TVアニメ「蟲師」第21話「綿胞子」。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。



第21話/人に托卵する蟲・・・さすがのギンコも、これは許せない。

出展/TVアニメ「蟲師」

 

第二十一話

綿胞子

watabousi

 

第20話~22話までの3作品は、どれも異形の子の話だ。この手の話は、かなり難しい。何が難しいかといえば、まず問題を抱えた子が産まれるというそれだけで、話が急に重くなる。だから手がける作者には相応の心構えが要求されるし、その作品を発表する媒体の編集者も絶対に渋る。読者受けが良くないのは目に見えている。下手に扱えばクレームがつく可能性も高い。

 

「蟲師」は講談社の「アフタヌーンシーズン増刊」という媒体に連載されていた。どちらかといえば、かなりマイナーな雑誌だった。だからこそ、あまり読者受けや販売部数に縛られず、ある程度自由な作品を発表できる場となっていたのかも知れない。今となっては、よくこんな作品を出してくれたものだと感心する。

 

3作品の中で第20話は異形度合が軽く、魅力ある人物造詣も手伝い後味の良い作品だった。が、まず断言するが、今作の第21話は「蟲師」の中で最も後味が悪い。ホラー要素も強い。しかも心に訴える系の日本的ホラー作品だ。ただのお化け屋敷ではない、深いところを突いてくる。観たことを後悔する人も多いだろうと思わせるレベルだ。

 

作者が女性だからこそ描けた、含むところの多い良作だとは思うが、わたし自身もあまり好ましい作品とは思えない。

 

夫婦の息子は生まれたとき、人でも、獣の姿ですらなかった・・・

▲夫婦は子だくさんだった・・・ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

ギンコは、とある夫婦の家を訪れている。長男の「ワタヒコ」に緑色の斑点ができ、どんどん衰弱していくのを診てほしいという依頼だ。妻の「あき」には、この緑色の斑点に覚えがあった。

 

あき「嫁入りの時、北の森を通って参りました。おそらく、その時に付いたのだと思います。いつの間にか、ぽつりと被衣綿(かずきわた)に緑色の染みができていました。気がついたのは婚礼の後。ひどく、禍々しいもののように思えました。その翌年、最初の子をなしました。この・・・長男ワタヒコです。斑(はん)が出始めてから衰える一方で、見るたびにあの染みを思いだすのです」

 

妻は、嫁入りの被衣綿についた禍々しい染みが、息子にもついてしまったに違いないと思っているようだ。蟲煙草を片手にじっと妻の話を訊いていたギンコは、やや遠慮がちにたずねた。

 

ギンコ「もし、見当違いでしたらお許しを。この子、生まれた時、人の姿をしていましたか?」

 

はっとなった妻は、腕の赤子をぎゅっと抱きしめ「いいえ」と否定した。

 

あき「いいえ、獣の姿ですら・・・ありませんでした」

 

──OPが終わり、ここまでたったの1分10秒。いきなりゾッとさせられる。長男が生まれたとき、人の姿でもなければ、獣の姿でもなかった・・・とは? 明らかに嫌な展開が見えているが、ここまで観たらもうやめられない・・・。

 

妻によく似た「ワタヒコ」は、半年ごとに床下に湧く

▲ソレは、あっという間に床下に逃げ込んだ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

辛そうに俯いてしまった妻に代わり、そこからは夫が説明した。

 

「そう。あれは、獣の姿ですら、なく・・・。産声もあげぬ、緑色の、得体の知れぬ塊でした」

 

まるでアメーバのようにドロドロした緑色のモノは、妻から生れ落ちるとすぐに逃げ出し、床下に入り込んで姿を消した。それから1年後。床下から妙な音がするので覗いてみると、そこに赤子がいた。それを胸に抱き、妻は喜んだ。

 

あき「あの時の子よ、私達の子・・・。あれから、ちゃんと人の姿に育ったのだわ」

 

赤子は妻によく似ていた。夫は内心恐ろしかったが、妻が喜ぶので、妻の言うことを信じることにした。その子・・・ワタヒコの成長は早く、半年余りで三歳児ほどになった。しかし頭の中は赤子のままで、表情はなく、言葉を発することもなかった。

 

「それでも、ますます自分達に似てくる面差しに、次第に情も移っていった」

 

ワタヒコを見つけてから半年ほどして、また床下に赤子がいた。

 

あき「ワタヒコと何から何までそっくりよ。同じように育てなきゃね。もしかして、まだ増えるかしら」

 

「恐ろしい事、言うなよ」

 

しかし、妻の予感は的中し、半年ごとにワタヒコは床下に湧いた。子どもは既に5人になっていた。

 

「──そして、今年に入って少しずつ、長男の様子がおかしくなっていったんです。一日の大半を眠り続け、緑の発疹が増えていく。医者にはさじを投げられました。それで・・・あなたのような方がいると聞き──」

 

そこまで聞いてギンコは、にべもなく言った。

 

ギンコ「残念ながら、我々蟲師にも、この子を救う手はありません。これが、寿命なのです」

「綿吐(わたはき)」という蟲

▲ギンコは一人、長男を屠る 出展/TVアニメ「蟲師」

 

ギンコは、さまざまな蟲の姿とその習性を書き留めた巻物を開き説明した。

 

ギンコ「綿吐(わたはき)という蟲がいます。緑色の綿のような姿で空中を漂い、身重の人の体内に入り、卵に寄生します。生まれてくる時はへどろ状だが、素早い動きで床下や天井裏に逃げ込み、一年が経った頃、赤子の姿の”人茸(ひとたけ)”を人の親元へ送り込む。それからの増え方といい、記録と寸分違わない」

 

念のためギンコはその家の床下を覗いてみた。ギンコには大きく育った綿吐の本体が見えた。こうなれば、間違いない。

 

ギンコ「人茸の体はこの蟲の本体と糸のようなもので繋がっている。あれらは、本体に養分を送るための蟲の一部にすぎないんだよ。あの子はじきに役目を終え、壊死(えし)します。そしてその死に際に、大量の”タネ”を吐きます。その前に、殺さなければなりません」

 

突然、妻のあきが激昂する。

 

あき「何言ってるの。何のためにあなたを呼んだと思ってるのよ。あの子を、その蟲とやらから救ってやってちょうだいよ」

 

ギンコ「救える”子供”などもういません。あの子らは、あなたたちの子供の皮をかぶった、蟲なんです。そしてあれこそが、生まれてくるはずだった、あなた方の子供をころしたモノなんです。どうか、ご理解ください」

 

──何とも辛い話だった。3年間、手塩にかけて育ててきた子が、じつは自分たちの子に寄生してころした蟲そのものだったとは。子どもを助けるために呼んだはずの蟲師に、この蟲はもう寿命で助けられない、それどころか死ぬ前にころさねばならないとまで言われるとは・・・。

 

しかし二人はワタヒコが産まれたところを見ているので、結局ギンコの言い分を納得したようだ。

 

ギンコは一人で、ワタヒコをころす薬を注射した。

 

ギンコ「悪いな。恨んで、いいのにな」

 

そう言って、ワタヒコを看取った。

 

綿吐とはそういう習性をもつ蟲で、ワタヒコに何の悪意もない。ただ自分の子孫を増やすために動いているだけだ。しかし綿吐が増えすぎては、また同じように胎児に寄生され、生まれてくるはずの子供を亡くす夫婦が増える。人間生活に悪影響を及ぼすから、その数を調整するために、ギンコはワタヒコをころしたのだ。

 

しかし、それでもギンコは、やはりギンコだ。ワタヒコの恨みは自分が負う覚悟だ。こういう自分の行動の責任から逃げないところが、ギンコを主人公たらしめている。

 

「わからんモノも皆殺しってのは、大雑把で好きじゃない」

▲「他の子らは見逃してくれ!」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

その後、ギンコと夫は長男の体を荼毘に付した。

 

ギンコ「よく嫁さん、説得してくれたな」

 

「まだ、口もきいてくれんけどな。三年以上も育ててきたんだ。無理もない──ただ」

 

夫はそこまで言うと、意を決したようにギンコに向き直った。

 

「ただ、どうしても他の子らは手元に・・・と。俺からも、どうか見逃してやってくれ。あの子ら・・・発症するまでは何の害もないんだ。その代わり、次男も、次に生まれてくる子供も、ちゃんと俺がタネを吐く前にころしてみせるから──」

 

ついに夫はギンコに土下座までして頼み込んだ。

 

ギンコ「綿吐の寿命は十年から三十年と、個体差がある。あと何年、この状態が続くのかも、一体あんたが何人”子”をころさねばならんのかも、わからん。それでもか」

 

「ああ、約束する」

 

ギンコ「あんたはアレを恐ろしいと言っていたな。それでも育てていきたいと言うのか?」

 

「俺は、かみさんを悲しませたくないだけだ」

 

ここまで来ては他人の家の問題で、この夫がギンコに頭を下げて頼み込むのもじつは筋違い。ただギンコとしては、この家の外までタネが飛ぶのは他の人に迷惑になるから──そこさえきちんとコントロールできるなら夫のしたいようにさせていいはずだ。

 

しかしこの家の床下にいる綿吐の寿命が30年として──この夫婦が今30歳だとすれば60歳まで計60人のワタヒコを育てころさねばならない計算になる。それは、まっとうな人間の感情を持った者が簡単にできることではないはずだ。だから夫の覚悟のほどを、ギンコは慎重に確認している。

 

「あれは昔、一度、山向こうの町の大店の家に嫁いでいるんだ。そこで嘱望されてた跡取りを産んだが、一歳を数える前に、些細な事で死なせてしまったらしい。離縁もそれが原因だ。──どうして、どうしてこんなむごい・・・」

 

そう吐き出すと、夫は嗚咽を漏らした。ギンコはふぅと長く蟲煙草の煙混じりにため息をつき、やおら立ち上がる。

 

ギンコ「これまでは、”綿吐の子”とわかれば、ただちに全員を殺してきたらしい。そうする事で、根まで枯らしてきたんだよ。いずれは危険となる二つ目以降を生かしておいた記録はない。それらがこの先、何らかの変化をしないとは言い切れん」

 

「し、しかし!」と夫は言いすがる。

 

ギンコ「とはいえ、しないかもしれん。わからんものも皆殺し──ってのは、大雑把で好きじゃない。わけあって、ここでずっと監視はできんが、三月の内にはまた様子を見に来る。何かあったらそこへ文をくれ」

 

そう言ってギンコは自分への連絡先(おそらく、蟲師用の繭玉通信を取り扱っている第17話に登場した「虚繭取り」の、兎澤綺のところだろう)を手渡し、その地を離れた。

 

あきの境遇は同情に値するし、自分がしっかりこの家の行く末を管理できるなら、もうしばらくこの夫婦に綿吐の子を預けてもいいだろう──それがギンコの判断だった。通常対応を外れ、今回は個別対応しようというわけだ。

 

人情味ある判断だが、もちろんどうなるか分からない危険性もはらんでいる。夫は「恩にきる」と、嬉しそうにメモ書きを握り締めギンコを送り出した。

 

ギンコvs知能を得たワタヒコ

▲ギンコ、刺される! 出展/TVアニメ「蟲師」

 

その後、三月を待たずに、ギンコへの文が届けられた。再びギンコがあの家を訪れる。あきが台所で洗い物をしていると、嬰児籠(えじこ)に横たわっている赤子のワタヒコが言葉を発した。「あいつがくるよ」と。

 

「かみさんなら、どうにか納得してくれたようだ。異形のものを育てているんだ。この掟だけは守らねば・・・」

 

そんなことを話しながら玄関の戸を引き呼ぶと、奥からあきがやってきた。「ようこそ、おいでくださいました」と、あきはお辞儀をし、ギンコが靴を脱いで上がろうとしたとき、事件は起きた。

 

前掛けの下に隠していた包丁で、あきがギンコの脇腹を刺したのだ。

 

しばらくしてギンコが目を覚ますと、夫は申し訳なさそうに頭を下げた。そして、この3カ月の事を説明した。

 

「あの子らな、ただ成長が早まっただけじゃないんだ。ある時、次男にしか教えた事のない栗の皮むきを四男がやっていた」

 

他にも「おとう、はらへった」と、たどたどしく言葉を話し始めた。間もなく次男に緑色の斑点が現れた。「やらねば。こいつは俺の務めだ」と、次男の枕元に座った夫に、次男はこう言った。

 

次男「しぬのこわい。ころさないで。たすけて。まだいきたい」

 

と・・・。

 

「あれはもう、人のようなものになってしまった。たとえ我が子の敵だろうと。俺達にはもう・・・」

 

そう言って、夫は手で顔を覆い肩を震わせた。

 

話を訊きながら(なんて事だ。思考力を持ちやがった)と、ギンコは思っていた。(長男の死で危機を察したからか。一人一人は根元で繋がった、全体の一部だから歩みは早いのだろう──)と、考える。

 

ギンコ(だが、人のようなもの?──いや、彼(か)の中に棲むは、ただ思考するばかりのくさびら)

 

結局、二人目以降の綿吐の子は、知能を得るという最悪な変化をしてしまった。もう猶予はなかった。数日して、何とか起き上がれるようになったギンコは、次男をころすことにした。夫にはこう言った。

 

ギンコ「その後、根を払い、残りの”子”らを連れて行く。もうあれらを、これ以上、あんた達のもとに置いてはいけん」

 

背負い箱を肩にかけ、次男の寝ている部屋に入ると、さっそく次男が話しかけてきた。

 

次男「たすけて。ころさないで。しにたくない」

 

ギンコ「無駄だ」

 

次男「どうしてころすの?」

 

ギンコ「おまえらが、人の子を食うからだ」

 

次男「ぼくらは悪くない」

 

ギンコ「俺らも悪くない。だが、俺たちの方が強い。だからおまえはタネを残せずにしぬんだ」

 

次男「そうか、それじゃ──しかたがない、やろう・・・」

 

その頃、他のワタヒコたちが家に油を撒き、火をつけた。ギンコがハッとする。

 

ギンコ「そうか。もしや、おまえら・・・」

 

次男「おまえのもっていた、まきものに、かいてあった。ほんらいなら、むいしきにできるはずなんだがな。たねをまもるには、こうするしかない。われらのかちだ」

 

どうやら綿吐の子らは、言語を習得すると同時に本来の習性を忘れてしまったようだ。そこでギンコの巻物を読んでタネを残す方法を新たに知ったのだ。

 

▲ワタヒコ救出に向かうあき 出展/TVアニメ「蟲師」

 

火事を知り、あきと夫が家に入ってくる。あきは半狂乱だ。

 

あき「ワタヒコは、あの子達はどこ?」

 

ギンコ「火をつけたのは、あいつらだ」

 

あき「どきなさいよ!」

 

ギンコ「タネのためなら何でもするんだ。あいつらは、そういう蟲なんだ」

 

あき「あれはもう私の子よ」

 

あきはギンコを押しのけ、次男が寝ている奥の間に走っていった。ギンコは刺された脇腹から再出血していて、追うことができない。

 

「ワタヒコ!」と呼んだあきの目の前で、4人のワタヒコの顔がぐずりと崩れ、灰色の気体となって雲散霧消した。さすがのあきも言葉をなくし、すっかりへたり込んでしまった。

 

ギンコの嘘

▲「時が来るまであんたらに預けとく」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

すっかり焼け落ちた家の跡をギンコが検証している。綿吐の根は完全に消えていた。そこでギンコはとあるものを見つける。

 

ギンコ「綿吐は、災害などの危機に陥ると、人茸を根から切り離し、タネだけでもよそへ逃がそうとする。人茸は、姿を変えて長い眠りに入る」

 

泣いてばかりいるあきの手のひらに、ギンコはポンと緑色の丸いものを置いた。

 

あき「こ・・れが?」

 

ギンコ「再生がいつになるかは分からない。あんた達のしんだ後かもしれない。いずれにせよ、時が来るまであんたらに預けとく」

 

「わかった。肌身離さず持っているよ──」

 

あきはウンと頷くと、大事そうにそれを両手にもち、また泣き出した・・・。

 

後味の悪い物語だったが、一件落着。

 

──とみせて、まだ続きがある。夫婦と別れたギンコは、道を歩きながら誰かと話している。「なにをわたしたんだ」と、ソレは訊く。

 

ギンコ「鉱物だよ。生活の糧の一部だったのに・・・丸損だ」

 

どうやらギンコがあきに渡したものは、露店を開いて売るつもりのものだったらしい。人茸が姿を変えたものというのは、真っ赤なウソのようだ。「なぜそんなことを。ふかかいないきものだな」と、またしても声がする。

 

ギンコ「おまえが言うか?」

 

ギンコはコートの内ポケットから紐のついた瓶を取り出す。

 

▲瓶の中身は、姿を変えた人茸 出展/TVアニメ「蟲師」

 

──そこには、緑色の液体が入っている。液体の上には顔が浮いていて、それが話しているのだった。どうやら、例のワタヒコの一人(人茸)だ。ギンコが焼け跡で見つけたのは、これだったのだ。

 

ギンコ「おまえ、眠りに入るんじゃねぇのかよ。これまでの記録じゃそうなってんぞ」

 

人茸「しらん。ねむくはない。おまえこそ、なぜわたしを、いまのうちに、ころさない」

 

ギンコ「まだ寿命があるからだ」

 

そういうとギンコはまた元通り、瓶を内ポケットに入れた。

 

人茸「ふかかいないきものだ」

 

ギンコ「いいから、おまえもう寝ろよ」

 

記録によると「綿吐は、災害などの危機に陥ると、人茸を根から切り離し、タネだけでもよそへ逃がそうとする。人茸は、姿を変えて長い眠りに入る」と、なっている。このまま人茸を見逃せば、やがて成熟しタネを飛ばす。それでは人間が困るので、ギンコが管理することにしたのだろう。──もちろん、研究目的もあるだろうが。(まさか、こんな危険なものを化野に売るつもりか・・・?)

 

いずれにせよギンコは、少し口うるさい道連れを得たようだ。

 

カッコウの托卵

▲カッコウは、5月頃に飛来する渡り鳥

 

蟲が胎児に寄生してころし、子どものふりをしてその親に自分を育てさせる──なんとも、えぐい話だが。これ、カッコウの托卵を蟲と人との間に再現したものだろう。

 

カッコウは、自分で卵を温めないし、雛を育てることもしない。カッコウは他の鳥、たとえばオナガやモズ、オオヨシキリの巣にひとつ卵を産む。その後、元あった卵をひとつ持ち去る。これは、巣の主に卵の数が増えていると悟らせない数合わせのためだ。

 

カッコウの卵からヒナが孵ると、ヒナは他の卵を巣から落とす。先に孵っているヒナがいたら、そのヒナも巣から落としてしまう。カッコウは托卵先の鳥よりも体が大きいので、親鳥が運んでくるエサを独り占めするためだ。自分の卵やヒナをころされた上に、せっせとカッコウのヒナにエサを運んで育てるオナガたち托卵された鳥たちは哀れだ・・・。

 

オナガたちにしてみれば随分ひどい話だが、カッコウはそういう鳥なのだ。鳥の世界のことですら、随分カッコウは身勝手で嫌な鳥だと思うが、これが人になってはたまらない。

 

あきは、最初の子を1歳になる前に些細な事で亡くしてしまい、それを機に大店を離縁された。次の夫との間に子ができたので結婚したが、今度は綿吐に胎内の子どもを食われてしまった。しかもアメーバ状の子を産んだショックで、もう子どもができない体に。そんな折に床下で見つけた赤子を「ワタヒコ」と名づけて可愛がる──。

 

あきの気持ちもわかるし、それが自分たちの子を食べた憎い相手と分かっていてもどんどん感情移入してしまう夫の気持ちもわかる。妻を悲しませたくないという夫の主張も、必ずタネを吐く前にころしてみせるという決意も、そしてあっさり殺すことができなくなってしまうのも。どれも人だからこそだ。

 

ここまで人の気持ちをかき乱し、振り回す蟲──。ひどい蟲だと思うが、それが綿吐の習性なのだとしたら、そんな蟲とは共存できない。

 

いつもは、なるべく蟲との共存の道を模索するギンコが、今回は珍しく蟲のワタヒコを圧倒する。「ぼくらはわるくない」という次男のワタヒコに、こう言い放つ。

 

ギンコ「俺らも悪くない。だが、俺たちの方が強い。だからおまえはタネを残せずにしぬんだ」

 

強者の弁だ。蟲の存在を尊重しているギンコだが、今回の蟲はさすがに一線を越えた。

 

なぜギンコはワタヒコを連れていくのか?

▲「次男をころし、残りの”子”らを連れて行く」と、ギンコ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

二度目に夫妻の元を訪れたギンコは、次男をころした後のことを夫にこう説明した。

 

ギンコ「その後、根を払い、残りの”子”らを連れて行く。もうあれらを、これ以上、あんた達のもとに置いてはいけん」

 

屠ればいいのだ。長男と次男を屠ったのなら、それ以外の子らも同様にすればいいのだ。しかしギンコは「連れていく」と言った。それはなぜか? その理由は最後に語られる。

 

ギンコ「まだ寿命があるからだ」

 

こういうところが、いかにもギンコらしい。

 

もうひとつ理由があると思うのだが、ギンコはやはり、共存できる道を見出したいのだろう。そのため蟲をよく知ることが重要だ。ギンコが蟲のサンプルを集める仕草は、これまでもさまざまな場面で描かれている。

 

カッコウの話に戻るが。

 

カッコウは托卵を成功させるため、ものすごいスピードで進化している。オナガの親に悟られないよう、オナガそっくりな卵を産むようになってきている。これはいわば、ワタヒコが生存競争を勝ち抜くために猛スピードで知恵を獲得したのと同じだ。

 

じつは托卵される方の鳥も、ものすごい速さで進化している。以前はカッコウに何の警戒心もなかったオナガが、托卵され始めて10年でもう威嚇するようになったという。20年たてば自分の卵とカッコウの卵の少しの模様の違いを見抜き、カッコウの卵を外に捨ててしまうオナガが登場した。

 

そもそも、なぜカッコウが托卵するかというと──カッコウは体温が一定でないため、自力で卵を孵化させることができない。だから他の鳥に托卵することで、なんとか種を存続しているのだ。

 

托卵を成功させる進化をしなければ、カッコウは滅んでしまう。一方、托卵される側のオナガも托卵を失敗させる進化をしなければ、自分たちが滅んでしまう。これは、種の存続をかけた熾烈な戦いなのだ。

 

「蟲師」の世界において、今のところ人は綿吐という蟲に対して無防備だ。知性を身に着けた綿吐の子が、その後どうなっていくのか、それを調べ対処する方法を見つけたいとギンコは思っているのだろう。人は鳥のように、そうやすやすと進化することはできないから、だから知恵で克服するのだ。

 

冷静に分析すれば、やはり秀作

▲そもそもの始まりは、被衣綿に落ちた緑色の染み 出展/TVアニメ「蟲師」

 

心に強い嫌悪感や拒否反応を残すが、冷静に分析すれば、本作はやはり秀作だ。あきや夫の気持ちもよく描かれているし、ギンコの行動も一環した整合性がある。

 

ワタヒコを失ったあきへの、ささやかな嘘も良かった。

 

最後のギンコと人茸の奇妙なやり取りも「まだ寿命があるからだ」というギンコの言葉にホッとさせられる。

 

本作とカッコウの托卵についてひとつ言えるのは、カッコウも綿吐も、そんなに猛スピードで進化する能力があるのなら、もっとよそ様に迷惑をかけない方法に進化してほしい。カッコウは、自分で卵を孵化させられるほど体温を一定に保てるように進化すればいい。綿吐は、人に寄生せずにやっていけるよう進化すればいい。

 

よそ様を巻き込んで迷惑かけるのは、いつの世もどんなシーンでも嫌われる。いずれ淘汰されても自業自得と笑われる。

 

蛇足だが、タイトルの「綿胞子」は、被衣綿と同じ意味をもつ「綿帽子」からつけられたものだろう。

 

▼「蟲師」関連の、すべてのページ一覧はこちらから。

 
▼「蟲師 続章」(第2期)の、すべてのページ一覧はこちらから。

 

スポンサーリンク