TVアニメ「蟲師 続章」第6話「花惑い」。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!



第6話/「そうだな。おかしいかもしれんな。三百年も、草木のような女を愛でてきた一族なんてのは」

TVアニメ「蟲師 続章」

 

第六話

花惑い

hanamadoi

 

「蟲師」は自然の美しさを堪能できる作品だが、不思議と花咲く春を描いたものはほとんどない。緑の美しさを描いた作品はいくつもあるのに、わざと避けているのではないかとすら思える。

 

今作を観て感じたのは、原作者の中では、花はひどく人為的なものに映っているのかもしれない。たしかに現代の家庭の庭先を彩るてんこ盛りに咲く花々はほぼすべてが品種改良された人為的なものだが、日本の山野にも美しい花は咲く。ヤマザクラ、ヤマフジ、アセビ、ヤマツツジ・・・。なかでもユリは素晴らしい自生種が多い。もっと描いてほしかったと思うのは一読者のワガママか。

 

ともあれ今作「花惑い」は、桜をテーマに取り上げた美しく、恐ろしく、愚かなヒトの物語だ。

 

冒頭は、闇に浮かび上がる桜を背景に、こんな語りから始まる。

 

物言わず風雪に耐え

 

物言わず咲き零れ

 

物言わず侵食しゆくものたちよ

 

はらはらと花びらを散らす満開の桜は、どこかゾッとするほど美しい。

 

ギンコ、桜の名木を訪ねるが・・・。

▲「あ、ほら見えてきた」と娘が指さす 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

鶯鳴く春。桜の季節。霞がかった空の下をギンコは歩いている。樹々にまだ葉はないが、桜だけは今を盛りと花を咲かせている。ギンコは「おー・・・」と、満開の桜を見上げて感嘆の声を上げる。

 

ギンコ「そういや、この奥だったな、桜の名木があるってのは。ついでに一目拝んでいくか」

 

どうやら、ギンコに急ぎの用事はなさそうだ。蟲煙草をくわえながら、のんびり歩いていると、前を行く娘がいた。

 

ギンコ「やあ。この辺に有名な桜があると聞いたんだが、知らねえかな」

 

「ああ、それならきっとこの先よ」

 

ギンコ「おまえさんの地元かい」

 

「いいえ、私は山向こうから。母さんの薬をもらいに」

 

菅笠を手にした娘はショートカットで、快活そうだ。

 

ギンコ「へえ、そりゃ孝行なこったな。この先に名医でもいんのかい」

 

「ええ。その桜の側に、どんな痛みも取り除ける薬を下さる方がいるって」

 

ギンコ「ほー」

 

対するギンコも、らしくなってきた。2期に入ってから、どうもギンコが現代風なあか抜けた若者ぽくなって気になっていたのだが、前作あたりから1期のイメージに近づいた。声のトーンも微妙にとぼけた味を含んだギンコらしい声に落ちついた。

 

「あ、ほら見えてきた」

 

──娘は指さすが、大桜の木はただの1輪も咲いていなかった。ギンコは桜の木の下から枝先を見上げる。

 

ギンコ「何だ。まったく咲いてねえじゃねえか」

 

「どうしたのかしら。残念だったね。・・・じゃ、私はこれで」

 

ギンコ「ああ、達者でな」

 

娘は会釈して傍らの民家を訪れた。そこが薬をもらえるという家だ。「ごめんください」。娘が呼ぶと、中から若い男が現れた。

 

「こちらで薬を作っておられると聞いて。母が病で・・・」

 

「それはお気の毒に。・・・あなたはどこか悪いところは?」

 

「いえ、私は丈夫なのが取り得で」

 

「それは何より。どうぞ中へ。これから薬を創りますので、今日は泊まっていかれるといい」

 

そんな二人をギンコは遠くから眺めていた。

 

ぞくりとするような、美しい女

▲佐保は目も見えず、耳も聞こえない 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコは改めて大桜を見上げる。

 

ギンコ(相当に古い木だな。六、七百年は生きているだろうか。花の散った跡もない。老いさらばえて、花をつけなくなったのか?)

 

そこでギンコは桜の木のウロに、なにか白っぽい泡のようなものがあるのに気づく。(あれは・・・)と思って見ていると、すぐ側でケホケホと咳が聞こえた。

 

桜の木の根元に、髪の長い女が座っていた。

 

匂い立つような。ぞくりとするような、美しい女だと思った。

 

女は20歳代半ばにみえた。紫を帯びた桜色の着物に藍染の帯を締めている。──が、どこか妙な雰囲気をギンコは感じ取る。

 

ギンコ「もし。この桜、今年は花をつけなかったんですかね?」

 

女は、まるでギンコの言葉に反応しない。ギンコを見ようともしない。(目と耳が悪いのか?)と思ったギンコだが、さっきウロに見つけた泡を見あげて(もしや)と思う。ギンコは、女の様子と泡に関係性を見出したようだ。

 

そこに、さっきの男がやってきた。男の名は柾(まさき)といった。

 

柾(まさき)「見かけぬ方だが、佐保に何か?」

 

ギンコ「いや、少し気になる事があってね。ご主人で?」

 

柾(まさき)「いや、親族の者だが」

 

ギンコ「失礼ながら、彼女は目と耳が不自由で?」

 

柾(まさき)「ええ、ほとんど」

 

ギンコ「もしや、この木から出る泡を口にしたせいでは?」

 

そこでギンコは、さっきウロでみつけた泡について説明した。

 

あれは「木霊(こだま)」という泡状の蟲で、この大桜に棲んでいる。木霊の宿った木はたいへん長生きで、美しい花を咲かせる。が、動物の中に取り込まれると、五感のいずれかを麻痺させる。──と。

 

柾(まさき)「それは本人に訊ければわかろうが、その手だてがない」

 

そう言うと柾は、佐保の手を引いた。

 

ギンコ「あなたは医者では? 何とか調べようはないのか」

 

柾(まさき)「うちは代々しがない庭師ですので」

 

ギンコ「庭師?」

 

柾(まさき)「ええ。ただ草木を美しく保つ事しかできませんよ。あの庭の桜も本来は、病気には強いが花は小さな種類です。だが、花の美しい種の枝を接げば、強く美しい桜となる。そうやって草木の研究を重ねる内に、時に草を煎じるようになったのを人様にお分けしているだけです」

 

柾の家の庭には、みごとな桜が花を咲かせている。

 

ギンコ「この大桜から薬を作ったりは?」

 

柾(まさき)「この桜は代々うちで守ってきた特別な木です。そのような事には使いませんよ」

 

それだけ言うと、柾は佐保の肩を抱くようにして家に戻っていった。

 

柾が曽祖父から伝え聞いた話

▲「それを痛み止めと言って患者に渡すのか」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

夜半。月が雲に隠れると、あたりは暗闇に落ちた。柾がやってきて、徳利に泡を集め始める。そこをギンコが提灯で照らした。

 

ギンコ「それを痛み止めと言って患者に渡すのか。それは感覚を鈍らせるモノだと言ったはずだ」

 

柾(まさき)「摂り方と量さえ誤らなければやがて元に戻る」

 

ギンコ「まさか、あの女で試したのか?」

 

柾(まさき)「違う! そんなむごい事するものか! うちは代々草木の研究をしてきた。桜から妙な泡が出ていたなら、むろん調べる。泡を見た先祖は三人ほどいた。それぞれが調べを重ねて安全な処方を見つけたんだ」

 

ここからは柾とギンコの押し問答だ。ギンコの言うことも一理あり、柾の言うことにも一理ある。

 

ギンコは、それは植物の汁ではなく生きた蟲なのだから、もしものことがあったらどうすると詰め寄る。対して柾は、痛みを取る薬を必要としている人がいるのだからと主張する。「この苦しみから逃れられるなら、何も見えずとも聞こえずともかまわないという人が。あんたにそれを奪う権利があるのか」と。

 

ギンコ「ならば、あんたらの調べたものを見せてもらおう。どれほど信用していいものか、改めさせてもらう」

 

柾(まさき)「ああ、いいとも」

 

こうしてギンコは柾の家に行くことになった。(ギンコ、いい具合に宿をゲットだ)。

 

そこでギンコはもう一度、柾に問う。もし佐保が木霊を口にしたことで目や耳に障害が出ているのなら、元に戻すこともできるかも知れないと。本当に心当たりはないのかと念押しした。すると柾は、「曾祖父から伝え聞いた話ならある」と、話し始めた。

 

柾(まさき)「曾祖父の若い頃、八十年ほど前の事だ──」

 

曾祖父は「万作」(まんさく)といった。やはり庭師をしていた。

 

▲「いったい誰が置き去りにしたものか」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ある日万作は、大桜のウロで女の赤子が泣いているのを見つける。赤子の口元には、薄紅色の泡がついていた。

 

万作「可哀想に。飢えて木の汁をすすっていたのか・・・」

 

万作は家に連れ帰ったが、妻に乳は出ず、赤子は重湯を飲まず、あの木の汁だけを飲んで育った。その子は「佐保」と名づけられた。佐保の成長は異常に遅く、10年以上も赤子のままだった。30年が過ぎ、万作夫婦が亡くなった頃、佐保はようやく4歳くらいの子どもに見えた。その頃には、もう目や耳などに障害が出ていた。

 

佐保は周期的に病気になった。佐保が体を壊した年には、大桜も花をつけなかった。それから代がかわっても、桜の化身のごとく佐保を愛し、大切に守り慈しんできたのだという・・・。

 

柾の突拍子もない話にギンコは驚く。

 

ギンコ「八十年・・・。木霊は動物にも、長寿と美しさをもたらすのか」

 

柾(まさき)「どうだ、佐保は治るのか」

 

ギンコ「木霊を抜く方法はある。だが、彼女から木霊を抜いて余命があるか・・・保証はない」

 

柾(まさき)「そうか。それは残念だ」

 

その後ギンコは、柾の家の書庫に通された。

 

佐保を生き長らえさせるため、柾がとった行動は──

▲「随分古いなこりゃ。何代前のもんだい」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコは柾に通された部屋で資料を開く。どれもひどく古い。記述者には「万作」の文字がある。

 

ギンコ(万作ってのは曾祖父だったな。にしちゃずいぶん──)

 

柾は曾祖父から伝わる話だとして、赤子の佐保を大桜のウロにみつけたと言った。80年ほど前の事だと。それにしては紙の傷みが激しい。木霊について記録を残している者は4名。「万作」「佳一」「八汐」「柾」。4代にわたり、全員蟲が見える体質だったのもひどく珍しい。考えた結果、ギンコはひとつの推論に達した。

 

一方、佐保の咳は止まらない。ついに布団に血を吐いてしまった。

 

柾(まさき)「もう時間がない。仕方がない」

 

そう言うと柾は、昼に来た娘の部屋を訪れた。稀に薬が体に合わない血筋があるから、試しに母親に渡す薬を少しだけ飲んでみてほしいと、娘に薬を飲ませる。──しかしそれは、睡眠薬だった。

 

▲眠らせた娘を佐保の隣に寝かせる 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

柾は佐保と娘を並べて寝かせる。佐保はゴホゴホ咳づき、息も荒い。ひどく辛そうだ。

 

柾(まさき)「大丈夫。おまえはまだまだ生きられる。また、美しい花を咲かせられる」

 

柾は佐保の頬を撫でた。佐保の首に、横一文字の奇妙な傷跡が見えた。

 

▲柾は斧を振り上げる 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

やがて柾は斧を手に、娘の上で振り上げた──。

 

ギンコ「やめろ!」

 

部屋の障子戸をギンコが勢いよく開けた。

 

ギンコ「まさか・・・。接ぎ木するように首をすげかえて、女を生き長らえさせてきたのか。八十年どころじゃねえ。何百年も!」

 

柾(まさき)「そうだ。万作は八代前の先祖だ。こうでもせねば佐保の体は朽ちていく。まだ、こんなに美しいのに──」

 

「まん・・・さく・・・」佐保が力なく言い、何かを求めるように両手を挙げた。「いやだ、いやだ」と言いながら。

 

柾(まさき)「佐保、おまえは死にやしないよ。すぐに新しい体をあげるから」

 

ギンコ「気は確かか。おまえらそうやって何人の命を犠牲にしてきたんだ」

 

柾(まさき)「そうだな。おかしいかもしれんな。三百年も、草木のような女を愛でてきた一族なんてのは」

 

柾の目が座っている──ギンコは傍らにあった行燈を蹴り倒した。

 

▲ギンコは行燈を蹴り倒す 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

行燈の火は畳に燃え移り、一気に広がった。一瞬の隙をついてギンコは娘を抱いて外に逃げる。柾も佐保を連れて逃げ出した。

 

年を経た古木には魂が宿り、ヒトの心を引きつける

▲大桜いっぱいに花のように木霊が咲く 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

屋敷の火は、大桜にも燃え移った。よく見ると、大桜の枝先に、薄紅の花が咲いたように見えた。しかしそれは花ではなく、木霊の泡が枝いっぱいについているのだった。

 

柾(まさき)「佐保、花だ。大桜がまた咲い──」

 

呆然と大桜を見ていた柾が嬉しそうに佐保に目を転じると、佐保の首の傷のあたりからも木霊の泡が噴き出していた。

 

柾(まさき)「佐保、だめだ。行ってはだめだ。行かないでくれ!」

 

柾の腕の中で佐保の髪は白くなり、天に伸ばした両腕は皺寄り、肉がそげて枯れ木のように朽ちていった。

 

年を経た古木には魂が宿り、それゆえヒトの心を引きつけるという。

 

その木が美しい花を冠したならば、なおの事──。

 

大桜は全焼を免れた。

 

▲「いやぁ絶景かな」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

やがて春には、また美しい花を誇らしげに咲かせる。二人連れの旅の男が大桜を見上げて歓声をあげる。

 

「おお、こりゃあ見事だ」

 

「旅の疲れが癒えるねえ」

 

「ここらで少し休むか」

 

「そりゃいい一献やろう。急ぐ旅でなし」

 

「いや絶景かな」

 

「何よりだねえ」

 

あの庭師と女の姿を、二度と見た者はないという──。

 

満開の桜はヒトを不安にさせる

▲満開の桜は、そら恐ろしいほど美しい 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

大桜を美しく保つ努力を重ねてきた樹木医の家系が、桜の精のような女に惑ってしまったという物語だった。満開の桜はほれぼれするほど美しいが、逆に美しすぎて恐ろしさを感じる。

 

「桜の木の下には死体が埋まっている」というのは梶井基次郎の短編「櫻の樹の下には」の冒頭だ。梶井は結核を患っていて、病人ゆえの鋭い感覚を詩的に端的に表現した文体で知られる。「櫻の樹の下には」では、梶井が桜について考えたことを二人称の文体で、つまり誰かに語り掛けるように描いている。

 

桜があまりに美しいので、なぜか梶井は不安で憂鬱な気もちになった。それで桜の木の下にそれぞれ一つずつ死体が埋まっていると想像すると、妙に納得して不安は消えた。

 

超要約すると「櫻の樹の下には」は、そんな話だ。生命をエサにしているから、あれほど生き生きとして美しいのだろう、ということだ。梶井の説にはゾッとさせられる。しかし、妙に納得してしまうから不思議だ。

 

わたしの場合は少し違うが、やはり満開の桜にゾッとすることがある。桜に限らず花は、植物の生殖器だ。あの美しい桜の花のひとつひとつが、おしろいを塗って男に媚びる商売女が長いつけまつげをバサバサやっているように思えることがあって──。なんとも暑苦しく、おぞましく見えるときがある。

 

これが名木の桜なら、きっと同じことをしてしまう人の二人や三人いるだろう

▲佐保を生かせば大桜も生きる。それなら── 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

じつはわたしは植物オタクで、そんなオタクの戯言なのだが・・・「あの枝ぶりは桜じゃねぇ!」と、思う。500年以上を経た風格ある桜の枝ぶりを表現したかったのだろうが、桜はあんな上にばかり伸びない。もっと横に広がる。小枝のつき方も・・・違う。桜じぇねぇ!

 

まぁ、それはともかく。

 

日本には桜の品種がたくさんあるが、中でも有名なのが「ソメイヨシノ」。これは江戸時代後期につくられた園芸品種で、戦後に日本の公園や学校にこぞって植えられた。だから馴染みが深いのだが、この「ソメイヨシノ」はあまり寿命が長くない。長寿の桜は「エドヒガン」や、それを元につくられた園芸品種の「ベニシダレ」、「カバザクラ」。「ソメイヨシノ」の寿命が70年ていどなのに比べ「エドヒガン」では1000年超、2000年超の古木もある。

 

1000年、2000年と長寿の名木があること、そして桜の増やし方に「接ぎ木」という手法があることから、今作は木霊という蟲を絡めて着想された物語だろう。そこに、梶井基次郎の「生命をエサにしているからあんなに美しいのだ」──というエッセンスも混入されているかもしれない。

 

植物オタクの身からすると、柾の気持ちは少し理解できる。彼にとって佐保は大桜の化身なのだ。大桜を長く美しいまま維持するには、佐保を常に美しいまま維持しなければならない。そのためなら多少の犠牲は──。500年を経た大桜のためだ、ヒト一人の命など安いものだと思ってしまったのだろう。

 

これが名だたる名木なら──たとえば著名な日本画家に愛された「京都円山公園の枝垂れ桜」、樹齢2000年超といわれる「神代桜」、樹齢1500年を数え、宇野千代が小説に描いたことで名をはせた「薄墨桜」などになれば、それこそ凶行も必然と思えてしまう人は少ないながらもいるだろう。そうさせてしまうほどのモノが満開の桜にはある・・・確かにある。わたしもヤバイかもしれない。

 

なぜ火事で木霊が咲いたのか?

▲奇妙な花をつける「ブラシの木」

 

大桜に宿っている木霊は、なぜ火事に遭い増殖し四方に飛び散っていったのか? じつは同じような性質をもつ植物が、実際にオーストラリアにある。「ブラシの木」と呼ばれる、ブラシのような形状の赤い花を咲かせる植物だ。

 

オーストラリアは気温の高い乾いた気候で、しかも燃えやすいユーカリがたくさん生えているので、定期的に山火事が起きる。山火事の後、生き残ったブラシの木の実は一斉にタネを飛ばす。

 

山火事の後というのは、じつはとても植物が生育しやすい環境にある。背の高い木がないので日光を受けやすく、灰が肥料となるので土は肥沃だ。そんな環境でいち早く育ち、生存競争に勝とうというのがブラシの木の戦略なのだ。

 

この面白い習性を、今作では大桜が火事に遭い木霊がタネを飛ばす様子で再現したのだと思われる。「蟲師」では、こういう実際の面白いことや不思議なことを、上手く作品に練り込んである。元ネタが何かを探すのも面白い

 

その後、佐保はどうなったのか?

▲首の継ぎ目から木霊が噴き出す 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

大桜に宿った木霊は火事に遭い、遠くにタネを飛ばした。同じように佐保の体に取り込まれた木霊も、火事に遭い、タネを飛ばしたのだろう。

 

大桜は翌年また復活したが、果たして佐保は──? 白髪になり、枯れ木のようにやせ衰えた腕が描かれていたので、そのまま亡くなったのだろうと思われるが・・・。柾は以前、こう言っていた。

 

柾(まさき)「佐保は周期的に病に伏した。佐保が体を壊した年には、大桜は花をつけなかった」

 

──ということは。佐保が元気なら、大桜は花をつけたということだ。翌年、大桜が花を咲かせたということは、それはつまり、柾がまたどこかで接ぎ木して、佐保を若いまま維持することに成功したのかもしれない。

 

もしくは、また新たな花の精がどこかに誕生したのかもしれない。木霊がタネをたくさん飛ばしていることから、こちらの方が可能性が高そうだ。またどこかで、同じ凶行が繰り返されることを暗示しているのかもしれない──。圧倒的な美の前に、人は愚かだ。

 

ただ・・・。

 

佐保自身はどうだったろうと思う。彼女の記憶は優しい万作に育てられた、それだけだ。目も見えず、耳も聞こえず、五感のほぼすべてを奪われた状態で、三百年を過ごしてきたのだ。ただ万作との思い出を胸にくり返しながら三百年・・・。それが楽しいこととは思えない。佐保の望みとも思えない。

 

要するに佐保を生かし続けたのは、柾たち男のただのエゴだ。彼らは愚かで自分勝手で自己満足の塊で──あぁ、たしかにヒトってそんなモノだった──。

 

pic up/接ぎ木で増やす代表格はバラ

▲美しいバラは、ほとんどが接ぎ木でつくられる・・・

 

植物オタクの知識をもう少しだけ──じつは桜は、ほぼ挿し木で増やす。接ぎ木もできるが、あまり一般的ではない。桜よりもっと一般的に接ぎ木で苗をつくる植物がある。それがバラだ。

 

台木には「ノイバラ」が使われる。日本に自生している、日本の気候に合った強いバラだ。花は小さい白の一重咲き。素朴な花を咲かせる。この台木に、美しい花を咲かせるバラを接ぎ木する。ほとんどのバラ苗は、こうして作られている。

 

言うなれば、あっちのバラもこっちのバラも、ほぼすべてが佐保状態なのだ・・・。バラも、ヒトのエゴの塊だ。

 

最後に蛇足を。

 

佐保の名は、春の女神である「佐保姫」からとられている。

 

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