TVアニメ「蟲師」第4話「枕小路」。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。



第4話/寝言と会話をしてはいけない。それは、彼岸の国の言葉

出展/TVアニメ「蟲師」

第四話

枕小路

makura no kouji

 

「蟲師」第1話~3話まで、各物語の主人公は少年だった。1話では少年と祖母との想いの交流を、2話では少年の親戚の娘への一途な気もちを、3話では少年の亡き母への思慕を描いてみせた。「蟲」が絡んだ、少し怖い描写を含んだ物語とはいえ、最終的にはどれも優しい終わり方をしている。

 

今回の物語「枕小路」の主人公ジンは妻も子もいる大人だ。大人を主人公に据えると、子どもが主人公の場合より心理表現の幅が広がる。深い愛情や深い悲しみも、年齢を重ねているからこそ説得力をもって描くことができる。

 

「蟲師」という作品は、「蟲」が引き起こす事象に翻弄されながら生きる「人間の物語」だ。今回は、これまでより少しハードな内容になっている。ジンの気持ちの揺れに照準を合わせて観ていきたい。

 

予知夢を見ると噂のジンを、突然ギンコが訪れる

▲「──予知夢をご覧になるそうですね」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

物語は騒がしいニワトリの鳴き声から始まる。

 

ギンコ「ギンコと申します。予知夢をご覧になるそうですね。巷で評判ですよ。──ですが、その夢、ちょっと問題があるんじゃないかと思いましてね」

 

ジン「どういう事だ」

 

ギンコ「おそらく、蟲が絡んでますな。夢の中に棲む蟲です。そいつが予知夢を見せるんですよ」

 

またしてもギンコは、蟲がらみの事件のニオイを嗅ぎつけ、勝手に首を突っ込んでいるようだ。主人公のジンは刃物研ぎをしながら妻と幼い娘と一緒に暮らしている。年齢は30歳手前といったところか。

 

ここではギンコの微妙な表情を見逃さないでほしい。名乗った後「予知夢をご覧になるそうですね」と言うとき、一瞬にして彼の顔に影がさす。まるでこれから始まる物語のすべてを、もう見透かしているかのように。

 

ギンコは薬の包みをいくつか手渡し、予知夢を見る頻度が多くなってきたら飲むようジンに言う。その薬は、多く飲めば毒になり、かといって飲まずにおけばやがて夢から覚めなくなってしまうと忠告して、「(薬の)なくなるころ、また来ます」と去っていった。

 

「必ず、飲んでくださいよ」と念押しするさいの鋭い目つきも尋常じゃない。冒頭から不穏な気配だ。

 

樹々に木の葉はなく、白梅らしい花が咲いているので、季節は早春だろう。町の路地は瓦を載せた築地塀が続く。これまでギンコが訪れた田舎の村より、だいぶ規模の大きい町のようだった。

 

次にギンコがこの町を訪れたとき、様子は一変していた。整然としていた築地塀は崩れ、人影はなく、どこも荒れ放題だ。「あれから1年も経っていないはずなんだが──」と、ギンコはあまりの変わりように言葉を失う。季節は晩秋のようだ。

 

ジンの家もひどかった。もはやニワトリの鳴き声はせず、家の中はガランとして、ジンがぽつりと座っていた。

 

ジン「来たか、蟲師。待ってたよ。おまえに訊きたいことがあってな」

 

ギンコ「あんた一人か? この町のあり様、もしかして──」

 

ジン「あぁそうだ。聞かせてやるよ。全部な」

 

無精ひげを生やし、すっかりやつれて目ばかりギョロギョロしているジンが、重い口を開いた。

 

ジンの疑問。予知夢は、本当に予知夢なんだろうか?

▲ジンと妻のキヌ、娘のマユ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

薬を置いてギンコが町を去ってからの出来事を、ジンは話し始めた。

 

ジンはときどき予知夢を見た。夢の中で水脈を見つけたところを実際に掘ってみると水が湧いてきたり、崖崩れを事前に予知して知らせておいたので、崖下の家がつぶれても住人は無事だったり。そのたび、予知夢の恩恵にあずかった人々から付け届けの野菜や魚が届いた。

 

刃物研ぎの仕事だけでは、家族にいいものを食べさせてやれないからと、ジンは予知夢を有難いと思っている。その一方で、妻はギンコの言葉を気にしていた。ギンコの言った通りに、ジンの予知夢の回数が増えているから、そのままにしておいたら──夫が夢から覚めなくなるのではないかと心配なのだ。ジン自身はギンコの言葉を真に受けていなかったようだが、妻が心配するから仕方なくギンコの薬を飲んだ。二人は仲の良い夫婦だ。

 

この段階で、ジンは自分の予知夢を不思議に思いながらも喜んでいる。水脈を見つければ百姓が田畑をつくるのが楽になるし、災害を事前に知らせれば事故に遭うのを防いであげられる。町の皆の役にたち喜んでもらえる上に、お礼に食べ物をもらえるのも助かっていた。

 

こんなことを繰り返していたある日、ジンは妙な考えに囚われる。

 

ジン「キヌ、俺はときどき、恐ろしくなるんだよ。夢に見たままが真になると、まるで俺がしでかした事のように思えるんだ」

 

キヌ「大丈夫よ、ジン。きっとあなたは皆を救うために予言を授かっているのよ。だって皆、あなたのおかげで幸せそうじゃない。恐れる事なんて何もないわ」

 

予知夢は本当に予知夢なんだろうか? ジンはあまりに夢に見たままのことが起きるので、さすがに怖くなってきたようだった。これではまるで自分が予知夢を見たばかりに、その通りのことが起きているような気がしてきて──。

 

はい、特大フラグ!

 

ジンは自分の予知夢に疑問をもち始める。これじゃまるで自分が災難を引き起こしているみたいじゃないかと。

 

▶きっと、その通りなのだろう。

 

予知夢を恐れるようになったジンは薬を積極的に飲むようになった。そんなある日、町を津波が襲う。こんな大きな災害を予知できなかったことをジンは悔やむ。浜にいた娘も流されてしまった。薬を飲んだばかりに予知できなかったと悔やんだジンは、これを契機に薬をやめた。

 

ジンの予知夢がじつは予知夢でないとすれば、津波は実際に起きた災害なのだ。だからジンはそれを察知することができなかった。けれど、町の人々からジンが予め予知夢を見ることができなかったことをなじる声があがり、一人娘まで亡くしてしまったジンは、薬を飲んだせいで津波の予知夢が見られなかったのだと思い込んだのだ。

 

とんでもない夢が現実になったそのとき、ジンは確信する。これは予知夢じゃない!

▲村人は次々、奇病に倒れていった 出展/TVアニメ「蟲師」

 

ジンは予知夢に人生を振り回されている。その翻弄ぶりはさらに加速していく。

 

津波の後、薬をやめたジンはまた頻繁に予知夢を見るようになる。そして以前のようにまた人々はジンの予知夢に助けられたとお礼の野菜をくれるようになっていた。「元気ださなくてはね」と、キヌも健気に前を向うとする。

 

辛い経験を乗り越え、また平穏な生活を取り戻したかに見えたそんなある日。ジンはとんでもない夢を見る。そしてその夢の通りのことが現実に起きてしまったのだ。

 

ここで回想は終わり、ジンは目の前のギンコに言う。

 

ジン「夢に見た病そのものだった。指先から青いカビが生えて全身に広がり、泥のように崩れて、そして、俺一人が町に残された」

 

キヌも、町の人も、皆あり得ない病気で亡くなっていった。ここでジンは確信した。自分が見ているのは予知夢じゃない。やはり恐れていた通り、自分の夢が現実になっているのだと! フラグは回収され、ジンの疑念は現実のものになった。

 

ジン「俺の中にいるのは予知夢を見せる蟲なんかじゃない。俺の見た夢を現世に持ち出し伝染させる蟲なんだよ。俺がこれまで予言してきた事はすべて、俺の夢が創り出した事だったんだ・・・そうだろう?」

 

以前ふらりと現れたギンコと名乗った蟲師はそれを知りながら、自分に真実を告げてくれなかったに違いない。それを確かめたくて、ジンはたった一人、じっとギンコが来るのを待っていたのだ。それは確かにジンの言う通りだった。しかしギンコにも考えがあってしたことだった。

 

ギンコ「この蟲は完全に断つことができないからだ。寄生されたが最後、生涯、均衡を保ち共生してゆくしかないんだ。蟲本来の性質を告げれば、宿主は、自分の創り出すものの大きさに耐えられなくなる」

 

なるほど・・・。

 

愛する家族がいて、良くしてくれる近隣の住人たちがいて。そんな中にあって、家族にも他人にも災いを振りまくしかない不治の病を得てしまったら確かに──。

 

ジン「そう。そして死ねば良かったんだよ! こんな災いの元は! なぜ生かしておいた、なぜ!」

 

ジンは泣き崩れた。これがジンでなかったとしても、きっと誰でもそう思うだろう──だからギンコは言えなかったのだ。ギンコはジンに生きてほしかったのだ。必然とはいえ、重い話しだ・・・。たとえばジンが独り身で、田畑を耕しながら生きることができるなら、第1話の「しんら」のように人の訪れることのない山奥でひっそり暮らすこともできたろうに──。

 

「おまえ一体どこにいるんだ」「葦の原にいる」

▲枕屏風に映るジンの夢 出展/TVアニメ「蟲師」

 

本当のことを黙っていたお詫びにと、ギンコはなんとか蟲を退治する方法を探し出そうとする。

 

ジンに寄生している蟲は「夢野間(いめののあわい)」という。宿主の夢の中に棲み、時折、夢から出ようとする。そのとき、宿主が見ていた夢を現実のものにする媒体となる。宿主が起きている間は、蟲たちはどこかで眠っているらしい。「それを見つければなんとかできるかも──」と、夜遅くまで熱心に資料に目を通すギンコだが、ジンの方はもう限界だった。

 

薬を一気に飲み

 

ジン「もういい。とても、生きられん」

 

と吐き出すように言って、意識を失った。

 

辛い展開だが、ジンの気持ちは察するに余りある。「夢野間」に寄生されたジンは、けっきょくそれが原因で愛する家族も町の皆も失ってしまった。お詫びに蟲退治の方法を探すと言われても、正気ではいられないだろう。それに、なんとか蟲を退治できたとして、たった一人で生きていけるだろうか? 心の呵責に耐え続けられるだろうか?

 

これまでギンコはどんなときでも淡々としていた。第3話で「阿」に寄生されたときですら、落ち着き払っていた。けれどさすがにジンが倒れたときは声を荒げた。緊迫感あるギンコが見られる珍しいシーンだ。

 

ギンコはジンを布団に寝かせて看病する。ジンは辛そうに息を吐く。──やがてジンは夢を見始め、寝言を言った。

 

ジン「許してくれ・・・」

 

ギンコ「おまえに罪などないさ。蟲にも罪などない。互いに、ただその生を遂行していただけだ。誰にも罪などないんだ。死ぬんじゃない。おまえは何も間違っちゃいない」

 

ジンが目覚めているのか寝言を言っているのか分からないまま、ギンコは答える。さらに「あれは雁か?」と脈絡なくジンが言う。あまりに話が飛ぶので、やっぱり寝言だったかと思いながら、なんとなくギンコが応じる。

 

ギンコ「おまえ一体どこにいるんだ。早く戻って来いよな」

 

ジン「──葦の原にいる」

 

会話がつながった──!

 

「寝言と会話をしてはいけない。それは、彼岸の国の言葉」

 

という迷信を知っているだろうか? じつはわたしは知らなかった。寝言に返事をすると、寝ている人が亡くなってしまうとか、良くないことが起きると言われているそうだ。

 

突然ギンコは激しい耳鳴りに襲われる。これを契機に枕屏風にジンが見ている夢が映し出された。黄色い空いっぱいに「夢野間」が群れ飛んでいる。ジンはそれを「雁」と寝言で言ったのだ。呆然と佇むジンの視線の先に、見覚えのある1件の家。土間に入ると娘のマユが走り寄ってきた。上り口には妻のキヌが笑っている。

 

その家の奥にはジン自身が布団に寝かされていた。その枕屏風に炎が映っていて、寝ているジンは「熱い」と寝言を言う。

 

──なんともシュールな。夢の中のジンが寝ている自分を見つけ、その寝ている自分が見ている夢を枕屏風に観るという・・・なんだか無限に続く合わせ鏡のような状態だ。しかもその様子を、現実のギンコが枕屏風越しに眺めているというから、さらにややこしい。

 

ついに夢の中のジンが見つけた寝ているジンが見ている夢の映像は(ややこしい!)、枕屏風から寝ているジンの枕伝いにあたりに燃え広がった。夢の中のジンはそれを見て、ハッとする。その様子はギンコの前のジンでも同じように再現されている。ギンコもまた、夢の中のジン同様にあることに気がついた。

 

このあたりの夢と現実が錯綜した緊迫の展開は、文字で起こすにはムリがある。原作漫画もいいが、やはりアニメーションが素晴らしい。幻想作品らしい条理を越えた演出だ。

 

枕の語源は「魂の蔵」

▲ジンの夢の中心に、いつも枕があった 出展/TVアニメ「蟲師」

 

夢の中の炎が枕から漏れるように出火していることから、夢の中のジンとギンコは枕に「夢野間」が隠れていることを察知した。「起きろ!」とギンコはジンを担ぎ上げて庭に投げ出し、急いで水を取りに走る。目を覚ましたジンはすっかり事情を呑み込んでいた。仕事で預かっていたのだろう刀を手にすると「忌々しい蟲どもめ!」と枕を一刀両断した──すると枕から蟲が噴き出し、さらにジン自身が胸に傷を受けて血を吐き倒れ込んだ。

 

これもまた、条理を越えた展開だ。

 

wikiによると、「様々な文化において、枕は生や死と密接に結び付けられている」そうだ。日本では「魂(たま)の蔵(くら)」が枕の語源であるとする説もある。枕に宿る魂とはは、間違いなくその持ち主だろう。だからジンが自分の枕を刀で斬ったとき、自分自身が傷を受けたのだ。

 

「寝言と会話をしてはいけない」という言い伝えや、枕の語源など、今回も非現実な出来事にリアルさを上手く練り込んでいる。

 

その後ジンは一命をとりとめ、また刃物研ぎ師として生活していたが、結局心を病んで自らに刀を突き立て命を落としたという。ギンコの奮闘むなしく、結局ジンを救うことはできなかったのだ。

 

ジンは、なにも悪いことをしていない。たまたま「夢野間」に寄生されてしまっただけ。

 

「夢野間」もまた、なにも悪いことをしていない。蟲の行動原理に従い、動いていただけ。

 

ただただ、不幸で後味の悪い出来事だった。

 

ふと思ったのだが。夢に見さえすればあり得ないことすら現実にできるなら、いつか妻や娘が夢から出てきて実体化するかもしれないと思うのだが──。かつての賑やかな町すら、取り戻すことができるかも知れないじゃないか。そんな都合のいいことを、絶望の底にいるジンに考えることはできなかったようだが・・・。

 

根底にあるのは、日本人ならではの自然観

▲ジンは再び刃物研ぎを始めたが・・・ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

「蟲師」を観ていて思うのは、これは日本人ならではの自然観だなぁ、ということ。「蟲」を「自然」と置き換えてみればよく分かる。

 

海外の多くの国では、人間が自然を圧倒し管理すべきものと考えている。しかし日本人は、地震や水害、台風など数多くの自然災害に遭い自然を恐れると同時に、豊かな恵みを与えてくれるものとして感謝し大切にしながら共存している。それは日本人の心に根づいている神道が、八百万の神を信仰するアニミズムに由来することから醸成された考え方なのだろう。

 

「蟲師」の世界でも人は、「蟲」を異物として排除するのではなく、なんとか折り合いをつけ共存しようとしている。上手く折り合いがつけばいいが、つけられないときもある。

 

それが今回のジンのケースだった。

 

悪いのは蟲ではない。もちろんジンでもない。ジンはただ、運が悪かった。「仕方がない」と言ってしまうには、あまりにジンが可哀想だが、それでもそんなこともある。こんなとき、多くの日本人はきっと腹をくくって前を向く。どん底にあっても笑ってみせる。数々の試練から学び取った日本人の美徳だと思う。

 

ジンも、眠れてさえいればきっといつか笑える日がきたんだと思う。

 

pick up/合歓(ねむ)の花

▲繊細な合歓の花

 

作中に象徴的に扱われている花に「合歓の花」がある。根元が白で先に行くとピンクになる糸を束ねてポンポンに仕立てたような花を晩夏に咲かせる。儚い印象の花が、文字通り夢のように繊細で美しいと思う。夜になると葉を閉じる性質があり、まるで眠っているように見えることから名づけられた。

 

葉を閉じた姿が夫婦が仲良く眠っているように見えることから「歓びを共にする」という意味合いで「合歓」の字が当てられたという。中国の故事から家族が仲良くするという意味合いもある。

 

家族とのささやかな生活を望んでいただけのジンが、夢ですべてを失ってしまったことを考えると、本作「枕小路」を象徴するにふさわしい花だと思う。
 

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