TVアニメ「蟲師」第14話「籠のなか」。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。
第14話/籠から出たいと願った男は、籠の中にこそ幸せはあったのだと思い知る。
出展/TVアニメ「蟲師」
第十四話
籠のなか
kago no naka
今回の舞台は竹林だ。青々とした葉を茂らす竹林にあるL字型の岩でギンコが休んでいると、とある男に声をかけられるシーンから物語は始まる。
男「あのぅ、もし。旅の方で?」
ギンコ「あぁ、そうだが」
男「それなら山を下りるんでしょうな」
ギンコ「あぁ、この西の方へな」
男「それはちょうどいい。ついて歩いて構わんだろうか」
ギンコ「道に迷ったのか?」
男「あぁ、どうしても竹林から出られんのだ」
ギンコ「よほどの方向音痴だな」
何ということはない。竹林で道に迷った男がギンコに助けを求めたのだ。「よほどの方向音痴だな」とギンコが言っていることから、とても迷うような竹林には見えないのだろう。しかしこの後、男はとんでもない事を言いだす。
男「困ってたんだよ。もう3年も人通りがなくてなぁ」
ギンコ「3年?」
男「あぁ。おかしいだろうが、俺はずっとここから出られずにいるんだよ」
3年も竹林から出られないとは尋常じゃない。が、とりあえずギンコは男と連れ立って歩き始める。そして──しばらく歩いた後に見つけたのは、見覚えのあるL字型の岩だった。何度試してみても竹林から出ることはできず。磁石で確認しながら歩いても、結果はやはり同じだった。
そこに子どもの手を引いた女がやってきた。「キスケ」。女は男をそう呼んだ。女は男の妻で、名前をセツ、男はキスケといった。キスケは妻と子どもの3人で、この竹林に住んでいるのだという。
夫婦と別れたギンコは、さっきと同じように竹林を歩き・・・今度はあっさり里に出た。
竹に寄生する蟲「間借り竹」
▲茶屋の婆たちの訝し気な表情 出展/TVアニメ「蟲師」
里でお茶を飲んでいると、茶屋の女が二人、ギンコを見ながら「大丈夫かねぇ・・・」と、ヒソヒソやっている。「・・・何か?」と、ギンコが訊ねると、言いにくそうに一人の女が話し始めた。
茶屋の女「いや・・・あんた、あの竹林から出てきなすったろ? 中で男を見なかったかい?」
ギンコ「あぁ。ありゃ、からかわれたのかね? 何なんだ、あの男は?」
茶屋の女「化け物に囚われちまってんだよ。あんた、無事でよかったよ」
ギンコ「化け物?」
茶屋の女「あぁ、あん中にゃ白い竹が生えててな・・・」
茶屋の女の話から、もしかしたら蟲が関係しているかも知れないと、ギンコは竹林に引き返した。
──竹林に入ったことはあるだろうか? わたしの家から歩いて10分くらいのところに、いきなりな感じで山林がある。何でも蛍の棲む沢があるとかで、保全地区になっているそうだ。その山林の一角に竹林があるのだが・・・これが結構怖い。
竹林には下草がないので、見渡す範囲どこにも人影がないのが分かる。ざざざーっと葉を揺らす風の音や、昼なのに薄暗く湿った竹林にポツンと一人でいると──とてつもない不安に襲われる。(いやこれ、こんなところで事件に巻き込まれたら真昼間なのに目撃者ナシだろう!)などと思っていたら、ひょっこり向かい側から歩いて来る人がいて、ギョッとした覚えがある。・・・もちろん、何事もなかったわけだが。
普段、人の視線のない環境など滅多にないので、家のすぐ近くでそんな経験をするとは思ってもみなかった。
それはさておき。
「白い竹」を求めて竹林に引き返したギンコは、またキスケに出会った。キスケは白い竹に案内してくれた。
キスケ「これ以外にも、あと4本ある」
ギンコ「ふぅん、やっぱり”間借り竹”だ」
──どうやら、この白い竹は「間借り竹」という蟲のようだ。ギンコは、これまでの経緯をキスケに訊ねた。
セツは筍から生まれ、筍を産んだ「鬼蠱(おにこ)」
▲セツは筍を産み、中から赤子が・・・ 出展/TVアニメ「蟲師」
かつてこの竹林に、若い夫婦が住んでいた。なかなか子宝に恵まれなかったが、ある日妻が子ができたという。妻は夜な夜な竹林を徘徊していたので、ある晩、夫は妻の後をつけた。そこで見たのは、妻が白い竹にすがりついて陶然としている姿だった。
その後、妻は子どもを産んだといって大事そうに筍を抱いていた・・・。
ギンコ「旦那への嫌がらせだったんじゃ?」
キスケ「結果、夫は里から逃げ出したし、俺らもそう思ってた。実際、俺らが子どもの頃、”竹の子”を見に来た時も、普通の娘にしか見えなかったからね、それが・・・セツだった。その頃、すでに母親は亡くなっていて、一人じゃ寂しかろうと、俺の妹や仲間らと、よくここで遊んだ」
つまり現在のキスケの妻セツは、人と間借り竹の間に生まれた子ども──と、いうわけだ。
ある時、キスケたち子どもが竹林から出られなくなった。竹林をぐるぐる回った挙句に一人、二人とはぐれてしまい、キスケは一人取り残されていた。結局、他の子は家に帰れたが、キスケだけが出られなかった。それ以降、キスケが一緒だとどうしても竹林から出られないことが分かり、それからキスケはセツの家で暮らしている。
つまりキスケが最初にギンコと一緒に竹林を歩き回ったのは、自分と一緒だとギンコも外に出られないと分かっててやったことだった。「他所の人ならどうかな、と思ったんだよ」と、キスケは笑うがはなから確信犯だったわけだ。
やがてセツは子を身ごもり──筍を産んだ──。
キスケ「産婆は里へ逃げ帰り、それ以来、誰もここへは来なくなった・・・ってわけだ」
ここに至り、セツが竹と人の間に生まれた子というのは本当だったのだと、キスケは思い知った。今度はギンコが「間借り竹」について話す番だ。
ギンコ「名に竹とつくが、草木ではない。竹というのは竹林一帯が同じ根を持つ。それらすべてでひとつの個・・・または世代交代する家族と言える。”間借り竹”はその根に寄生し家族の一員になりすます蟲だ。竹の根から養分を吸って育つが、そのぶん竹林を繁らせる成分を根に戻し、竹林を広げ、自分の古株を増やしてく。あんたの女房は、蟲と人との間の子。俺たち蟲師は”鬼蠱(おにこ)”と呼ぶ。非情に稀な”まざりモノ”だ」
ギンコから妻のセツが”鬼蠱(おにこ)”だと聞かされたキスケは、少々こたえた風だったが、それでも「親が何でもセツはセツだ」と言い切った。「里の皆は・・・そうは思えんようだが」とギンコが言うと、
キスケ「セツに会えばわかってくれるはずなんだ。いつかは三人で、里で暮らす事だって・・・」
と。
キスケが竹林から出られないと知った村人たちは、代わる代わる竹林にキスケを訪れ、食べ物を持ってきてくれたそうだ。キスケには肉親がなく、「俺と妹は、里の皆に育ててもらったようなものだ」と、彼は村人に感謝している。竹林から出られたキスケの妹は村に住んでいるが、同じように皆に育ててもらっている──もう長い間、妹が竹林にキスケを訪ねてくることはないようだが。
村人は、よそ者には厳しいが仲間には優しい。キスケ兄妹に親がなくても、村人たちが二人を育ててくれたのは、二人が村の仲間だからだ。ただ──村人にとってキスケは仲間だが、筍を産んだセツとその娘はどこまで行っても「化け物」だ──という現実をキスケは理解できていなかった。
そこがキスケには不幸なことだった。
セツが口にするのは、間借り竹から採れる水だけ
▲「体から水を抜ければいいんだろうが・・・」 出展/TVアニメ「蟲師」
見た目はまるで人間と同じセツだが、やはり人とは違うと思わせるのが、彼女の食事だった。セツは白い竹から採れる水だけしか飲まないのだ。セツは間借り竹の水を定期的に竹の水筒に集めに来ている。そこにギンコが居合わせた。
ギンコ「それが、あんた方の命の水かい?」
セツ「えぇ」
ギンコ「少し、分けてもらっていいか」
セツ「ごめんなさい。大事な水だから、よそ様にはやるなって母さんが・・・」
ギンコ「キスケにも?」
セツ「一度だけ・・・あげちゃったけど。まだ子どもの頃」
セツが去ってからギンコは間借り竹の水を拝借し、水筒に入れて持ち歩いてみた。思った通り、竹林から出られなくなってしまった。──つまり、キスケが竹林から出られなくなったのは、セツから間借り竹の水をもらって飲んだからだったのだ。
ギンコは、調べた結果をキスケに話した。キスケの体から間借り竹の水を抜ければいいのだが──さすがにその方法は、ギンコには思いつかない。
ギンコ「もうひとつ、手段は考えられるが。それは、俺もやりたくない。他にどんな影響があるか読めん」
キスケ「そうか。それならようやく、諦められる」
そんな二人の会話を、草陰からセツが聞いていた。
キスケをこの竹林に捕えていた者。それはセツに「命の水」をくれるあの白い竹だった。セツはそう知ってしまった。そうして彼女は、キスケを竹林から解放するためある行動に出る。
セツ、渾身の暴挙
▲セツは白い竹に斧を入れる 出展/TVアニメ「蟲師」
夜。斧を持ち出したセツは間借り竹を訪れた。
セツ「あなたがキスケを捕えてくれてたのね。ありがとう。ごめんなさい・・・」
そう言うや、斧を振り上げた。──しかし、振り下ろしたセツの斧は間借り竹から外れてしまう。何度やっても間借り竹を傷つけることはできなかった。そこにギンコが現れ言った。
ギンコ「あんたには、できんはずだ。あんたはそいつの子株。そいつの体の一部なんだ。脳に、手足が逆らえんようにな」
竹は地下茎を伸ばし、その地下茎から筍を生やす。竹林に生える竹も筍も、どれもすべてが地下茎で繋がっている。つまり、すべて別の個体に見えて、じつはどれも同じ一つの体なのだ。
セツも同じだった。セツもこの間借り竹、ひいては竹林と同じ体の一部なのだ。セツはうずくまり泣き出した。
セツ「キスケはこんな素性のわたしを幸せにしてくれた。なのに私はキスケから里を奪った。キスケは言ってくれたのに。親が何でも私は私だ・・・って」
意を決したセツは、もう一度斧を握ると、間借り竹に斧を振り下ろした。──斧は間借り竹に当たり、夜の竹林に音立てて倒れた。そして・・・ずるずると身体をひきずって、どこかに去っていった。
セツの行動は自殺か親殺しか・・・。
ギンコいわく。植物に意思はないが、蟲にはあるらしい。だとすれば、間借り竹の親は鬼蠱(おにこ)のセツを見限ったのだ。こんな娘はもう勘当だと、見切りをつけたのだ。もしくは、娘の想いに応えて自分が竹林を去ったのかも知れない。
これが、ギンコが言い淀んだ「もうひとつの手段」だった。結果として、キスケは竹林を出ることができた。キスケは喜び勇んで妹の住む家の戸を叩いた。
キスケ「おぉい、俺だ、キスケだ。やっと出られたんだ」
そのとき、背中におぶっていたキスケの子どもがむずかり泣き出した。その声を聞いた妹は、家の戸を開けもせずにこう言った。
妹「帰って。そんなモノ里に連れて降りないで。私ももう子どもがいるの。子どもにまで、形見の狭い思いさせないで」
近隣の戸口から一部始終を覗き見ていた村人は、関わり合いたくないとばかりにピシャリと戸を閉めた。
──結局、キスケは竹林に戻った。
まるでメーテルリンクの「青い鳥」のように、幸せは既に手の中にあったのだ。里に下りればもっと幸せになれるはずだと信じていたキスケは、もうすっかり思い知った。
半年後。竹林にまた白い竹が生える
▲二人を失い、縁側に所在なく佇むキスケ 出展/TVアニメ「蟲師」
それからキスケ親子は、元通り竹林で幸せに暮らした。もうキスケが里に下りたいと言い出すこともなかった。しかし──。
半年後、親竹を斬った影響をみにギンコが竹林を訪れると、縁側で一人肩を落としているキスケがいた。
キスケ「あんたか。あれから白い竹は、次々朽ちてしまった。あいつらは、あの水あっての者だった。苦しんで・・・ここへ二人を埋める頃には、枯れ木みたいに脆くなってた。セツは、あんな事をしちゃならんかった。あれはセツの親だったのに。俺がそうさせた。俺が里を捨てきれなかったから・・・」
キスケは後悔に嗚咽をもらした。
それからまた季節は廻り、新緑まぶしい5月。竹が葉を散らすのは普通の樹木と反対のこの季節だ。キスケはまだ竹林に留まっている。もう間借り竹はないしセツも娘も亡くしてしまったので、もうどこに行くこともできるのだが、キスケは自分の意思で竹林に住み続けているのだ。
ある日、キスケは竹林に1本の白い竹が生えていることに気づく。間借り竹だ。──と、どこからか赤子の泣き声が聞こえてきた。方角を探ると、それは二人の墓の方からだった。
花の添えられた墓標の脇から、それぞれ1本ずつ筍が生えていた──。
これはホラーファンタジーだと思い知らせるラスト
▲二人の墓から筍が! 出展/TVアニメ「蟲師」
物語はこれでおしまいだ。キスケの里への想い、セツのキスケへの想い、そしてキスケの後悔──それぞれが十分描かれ説得力ある物語だったと思う。
キスケが里から戻り、元通りセツと娘と3人で幸せに暮らすところで終われば「いい話」で済んだろう。読後感、視聴感は悪くない。が、きっとそのまますんなり忘れ去られてしまう物語だ。
最後に二人の墓から筍が生え、赤子の泣き声が響いたところでゾワッとさせられる。キスケにとっては家族を取り戻せた喜ばしい出来事かも知れないが、傍目から見て、これはさすがに異常事態だ。この1シーンで、この物語はしっかり視聴者の記憶に刻まれた。──構成、上手いな!
竹から赤ん坊が生まれる──竹取物語で親しんでいることなので、日本人でこれを異常と思う人は少ないだろう。しかし、よくよく考えればホラーだ。それを如実に知らしめたのが、本作のラストシーンといえる。ラストシーンはほとんど「ゲゲゲの鬼太郎」の出生秘話だ。あれも鬱な設定だった。
おそらく、間借り竹がセツに自分を斬らせたのは、セツに思い知らせるためなのだ。セツのしていることは親に歯向かう間違った行動なのだと。セツは親に斧を振るった罪をあがなうため、一度その幸せを捨てなければならなかった。キスケが待っていてくれたのは、セツにとって幸いだった。
まぁ。どんなにホラーだろうが、鬱だろうが。本人たちがそれで幸せで、だれにも迷惑をかけないのなら、外野がとやかく言ういわれはないわけだが。
pic up/モウソウ竹は駆除対象
実際の竹林で迷うのはごめんだが、本作の竹林は美しい。青々とした竹林の美しさ、竹の葉の散る幻想的な景色、そしてザワザワ鳴る葉ずれ。
ここで描かれている竹はモウソウ竹で、モウソウ竹は地下茎を伸ばして広がり、その地下茎に筍が生える。筍は地下茎から栄養分を蓄え、わずか2カ月くらいで20mにも達する竹に生長する。しかも地下茎は早いものなら1年に7~8mも伸びるので、竹林は年々猛スピードで広がっていく。
かつて竹は、さまざまに利用されてきた。籠をつくったり竹垣をつくったり、タケノコも春の恵みと喜ばれた。しかし今ではあまり利用されることがなくなり、管理する者がいなくなった竹林は、どんどん辺りを浸食している。しかし竹の根はがっちりと絡み合っていて、駆除するのはなかなか骨だ。今やモウソウ竹は、環境を破壊する厄介者として産業管理外来種に指定されている。(モウソウ竹は古い時代に導入された中国原産の外来植物)。
かつては便利に利用してきたくせに、人の勝手で今では駆除対象とは・・・何とも身勝手なものだ。それもこれも、海外から輸入木材が増え、日本の林業は衰退の一途をたどっているため。山が手入れされなくなったのにつれ、竹林の勢いは増している。
なんとなく──政府の意に反して竹林の応援をしたくなるのは、植物に感情移入しすぎだろうか。
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