TVアニメ「蟲師 続章」第7話「日照る雨」。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!



第7話/いつか雨が止んで、本当の涙が出たら、土の上に根を下ろそう。それまでは、雨を伴に、雲のように流れてゆこう。

TVアニメ「蟲師 続章」

 

第七話

日照る雨

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「まいったな、こりゃ」と、木陰で首筋の汗を拭きながら男が呟く。「ああ、一体いつになったら、降ってくれるのやら」。隣にいるもう一人もため息交じりだ。

 

男たちは農夫で、二人の前には、すっかり干上がった田んぼが広がる。降るはせわしない蝉の声ばかり。日照り続きで、このままいけば稲は枯れてしまうだろう。

 

「雨を占って差し上げましょうか」

 

菅笠をかぶり、手甲に脚絆、杖をもった旅装束の女が話しかける。女は笠にちょっと手を当て、雲ひとつない空を見上げた。

 

「ご安心を。あと二日もすれば、恵みの雨があるでしょう」

 

その後、女の言った通り雨が降った。「占いが当たった」と、人々は大喜びだ。しかしそれは不思議な雨だった。空に太陽が輝き、雨雲がないのに雨が降る。天気雨だ。子どもたちは大喜びではしゃぎまわり、大人は瓶の用意に奔走する。誰一人、その雨の不思議さに気づく者はなかった。

 

土に染み入らず、土の上を這うは、まやかしの水。

 

追えども決して、届かぬ水

 

今作は「逃げ水」と「天気雨」をテーマにした作品だ。逃げ水は、よく晴れた夏のアスファルトの路面でよく見られる蜃気楼の一種。遠くに水たまりがあるように見えて、近づくとそこに水はなく、さらに先に水が見える。まるで水が逃げていくように見えるので「逃げ水」という。「地鏡」という呼び名もある。

 

「雨占い」をする女

▲「じき雨が降るでしょう」と言われ驚くギンコ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

蝉しぐれの中、ギンコは頭から手ぬぐいをかぶりノロノロ歩いている。近くの山頂から煙が上り、太鼓の音が響いてくる。

 

ギンコ「雨乞いか。しかしこりゃ、一滴も落ちてきそうにねえな」

 

雲ひとつない空に、太陽がまぶしい。そこに、旅姿の女が歩いてきた。

 

ギンコ「あの──もし。ここらで水場を知らねえかな。水の備えが底尽きそうでね」

 

「なら、数日、この地に留まるといい。じき、雨が降るでしょうから」

 

そう言うと女は、ギンコの脇をすり抜けて行った。(雨の匂い──?)すれ違いざま、ギンコは女から雨の匂いをかぎ取った。それは、「雨占い」をしていた女だった。

 

女は山頂の雨乞いの場所に立ちよった。祭壇に祈りを捧げ、女は晴れやかに皆に言った。女の名前は「テル」。

 

テル「ご安心ください。じきに天の恵みがあるでしょう」

 

村人たちからどよめきが上がる。「よかった」「これで助かる」と。テルに若い男が声をかけた。彼の名は「ヤス」。満面の笑みを浮かべている。

 

ヤス「テル。よく来てくれたな」

 

テル「ヤス」

 

テルの方もいい笑顔で応える。そこに、村長が現れた。

 

村長「さあテルさん。うちで休んでいっておくれ。明日には宴をしよう。皆も来てくれ」

 

その様子をみていたギンコがヤスに「旅の者だが、水を分けちゃもらえねえかな」と、話しかける。「悪いが今は・・・」と、ヤスは答える。

 

ヤス「でも、じきに雨が降るよ」

 

ギンコ「なぜわかる?」

 

ヤス「あの娘が言うならそうなんだ。今まで外れた事はない」

 

ギンコ「へえ。そいつは奇異だねえ」

 

ギンコには、どうも納得がいかない様子だ。

 

「そんな事ができたら、それはもう人ではないわ」

▲「ならせめて、もう少し間を置かずここへ来てくれよ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ヤスは、山に掘っている井戸にテルを案内する。「里の井戸は、夏にはいつも涸れちまうから」と。

 

ヤス「でも、雨が降れば一息つけるな」

 

テル「そうね」

 

ヤス「でも、また雨が降ったら行っちまうのか?」

 

テル「ええ」

 

ヤス「どうしてだ。ここで俺と所帯持つより、女ひとりで旅をして暮らす方がいいってのか」

 

雨乞いの場で、満面の笑みでテルを迎え入れたときから感じていたが、ヤスはテルの事が好きなのだ。テルの方でも、決してヤスが嫌いなわけでもなさそうだ。しかし──。

 

テル「言ったでしょう。ひとつ所に住む気はないの」

 

ヤス「ならせめて、もう少し間を置かずここへ来てくれよ」

 

テル「それも・・・できない」

 

「どうしてだ?」とヤスは詰め寄るが、テルは言葉をなくし、ただ「ごめんなさい」と俯きその場を離れた。

 

▲「あんたがどうやって雨を降らせるのか、見てみようと思ってね」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

テルは一人で山を下りた。ヒグラシが鳴いている。あたりはそろそろ日暮れ時だ。山の下の木陰にギンコがいて、テルに声をかける。

 

ギンコ「よう」

 

テル「留まる事にしたんですか」

 

ギンコ「ああ。あんたがどうやって雨を降らせるのか、見てみようと思ってね」

 

草の表情、空の表情、蝉の声・・・どれも素晴らしく美しい。まるでそこにいるかのような臨場感に溢れている。いい描写だ。

 

テルは薄く笑みを作ってギンコに答える。

 

テル「私は雨を告げに来ているだけよ。人が雨を降らせたりできると思う?」

 

ギンコ「まあ、普通ムリだな」

 

テル「そうでしょう。そんな事ができたら、それはもう人ではないわ」

 

それだけ言うと、テルはギンコの側を通り過ぎ歩き去った。この流れからすると、どうやらテルは雨を降らせられる。そして、そんな自分を卑下している・・・。

 

テルは強烈な雨女

▲遠くの逃げ水を、幼なじみと追いかけた 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

その夜は満月だった。障子を開けて外を観ながらテルは一人、郷里の出来事を思い出している。

 

テルは普通の女の子だった。郷里で仲良しの男の子「涼」と一緒によく遊んでいた。ある夏の日、テルは遠くの地面に大きな水たまりを見つける。

 

テル「あれ。ねぇあそこ。大きな水たまり」

 

「あれは逃げ水だよ。絶対に追いつけないんだ」

 

テル「ほんとー? ねぇ、試してみよう」

 

テルは涼の手を引く。涼は「えーっ」と一旦は嫌そうな声を上げるも、「しょうがねえな」と付き合ってくれた。

 

農民にとって雨は「恵み」だ。里に雨が降ったとき、大人も子供も両手を上げて喜んだ。その輪の中にテルも涼もいた。しかし──。しかし、いつまでも降り続く雨はもはや「恵み」ではない。屋根は雨漏りをし始め、床下まで水に浸かってしまった。

 

ついに仲良しの涼は、流行り病にかかった。「この長雨のせいだ」と大人たちは噂する。まるで田んぼのようにぬかるんだ道に立ち、テルは空を見上げる。

 

テル(一体、この雨はいつ止むのだろう・・・)

 

見上げた空は青かった──。

 

やがて涼は息を引き取った。涼の葬列を見送りながら、テルは雨の中で泣いていた。

 

テル(どうして、こんな事になったの? 大声で泣きたいのに、涙が出ない)

 

テルの頬を濡らすのは、雨粒ばかりだった。

 

▲(一体、この雨はいつ止むのだろう・・・) 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

今度はテルの父親が病を得た。食べ物が底をつき、テルはしばらく伯母の家に預けられることになった。伯母の家でもやはり雨が降った。

 

伯母「いやな雨だね」

 

伯父「あの娘の里、雨ですたれちまったんだろう? このままじゃ、ここもいずれ・・・」

 

伯母「まるであの子が雨を連れてきたみたいだよ」

 

そんな声が聞こえてきて、テルは蓑を肩にかけ歩いて郷里に戻った。村はもうすっかり元通りだった。稲に若い穂が上がっている。嬉しくなったテルが村に向かって走り出すと・・・パタリと頬に雨粒が当たった。見上げた青空から雨が落ちてきた。

 

テル「うそよ。そんなわけ・・・」

 

テルは踵を返し、そのまま二度と郷里に帰ることはなかった。

 

──満月に照らされた山々を見ながらテルは思う。

 

テル(どうして、こんな事になったのか、わからない。わかるのは、戻れる故郷も住める所も無いという事。その事を受け入れるための涙も出ないという事──)

 

テルは強烈な雨女だった。テルがいれば必ず雨が降る。だからテルは同じ場所に留まることができず、ヤスの想いに応えることもできないのだ。

 

しかし、涙が出ないということは──? どうやら、ただの雨女ではなさそうだ。

 

ついに雨が降る!

▲雨を見てヤスは「きれいだな」と言った 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

雨はなかなか降らなかった。「なあテルさん、そろそろかねぇ?」。たまらず訊いてくる村人もいる。

 

テル「もうじきですよ」

 

テルは明るく答えるが、テル自身少し焦っていた。いつもなら、もうとっくに降ってもいいはずなのにと。見かねたヤスが井戸掘りを急ぐ。

 

あまりに雨が降らないので、村人たちが村長の家に詰めかけた。「一体どうなってるんだい」「もう皆水を使い果たしちまったぞ」と。そこに、ヤスが倒れたという報せが入った──。どうやら熱中症だ。暑いさなかに、風の通らない狭い井戸の底でせっせと土を掘っていれば・・・そりゃ倒れもしよう。

 

担ぎ込まれたヤスに水を飲ませようにも、もう村に水の備蓄はなく。ヤスの両親が強くテルに迫る。「雨は、雨はまだなのかい?」と。

 

テル「大丈夫、もうじき降るはずだから」

 

ヤスの手を取ると──幼なじみの涼のことが思い出された。テルはヤスの手を握り締め泣き出した。

 

テル「いや。もうそんなのは、いや!」

 

テルに涙は流れなかったが、代わりに空から雨が降ってきた。「雨だ」「降ってきた」「やっと降ったぞー」「ヤス、待ってろ、すぐに水をやるからな」・・・。村人たちは大騒ぎだ。

 

ヤスは薄っすら目を開けて、テルを見ながら細い声で笑った。

 

ヤス「ああ、よかったなぁ。ああ・・・きれいだなあ」

 

青空から雨が落ち、大人も子供も両手を広げて喜んでいる。テルは──テルの表情はどこか微妙だった。ホッとしたようであり、どこか意外そうでもあり。

 

テルは「雨降らし」という蟲に憑かれている

▲「望みどおり雨が降ったってのに、嬉しそうじゃねえな」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

雨が降ると早速テルは旅支度を整え、ヤスの里を発った。街道の木の下でギンコが待ち構えている。

 

ギンコ「もう発つのかい? 望みどおり雨が降ったってのに、嬉しそうじゃねえな」

 

テル「まだ何か用?」

 

ギンコ「この数日、あんたを観察してて気づいたんだが、あんたはこの暑い中、汗のひとつも見せなかった。おそらく涙も出ないんじゃないか?」

 

テル「そうね。涙のひとつでも流せれば、まだ楽でしょうにね」

 

ギンコ「じゃあ、追いつけるはずのないものを捕まえしまった事は?」

 

テル「追いつけるはずの、ないもの──」

 

ギンコの一言で、テルはかつて涼と遊んでいた幼い日を思いだす。テルは遠くに逃げ水を見つけた。「あれは絶対に追いつけないんだ」と涼が言う。そこでテルは、試してみようと駆けだした。

 

▲追いつけるはずのないモノを踏んでしまったテル 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

しかし逃げるはずの逃げ水が、逃げなかった。そしてついにテルは逃げ水を踏んだ。その途端、逃げ水は渦を巻いて消えた・・・。

 

「逃げ水──」。テルが呟く。

 

ギンコ「それは、”雨降らし”という蟲の一形態だ。普段は空中を漂う細かな水滴のような一群で、空中の水分を集めて雨を作って落ちてくる。そして蒸発する水とともに、また上空へ昇り、雨を集める。だが、日照りが続き、空中の水分が失われると、地表近くに留まり、逃げ水のような姿となる」

 

テルは呆然として訊いている。

 

ギンコ「生きているという事以外は自然現象そのものだ。そういうモノを”ナガレモノ”という。目的もなく、ただ漂っているだけ。そういうモノは、触れると憑く。あんたを中心に、あんたの体内の水分を奪い、上空へ昇り雨を集めるようになったんだ」

 

テル「じゃあ、全部それのせいだったっていうの? なら、早くそいつを引き離してよ。もう、こんなのはたくさんよ!」

 

ギンコ「ナガレモノには対処法はない。ただ、いずれ寿命が尽きるのを待つのみ」

 

少し紛らわしいが、ここでいう「寿命」は、蟲の寿命だ。

 

テル「そんな──。それは、いつになるの?」

 

ギンコ「わからない。だが、雨が降るのが遅くなってきてるというなら、力が弱まっているのかもしれない。そう悲観することもないだろう」

 

ギンコの言葉は、テルにはひどく他人事に聞こえただろう。

 

▲「もう、こんなのはたくさんよ!」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

自分の辛い経験を知らないから、そんな呑気な事が言えるのだと。

 

テル「この雨のせいで、私は、何人もの命を奪ったのよ。もう少しで、さっきだって・・・」

 

ギンコ「死なせてしまった者の事は、ずっと抱えていくしかないが、あんたには何の過失もないし、雨降らしのせいでもない。ただ、不幸な巡り合わせが起こっただけだ。だが、あんたはもう、雨降らしとある程度うまくやれてる。これはもう、ただ不幸なばかりじゃないはずだ」

 

日照りが続けば作物が枯れる。そうすれば人々は生きていけない。雨は「恵み」だ。「恵み」をいいタイミングで降らせることができるとなれば、それはもう神にも等しい。

 

雨の必要な土地をあちこち訪れることで、テルは人々に恵みをもたらし救っている。かつて辛いこともあったが、人々の歓喜の声を数知れず訊いてきたはずだ。それは、テルにとっても喜びだったろう。

 

ギンコが言う通り、テルは旅暮らしをすることで「雨降らし」とある程度うまくやっている。

 

太陽に照らされた雨粒がキラキラ光る

▲「絶対、来いよなー!」ヤスが叫ぶ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

これまでの事が、あれこれ胸に去来していたのだろう。テルは目を見開いたままじっと考え込んでいる。「テルー!」。遠くからヤスの呼び声が聞こえた。

 

ヤス「ありがとうなーっ。テルのおかげで助かったよ。また来てくれよなーっ。絶対来いよなー」

 

ヤスが両手を上げて叫んでいる。

 

いつか雨が止んで、本当の涙が出たら。

 

土の上に根を下ろそう。

 

それまでは、雨を伴に、雲のように流れてゆこう。

 

テルが訪れる先々で雨が降る。田んぼの草取りをしていた夫婦が雨に気づいて腰を伸ばす。「ああ、助かるねぇ」「生き返るよ」。そんな二人を見ながらテルは少し微笑む。

 

空に雲はない。夫婦は空を見ながら不思議がる。「しかし、妙な雨だなぁ」「いや、でもきれいだねぇ」。

 

人はいつでも、人の役にたちたい

▲「降ってきた」「雨だー!」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

雨を降らせる体質のため辛い思いをしてきたテルが、自分を受け入れ未来に向けてしっかり歩いていこうと決意するまでの物語だった。

 

作中でも書いたが、もともと雨は恵みなのだ。思い通りに降らせることができるなら、それはほとんど神にも等しい。かつて辛い思いもしたが、日照りに困っている大勢の人を救ってきたのもたしかだ。それはテルにとり、少なからず喜びでもあったろう。

 

なにしろ人はいつでも、人の役にたちたいと思っているものだから。人の役に立てたという実感は、満足感と自信、生きる喜びを与えてくれる。

 

今回ギンコは、テルが雨を降らせられる理由を教えた。テルは自分の身に起きたことを知り、あるていどの納得を得た。しかし、だからといって何も変わらない。ナガレモノを抜くことはできないのだから、今まで通りやっていくしかない。

 

それでも、ギンコのおかげで未来に希望がもてた。いつか自分に本当の涙が流れるようになれば、それは”雨降らし”が寿命を迎えたというサイン。もしもそれまでヤスが待っていてくれるなら──と。それまでしっかり前を向いて”雨降らし”とともに生きていこうと、明るいエンディングだった。

 

キーワードは「逃げ水」と「天気雨」

▲「ああ、助かるねぇ」「生き返るよ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

今作に盛り込まれているキーワードは「逃げ水」と「天気雨」。どちらもちょっと不思議な現象だ。とくに「天気雨」が効果的に使われていたと思う。

 

テルはずっと、雨を否定的に捉えていた。ヤスが熱中症で倒れたとき、テルはその手を握り締め涙を流した──その涙を吸って、”雨降らし”は天気雨を降らせた。雨を見ながら、ヤスはこう言ったのだ。

 

ヤス「ああ、よかったなぁ。ああ・・・きれいだなあ」

 

このときテルは、ホッとしたと同時に、どこか意外そうな表情をしていた。雨を「きれい」と言われたのが意外だったのだ。自分にとっては憎い雨も、ヤスにとっては「ありがたく、きれいなもの」。

 

その後ギンコに”雨降らし”の事を訊きヤスの変わらぬ態度を知って、テルは”雨降らし”憑きの自分を認め受け入れた。物語の最後に夫婦が言う言葉が印象的だ。

 

「しかし、妙な雨だなぁ」

 

「いや、でもきれいだねぇ」

 

晴れ晴れとしたテルの表情がすべてを物語っている。「そうでしょ、きれいでしょう?」とでも言いたげじゃないか。

 

物語もアニメ映像も、非常に楽しめた作品

▲「しかし妙な雨だな」「いや、でもきれいだねぇ」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

「蟲師」第2期は緻密に取材して創作されている物語が多く、しかも厳しい現実をあらわにするヒューマンドラマに軸足が置かれているものが目立つ。「囀る貝」「雪の下」「夜を撫でる手」「花惑い」。どれも強烈な物語で、インパクトが強い。その中にあり、今作はインパクトという面では弱い。もちろんテルの辛い過去は描かれているが、全体にふんわりとした印象があった。ホラー要素もほぼない。

 

そのためあまり記憶に残っていなかったのだが、今回あらためて観て、非常に好感がもてた。不思議な気象現象の取り扱い方が上手く、テルの気持ちの変化も自然で、着地も明るくきれいだった。

 

原作漫画はモノクロ表現のため、空が何色をしているのか分からなかった。雨が降っていれば曇り空なのだろうと勝手に思い込んでいた。それがじつは「天気雨」だったのだと、アニメを観て初めて理解した。

 

白くハレーションぎみに描かれた夏の景色はうだるような日本の夏を肌に思い出させ、ぱたぱたと落ちた雨粒が乾いた土に染み込んでいく繊細な表現に目を見張った。青空から降り注ぐ天気雨はシャワーのように軽く、雨後の虹さえ想像できた。物語の運びと同調して気持ちを載せやすい美しい映像づくりだ。加えて相変わらず音響もよく、非常に楽しめる作品だった。

 

第2期のギンコは傍観者

▲テルに「雨降らし」という蟲を説明するギンコ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

「蟲師」第1期では、ギンコは蟲の知識をもって人々を助けたり、おせっかいから危ない目に遭ったりしていた。さまざまな蟲が出てくる面白さや、ホラー要素もあり、それらが自然の力強さや美しさとともに独特な雰囲気を醸していた。

 

しかし第2期の「蟲師 続章」では、少し雰囲気が異なる。ヒューマンドラマに焦点が当てられ、ギンコは物語の傍観者となる。蟲の説明をするだけの役割のことも多い。今作もそうだ。ただテルに憑いている蟲の正体を教えるだけの役割だ。

 

読者(視聴者)というのはワガママなもので。ヒューマンドラマがしっかり描かれているのは素晴らしいと思う反面、もっとギンコの活躍が観たくなる。もっと自然の息吹を感じる初期の雰囲気に浸りたくなる。

 

嬉しいことに、原作漫画は終盤に近付くほど、また初期の雰囲気が戻ってくる。アニメでも同じ流れだ。もうしばらくヒューマンドラマを楽しんで、その先にまたギンコの活躍が待っている。

 

ギンコ役の声優は中野裕斗さん

 

▲ギンコ役の中野裕斗さんと、語りの土井美加さん

 

ギンコ役の声優は、中野裕斗さん。Vシネマを中心に映画やドラマでも活躍する俳優兼声優だ。俳優としては任侠ものが多い。ギンコ役は、オーディションで選ばれた。これは当たり役だ。

 

当初、ギンコの台詞が棒読みと言われることも多かったが、今ではあの声あってのギンコだと評価が高い。

 

実写映画では通常抑えた声の演技なので、俳優業をしている方は意外と棒読みに受け取られやすいように思う。逆に言うと、子どもや若者向けアニメの声優は、わかりやすさ、伝わりやすさを重視した結果だと思うが、演技しすぎ。セリフを聞いただけで、いやセリフ以前に声の出し方だけでアニメと分かる。

 

なので、アニメを観慣れている人にはギンコは棒読みに聞こえるのだろう。ギンコの声は肝が据わっていて温かみがある。そして、どこかコケティッシュなところも滲ませる。

 

中野裕斗さん以外のギンコは考えられない。

 

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