TVアニメ「蟲師 続章」第8話「風巻立つ」(しまきたつ)。ヒトとは在り方の違う「命の別の形」それが蟲。「蟲師」は、蟲が人に影響したときに現れる奇妙な現象を集めた奇譚集。案内役のギンコと共に「蟲師」の世界の詳細あらすじを追う。感想・考察も加え、作品を深掘り!



第8話/少年は竜巻で家をぶっ飛ばした!やりきれない気持ちを乗り越え、自分の未来を自分で歩む。迷いと成長の物語。

TVアニメ「蟲師 続章」

 

第八話

風巻立つ

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個人的に今作は非常に好きな作品だ。少年のモヤモヤした気持ちを、吹き飛ばすところがとくにいい! 前作「日照る雨」は、テルが過去のわだかまりを乗り越える物語。今作「風巻立つ」は、少年が自立する物語。どちらも若者が気持ちを新たに、未来への一歩を歩み出す姿を描く。たくさんのエールを送りたくなる作品だ。

 

青空の下、一隻の帆船が海を行く。艫(とも)につけた吹き流しは、だらりと下を向いたまま。海は凪ぎ、水夫(かこ)たちは必死で櫓を漕ぐ。一番後ろで櫓を漕ぐ少年がピューイと口笛を吹いた。

 

どこからか白い鳥の大群が現れ、帆船の周りを飛び始める。すると風が吹いてきて、まるく帆を膨らませた。

 

”とりかぜ”を操る少年

▲少年は、口笛で”とりかぜ”を操る 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

少年は、15~16歳くらいだろうか。ピュウイ、ピュウイ。マストの上で紐を縛り直しながら、さっきとはまた違った口笛を吹く。彼の名前は「イブキ」だ。

 

ギンコ「へーえ、驚いたね。完全に風を操ってる」

 

イブキ「おまえ、どこから乗り込んだ!?」

 

ギンコ「いや何、先の港で船頭と取引してね。この強壮剤と引き換えに乗っけてもらった。たまにゃあ、船旅もいいな」

 

ギンコは背負い箱の中身をあれこれ出して整理をしているところのようだ。イブキはマストから降りてきた。

 

イブキ「あんた、あいつらが見えるのか」

 

ギンコ「ああ。ありゃ”とりかぜ”って蟲だ。俺ら蟲師は、こういう石笛(いわぶえ)で蟲をおびき寄せたりする事もあるんだが、おまえさん、誰かに教わったのか?」

 

イブキ「いや。ただ、ずっと気晴らしに吹いてたら、あいつらが応えてくれた」

 

ギンコ「へぇ、そりゃ大したもんだな。どうやるんだ?」

 

イブキは口をすぼめて口笛を吹く。ピューーーーイーッピュイ!

 

イブキ「今のが強く吹け」

 

とりかぜが一斉に飛び立ち、船の帆が大きくたわむ。次にイブキは、ピーヨロロロと吹く。

 

イブキ「休め」

 

とりかぜたちは飛ぶのをやめ、マストの上に止まった。

 

ギンコ「おぉ、すげえな。どら、こうか?」

 

とりかぜたちは、ギンコの口笛にまったく反応しなかった。

 

イブキ「微妙に音が違うよ。それに、群れの意思とあんまり違う事には応えてくれない。こいつらにも都合がある」

 

ギンコ「恐れ入ったね──しかしおまえさん、口笛を使うのは昼だけか?」

 

イブキ「ああ。夜はこいつらもねぐらに帰るみたいだし」

 

ギンコ「夜には決して吹かんことだ。多分、悪い事が起こる」

 

夕方になり、船は港に到着した。イブキは米俵を担いで荷下ろしをしている。と、珊瑚の帯留めやら簪(かんざし)やらを売っている露店が目に入った。

 

ギンコ「土産か?」

 

イブキ「あ・・・でも高そうだし、無理だな」

 

ギンコ「まぁ、そのうち買えるようになるさ。じゃあな、上手くやれよ」

 

そう言い残して、ギンコは夕暮れの港を離れた。

 

今作のアニメも、原作超リスペクトで制作されているが、アニメの良さがとても良く出ていると思った。真っ白な”とりかぜ”たちが一斉に飛び立つ様子が美しく迫力があり、漫画作品ではどんな音か知りえないイブキの口笛を聞くことができる。さらに青空も、斜めから射す黄色味を帯びた夕暮れの空も、相変わらず空の描写が美しく、映像的な楽しみの多い作品だ。

 

夜に口笛を吹くと・・・。

▲黒い蛇が穴を開けぞくぞく侵入してくる 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコと別れると、船頭がイブキを呼んだ。

 

船頭「いやぁ、今日は一時どうなるかと思ったが、見ろ、他の奴らより早く着いたな。おまえもようやく足を引っ張らなくなってきたし、正式な水夫(かこ)として雇うよう船主にかけあってやろう」

 

イブキ「ありがとうございます!」

 

船頭「次の港はおまえの里の近くだろう。早く着いたら里に帰って休んでいいぞ」

 

イブキ「はい!」

 

夜になり、イブキは甲板に座っている。手には桃色珊瑚の帯留めを持っている。どうやら奮発して買ったようだ。

 

イブキ「一人前になったって言ったら、喜んでくれるよな・・・」

 

それからイブキは甲板に寝転んだ。ピューイ・・・つい、いい気分で口笛を吹く。が、夜はとりかぜたちは現れない。

 

イブキ「やっぱりいないか。あ、しまったそういや・・・別に何も起こらないな・・・」

 

ギンコの忠告を思いだしたイブキだが、見まわしてもとくに何も起こらないようだった。それで彼は安心して口笛を吹き続けた。

 

やがて、波間に大量の黒いヘビのようなものが見えた。「何だあれ?」とイブキが見ていると、突然、怒鳴り声が聞こえた。

 

「おい起きろ、浸水してるぞ!」

 

イブキが見たヘビたちは船に穴をあけて入ってきた。あちらにもこちらにも、穴だらけになった船は、ついに沈んでしまった・・・。

 

イブキの母親は継母(ままはは)

▲継母に、イブキの気持ちは伝わらない 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

イブキは里に帰ってきた。着物はかなり、くたびれている。船が沈んでは、正式な水夫に──という話もナシだろう。洗濯物を干していた母親がイブキに驚く。

 

母親「イブキさん。無事だったのかい。船・・・沈んじまったって聞いたけど」

 

イブキ「ええ。何とか小舟で岸まで・・・」

 

どうもおかしい。母親はまだ髪の生えそろわない赤子を背負っている。もう一人まとわりついていた子は4歳くらいだろう。その上には6歳くらいの子もいる。イブキと年が離れすぎている。それに、息子の船が沈んだと聞いて、少しも心配していた風もなければ、無事な姿に安堵している様子もない。

 

この母親は、どうやら父親の後妻のようだ。4歳と6歳の子はたぶん連れ子で、赤子がイブキの父親との間の子どもだろう。

 

母親「そうかい。でも船が沈んじまっちゃねぇ。今回の賃料はもらえたのかい?」

 

イブキ「・・・これだけ」

 

イブキは、奮発して買った桃色珊瑚の帯留めを差し出した。

 

母親「何だいこりゃ。どうして、こんなもの。質で換金してきてくれるかい。やれやれ困ったねぇ。当面この子らに何を食べさせればいいのか・・・」

 

──最低だ、この女。イブキの落胆ぶりは手に取るようにわかる。少ない給金をはたいて、喜んでもらおうと買ってきたものを・・・。人の気持ちのわからない、すっとこどっこいのトウヘンボクだ!

 

呼蟲(よびこ)という蟲

▲「何してやがる」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

どうやらギンコが向かっていたのは化野(あだしの)の家だったようだ。化野が診療から帰ってくると、縁側の柱にもたれてギンコが居眠りをしている。化野は忍び足でギンコの傍らに置いてある背負い箱に近づき、そーっと引き出しを開ける・・・。

 

ギンコ「何してやがる」

 

化野「よう!」

 

まるで何事もなかったかのように、化野は右手を上げてギンコに挨拶する。

 

ギンコ「”よう”じゃねぇ」

 

化野「おまえが売りにくるモノは、真贋入り乱れてるからな。本当に希少なモノはこの奥の方~に仕舞い込んでんだろうと・・・」

 

ギンコ「そういうモンは仕事道具だ。売れやせん(少し疑り深くなってるなー)」

 

「見るくらいならいいだろ」と、化野は背負い箱の引き出しを開けようとする。「てめえにゃ目の毒なだけだ化野ッ!」と、ギンコは背負い箱を引っ張る。まぁ、相変わらず仲のいい二人だ。そこに、客が玄関の戸をドンドン叩いた。

 

父親「ごめんください。先生いらっしゃいますか、先生っ。うちの女房診てやって下せえ」

 

客は、イブキの父親だった。

 

父親「妙な病になって・・・。村の医者にゃわからないと」

 

化野「妙な病?」

 

「妙な病」というので、ギンコも同行することになった。

 

▲病人の家は蛇のような蟲だらけだった 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

家に行ってみると、壁は穴だらけで、部屋の中には黒いヘビのような蟲が溢れていた。ギンコは言葉を失う。

 

父親「この通り。体の色が昨日からどす黒くなって。どんどん体が冷たく・・・」

 

これはどう見ても普通じゃない。「おい、わかるか」と、化野はギンコに訊く。

 

ギンコ「呼蟲(よびこ)だ。海辺の岩などに穴を空けて棲みつく蟲だ。穴に風が吹き込む笛のような音で集まり繁殖する。あまり増えると、体の弱い者には毒となる。だが・・・なぜこんな所に」

 

父親「そういや、倅(せがれ)が帰ってきてからあちこちに穴が・・・」

 

ギンコ「もしや、息子さん船乗りで?」

 

父親「ああ。乗ってた船は沈んじまったがね」

 

ギンコの中ですべて繋がった。さらに──。

 

ギンコ「今どこに?」

 

父親「ああ。土産に高価なもんを買ってきたもんで、質屋に・・・」

 

ここまで聞いて、ギンコの目が一瞬広がった。どうやら、イブキが港で見ていた珊瑚の帯留めまでも繋がったようだ。イブキの悲しい気持ちにも気づいただろう。

 

ハーメルンの笛吹き男のように・・・

▲石笛を吹きながら呼蟲を浜辺に連れていく 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

化野がギンコに訊く。

 

化野「おいギンコ、治療法はあるのか」

 

ギンコ「とにかく、蟲を遠ざけるしかない」

 

ギンコは背負い箱の小さな引き出しから、石笛を取り出した。

 

ギンコ「こいつで家の外へおびき出す。俺が出て行ったら、家じゅうの穴を土で塞いでくれ」

 

ギンコは石笛を吹き始める。それはイブキの口笛にそっくりな音色だった。笛の根につられて、家の中にいた呼蟲たちがわらわらギンコに集まってくる。これはちょっと気持ちが悪い。

 

ギンコは家の戸を開け、そのまま石笛を吹きながら呼蟲たちを引き連れ海岸に歩いていった。それはさながら、ハーメルンの笛吹き男のようだ。

 

ギンコ「ほれ、おまえらの塒(ねぐら)だ、ここだ」

 

海岸に到着すると、ギンコは蟲煙草に火をつけた。呼蟲たちは煙を嫌がり、ギンコから散り散りに離れていった。

 

呼蟲を家から追い払ったので、母親の顔色は良くなった。そこに、イブキが帰ってきた。イブキはギンコと化野を送るため、提灯を持って夜の外に出た。

 

ギンコ「やっぱりおまえだったんだな。言ったろう。悪い事が起こると」

 

イブキ「つい、浮かれてて」

 

ギンコ「もう、すんなよ」

 

イブキ「うん」

 

海岸でギンコと化野は、イブキと別れた。化野が「いやーあの石笛すげぇなぁ」とかなんとか欲しそうにすると、ギンコが「売らんぞ」と。いつもの調子で喋っていると、足元を呼蟲が這っていくのが見えた。

 

化野「どうした」

 

ギンコ「呼蟲が、戻ってく・・・!」

 

二人はあわてて、またイブキの家に戻った。すると家の中は呼蟲だらけで、母親が頭に手を当て辛そうにしていた・・・。

 

「己がどういう者になるのか、自分で選んで決めるんだ」

▲「このままお袋さんを亡くせば戻れなくなる」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

外から口笛が聞こえた。ギンコが探すと、木の上にイブキがいた。

 

ギンコ「おまえ、何故こんな事をしてる」

 

イブキ「だって・・・癪(しゃく)じゃないか。俺ばかり・・・こんなのは」

 

ギンコ「このままじゃお袋さん死んじまうぞ」

 

イブキ「あの人は、本当の母さんにはなってくれないから・・・」

 

ギンコには、イブキの気持ちがよく分かっている。しかし、だからといって見逃せない状況だ。ここからのギンコの言葉は値千金。ただ頭ごなしに叱るでもなく、強引にこうしろと指図するでもなし。

 

ギンコ「船で石笛の話をしたな。こいつは、蟲を本来あるべき場所へ戻すために使う物だ。だが中には、それ以外の目的に利用した蟲師もいた。そうやって利用し続けた者は、皆いずれは身を滅ぼした。周囲一帯を巻き込んでな。おまえも、このままお袋さんを亡くせば戻れなくなる」

 

ギンコの声は淡々と抑揚がない──いやたしかにギンコはいつもそうだが、いつも以上に・・・。分別ある大人として、ここは絶対に感情的になってはいけないシーンだ。

 

ギンコ「おまえも言ったじゃないか。蟲には蟲の都合がある──と。自分の都合でねじ曲げりゃ、報いが生じる。その能力を、どう使うかは自分次第だ。己がどういう者になるのか、自分で選んで決めるんだ」

 

イブキは黙って聞いている。右手には、桃色珊瑚の帯留めを持っている。どうやら質に出すことはできなかったようだ。

 

ギンコ「朝を待って”とりかぜ”を呼べ。”とりかぜ”が笛に似た声で鳴くのは、呼蟲があいつらの好物だからだ」

 

「己がどういう者になるのか、自分で選んで決めるんだ」。これはいい言葉だ。最終的には自分で決めろと、選択肢を出している。一番大事なのは、相手の気持ちを尊重して潰さないこと。人を行動に導くための上手いやり方だ。こういうセリフを聞くと、ギンコもいろいろ苦労したんだろうなぁと思われる。

 

とりかぜが起こした竜巻が、家をぶっ飛ばす!

▲とりかぜの竜巻が家をぶっ飛ばす! 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

ギンコと化野は、結局イブキがどうするか見届けるために、浜辺で夜明かしだ。

 

化野「あいつ、言った通りするかね」

 

ギンコ「さぁね」

 

もしもイブキが言った通りしなかったら、母親を助けるために動くつもりだろう。ピューーーーイーーーイッ! 口笛が聞こえた。ギンコが振り向くと、山際が白んでいた。

 

イブキは木の上で口笛を吹いている。その下に父親がやってきて嫌味を言った。

 

父親「イブキ、何、口笛なんぞ吹いてんだ。母さんが大変な時に。この、薄情もんが!」

 

イブキの目に涙が浮かんだ。父親も大概ひどい・・・。なおもイブキは口笛を吹き続ける。そして──”とりかぜ”の大群が、風を引き連れやってきた。

 

凄まじい勢いで家の中に吹き込んだ”とりかぜ”は、呼蟲を追い回す。家の中で渦を巻いた風は家の戸も障子も屋根も吹き飛ばした。

 

父親「うわっ、何だ竜巻かっ? うわあああああ!」

 

化野「あー、やりおったなー」

 

ギンコは黙って見ている。やがて呼蟲を食べつくした”とりかぜ”は、また大挙して海に帰っていった。幸い、父親も母親も、腹違いの兄弟たちも怪我はなかった。

 

その後、その少年を里で見た者はなかったという。

 

イブキが座っていた木の上には、桃色珊瑚の帯留めが置いてあった。

 

蟲と共生するイブキ

▲とりかぜを従え船を走らせるイブキ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

港では、凪のため仕事にならない水夫たちが暇を持て余している。そんな中、帆を膨らませて悠々と行く船があった。

 

「ん、何だあの船」

 

「ああ、またあの船か。一体どうやってんだか。このベタ凪の中を」

 

「さぁなぁ。どえらい機械(からくり)でも積んでんのかねぇ」

 

水夫たちは不思議そうに話している。その後ろでギンコも、その船に目を留めた。ピューーーーウィーーーーッ! 遠くからイブキの口笛が聞こえた。

 

船は今”とりかぜ”たちを従えて、力強く海を行く。昇る朝日に向かいまっすぐに。

 

過去の自分との決別! 家をぶっ飛ばして我が道を行く!

▲「だって・・・癪じゃないか俺ばかり」 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

冒頭でも書いたが、今作は個人的に非常に好きな作品だ。じつは甥っ子に今作のイブキとよく似た境遇の子がいる。彼の場合は両親ともに本当の親だが、3人兄弟の長男である彼だけが家族と上手く行かない。

 

理由は明白で、「長男だから」と我慢させられすぎた末にこじれてしまったのだ。両親はそろって「あいつは~!」と腹立たし気に言う。甥っ子は自立しようといろいろ道を模索するも、どれも上手くいかず・・・そのたび親はため息をつく。

 

叔母のわたしからすると、甥っ子のやっていることは的外れなことばかり。萎縮し、悩み、あがいているのだろうが、あのまま行って自立できるとは到底思えない。両親は博士と修士で、そろってお堅い仕事についている。長男は落伍者の印を押されたのだ。

 

傍から見ている叔母としては、甥っ子の悲しい気持ちや焦りがよく見えるのに何もできないもどかしさを覚えてしまう。世の中、博士や修士ばかりじゃないし、お堅い仕事以外の道もいくらでもある。人に迷惑かけずに楽しく生きていけるなら、どんな道でもいいはずなのだ。そこの理解が甥っ子の両親には足りない。こちらも、わたしが意見できる立場でもない。

 

おそらく、わたし自身が彼らから見れば落伍者に映っているのだろうと、思っている。わたしからすれば、彼らの方がおかしいのだが──。そんな口論をしても意味はないので、極力距離を取っている。実の息子の甥っ子の立場ではそうもいかず・・・辛いところだ。

 

イブキは、両親に認めてもらいたかったのだ。継母には、他の子と同じように愛してほしかったのだ。それだけだ。それが叶わないと知ったとき、彼は蟲を使って両親を苦しめる報復行動に出た。

 

しかしそれは、自分で自分を貶(おとし)める行動だ。後で振り返り、必ず後悔を招く。それはやめろとギンコは言った。

 

ギンコ「己がどういう者になるのか、自分で選んで決めるんだ」。

 

今の選択が、行動が、未来の自分をつくる。そしてイブキは未来の自分を選んで決めた。両親との決別の意味を込めて家をぶっ飛ばしたのは、爽快な気分にさせてくれた。(家族に怪我がなくて良かったが──)。

 

イブキは蟲を使って風を操る能力を武器に水夫として生きていく。蟲とうまく共生しながら、自分の未来を切り拓いてゆく。自分の船が持てる日もそう遠くないだろう。

 

映像も音響もよく、イブキの気持ちもていねいに描かれていて、エンディングも気持ち良い。よくまとまった名作だと思う。

 

我が甥っ子にも、何か良い追い風があることを願わずにいられない。

 

「夜に口笛を吹くと蛇が出る」のはなぜ?

▲夜に口笛を吹くと・・・ 出展/TVアニメ「蟲師 続章」

 

古くから伝わる迷信に「夜に口笛を吹くと蛇が出る」というものがある。今作は、これをベースに創作されたのだろう物語だった。だから呼蟲は蛇のような形をしていたのだ。

 

この迷信が生まれた背景には諸説あるが、主に3つの意味あいがあったようだ。

 

1、夜に大きな音を出すのは近所迷惑になるから

 

夜は静かに過ごすよう、子どもたちをしつける目的で言われた。

 

2、口笛は泥棒や人買いの合図だったから

 

昔は、現代と比較にならないほど夜は暗く人もいなかった。そんな夜に出歩くのは人買いや泥棒たち。彼らは口笛を合図に仕事をしていたため、夜に口笛を吹くと仲間と勘違いしてやってくるとされた。「蛇が出る」のバリエーションとして「泥棒が来る」とか、「さらわれる」とか言われるのは、この意味かいからだ。

 

3、口笛は精霊を呼ぶ神聖なものと信じられていたから

 

かつて口笛は精霊を呼ぶ神聖なものと信じられていた。精霊は霊的なもので、中には「邪悪」な精霊もいる。とくに夜は邪悪な精霊が跋扈(ばっこ)すると信じられていたため、そういう「邪(じゃ)」を招かないように夜に口笛を吹いてはいけないと諫めたのだ。

 

「邪」はいつしか「蛇(じゃ)」となり、蛇を恐れる人が多いことからこちらで定着したのだろう。

 

岩に穴を掘る貝「イシマテ」

Image from page 143 of
Image from page 143 of “The royal natural history” (1893) / Internet Archive Book Images

 

もうひとつ、創作の元となっただろう不思議現象に海岸の岩に空いた穴がある。おそらく誰でも、海岸の岩に指先ほどの小さな穴が無数に空いているのを見たことがあるだろう。

 

じつはあれは「イシマテ」という貝が空けている。漢字では「石馬刀」と書く。イシマテは酸を分泌して岩や珊瑚などに穴を空け、その中に潜んで一生を送る。採るのが骨なため市場に出回らないが、美味だそうだ。

 

pic up/化野の住む漁師町はどこ?

▲化野の家の近くの港

 

今作でも珍品収集を趣味にする医師、化野が登場する。ギンコとはいい友人だ。化野の住む町は、日が山側に沈むことから太平洋側だ。化野は漁師町に住んでいるが、歩いていける距離(おそらく1時間ほどのところ)にかなり開けた港がある。

 

今作に、どこかで見覚えのある景色が描かれていた。ゆるくカーブした湾と海の岩礁に立つ小さな灯台。どこだったろう? と少し調べたが分からなかった。

 

▲歌川広重「東海道五十三次」の「品川日之出」

 

鎌倉あたりだろうか? それとも品川あたりだろうか? 歌川広重の東海道五十三次「品川日之出」と雰囲気は似ているが、ここまで都会ではなさそうだし──。心当たりのある方はゼヒ教えてほしい!

 

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