TVアニメ「蟲師」第20話「筆の海」。動物でもない植物でもない、生命の原初に近い存在「蟲」。「蟲」を巡る奇譚を集めた「蟲師」の世界の詳細あらすじと感想・考察を。



第20話/蟲に体を浸食されながら、蟲を愛でつつ、蟲を封じる。そういう娘が一人いる。

出展/TVアニメ「蟲師」

 

第二十話

筆の海

fude no umi

 

以前に、第12話「眇の魚」でも書いたが、今回の「筆の海」は好きな物語だ。ただし、今回のギンコに「蟲師」としての出番はない。「蟲師」としてではなく、一人の人間としてギンコが描かれている。

 

これまで重ねてきた物語から、ギンコが蟲をどう捉えているかおおよそ分かるが、今作ではそれがよりハッキリする。さらに登場人物の女性と淡い約束が交わされるという、稀有の物語だ。「蟲師」ファンなら見逃せない回といえる。

 

冒頭、一人の女性が文机に向かい巻物に文字を書いている。彼女の名前は狩房淡幽(かりぶさ・たんゆう)。白い着物に袴姿の、髪を短くそろえた女性だ。やがてぱたぱたと、淡幽のあごから頬を伝った汗が流れ落ちた。

 

淡幽はそれを機にほぅとため息をついて文机に突っ伏した。よほど疲れた様子だ。

 

狩房文庫は、カルスト台地の洞窟にある

▲洞窟の中にいくつもの蔵が建つ 出展/TVアニメ「蟲師」

 

石灰岩柱が散らばるカルスト台地の一角に、ぽつんと一件の家がある。枝に木の葉がないので、季節は晩秋だ。その家をギンコが訪れた。

 

覗き窓から顔を出した白髪の老婆は、ギンコを認めるとやや顔を歪めてこう言った。

 

老婆「何だ、ギンコおまえか」

 

ギンコ「どうも」

 

どうやらギンコは馴染み客のようだ。しかも、あまり歓迎されていない気配がある。老婆はギンコを書庫に案内する。短い渡り廊下の先の部屋にある襖を開けると厳重に鍵をかけた扉がある。そのさらに奥をしばらく進むと洞窟につながっていた。洞窟にはいくつかの蔵が建ち、それぞれの扉にまた厳重な鍵がかけられている。

 

老婆「どのあたりを読みたい?」

 

ギンコ「先代までのはあらかた読んだな」

 

老婆「それじゃあ、淡幽お嬢さんの代からだね。そっちの棚からだよ」

 

ギンコ「どうもお世話様」

 

書庫には、おびただしい数の巻物が収められている。すべて蟲師が蟲を封じた方法を書き留めたものだ。蟲師にとり、ここは宝の山だ。

 

老婆は「あれ出しな、葉巻」とギンコから葉巻を取り上げた。「もしもがあっちゃならないからね」と。火事を出してはいけないのはもちろんだが、それにはさらに理由があった。これらの書物は、ただの蟲封じ指南書ではなく、もうひとつ重要な意味をもつものなのだ。

 

墨色のあざの少女

▲赤子の右足に墨色のあざが! 出展/TVアニメ「蟲師」

 

今を遡ること十数年(もしくは二十数年)前。狩房家に女の赤子が誕生した。その赤子は普通と少し違っていた。右足が真っ黒だったのだ。一目見るなり老婆は言った。

 

老婆「間違いございません。墨色のあざ。四代目の”筆記者”です」

 

老婆の名は「薬袋(みない)たま」。上の章でギンコを出迎えた白髪の老婆と同一人物だ。ただし、このときには髪はまだ半分ほど黒い。たまは、狩房家付きの蟲師だ。そして、このとき生まれた女の赤子が冒頭で文机に向かっていた袴の女性、狩房淡幽(かりぶさ・たんゆう)だった。

 

墨色をした淡幽の右足は、ただ黒いだけでなく動かなかった。それで幼い日の淡幽は「私もお外で遊びたい」と、泣いたりもした。たまは淡幽にすべてを話すことにした。この頃の淡幽は──8歳くらいだろうか?

 

たま「その右足のあざは、蟲を封じた跡なのです。たまの先祖の蟲師が、お嬢さんのご先祖のお体に、禁種の蟲を封じたのです」

 

淡幽「禁種?」

 

たま「はい。本来、私ども動植物と蟲は同調しておるものです。動植物栄える所、蟲も栄え、枯れたる所では枯れるもの。けれど、その昔の大天災の折、動植物も蟲も衰えゆく中、異質な蟲が現れ──他のすべての生命を消さんとしたのです」

 

淡幽「どんな蟲なの?」

 

たま「姿も形も、体内に封じた方法も、記録は一切見つかっておりません」

 

たまの一族は、代々、狩房家付きの蟲師を務めてきた。そのたまの一族には、当時のことが口伝で伝わっている。

 

たま「身重でありながら蟲を封じたご先祖様のお体は、全身、墨の色となり──蟲は体内で生き続けましたが、ご先祖様は・・・出産後、命を落とされたという事です。それから狩房家には何代かにお一人、体の一部に墨色のあざを持つ方がお生まれになるのです」

 

たまの話を聞きながら、淡幽は恐ろしくなってきた。自分の右足をぎゅっとつかみ、心細そうに言う。

 

淡幽「ここに、それがまだ生きているの? 私もそのうち死んじゃうの?」

 

たま「そうさせぬためにたまがおりまする! 蟲を眠らすお力も、お嬢さんはお備えになっているはずなのです。たまがお手伝い致します。いま少し読み書きがお達者になられた日には、たまと別邸へと参りましょう。そこで禁種の蟲を地下に眠らすのです。そうすれば、体のあざは消え、歩けるようにもなるでしょう」

 

禁種の蟲を眠らす方法とは・・・。たまが話す、さまざまな蟲を屠ってきた体験談を紙に記すことだった。たまはときに活劇調に、ときにしんみりと、さまざまな話を淡幽にきかせた。それは淡幽の心を捕えた。

 

▲活劇調に熱弁を振るうたま 出展/TVアニメ「蟲師」

 

しかし、それを紙に記すとき、淡幽の右足に激痛が走った。

 

淡幽「今、蟲が体から出てきているの?」

 

たま「そうです。たまが蟲を屠ってきたという事実が、その蟲にとっては呪(じゅ)なのです。お辛いでしょうが、こらえてくだされ」

 

これまで3人のご先祖が、同じようにして少しずつ禁種の蟲を紙に封じ、地下の書庫に眠らせてきた。淡幽が生まれたときに、たまが言った”四代目の筆記者”とは、そういう意味だったのだ。

 

「他のすべての生命を消さんとした、禁種の蟲」──。これだけ厳重に封じられているということは、邪悪な思念をもつだけでなく、力も強かったのだろう。蟲の存在すら知らない人の多いこの世で、淡幽は、たった一人過酷な宿命を背負わされた娘だ。淡幽のご先祖がその蟲を体に封じてくれたからこそ、この世は今こうしてあるのだろうし、淡幽が激痛と戦いながら日々蟲を文字に写して封じる作業を継続しているからこそ、いつか禁種の蟲をすべて地下に眠らせることができる。

 

つまり淡幽は、ただ他人のためだけに地道な作業を繰り返している──。淡幽の狩房家とは、どんな職業の一族なのだろう? 言及はないが、神職──かな? と、思う。神職ではないにせよ、人のために尽くすことを職業としているのではないか。そう思えば、この後の淡幽の言葉も頷ける。

 

淡幽「たま。たまも、私のために、蟲師にならねばならん宿命を負わされたのだな。辛い事もあったろ? それを恨んだりもしたろ?」

 

当時の淡幽は10歳くらいに見える。そんな幼い子が、なかなか言える言葉ではない。この年齢にして自分の宿命を受け入れ、さらにずっと年上のたまを気遣えるとは。

 

たま「そのようなものは、お嬢さんに会えました事で、すっかり消え申した・・・。今は感謝しておりますよ」

 

そうなのだ。何代かに一人生まれる墨色のあざをもつ子ども・・・と、いうことは、たまがそんな子に会えるとは限らない。たまが淡幽に出会えたこと、それだけでたまにとっては嬉しいことだ。さらに、淡幽自身を敬う気持ちもたまから感じられる。それほど淡幽は、高邁な精神の持ち主なのだ。

 

黒子(ほくろ)を食う蟲の話

▲「じゃー、ころさねぇ話な」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

やがて、たまの体験談も尽き、他の蟲師を招いて話を訊くようになった。

 

蟲師「・・・害蟲めはひと月もせぬうちに、ちらとも見ぬようになりました。無論、こちらの蟲もその後、処理しました。増えすぎては困りますのでな」

 

自慢話をするように、蟲師たちは蟲を屠ってきた話を披露する。見知らぬ土地の見た事もない蟲たちの話を、たまはそれは面白く話してくれて、淡幽はそんな話を訊くのが好きだったのだが、彼らの話は──。

 

蟲師たちの話からは、微小で下等なる生命への驕りや、異形のモノ達への理由なき恐れが招く殺生が感じられた。淡幽は思い知る。「私が聞いてきた話は皆──所詮、殺生の話だったのか」と。それらを紙に記すとき淡幽は、足の痛みだけでなく、心も痛んだ。

 

そんな折にやってきたのがギンコだった。

 

淡幽が野で休んでいるところにギンコが声をかけてきた。「狩房家の娘さん?」と。

 

淡幽「・・・おまえも蟲師か」

 

ギンコ「蟲の話、集めてんだろ? 協力すれば”狩房文庫”閲覧できると聞いたんだが」

 

蟲師たちの蟲を屠る話にすっかり嫌気がさしていた淡幽は「悪いが帰ってくれ」と頬杖をついた。

 

淡幽「蟲をころす話は、もうたくさんだ」

 

それを訊いてギンコは背負い箱を下ろし、腰かけた。

 

ギンコ「じゃー、ころさねぇ話な。あー、そっちの方が随分、多いな」

 

淡幽「いや、それでは役に──」

 

ギンコ「えー、まずは黒子(ほくろ)を食う蟲の話」

 

淡幽「・・・黒子?」

 

蟲を屠る話でなければ禁種の蟲への呪にならず、淡幽が言いかけた通りギンコの話は「役に立たない」のだが。「蟲をころさない話」で、しかもそれが「黒子を食う蟲」とくれば、これは面白いに違いない。

 

ギンコ「ん、何か今、言いかけたろ」

 

淡幽「いや、いい。話してくれ蟲の話・・・」

 

淡幽の口元が薄くほころんだ。やってくる蟲師のせいですっかり蟲師嫌いになっていたが、もともと淡幽は、たまの話を訊き蟲に興味が湧いていた。足すら自由に動けば日本中を旅して、なるべく蟲をころさない蟲師をしたいとすら思っている。

 

結局ギンコは、「役に立たない話」をして「狩房文庫」を閲覧させてもらうことになった。

 

淡幽「本当は、たまの許可が下りてからでないといけないんだが、きっとたまは、おまえのような蟲師は雇いたがらんだろうし、特別な」

 

最初の方で、カルスト台地の一件屋をギンコが訪れたとき、たまがあまりいい顔をしなかったのは、つまりこういう理由だったのだ。淡幽はギンコの話を訊くのを楽しみにしているが、たまとしては「役に立たない話」ばかり持ってくるギンコを歓迎できないのだ。

 

淡幽に連れられ、初めて書庫に入ったギンコは「すげぇ」と、目を見張る。「それにしても、こいつは蟲師にゃ宝だな」と、興奮気味だ。

 

淡幽「そうだな。だが、これらはすべて死の目録だ。私は、生物と蟲が共に生きている話をもっと聞きたい。・・・たまには何とか私から話を通す。また話をしに来てくれるか」

 

ギンコ「・・・喜んで」

淡幽の蟲封じ

▲壁に張り付いた文字列を長箸でつまんで投げる 出展/TVアニメ「蟲師」

 

時間は現在に戻る。しばらく眠った淡幽は目を覚まし、キセル煙草に火をつけた。たまが襖を開ける。

 

たま「お嬢さん・・・おや、お目覚めでしたか」

 

淡幽「ああ」

 

たま「ギンコが来ておりますが」

 

淡幽「すぐ、呼んでくれ」

 

一方ギンコは、洞窟の書庫で熱心に巻物を読んでいた。──と、紙の上に小さな丸いものがあるのに気づく。

 

ギンコ「紙魚(しみ)の卵・・・。やばい、これも、これもかっ!」

 

紙魚(しみ)は、紙を食べる蟲のようだ。ギンコの広げる巻物がどんどん食べられ、文字列が崩れ出す。

 

ギンコ「起きた・・・のか?」

 

この文字列には、淡幽がせっせと眠らせている禁種の蟲が封印されている。まさか、その禁種の蟲が目覚めたのではないかとギンコは焦る。「ギンコ」と、たまが呼びにきた。

 

ギンコ「おたまさん。紙魚が紙を食い始めてるぞ! 封が解けちまう」

 

紙を食われた巻物に書かれていた文字は、列をなして動き出す。壁を登り、床を這い、ときにはギンコの頭に落ちて。

 

たま「お嬢さん。封の一部が解けました。そちらへ向かっておりまするー!」

 

文字列は大挙して淡幽のいる部屋に押し寄せてくる。「えらい事になったな」とギンコは言うが、淡幽は「何、この部屋からは出られん」と、落ち着いている。

 

淡幽「はは。ちゃんと生きておったのだな」

 

ギンコ「本当、数百年も眠ってたとは思えんな」

 

淡幽「いや、おまえの事だよギンコ」

 

封の一部が解けて文字列が大量に抜け出しているというのに、淡幽の妙な落ち着きぶりにギンコは驚く。

 

ギンコ「・・・何か、余裕だな。こいつら、元に戻せるのか?」

 

淡幽「私にだって、できる蟲封じはあるのだぞ」

 

さっきまで盛んに動き回っていた文字列は、急に動きを止めた。それを見計らい、淡幽はたまから長箸を受け取る。

 

淡幽「この部屋の壁と天井には、特別な糊が塗ってあるのだ。──巻之一千八百五十三、一之章!」

 

たまが真っ白な巻物を取り出す。淡幽は壁に張り付いた文字列を長箸でつまんで引っ張り出し、それをたまがもう一つの長箸で受け止め張り付けてゆく。二人の息はぴったりで、ひどく手慣れている。

 

淡幽「紙魚がいようといまいと、いずれ紙は劣化するものだからな。少しずつ、こうして写しをせねばならんのだ。かと言って、普通に写したのでは封じた事にならぬ。これが、家に伝わる写しのやり方だ」

 

たま「あの紙魚は、お嬢さんの愛玩物なのだよ」

 

すっかりギンコは言葉を失い、淡幽は「あれは愛嬌があってよい」と笑う。

 

ギンコと淡幽の淡い約束

▲体に現れた文字列を指で紙に写し取る 出展/TVアニメ「蟲師」

 

翌日、ギンコは旅で出会った蟲の話を淡幽にする。それを淡幽は、キセルを片手に楽しそうに訊いている。しばらくして淡幽は、今ギンコから訊いた話を巻物に写し取る。

 

淡幽「ギンコ、終わるまでそこにいてくれな」

 

ギンコ「ああ」

 

淡幽がゆっくり目を閉じると、身体じゅうに今聞いた話が文字列になって現れた。右手の人差し指で白紙の巻物をなぞると、そこに文字が写し取られてゆく。──これが、淡幽が禁種の蟲を眠らせる方法だった。その作業の間、淡幽の右足はひどく痛む。

 

冒頭での淡幽も、この作業をしていたのだ。冒頭では指先を映していないので、てっきり筆で文字を書いていると思わせて、じつはこんな方法で蟲を封印していたのだ。冒頭ではこの作業の後、淡幽は布団を敷いて眠ってしまった。ひどく体力を消耗するようだ。

 

筆記作業が終わり、ギンコがたまに布団を敷くよう言うが、淡幽はそれを拒んだ。

 

淡幽「ギンコ。休まなくても平気だ。それより、外が見たい。連れてってくれるか」

 

ギンコは晩秋の野に淡幽をおぶってゆく。

 

淡幽「一体、いつになれば動かせるようになるんだろうな」

 

ギンコ「焦るなよ。少しずつでも、あざは減ってきてるんだろ」

 

淡幽「ほんの、少しずつだ。死ぬまでに消せなければ・・・いずれ私の子孫が引き継ぐ事になる。今までだってずっと、そうだったように。私の代でも結局、叶わないのかもしれないな」

 

やがてカルスト台地の石灰岩柱のひとつに淡幽を座らせると、ギンコは傍らに腰を下ろし蟲煙草に火をつけた。

 

ギンコ「おまえさ、足、治ったらどうすんだ」

 

墨のあざが消えるまで、生ある限り蟲を屠る話を筆記しつづける宿命を負わされた淡幽。一生かかってもあざが消えなければ、その作業は子孫に引き継がれてゆく。その展望はつまり、淡幽は一生あの家から出られず、同じ作業を続けなければならないということだ。

 

▲「おまえさ、足、治ったらどうすんだ」 出展/TVアニメ「蟲師」

 

ギンコが将来の話を切り出したのは、そんな淡幽に、少しくらいの夢を見させたかったのだろう。それに対する淡幽の返事は、ギンコには意外なものだった。

 

ギンコ「──おまえと、旅がしたいな。話に訊いた蟲を見たい。なんてな。ははは。良くてもその頃、私は老婆だがな」

 

「うーん」と、ギンコは考えるそぶり。それを見て淡幽は「冗談だよ」とはぐらかす。

 

ギンコ「いいぜ。それまで、無事、俺が生き延びられてたら・・・だがな」

 

ギンコのこの返事もまた、淡幽には意外だった。それでも少し嬉しそうにこう言った。

 

淡幽「生きてるんだよ」

 

ギンコ「いや、明日にでも蟲に食われてっかもしんねーし」

 

淡幽「それでも生きてるんだよ」

 

ギンコ「むちゃ言ってんな」

 

ギンコの冒険譚を観ている我々には分かるのだが──ギンコは結構、無茶だ。いつも体を張って蟲と対峙している。蟲への好奇心が旺盛なのもあるが、あまり自分の命を惜しんでいるように見えないことが多い。淡幽とこんな約束を交わしたからといって、これからもギンコのスタンスは変わらないのだろう。

 

対する淡幽も、自分の代で禁種の蟲封じが終わることはないだろうと思っている。それは仕方がない。しかし、思いがけず交わしたギンコとの約束は、辛くなったときの希望になるだろう。

 

二人とも、これらのことは十分わかっている。分かった上での大人の淡い約束だ。

 

ギンコ爺さんと淡幽婆さんの、楽しい「蟲師」冒険譚も面白そうじゃないか!

 

ギンコが考える「蟲」と人との在り方は、日本人の美徳だと思う

▲淡幽と紙魚は上手く共存している 出展/TVアニメ「蟲師」

 

淡幽は、蟲を屠る話を集めている。それが、淡幽の右足に封じられている禁種の蟲を文字に写し書庫に眠らせる方法だからだ。各地から集められた蟲師たちが、まるで自慢話でもするように、自分がいかに手際よく蟲どもを屠ったかを話すのを聞きながら、淡幽は嫌な気持ちになっていった。

 

蟲師たちの話からは、微小で下等なる生命への驕りや、異形のモノ達への理由なき恐れが招く殺生が感じられたから。

 

「殺さずとも済むのではないか」と、問うたこともあった。が、それは実際に対峙したことのない者の言葉だと斬り捨てられた。

 

そこに現れたのがギンコだった。ギンコの蟲物語は、我々が知っているように、多くは蟲を退治するものではない。ギンコのスタンスはいつも、蟲と人が共存するための知恵を探している。蟲は人にとり、善でもなければ悪でもないが、できれば上手くやっていきたいと考えている。

 

この考えは、第12話「眇目の魚」でぬいが語ったことにそっくりだ。当時ヨキという名だった少年時代のギンコは、とある蟲に対してこう言った。

 

ヨキ「こんな恐ろしい蟲、どうして生かしておくんだよ」

 

それはトコヤミと言って、人を浸食し自分の闇に取り込んでしまう蟲だった。これに対して、ヨキを助けた女蟲師のぬいは、こう答えた。

 

ぬい「畏れや怒りに目を眩まされるな。皆、ただそれぞれが、あるようにあるだけ。逃れられるモノからは、知恵ある我々が逃れればいい。蟲師とは、ずっとはるか古来からその術を探してきた者達だ」

 

このエピソードをギンコは覚えていないが、蟲への考え方はぬいの想いを継承している。

 

はからずも淡幽も同じ考えだった。紙を食べる紙魚(しみ)は、普通なら書庫には絶対に入れてはならない蟲だ。ところが淡幽は、それをペットとして飼っている。紙魚が紙を食べ、封印した文字が逃げ出したときの方策を立て、何食わぬ顔で対処している。

 

だからこそなのだ。

 

だから淡幽はギンコの考えに引かれ、ギンコも淡幽を受け入れる。

 

元来、日本人はこうだった。あるがままの自然を受け入れ、その中で生かされていることに感謝する。拒絶するのではなく、共存する。──さすがに禁種の蟲は封印し、眠らせるが・・・それでも屠りはしない。

 

自然災害や感染症も、そうやって我々は乗り越えてきた。圧倒するのではなく、共存する。賢く、かつ柔軟に。これは日本人の美徳だと思う。

 

▼「蟲師」関連の、すべてのページ一覧はこちらから。

 
▼「蟲師 続章」(第2期)の、すべてのページ一覧はこちらから。

 

スポンサーリンク