「クヌート覚醒!そしてトルケルとトルフィンの戦いが決着!」シーズン2、第18話「ゆりかごの外」のあらすじと感想・考察を紹介します。2019年7月~放送の「ヴィンランド・サガ」は、1000年前の北欧を舞台にヴァイキングの生き様を描いた骨太な物語。



第18話/「戦わねばならぬ時と相手を教えてやろう。そなたたちの戦いに、生と死を、意味を与えてやろう」。ついにクヌートが王の顔に!

▲クヌートの表情が激変! 出展/TVアニメ「ヴィンランド・サガ」公式

 

#18

ゆりかごの外

Out of the Cradle

 

頭をかすめて斧が横切る。トルケルが両手に握る斧は素早い。それでもトルフィンにはその軌道がはっきりと見えていた。

 

トルフィン「見える──大丈夫だ。よく見てけばかわせる。当たらなきゃ、どんな武器もないのと同じだ」

 

トルケルが腕を開き両斧を大きく振りかぶったのを見て、トルフィンは素早く懐に入り込んで、すぐに飛びすさる。胸を斬ったにも関わらず、切れたのはコートだけ。トルケルは下に鎖帷子を着ていた。

 

トルケル「気に入ってたのに~。うん、オレの斧を恐れないか。度胸はまずまず。その辺はトールズ譲りだな

 

トルフィン「デカブツ、てめぇ父上のなんなんだ?」

 

トルケル「ん? おまえなんも訊いてないの? あいつも薄情だなぁ」

 

トルフィン「元は*ヤルル。高貴な出だと訊いてる」

 

トルケルヤルルなのは、ヘルガの血筋だ。トールズは剣の腕で成り上がったのさ

 

どうやらトルケルは、トールズだけでなくヘルガのこともかなりよく知っている。当てずっぽうで心理戦を仕掛けてきているわけでもなさそうだ。

 

トルケル「もっと訊きたい? ん~?」

 

含み笑いで覗きこむような仕草をするトルケル。そりゃ訊きたいに決まっている。

 

トルケル「訊きたかったらな、もう少しオレを楽しませることだぜ。な、トルフィン」

 

トルフィン「は! 楽しませてやってもいいけどな、口がきける程度に手加減すんのは難しいぜ」

 

「大将相手になかなかやるじゃないか」とはやし立てていたギャラリーたちは、トルフィンの大口に一瞬鎮まり、そろってゲラゲラ笑いだした。「あほや」と、なぜか関西弁で指さし大笑いしている手下の頭を、トルケルは斧の背で殴りつける。

 

トルケル「おかしいか。トルフィンはオレが認めた戦士だ。笑うな!」

 

すごむ大将の気迫に、手下どもは気まずそうになりを潜めた。トルケルは再度トルフィンに向き直り、また嬉しそうに話しを続ける。

 

トルケル「トールズはオレより強かった。自分がまさしくトールズの子だと証明してみせろ、トルフィン!」

 

*「ヤルル」または「ヤール」(Jarl)とは、中世北欧における国王家相当の家に与えられた称号。

 

感想&考察1、トルフィンはヤルルの末裔

 

えぇと。ヘルガは、確かヨーム戦士団の首領・シグバルディの娘です。ただし、今までのところヨーム戦士団の指揮官としてはフローキしか登場していないので、シグバルディは既に退いているか故人なのかも知れません。ここでのトルケルの言葉によると、どうやらヘルガはヤルル、つまり国王家相当の高貴な血筋。ということは、シグヴァルディの一族が高貴な血筋ということなのでしょう。もちろんトルフィンもその末裔です。

 

とはいえアシェラッドやアシェラッドの母親のリディアの例をみれば、この当時どんなに高貴な血筋といえど、たいした意味をもたないのかも知れませんが──。それよりも剣の腕一本で成り上がったトールズの方が、尊敬の念を集めていそうです。なにしろヴァイキングの社会ですから。

 

そういえば、トルケルはなぜヨーム戦士団を脱退したのでしょうね? シグバルディの死亡または引退となにがしかの関係があるのかも知れません。いつか、トルケルのバックグラウンドが語られることを期待したいですね!

 

今回のテーマは「まことの王」。そしてサブテーマは「まことの戦士」。

 

今回のテーマは明確です。ついにあのクヌート王子が覚醒するのです! アシェラッドの母・リディアがかつてアシェラッドに話してきかせた言葉──

 

リディアそのときがきたら、そなたは公にお仕えしなさい。あのお方こそ、まことの王にして戦士。あのお方の知恵となり、剣となりて、いつの日か──

 

ここからとって「まことの王」を今回のテーマとしました。もうひとつ「まことの戦士」についても語られます。トルフィンの父・トールズが残した「本当の戦士に剣などいらぬ」という言葉──おそらく本作全体にわたる主題と思われるこの言葉がまたしても浮かび上がってきます。

 

しかし、これについては、まだ問いかけだけです。これまで何度もトルフィンに、そして視聴者に問いかけられてきたこの言葉の意味を知るにはまだしばらく時間がかかりそうです。

 

では、クヌート王子がなにを悟り、どう覚醒していったのか、その息を飲む変貌ぶりを観て行きましょう!

 

 

 

アシェラッドからクヌート王子の身柄を預けられたビョルンは、馬ゾリに王子とヴィリバルド神父、そしてトルフィンの3人を乗せて造反者たちから逃げていた。アシェラッドの第1の子分のビョルンが裏切るわけがないことを、追手たちは分かっている。だから「やるしかねぇんだ!」と言うや、追手はソリを引く馬の頭に斧を入れた。

 

ソリは転覆し、王子と神父は雪に投げ出された。アシェラッドがついてこないのを心配したトルフィンは追手の一人・アトリの馬を奪って引き返す。10人ばかりの追手から王子を守るため、ソリの下から現れたビョルンは狂戦士のキノコを口に入れ大暴れしはじめた。

 

クヌート王子(──近くで戦の声がする。あぁ、もういい加減にしてくれ。ほかにすることはないのか)

 

(目を開けたくないんだ。このまま寝ていたい)と願い、雪の上で目を閉じている王子に懐かしい声が聞こえてきた。「殿下、クヌート殿下」と。ふと目を開けるとすぐ側に、ラグナルが座っていた。ラグナルの髪もひげも白くなり、ひどく年老いて見える。脇腹には、べったり血の跡すら生々しい。

 

ラグナル「お別れを申し上げに参りました」

 

クヌート王子「ボクを残して、こんな世界で生きていけと言うのか。生きていけると思うのか?」

 

ラグナル「わたくしめは、あなたさまの教育係として、失格でした。あなたさまをヤルルとしてではなく、ごく普通の、それこそ農民が我が子を育てるがごとくにしてまいりました。それが陛下のお望みではないと知りつつ。お許しください」

 

クヌート王子「なにがいけないのだ。おまえは父王陛下より、ボク自身の望みを汲んでくれた────王家になど、生まれたくなかった。おまえの子に・・・ボクは、おまえの子に生まれたいと、どんなに・・・良かったかと

 

ラグナル「殿下。嬉しぅございます、殿下」

 

王子は涙ながらラグナルに抱きつき、ラグナルも声を震わせ抱きとめる。

 

クヌート王子「逝かないで。おまえが好きなんだ」

 

涙をこぼしながらもラグナルは、厳しい顔で立ち上がった。

 

ラグナル失って知ることがございます。あなたさまは既にお気づきでしょう。わたくしめのことは夢でございます。もはや、目覚めるときが来たのです

 

そう言葉を残してラグナルは雪の中を遠ざかってゆく。「もどれ!」と命じるもラグナルは戻らない。

 

ラグナル「お健やかに、殿下」

 

それが最後の言葉だった。

 

感想&考察2、自分のことは忘れて、スヴェン王の望む世継ぎを目指しなさいと、ラグナルは言う

 

我が子のように愛情深くクヌート王子を育ててきたラグナルが、最後のいとまごいに現れました。もちろんラグナルは既にしんでいるので、これは幽霊、もしくは王子の夢です。ここでラグナルは言います。

 

ラグナルわたくしめは、あなたさまの教育係として、失格でした。あなたさまをヤルルとしてではなく、ごく普通の、それこそ農民が我が子を育てるがごとくにしてまいりました」

 

仕事としてみれば、たしかにラグナルは失格でした。スヴェン王の意向を知りながら、いずれスヴェン王の跡目を継ぐにふさわしい者として育てなかったのだから。ラグナルはただただクヌートが可愛くて、クヌートとの時間をそれこそ自分も楽しんでいたのでしょう。

 

しかし、いずれ子どもは大人になり、なにがしかの役目を全うする者になります。王子は王子の役目を全うできなければならないのに、17歳になる現在に至るまで、ラグナルはその心構えも技術も教えませんでした。このままでは、クヌート王子がスヴェン王の跡目を正しく継げるとは思えません。

 

ラグナル「あなたさまは既にお気づきでしょう。わたくしめのことは夢でございます。もはや、目覚めるときが来たのです

 

クヌート王子は内気ではあるけれど、けっしてバカではありません。どうやら、このままではスヴェン王のようなデンマーク王になれないと王子自身が気づいていたようですね。それをラグナルも察していたと。

 

だからラグナルは「もう自分のことは忘れて、スヴェン王の望む王を目指しなさい」と、言っているようです。それを王子自身が望んでいないことは百も承知で。ここ、ちょっと覚えておいてください。

 

クヌート王子の悟り

 

「ラグナル──」。涙を浮かべて目を開けると、目の前でビョルンが大暴れしている。左手で追手の顔面を殴り、右腕に抱えたもう一人をソリに叩きつける。残党の槍を奪い、首を叩き落し──頬に血しぶきが飛んできて、王子は思わず腕で拭った。

 

神父「お身体、痛みはございませんか? あの者たちは、殿下を得ようと争っているのです。あなたは勝者のものになります」

 

クヌート王子「神父であろうそなた。争いを止めぬのか」

 

神父「止めようがありますか? しにたい者はしなせてやれは良いのです」

 

そう言ってまた樽酒をあおる神父にふと困ったような表情を浮かべ、クヌート王子は今みた夢の話をした。

 

クヌート王子「夢をみた。ラグナルの夢だ。別れを告げられた。しんでまで律儀な男だ──もうこの地上に、わたしを愛してくれる者はいなくなった

 

神父「──それは、大いなる悟りです。だが惜しい。ラグナルどののあなたへの思いは、愛ですか? 彼はあなたの安全のために、62人の善良な村人を見ごろしにした。殿下。愛とは、なんですか?

 

クヌート王子愛とはなにか──だと? ラグナルはわたしを愛していなかったというのか?

 

神父「──はい」

 

クヌート王子「ならば問うのはわたしの方だ。ラグナルに愛がないのなら、正しく愛を体現できる者はどこにいるのだ?

 

神父「そこにいますよ。ホラ」

 

雪に突っ伏して、ビョルンにやられた追手がしんでいる。

 

神父彼はしんで、どんな生者よりも美しくなった。愛そのものと言っていい。彼はもはや、憎むことも、奪うこともしません。彼はこのままここに打ち捨てられ、その肉を獣や虫に惜しみなく与えるでしょう。雨風にさらされるがまま、それで一言半句の文句も言いません。死は人間を完成させるのです

 

クヌート王子愛の本質は、死だというのか?

 

神父「──はい」

 

クヌート王子「ならば親が子を、夫婦が互いを、ラグナルがわたしを大切に想う気持ちは、いったいなんだ?」

 

神父”差別”です。王にへつらい奴隷に鞭打つことと、たいして変わりません。ラグナルどのにとって、王子殿下は、他のだれよりも大切な人だったんです。おそらく彼自身の命よりも。彼のあなたに対する心弱い想いは”差別”です

 

目を見開きやや口を開け、どこか驚いたような表情の王子はふと横を向き、感情を閉じた。

 

クヌート王子──そうか。分かってきた。まるで、霧が晴れていくようだ

 

王子は傍らの雪を手に取った。

 

クヌート王子「分かってきた。この雪が、”愛”なのだな

 

神父「そうです」

 

クヌート王子あの空が、あの太陽が、吹き行く風が、木々が、山々が──なのに、なんということだ。世界が、神の御業がこんなにも美しいというのに、人間の心には”愛”がないのか──

 

神父「わたしたちがこのような生き物になってしまったのは、遠い祖先が神にそむき、罪を犯したせいだと言われています。わたしたちは、楽園から追放されたのです」

感想&考察3、「死は人間を完成させる」。非キリスト教者には難解な”愛”の解釈

Jesus!
Jesus! / Mr Fun

う~む。難解ですね。キリスト教について、ちょっと聞きかじっただけの身には、なんとも難しい。ついに王子は”愛”がなにかを悟ったようです。骸が愛、雪が愛、空が愛、太陽が愛、風が、木が、山が愛。しかし生者の心に”愛”はない。思わずううう~ん・・・と、眉間に皺を寄せて首をかしげてしまいます。わけわからん!

 

わけわからんついでに思いだしました。たしか聖書研究会で、最初にシスターが話したこと。

 

あらゆるものに神は宿ります。たとえば机は、どうしてこのような形をしているのでしょうか? 職人がこう造ったからではありません。神が職人にこう造らせたからです。机には神の意思が宿っています。神の愛が宿っています。つまり神が宿っているのです。この世のすべてのものに神は宿ります。あなたにも、そしてわたしにも

 

はい、いきなりワケワカラン!? でしたね。分からないなりに少しだけひも解いてみます。

 

まず、自然に神が宿るというのは、日本人なら肌感覚で分かるでしょう。我々は古代から自然の恵みに感謝し、同時に畏れてきましたよね。人は亡骸となり自然の一部として恵みをもたらします。シスターはさらに広げて机も恵みを与えてくれると言いました。たしかにそうです。我々を取り巻く環境は、24時間365日、惜しみなく愛を、恵みを与え続けてくれています。もれなく感謝の対象です。

 

(ということは。ネットも愛で、間違いないですね!)

 

けれど、生者の心に愛はないとヴィリバルドは言います。「彼(ラグナル)のあなたに対する心弱い想いは”差別”です」と、ばっさり切り捨てます。愛とは本来、すべての者に平等なものです。たしかに村人の命よりもクヌート王子の命を大切にするべきという考えは、キリスト教的な愛とは呼べません。ヴィリバルドいわくの人が人に感じる「心弱い想い」は、「情」の方がしっくりくる表現なのかもしれません。

 

でもね、生きている人間に、情を捨てろといっても無理がある。生者はどうしたって見知らぬ人より自分と関わりの濃い人に情を感じてしまうから。生を得、感情を得てしまったことが人間の罪であり、それをやめない内は、つまり生きている限り神の愛を完全に体現することはできないのです。

 

ここまでがヴィリバルドの考え。そして、クヌート王子も同じところまで追いつきました。

 

たぶん、ちゃんと聖書を勉強した人でないと深く理解することはできないと思うけれど(わたしも正直あまりピンと来ていない)──ここで大事なのは、ヴィリバルドは「愛とはなにかを知ることはできても、それを体現することができないもどかしさを感じている」という点だと思います。

 

ヴィリバルドは、かわいそうなアンの住んでいた村人たちを救おうと行動に出ましたよね。「ヴァイキングが来ているから逃げなさい」と叫びました。けれど結局、彼はアシェラッドの手下たちに暴力を振るわれただけで、ただの一人も助けることができませんでした。

 

ヴィリバルドにできたことといえば、自分の不甲斐なさをかみしめ死者に祈ることくらいでした。彼はそれを強く後悔しながら、いまだに酒におぼれているのです。信仰をどう形にしていけるか、目の前で困っている人や迷っている人をどうしたら助けられるか、その答えが見いだせずにいるのです。

 

クヌート王子「神父であろうそなた。争いを止めぬのか」

 

神父止めようがありますか? しにたい者はしなせてやれは良いのです

 

ここのヴィリバルドからは、諦めしか感じられません。

 

「なぁ、トルフィンよ、おまえはどう思う? 本当の戦士って・・・なんだ?」

 

トルケルとトルフィンの決闘はまだ続いている。トルケルの黄色いコートは裾や腕などあちこち切られている。トルフィンの短剣には血が滴っているが、トルケルにつけた傷はどれも浅い。

 

トルケル「いいぞトルフィン、おまえにかなうヤツはオレの手下に5人といないだろう」

 

言うやトルケルは、コートの上半身を脱いだ。胴に鎖帷子、腕はあちこちトルフィンにつけられた切り傷が口を開けている。

 

トルフィン(前と同じ鎖帷子か。手足の腱を狙うのは有効だ。ロンドンでは急所狙いで踏み込んで痛い目をみた。トドメはヤツの動きを止めてからだ)

 

トルケル「だがなぁ、たしかに強いがおまえの剣は・・・なーんかこう、普通ってかんじ? 戦士として完成するには何かが足りない

 

トルフィン「へっ。なら、そいつ相手にコテンパンのおめぇはなんなんだよ?」

 

トルケル「そうさ、オレにも足りない。トールズの子のおまえからなら、それを学べると思ってたんだが──なぁ、トルフィンよ、おまえはどう思う? 本当の戦士って・・・なんだ?

 

その瞬間、脳裏を父の姿がよぎった。トルフィンは頭を振って幻影を追い出すと「くそっ!」と口を歪めた。

 

トルケル「分からんか? ま、気にすんなよ。そんなには期待してなかった」

 

トルケルはしごくまじめに言っているのだが、トルフィンにはその問いかけが、アシェラッドがいつか使った集中力をそぐための手段としか思えていない。「姑息な手段を!」。短く言うや、また猛然と突進していく。

 

襲い掛かる2本の斧を身軽にかわしながらトルフィンは、トルケルの左腕を傷つけた。まだ表面を斬りつけただけだが、それでもこれまでよりも深かったようだ。「いてて」と、トルケルは痛みを訴える。

 

ついにトルケルは、この勝負を終わらせることにした。勢いよく斧で雪を巻き上げ視界を奪ったところで、脚でトルフィンを蹴り上げた。トルフィンの小さな身体は高く空を跳び、まわりで決闘を観ていた手下たちの輪の遥か外まで投げ飛ばされた。「ありゃしんだろ~」と手下たちがはしゃぐ。

 

アシェラッド(くそぉ、いよいよ万策尽きたか──)

 

二人の戦いを見守っていたアシェラッドは、トルフィンの負けに肩を落とした。

 

感想&考察4、「本当の戦士とは?」おそらくこれがトルケルが囚われているもの!

▲「なぁ、トルフィンよ、おまえはどう思う? 本当の戦士って・・・なんだ?」 出展/TVアニメ「ヴィンランド・サガ」

 

まるで禅問答のように難解なクヌート王子とヴィリバルド神父の会話のシーンと、決闘のさなかのトルフィンとトルケルの会話。この2つのシーンは、じつはアニメではクロスオーバーして進んでいきます。

 

クヌート王子には悩みがありました。長らくクリスチャンをしているのに、まだ愛の本質が理解できていなかったのです。

 

トルケルにも悩みがありました。自分は「本当の戦士」ではないと感じていて、どうやったら「戦士として完成されるのか」「自分になにが足りないのか」それが分かりません。

 

結局、ヴィリバルド神父の助けを得て「生者の心には愛がない」「死は人間を完成させる」と、クヌート王子は悟りました。自我を完全に捨てて初めて人間は神の愛を体現することができる、と。

 

一方、ヴァルハラ信仰に支配されているデーン人のトルケルは、「本当の戦士」になるため「いかに戦い、いかに死ぬか」を追い求めています。長く戦いに明け暮れているのに、まだトルケルは自分に足りないものがあると感じています。その答えもまた「死」なのでしょう。

 

勇敢に戦った戦士だけがヴァルキリーに選ばれ、オーディンの、神のための戦士となる栄誉を得ることができる──つまり死ななきゃ始まらないというのがヴァルハラ信仰ですから。

 

生きている間に「本当の戦士」になる方法は、もしかしたらトールズとトルケル二人の命題だったのかも知れないと想像します。かつて一緒に戦っていたとき、トールズとトルケルは「本当の戦士」について話したことがあるのかも知れません。トールズはその答えを見つけました。でも、トルケルにはまだ分からない。だからトールズの息子のトルフィンに訊いたのでしょう。トールズから何か教えてもらっているのではないかと期待して。

 

つまりトルケルが戦いにこだわり続けるのは、ヴァルハラ信仰の奴隷だからではなく、ヴァルハラ信仰を乗り越えたいからなのかも知れません。「生きながらに本当の戦士になる方法」を知りたいという欲求が、彼をつき動かしているのではないでしょうか。

 

そしていつか、トールズがトルフィンに残した言葉「本当の戦士に剣などいらぬ」を知ったとき、トルケルはどう思うのでしょうか?

 

「そなたたちの戦いに、生と死を、意味を与えてやろう。それが──王の務めだ」

▲「天の父よ、あなたの与える試練では、この者の魂は救えぬ!」 出展/TVアニメ「ヴィンランド・サガ」

 

手あたり次第に追手をころしたビョルンは、まわりに敵がいなくなると、少し離れたところに座っている王子と神父の姿をみつけた。キノコの作用で正気を失っているビョルンに、それが守るべき相手だと分からない。背中に槍とナタを突き立てたまま、王子に向かって突進してゆく。

 

神父「決着がついたようですね。だが、いけませんな。あの者は正気を失っている。殿下、お逃げになった方が良いでしょう」

 

しばし黙りこくっていたクヌート王子が口を開いた。口調から迷いが消えている。

 

クヌート王子正気? 正気の人間が、この世のどこにいるのだ? 皆おなじ。皆おなじだ。だれもが等しく、愛することを知らぬのであろうが。生の意味を知らず、死の意味を知らず。己の戦いの意味すらも知らぬ

 

神父「殿下・・・」

 

クヌート王子「もういい、もううんざりだ。血を得て、代わりに失ったもの。もっとも大切なもの。そしてそれは、生ある限り、わたしたちの手には入らぬもの

 

王子は立ち上がった。王子の前に、ビョルンが唸り声をあげ立ちはだかっている。

 

クヌート王子手には入らぬ。それでも──それでも追い求めよというのか! 天の父よ!

 

王子はまっすぐビョルンを見据えた。その迫力に、白目のビョルンがひるむ。一歩、二歩と王子が歩み寄ると、ビョルンは同じように一歩、二歩と後退する。

 

クヌート王子「哀れな戦士。もっとも愛より遠き者。楽園を追われし者よ。その形の罰の苦しみは、死よりほかに終わらせる術はないのか? 我々の生は! 試され、耐え続けるためにのみあるというのか? 天の父よ、あなたの与える試練では、この者の魂は救えぬ!

 

握りこぶしを固め、今や殴りかかろうとしていたビョルンの頬に、王子は手を差し伸べた。ビョルンの動きが止まり、構えていた握りこぶしが力なく下ろされてゆく。クヌート王子はビョルンを抱きしめた。

 

クヌート王子(父よ、もはやあなたの救いは求めぬ。あなたが与えてくれぬなら、我々の手でこの地上に再びの楽園を──

 

ビョルンの目に正気が戻った。なぜか王子に抱きしめられている自分の状況が理解できず「あれ、王子・・・?」と、ただただ驚いている。

 

二人の様子を観ていたヴィリバルド神父は驚愕の表情で酒樽から腰を上げた。

 

馬をトルフィンに奪われ、遅れてやってきたアトリが短剣(形状からしてナタかも?)を構えてビョルンに体当たりした。正気を取り戻したビョルンは、苦痛の叫びを上げる。腹にアトリの短剣が深々と刺さっている。

 

ビョルン「いってぇ~!」

 

アトリ「王子、無事か?」

 

クヌート王子「やめんかバカ者。これ以上、無益な争いをするな」

 

「む、無益?」とアトリは王子の豹変に驚きが隠せない。うめくビョルンの側にしゃがみこみ、王子は声をかける。

 

クヌート王子「深手だな。大丈夫か」

 

ビョルン「くっそー、ぬかったぜ」

 

クヌート王子「動くな、腹をやられている。ヴィリバルド、この者の手当てをしておけ。わたしは散った馬を捕まえる。そなた、手伝え」

 

ヴィリバルド神父は片手に十字架をもち、ただただ目を見開いている。

 

神父殿下、わたしは奇跡を観ました

 

クヌート王子「黙って手当にかかれ」

 

アトリ「おぉい、ちょ王子、どこ行く気だよ。あんたをトルケル軍に引き渡す。でないと、オレの仲間が──」

 

クヌート王子「もとよりトルケルのところに行くつもりだ。連中にソリを借りねば、そのケガ人を運べぬ」

 

雪に半分埋もれながら呻いていたビョルンが目をむく。

 

ビョルン「寝言ぬかすんじゃねぇぞ! なんのためにズタボロになったと思ってんだボケ。てめぇがトルケルに捕まっちまったら、意味ねんだよ!」

 

クヌート王子「意味・・・意味だと? そなたたちの戦いのか? こんな戦いに意味などない。だからもう死ぬな。戦士たちよ、わたしの家臣になれ。戦わねばならぬ時と相手を教えてやろう。そなたたちの戦いに、生と死を、意味を与えてやろう。それが──王の務めだ

感想&考察5、自らの使命を果たせ!

nuns
nuns / Diestl

 

王子、覚醒しましたね。天なる父(神)は、目の前で苦しんでいる者を直接救ってくれません。乗り越えてみせろと、ただ試練を与えるだけです。それでは意味がないとクヌート王子は悟りました。死んだ村人たちの墓をつくり、「この者たちの魂をお救いください」と神に丸投げするばかりが信仰ではないと。

 

クヌート王子(父よ、もはやあなたの救いは求めぬ。あなたが与えてくれぬなら、我々の手でこの地上に再びの楽園を──

 

自分たちの手で「地上の楽園」をつくることをクヌート王子は選びました。これは決して神を否定したわけでも神の教えを諦めたわけでもありません。その証拠にクヌートは、狂戦士のキノコで正気を失っているビョルンを、剣を使わずに正気に導きました。

 

これをヴィリバルドは「奇跡」と呼びました。

 

つい今しがた、王子の所有権を巡り争っている者たちを前に「止めようがありますか? しにたい者はしなせてやれは良いのです」と、さじを投げていた自分の目の前で行われた王子の行動は、それは眩しく見えたことでしょうね。ヴィリバルド、聖職者としての面目丸つぶれです。

 

これが、ヴィリバルドとクヌート王子の違いです。

 

ヴィリバルドはどうすれば愛をもって目の前の人を実際に救うことができるか、分かりませんでした。自分なりに試してみたけれどうまくいかず、試練ばかり与える神の愛を疑ってすらいました。クヌート王子は神の愛を肯定した上で、多くの人々を救う方法を見つけました。彼は王になることができる人なので、王として地上の楽園をつくることを目指したのです。

 

これはヴィリバルドよりもクヌート王子が優れているという話ではなくて、それぞれに課せられた「使命」が違うということだと思います。

 

ヴィリバルドは「神父」です。神の存在を伝え、愛を説くことで弱肉強食以外の生き方があることを広めるのが彼の「使命」です。

 

一方クヌートは「王子」です。やがて「王」になれる存在です。キリストの教えを中心に据えた国をつくることで、異なった信仰をもつ者たちから国民を現実的に救うことができる存在です。クヌートの覚醒は、ただ自らの「使命」に目覚めたということです。

 

ところで「感想&考察3」で、わたしがかつてシスターから訊いた、こんな言葉を紹介しました。

 

あらゆるものに神は宿ります。たとえば机は、どうしてこのような形をしているのでしょうか? 職人がこう造ったからではありません。神が職人にこう造らせたからです。机には神の意思が宿っています。神の愛が宿っています。つまり神が宿っているのです。この世のすべてのものに神は宿ります。あなたにも、そしてわたしにも

 

この言葉のラスト「この世のすべてのものに神は宿ります。あなたにも、そしてわたしにも」ここを信じ切る心が、そして勇気が、ヴィリバルドには欠けていたのかな、と思いますね。

 

この世のすべてのものに神(の意思)は宿ります。それは人間も例外ではなく、あなたにもわたしにも神(の意思)が宿っているとシスターは言いました。神の意思とは、それがつまり「使命」です。その「使命」を信じきり、何度失敗してもくり返し実行する勇気、それがヴィリバルドには足りませんでした。

 

感想&考察6、「使命」とは、神から与えられた生きる道

Church
Church / harry-m

 

今回、ものすごく観念的な内容が多くて、読みづらいと思います。でも、これを知っているのと知らないのとでは、この物語を味わう上で大きな差ができると思うので、もうしばらく辛抱してお付き合いください。

 

やや脱線しますが「使命」について説明を加えます。

 

私立の学校に多いのですが、「ミッション・スクール」と呼ばれる学校がありますよね。ミッション・スクールの「ミッションmission」を和訳するとキリスト教の「使命」となります。つまり「ミッション・スクール」とは「使命」を帯びた学校なのです。

 

どんな「使命」かというと、それは「伝道」です。つまり「ミッション・スクール」とは「キリスト教を伝道するための学校」なのです。今回シスターの話を紹介していますが、それも「ミッション・スクール」で聴いた話でした。

 

シスターいわく、すべての人に「使命」があり、それを成すことが人生の目的なのだとのこと。まずは自らの「使命」を知ることが大切です。そして学校では「勇気courage」を小さな子どもたちに教えていました。「使命を果たす勇気」をもつことを教えていたのです。

 

たとえば、電車でお年寄りに席を譲りたいと思ったけれど、内気でなかなか声がかけられない。こんなときに「勇気」をもって行動するよう教えていました。こんな小さなことでも、「電車でお年寄りに席を譲りたいと思った」というのは神が課した「使命」なのだと教えていましたね。

 

ヴィリバルドはアンの村の人々を救おうと「逃げてくださーい!」と風雪の中で叫びました。けれど、結局だれ一人として救うことができませんでした。それですっかり「勇気」をくじかれてしまったのです。

 

きっとこれからヴィリバルドは、クヌート王子の「使命」に寄り添い、ともに「地上の楽園」をつくることを自らの「使命」として生きていくのでしょう。クヌートもヴィリバルドも、「使命」をまっとうする「勇気」を忘れないようにと願います!

 

そしてクヌート王子は戦士たちに「わたしの家臣になれ」と言いました。「戦わねばならぬ時と相手を教えてやろう。そなたたちの戦いに、生と死を、意味を与えてやろう。それが──王の務めだ」と。戦士たちはキリスト教者ではないので、神の使命を知ることができない。ならば神の代わりに自分が「使命」を与えてやろうというわけです。

 

ずいぶん傲慢な言い方ですね。自らが神の代弁者になろうというのだから。クヌートの決意は、神へのチャレンジのように見えます。

 

わたしはキリスト教を少しかじっただけの無宗教者です。クリスチャンでもなければ、当然、作者でもないので、ここでのわたしの解釈は違っているかも知れません。参考ていどにしてください!  そういや作者の幸村誠先生ってクリスチャンなんだそうですね~。でなきゃこんな作品描けませんよね! 納得。

 

感想&考察7、結局、アシェラッドは賭けに勝った!

▲王子覚醒に賭けたラグナル暗殺・・・結局、勝者はアシェラッド! TVアニメ「ヴィンランド・サガ」

 

人を見抜く目をもつアシェラッドは、覚醒する前の、人前で話すことすら怖くてできなかったクヌート王子に「まことの王」の片りんを観ました。第12話「対岸の国」で、アシェラッドはビョルンとこんな会話を交わしています。

 

ビョルン「あんた、ここ数日ちょっと変だぜ。なに考えてる。──王子の顔を見てからだ。そうだろ?」

 

アシェラッド「オレぁ悪党の中で40年余り生きてきてな。そいつがどんなヤツなのか、大物か小者か、りこうかバカか、パッとツラ見ただけで分かっちまうのさ。王子のツラ見てな、分かっちまったんだよ。王者のツラじゃねぇってな」

 

ビョルン「あぁま、女みてぇなツラだよな。だがよ、ありゃまだガキじゃねぇか」

 

アシェラッド「まぁ、そうだな。まだ若い。これからだ!」

 

「今はまだ」王者のツラじゃないクヌート王子。でも、アシェラッドはこの王子に賭けました。もう年齢的にもあまり時間のないアシェラッドは、いるかいないのかすら定かでない「まことの王」の出現を待つのは無理と判断したのです。

 

結果──アシェラッド、またしても賭けに勝ちましたね! この覚醒したクヌート王子に、アシェラッドがどんな反応を見せるか、楽しみです^^

 

感想&考察8、What went wrong?

 

最後に「感想&考察2」で話題にしたことのおさらいを。

 

ラグナルは自分の息子のようにクヌート王子に愛情を注いで育てました。その結果クヌートは、戦いに明け暮れるばかりのデーン人とは一線を画した人間に成長しました。それをラグナルは悔いています。

 

ラグナル「わたくしめのことは夢でございます。もはや、目覚めるときが来たのです

 

幽霊になってまで「自分のことはもう忘れてください」と伝えています。ここの「目覚める」は「スヴェン王の望むような王を目指しなさい」という意味でしょう。「立派なヴァイキングの首領になれ」と言っているのです。たとえそれが王子の望むことでないとしても、と。

 

今回、王子は目覚めました。けれどその目覚め方は、けっして「立派なヴァイキングの首領になる」ことを決意したわけではなく、キリスト教者として、多くの者を救うために王となることをクヌート王子は選んだのだと思います。「地上の楽園」をつくろうと決心しました。ラグナルが愛情を注いで育てたからこそ、ヴィリバルドを雇い入れキリスト教をクヌートに教えたからこそ、クヌートはこの決心に至ることができました。

 

だから、ラグナルは後悔などする必要はなかったわけです。OP1の叫びのように「What went wrong?」と、何が悪かったのか、どこを間違ってしまったのかと、過去を嘆く必要なんてどこにもなかったわけです。

 

今の王子を観て、さぞやラグナルは喜んでいるでしょうね!

 

しかし残念ながらもう一人の17歳、主人公のトルフィンはまだ迷いの中です。きりのない戦いに嫌悪を覚えながらも、父の言葉を理解しきれず、アシェラッドへの復讐をやめることができないでいます。いろいろ疑問に思うことはあるけれど、現実を変えることができないでいる。

 

しかしクヌート王子の覚醒が、トルフィンにも大きな変化をもたらしそうです。

 

この先、クヌートを中心に大きく時代が動いていきそうな気配。その中で、トルフィンがどう流されていくのか、自分の「使命」とどう向き合うのか、ますます面白くなっていきますね!

 

「What went wrong?」と過去を悔いるのではなく、過去を糧に未来を切り拓く力にする──それが作者が表現したかったことの一つなのかも知れないと思えました。

 

おまけ/「あにまるらんど・さが」

 

クヌート王子覚醒・・・。そう覚醒したかっ!!! 「あにまるらんど・さが」は、幸村先生も楽しみにしているようですね^^

 

 

クヌートの覚醒を描いた今回。CVの小野賢章さんの演技、素晴らしかったですね! 公式サイトにインタヴュー記事が上がっているので、ご覧ください!

 

──んん? 気になる言葉がありますねぇ。小野賢章さんの覚醒後のクヌートについての表現がこれです。

 

これまで『ヴィンランド・サガ』は、暴力がモノを言うお話が続いていきましたが、ここから知略や策略で戦うシーンも増えていきます。ここからのクヌートは、見ていて気持ちが良いと思います。

 

これからのクヌートは、知略や策略を駆使して戦う王になるようです。ときに相手の痛みも意に介せず前に進んでいくと──行動もかなり変わるようですね。考えてみれば、そうでなければ「クヌート大王」と称される偉人にはならなかったかも・・・。

 

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