に入りなさい。危ないわよ」
レキはチラリとしのを見ただけだった。そしてしのの目の前で、またレキの登っている大杉に雷が落ちた。
これまでの事を思いだしたしのは、ひっそりと頭を抱えた。
しのには結婚したい相手がいた。しかし、親の決めた結婚に逆らうことができなかった。しのは夫に愛情をもてなかった。生まれた我が子にも、やはり愛情を感じられなかった。
もちろん、意に染まぬ結婚を強いられたのは不幸なことだった。ただ、ある程度の資産家なら、当時は当たり前だったはずだ。そう簡単に好きな相手と結婚できる風潮ではなかった。それでもだいたいは、我慢してその家の良い女主人になるものだが、しのにはどうしても、それができなかった。
他の人と同じようにできなかったからと、しのが悪いとは言いたくないが、夫も子どもも彼女の被害者だ。たとえば夫から暴力を振るわれるとか、そんな風でもなさそうなのに、ここまで頑なになってしまったしののせいで、周りも、ひいては自分自身も不幸にしている。
また、なぜ4歳のレキが杉の根元に縛られていたのかわからないが、この時しのはどこかで、レキが雷に打たれて死んでしまってもいいと思っていただろう。もしそうなっていたら──事故を装った殺人ではないか。しのは精神を病んでいるとしか思えない。
レキが雷を呼ぶ理由は、母を罰するため?
▲「目の前に雷を落として、母を罰しているんですよ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
レキは大杉の上にいる。よく晴れた青空で、雷がくる気配はない。
ギンコ「何見てんだ?」
レキ「雲」
ギンコ「どーだ。雷雲は湧きそうか?」
レキ「ううん」
ギンコ「そーだなー、いい天気だ」
レキに表情はなく、ぽつり、ぽつりと返事する。
ギンコ「おまえさん、そうやっていつも雷雲、探してんのか?」
レキ「うん」
ギンコ「何で雷から逃げようとしない。怖くはないのか?」
レキ「怖いよ。でも好きだ。すごく強くて、すごくきれいだ。父さんも母さんも、おれをまっすぐ見てくれない。雷は、まっすぐおれに向かってくる」
──可哀想なレキは、必要とされたいのだ。居場所がなくて困っているのだ。
ギンコ「だが、このままじゃ、いつ命を落とすかわからんぞ」
レキ「かまうもんか。元々、生まれてこなけりゃよかったんだ」
そう言うと、レキは大杉から降り、走り去った。屋敷に戻ると、ギンコはしのに訊ねた。「(へその緒は)見つかりましたか?」と。
しの「それが、どこにも。きっと、うっかり捨ててしまったんです」
ギンコ「他に手がないわけじゃないがね。腹を開いて取り出せん事もない。だが、どうにも息子さんはそうさせてくれそうにない」
しの「あの子は、怒っているんです。こんな母を。だから目の前に雷を落として、母を罰しているんですよ。それも当然だわ。実の母子だというのに、愛情のひとつも受けられなくて。でも、どうすれば愛せるのか、わからない」
ギンコはまた外に出て、大杉を見上げながら思案に暮れる。「どうしたもんかね」と。「母を罰しているんです」と、しのは言う。そうなんだろうか、とギンコは思う。あいつは、そのためにあの木の上で雷を呼んでいるんだろうか、と。
レキは、母親に駆けつけてほしかったのだ・・・
▲ギンコが考え込んでいると、後ろから声がかかった 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
唐突に、後ろから声がかかった。
農夫「おい兄さんよ。その木にゃ近づかんほうがいいぞ。そりゃ雷を寄せる木だ」
ギンコ「ん、ああ。でも晴れてるし、大丈夫だろ?」
農夫「雲が出てきたからな。ここらの雲はあっという間にでかくなる。気ぃつけな」
田んぼに出ていた農夫たちは「くわばら、くわばら」と言いながら引き上げていった。農夫の忠告に従い大杉から離れたギンコは、大杉の立つ場所を改めて観てある事に気づいた。
屋敷に戻ると、縁側でしのが急に湧いてきた雷雲を眺めていた。
ギンコ「あいつがなぜ、あの木の上で雷を待つのか、本人に訊いた事がおありで?」
しの「訊かずともわかりますから」
ギンコ「こうも考えられませんかね。あの木は、自分以外の者を落雷に巻き込む確率のいちばん低い場所なんだ。家屋からは離れていて、雷の被害がおよぶ事はない。それでいて、この距離なら、雷に気づいてすぐ駆けつける事ができる。そして村の者も雷が鳴ればあの木には近づかない」
ギンコ「あんたは、そんなふうに考えた事はなかったのか?」
レキが雷を呼ぶ理由を、しのは母を罰するためと思っている。しかしギンコは、レキが他の者を巻き込まずに雷が落ちる場所を見定めて雷を呼んでいることから、両親にすぐに駆け付けてもらいたいからだと言った。つまり愛情を示してほしいからだと。
今までしのに、そんな考えはなかった。やがて雨が降ってきた。
しんでも構わないという息子に対するしのの行動は・・・
▲「あんたでなきゃ、やめさせられない」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
雨が降ってもレキは戻ってこない。「俺に邪魔されないよう、ここ以外で雷を呼ぶ気かもしれん」と、ギンコはあたりをつける。「村のはずれに原が・・・」としのが言うので、ギンコは原に向かうことにした。しかししのは、動かない。
ギンコ「何してる。あんたも来るんだ」
しの「あの子は私の言う事なんて・・・」
ギンコ「あんたでなきゃ、やめさせられない。あんたでなきゃだめなんだ」
たしかにレキは、両親の愛情を欲しがっているが、それと同時にこんな世界に嫌気がさしている。「元々、生まれてこなけりゃよかったんだ」と言うくらいだから、雷に打たれてしんでもいいと思っている。ギンコはそれを心配しているし、しのも分かっているはずだ。それなのに、しののこの反応は・・・。
きっとこの女は、もしレキが亡くなっても、少し眉根を寄せ、ため息を吐いてそれきりなのだろう。面倒なことをしてくれたと、心で毒づくかもしれない。そしてその責任は、いう事をきかないレキ自身と、無理やり嫁がせた母親のせいだと思うのだろう。まるきり自分は被害者を装い、すべて責任転嫁して生きている。自覚はないだろうが、人の心を忘れた女なのだ。
▲雨の原にレキは立っていた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
原につくと、雨の中にレキが立っていた。レキは、しのとギンコが来たのに気づく。
しの「戻りなさい」
レキ「どうして?」
しの「しんでしまうかも知れないのよ」
レキ「おれ、かまわないよ」
しのは言葉を失い、うつむく。後ろにいたギンコがじれて叫ぶ。
ギンコ「おい、もっとしっかり言ってやれ。おまえに生きていてほしいんだって、言ってやれ」
しのは何か言おうと口を開けるが、やがてほろほろ涙を流してこう言った。
しの「思えない。どうしても、そんなふうに、思えない」
傘を捨てたしのがレキに歩み寄り抱きしめる。
▲抱きしめられ驚くレキ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
呆然と抱きしめられるレキ。しかし、続いてしのが言った言葉にレキの目から光が消えた。
しの「なら、一緒にしのうか。今度はきっと、ちゃんと子供を愛せる母親に生まれてきてあげるから──」
雷が近づいている。レキは母親を突き飛ばし走り去った。そして、レキに落雷した。
レキのその後
▲成体になった招雷子がレキから抜け空へ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
ギンコは落雷のショックで気を失っているレキを家に連れ帰った。
ギンコ「あんたを守ったんだよ」
しの「──ええ」
ギンコ「それでもまだ?」
しの「・・・わからないわ」
レキがふと目を開ける。レキのへその辺りが光って、そこから成体になった「招雷子」が抜け出て空に帰っていった。
その後、息子は親戚の家に預けられる事になったという。
この親子には、それが、生きる道なのかもしれない。
最後のシーンでは、釣り竿をもった少年が3人描かれている。青い着物の少年が他の二人と別れて帰路につく。青い着物の少年は、レキだった。親戚の家に預けられ、今では友だちもできたようだ。
遠くで雷が鳴っている。レキは懐から包みを取り出した。中には、へその緒が入っていた──。
負の連鎖を断ち切るには、別れるのが一番の薬
▲レキはへその緒を懐に忍ばせていた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
後味の悪い話だった。しのには同情の余地はあるが、もう少しどうにかならなかったものかと思える。こんな女を嫁にもらった夫も不幸だし、息子も不幸だ。途中で書いたが、しの自身も不幸になっている。
たしかに無理やり嫁がせられたという不満はあるだろうが、いつまでもその不満から抜け出せず被害者を装い不幸をばら撒く迷惑な女だ。「子はかすがい」の諺があるように、妻にきちんと母性が育ってさえいれば、夫婦仲も良くなるはずだ。しかし残念なことに、しのには母性が育っていなかった。
レキは親戚に預けられたというが、おそらくしのは離縁されたのだろう。新しい嫁を迎えて夫は新しい人生を生き、しのも以前の事をさっぱり忘れて新しい人生をやり直すのだろうか? とすれば、ただ哀れなのはレキだけだ。
しのが子どもを愛せないのは、意に染まぬ結婚をさせられたという不満以前に、自分自身が親から愛情をかけて育てられていないからだろう。
そんな母親をもった子どもは不幸だ。やがて子どももまた、愛情不足からくる貧しい心の持ち主になる。この不幸な連鎖は、関係を断つことでしか止められない。
いずれレキがまともに愛情を示せる親になるかどうか──は、おそらく大丈夫だろうと思う。レキにはどんな母親であれ、愛したいし愛されたいという思いが強くある。それは最後まで変わらなかった。この思いがあれば、負の連鎖を乗り越えられると思う。いや、そうであってほしい。
レキはへその緒を大事に懐に忍ばせている。これがもしわたしなら、かなぐり捨てていると思うが!
価値観の変化とともに顕在化した「毒親」問題
▲娘の必死の訴えに耳を貸さない母親 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
今でこそ結婚は自由恋愛が普通だが「蟲師」の時代では、家同士の結びつきのために行われた。あるていど資産のある家なら、それが当然だった。「嫁」の身分は低く、跡継ぎを産む以外は家政婦のような扱いのことも多かった。そこで精神を病み子どもに当たる母親もいくらでもいた。
現在の80歳代以上の女性には、こういう母親が多かった。かつて自分が受けてきた、親の言うことには絶対服従せねばならないという教育をそのまま子どもに躾と称して行っていた。どんな理不尽なことも親の言う事を聞かなければ柱や庭木に縛り付ける、蔵に閉じ込める、裸足で家から追い出すなど当たり前だった。実際にせっかんせずとも、暴言の限りを尽くして精神を痛めつけた。ただの我がままと紙一重だ。
そのため彼女らは子ども世代から「毒親」などと呼ばれた。価値観の異なる現代教育を受けた子ども世代からは、とうてい受け入れられない躾だったからだ。この手の異常な母親への反発は、かつて純文学の格好のテーマだったが、今ではすっかり鳴りを潜めた。母親たちが、いつ亡くなってもおかしくない高齢者のため、子ども世代ももうそんな親に毒づく気がなくなったせいだろう。
古い価値観から新しい価値観へ、婚姻が家同士の結びつきから個人的なものに変化するにつれ、「嫁問題」「毒親問題」は克服されつつあるが、それでもまだ地方には厳然として残っているように思えてならない。
美しい音楽と情感溢れる間
▲「父さんも母さんも、おれをまっすぐ見てくれない」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
物語自体は、やるせないものだった。しかし、前にも後ろにも動けないしのと、子どもながらの考えで何とか状況を変えたいと願うレキ、それぞれの想いは十分描かれていたと思う。哀愁を帯びたBGMは美しく、盛夏の情景描写も臨場感がある。そして、場面場面を盛り上げる間が非常に良かった。
しのの戸惑い、レキの悲しみ、そして愛情。なんとかしたいと思いながらも、声援するしかできないギンコのもどかしさ。本来なら、息子を原に迎えに行くべきはギンコではなく夫の方ではなかったのか? とも、思えるが・・・。
どうしても修復できない関係なら、離れるのがお互いのため。最後は現実的な幕引きだった。そこに至る心情はしっかり描き切れていたし、安っぽいハッピーエンドに落とし込まなかったところに好感がもてた。
pic up/くわばら、くわばら
▲「くわばら、くわばら」。農夫たちは家に引き上げる 出展/TVアニメ「蟲師 続章」
「おい兄さんよ。その木にゃ近づかんほうがいいぞ。そりゃ雷を寄せる木だ」とギンコに声をかけた農夫たちが引き上げるとき「くわばら、くわばら」と言っていたが、これが何を意味するのか、知らない人も多いのではないだろうか?
「くわばら、くわばら」とは、雷除けの呪文で、農夫が雷神から「桑の木が嫌いなので、桑原桑原と唱えるならば落ちない」と聞いたという伝承が広まったことに由来している。このため、雷除けに家の棟木に桑の木をつけたり、敷地に桑の木を植えたりされた。
これとは別に、学問の神さまとして祀られている天神様(菅原道真)に由来するいわれもある。時は平安時代。菅原道真は、宇多天皇のもとで右大臣にまで上り詰め政権の中枢を担った。しかし後の醍醐天皇に御代替わりすると藤原氏の勢力が強大になり、左大臣藤原時平が仕掛けた罠により道真は失脚し、九州の太宰府に左遷された。そして2年後の延喜3年、道真は太宰府にて死去している。
道真が死去した後、平安京ではたびたび落雷があった。同時に、藤原氏をさまざまな不幸がおそう。藤原時平は39歳で急死、さらに醍醐天皇の皇太子(母親は藤原基経の子、穏子)が21歳で急死、さらに次の皇太子もわずか5歳で亡くなった。
5年後には清涼殿に落雷し火事になり、同年、醍醐天皇自身が崩御した。京の人々は道真の祟りと噂し、藤原氏もさすがに恐ろしくなり、既に死去している道真を右大臣に定めてその名誉を回復し、京の北野天満宮に祀ったとされている。
当時、京の町に何度も雷が落ちたが、一カ所だけ雷の落ちない「桑原」という場所があった。それにちなんで人々は、「くわばら、くわばら」と唱えたという。「ここは桑原だから落ちないでくださいよ」という意味だろう。
この桑原には、かつて菅原道真の屋敷が建っていたと伝えられている。
今作と直接関係のない逸話だが、雷を恐れて「くわばら、くわばら」という習慣もなくなっている昨今では、こうした逸話も廃れていくと思えば少々、寂しい気もする。
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